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第152話 面倒な予感



 アンドレウ家はヒルダー……様が立ち上げた分家だから、屋敷は何代にも渡る、歴史的な重厚さは無いはずなのに、格式高い造りと調度品のセンスの良さで、風格あるお屋敷だった。

 食堂は天井から大きなシャンデリアが下がっていて、テレビで見たことがあるような大きなダイニングテーブルが中央にデデンと、配置されていた。人の背丈ほどある大きな暖炉の左右には、素人目ても見事な彫刻が飾られている。


「ふあぁ。すごい」

『フフッ。ミレイ、口が開いておりますよ』

「すみません。つい……」


 マホガニーの重厚な扉が開かれて、ヒルダー様が入ってきて、使用人達が一斉に頭を下げる。


『お帰りなさいませ。お出迎えできずに申し訳ありませんでした』

『まあ……来客中だからな』


 形ばかりの礼をとる先生を横目で流すと、ヒルダー様は私をじっと見てくる。


 違うんです! おじいちゃん

 私が無理に行きたいって言ったわけじゃなくて、あなたの奥さんが!


『そんな顔をしなくともわかっておる。

 ……さぁ、食事にしよう』

「ヒルダーさまぁ」

『……』


 テーブルには様々なカトラリーが並べられ、食事形式は王宮と同じだった。


『──それでエリザベート。もう少し上手くやれなかったのか?』


 柔らかい白パンを口に運びながら、ヒルダー様が口火を切った。


『そうですね~。もともとお忍びの予定だったことにすれば良いのでは?』

『……陛下さえも知らないお忍びか?』

『えぇ。バートンにお願いしましたし、なんとかなるでしょう』


 呆れ顔のヒルダー様に対し、先生はコロコロと笑うばかり。


 なんとかなるの……それ?


『あまりアレの責務を増やしてやるな』

『あの子は権限の使い所が下手なのですもの。ヒルダー様も()()()()と上手に誘導して差し上げれば良いのに』

『あんなのでも成人した男だ。己のことは自身で解決するだろう』

『そんな風に丸投げしたしわ寄せが、こちらにきているんですよ』


 二人の視線がミレイに投げかけられる。


『それはまぁ、……悪かったと思っている』


 奥歯に物が詰まったとは、こういう表現を言うのかな?


 それにしても料理、美味しいな〜。

 薄味だし、このスープなんて向こうのコンソメスープを思わせる味だよ〜。


『恋愛下手な二人が、わちゃわちゃしてる様は、微笑ましくもありますが、女を泣かせるようでは……紳士として駄目ですよね?』


 スープの温度のようにほわんと緩んだ頭に、先生のヒリついた空気が、胡椒のようなスパイスとなって一瞬で部屋の空気を引き締めた。


『まあ……な』


 チラリとこちらを見たヒルダー様とパチリと視線が合う。


「大丈夫ですおじいちゃん! 大した事ありませんから!」


『…………プッ』


 沈黙のあと、先生の忍び笑いが微かに漏れる。

 ん?……と思ってると、何やら横に配置された侍女達の肩も微かに揺れてる?


『だから、誰がお前のジジイだ』


「ヒッ! ……すみません。つい……」


 ドスの効いた低い声と王宮と違うキツイ言われ方に、思わず半ベソ状態になってしまう。


 ダメだぁ……昨日から涙腺崩壊してる。


『ヒルダー様?』


 そんなヒルダー様を窘めてくれる先生は最早『お母さん』だろう。


 王宮のみんなか慄くヒルダー様を黙らせる先生は、最早最恐では?


 ──その後は和やかに食事が進んだ。



 それにしても何にも言わずに出て来ちゃったけど、一番被害被るのはサンボウとクウの二人だよね。大丈夫かな〜。


  ◇  ◇  ◇


 そんなミレイの心配とは裏腹に、王宮内は俄にザワついていた。

あくまでも秘事として……。


 クウはサンボウと別れたあと、王の執務室を訪れた。カリアス殿から連絡が入り、陛下は私室に向かっているという話だから、もう大丈夫だろう。


 ……良かったの。


 この王宮で水龍さまに危害を加えられる者はほぼいない。だからこそ毒物などには細心の注意を払っているが、王自ら行方を眩ませたというなら話は別。


 水龍さまは姫に出会われてから変わったの。それも良いほうに……。


 サンボウは苦楽を共にした仲間だし、命をかけられるくらい信頼もしてる。口に出したくないけど、友だと勝手に思ってる。でも、それもあの方の「幸せ」の前では意味をなさない。あの方が姫を求めるなら……。


 三階から二階フロアに移動して、ゆっくりと歩を進める。勤務時間を終えた部署では文官達の気も緩み、飲みに行くか〜。なんてやり取りから他愛もない噂話や愚痴など、様々な声が聞こえてくる。


『現実を突きつけて、諦めるように誘導するなんて我ながら……性格悪すぎなの』


 サンボウとのやり取りを思い出し、罪悪感が胸を締め付ける。


『レミス様?』


 意識を飛ばしていたところに、急に声をかけられて、驚きのまま振り返ると、そこには茶色の髪を軽く巻いた一人の令嬢がいた。


『これはステラ嬢、お久しぶりですね。このような場所でお会いするとは思いませんでした。父君に御用ですか?』

『はい。今夜も帰れないと言うので、着替えを持って参りましたの』

『そうでしたか。それは卿も鼻が高いでしょう』

『そうでしょうか?』


 聞き慣れた社交辞令を苦笑いでやり過ごす女性に、レミスは『私もそう思っておりますよ』と、軽く同調姿勢を示す。そして一歩近づいて『貴女のように思慮深く、聡い女性はなかなかおりませんから……おまけに口も堅い』


 最後の一言は耳元で囁くと、令嬢は驚いて耳を押さえながら一歩後退さる。


『なっっ。レミスさま?!

 ……まったくお上手ですこと!』

『そんなことは御座いません。むしろ令嬢と接する機会は少ないので、粗相がないか冷や冷やしてるくらいです』


 にっこりと綺麗に微笑んでみせると、気に障ったのか『……わざとらしい』と、プイッと横を向いてしまった。でもそんな子供っぽい仕草も昔からだ。


 何も変わっていないの。

 ──いや……彼女なら。


『ステラ嬢』と声をかけ、手を添えてゆっくりと歩き出す。

 一つのところに留まるのは悪手だ。


『先日はありがとうございました。良い働きをして下さったと聞いております』

『私は別に、ありのままのことを友人に話しただけですから』


 そうたしかに()()()()()


 夜会の夜、スイーツの提供先を令嬢達に広めてくれるように依頼をした。

 昔からの数少ない旧友は『貸ひとつね』と何も聞かずに協力してくれたのだから、本当にありがたい。


『御礼に今度食事でもいかがですか?』

『………………は?』

『……』


 ──四十点。

 令嬢として教育を受けた者が、驚いたとはいえ、それを全部顔と態度に出しては駄目でしょう。彼女の家庭教師がこの顔を見たら、キーーッと唸り出すはず。


 まあ、それくらい意外ってことなんだろうね。実際、レアケースだし。


『私とではお嫌ですか? それなら贈り物でも……』

『嫌じゃありません!』


 ──食い気味に反応してくれるところも、世の男達が見たら可愛いと評するのだろうな。


『では、近いうちに私めに時間を下さい。また連絡しますね』

『はい!』


 数分前よりも良い笑顔になった友人をマニュアル通りの笑顔で見送り、角を曲がる。

 


『お礼がなんなのか知らないが、お礼の食事会すら利用するなんて、やっぱりお前さんは食えないねぇ〜』


 暗闇から声を掛けられ、一瞬警戒したが、すぐに声の主に気がついた。


『なんのことでしょう?』

『これであの噂も少し落ち着くといいなぁ〜? まあオレ的には面白いから、むしろこのままで良いけどな!ハハッ』


 暗闇の中、ふざけた口ぶりに柔らかい空気感。

 オンとオフの差が激しいのもこの人の特徴だが……。その目はやはり警務独特の瞳をしてる。


 声を掛けてきたのは警務省のラウザ長官。


 管理棟への近道なんて選ばなければ良かったの。失敗した。


 レミスは自分の行動を後悔した。

 そして自分の思惑もバレバレなのが、若干悔しい。


『──にしても、あの堅物とこの腹黒がいい仲とか……。ハハッ! ここ最近の噂話の中ではピカイチだ! 酒が進む、進む』


 ブハハッと笑い出されると、流石に『ラウザ殿!』と、詰問口調になってしまう。


『お忙しい警務長官様が、こんなところにいらっしゃるとは。……何か御用ですか?』


 むしろ用件なかったらびっくりなの!

 さっさと言え!


『陛下、良かったなあ?』

『……そうですね』

『色恋は落ち着きそうか?』

『……さあ? どの色恋なのか。ここは王宮、様々な出会いも生まれていますから』


 口端をそっと上げて微笑みを浮かべて一礼をする。すれ違う瞬間、ラウザが腰を屈めた。


『水姫の外出が神殿に漏れたぞ』

『?!』


 眉を寄せ、険しい顔つきで警務長官を見やる。


『それは我々もつい先程知った内容ですが?』

『王宮から走ったヤツがいるんだろうよ』

『…………へえ。フザけた真似をしますねぇ』


 レミスの声がいつもより低くなり、その目から色が消える。


『でも、ラウザ殿なら残りの羽虫はすでに手中ですよね?』

『羽虫は一匹とは限らねえからなぁ』

『でも全部駆除してたら時間かかりますから。まずは生活に害を及ぼす範囲の虫に殺虫剤をかけたらよろしいのでは?』

『……相変わらず思い切りがいいなぁ』


 ラウザは腰に掛けた水筒に手をやると、ゴクゴクと飲み干した。


『ご存知ないのですか? 掃除を主とする使用人達は虫に敏感なんですよ』


 横目で見たレミスの表情は、警務のベテランが醸し出す類の暗いものだった。


『……ふむ。動くと思うか?』

『動くと思いますよ。大分苛立ってましたから』

『良く知ってるな。お前んとこ、家族の仲は最悪だったはずだが?』

『……たしかに仲悪いですが、それを面と向かって言うのはラウザ殿くらいですね』


 はぁ〜と呆れ口調で溜め息をつくと、ニッカリ笑って『正直は美徳だからな!』と、言うものだから、ポツリと『誰のこと?』と、素で零してしまった。


 ……ゲンコツが飛んできた。


『……で、カルシウム不足な手紙の主は誰だ?』

『いつも同じ顔をしてるあの人ですよ。クローンでも作ってるのでは?と、常日頃思ってます。

 まぁ実際動くとしたら、それは単細胞の役目でしょう。遥か昔から、そこの役目は変わらないものです。……そう思いませんか? 警務長官様』


『……いい性格してんなぁ』

『お褒めに預かり、恐縮です』

『イヤミだよ、イヤミ!』

『でもこの問答でわかる辺り、ラウザ殿も同類では?』

『じゃあ、人手まわすか』

『……今夜は動かないと思いますよ』


 その目は『なぜだ』と言っていた。レミスは天を指差し『今夜は満月ですから』と、端的に答える。


『……あぁ、なるほどな。どれだけ爪弾きにされても、神殿行事は頭に入ってるわけか』

『……この頭は優秀なので、必要のない事まで記憶してるだけです』

『必要のない事などこの世には無いだろう。……現に今、こうして役にたっている知識だ』

『私にあるのは知識だけです。……神殿には入ったことすらありませんから』


 それはもう昔のこと……。

 入ることを切望し、力を持たなかった自分に何度絶望したことか。

 自分の人生の全てだと思っていた神殿。


 自嘲気味に語るレミスに、ラウザはグシャグシャ!と、乱暴に頭を撫で回わした


『なにするんですか?!』


 身分や役職なと構わず、講義の声を上げると『子供は子供の顔をしておくものだ』と、ヘラヘラ笑いなからも、目は優しさを湛えていた


 それは父や兄からも向けられたことがない視線。


『……もう子供ではありません!』


 振り払う仕草と言葉は、どう考えてもいつも自分ではない。


『いや、俺からしたらガキだな』


 ニヤニヤと楽しそうに笑うこの御仁を「このまま別れるわけにはいかない」と、自己防衛本能が動き出す。


『……生活スペックは貴方より上ですよ』


 警務の部屋は人が入れ替わり立ち替わり入るものだからはっきりいって汚い。

とりわけ汚いのは長官室で、侍女泣かせの部屋でもあるのだ。


『……それは言ったらダメなヤツだろう?』

『事実ですので』

『まったく、可愛げのないヤツだ。

 ──あぁ、そうだった。バートンが儀式に踏み切らない理由、知ってるか?』


 不意に落とされた言葉に『いいえ』とだけ答える。


『それよりも諸々、お願いします』

と、強引に話を終わらせると、ラウザ殿はニヤリと笑って、頭をグシャリと撫でると軽いジャンプをして茂みの向こうに消えていった。


『オヤジのくせに、なんなのあの運動神経は?!』


 クウの独り言は渡り廊下の暗闇に吸い込まれていく。


 完璧にしてやられた。やっぱり喰えない男なの。


 ──いや、それよりも今は明日。

 場所はアンドレウ家。

 会いたい、会いたくないを比率て言ったら0対10。でも姫のためなら……。


 ……理由はどうつけようか。


 まあ。そんなものはいくらでも、思いつく。

 クウは水龍さまにこの頭脳と記憶力を買われてこの王宮にきた。


 ──全ての事柄はあの方に繋がっている。








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