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第149話 カリアスの災難④



『もしかすると水姫様にお衣装を手配した件ですか? あれは愚息が世話になった礼です。しかし話をしてみると素敵な女性ですね。陛下が御心を砕く理由がわかります』

『……それで何かわかったか?』

『何か、とおっしゃいますと?』


『……シリック。そなたには私の機嫌が良いように見えるのか?』


 陛下の蒼い瞳が妖しく光り、発する圧に室内の空気が薄くなったような錯覚を覚える。しかし当のシリックは神妙な顔つきをして『王の威厳たるや、流石ですね。僕など身を縮こませるばかりです』と、優雅に一礼する始末だ。


 ……胃が痛い。

 この人の心臓は鋼鉄なのかと、思えてくる。


『たしかに私は水姫様の事を調べておりますが、それは害をなすためではありません』

『利用しようとしてるだろう?』

『調べているだけです』


 この圧のなかでも元宰相の鉄仮面には綻び一つ見当たらない。

 こちらから探るような視線を向けても、落ち着いた声には戸惑いも含みも感じない。


 すると、溜め息一つついた後で、おもむろに

『では真面目な話も致しましょうか』と、切り出した。


 少なくとも私は終始真面目です!……と、物申したくなったが、そんなことを言えるメンツでも空気でもない。


『水姫の涙はどうして力を持っていると思いますか? それに先日の夜会、陛下の膨れ上がった妖力に耐えたことにも驚きました。それはただのニンゲンには無理なことです』

『……』


 それは我々のみならず、神殿も気になっている案件だ。

 しかしそれ以上に気になったのは、シリック様が言葉を選び、頭で言葉を作ったうえで口を開いているように見えたことだ。


 御前というだけで緊張される方ではないし……だとしたら内容か?


『そこで陛下にお聞きしたいのが、愚息共三名と水姫が王の間に到達し、陛下が目を覚まされるまでの間、陛下はその間の詳細を覚えてらっしゃいますか?』

『……うろ覚えだな。半覚醒状態から強制的に目覚めさせられたからな』

『……そう、ですか』


『シリック様。水姫に関しては我々も情報収集しております。もしわかっていることがあるならば、共有させて下さい』


 正直なところ、水姫の調査はあまり進んでいない。涙の分析をしても治癒の成分以外何も出てこなかったのだ。

 だから水姫そのものを調べる話が神殿から出ているが、これをバートンは却下している。理由はこの国の恩人であり、国賓の方に対して無礼、の一点張りだ。


 神殿は治癒者を癒す場でもある為、妖力にあふれている場所だ。そこに妖力を持たない者を長時間拘留するのは、体と心に負担を強いることになる。そう説得したところで神官達は『それなら龍族に帰属する儀式──龍還(りゅうか)の儀を執り行えば良いではないか』と、詰め寄る始末。


 だがバートンは儀式そのものを許可していないのだ。


 ──いい加減無理があるんだよな。

 歴代水姫はわりとすぐに儀式をしていたらしいし、宰相権限を行使するも公私混同だという意見が上がっているのも事実だ。


『全て私の憶測の域を出ませんし、まだ共有できる段階ではありません。ただ一つ言うならば、神殿での儀式は今、少しお待ち頂きたい』


 その言葉にカリアスは身を乗り出した。


『では、バートンはシリック様の意向を汲んだうえで拒否してるのですか?』

『僕は僕の推察の下、動いております。愚息には何一つ話をしておりませんので、アレが拒否しているのであれば、別の理由でしょう』

『……ではやはり水姫の体を慮ってのことか?』


 考えをまとめながらボソリと呟くと、

『……国益も考えずに、そんな甘いことをいう者ならば、即刻宰相職から引きずり下ろすべきですね』と、涼やかに笑った。

 仮にも自身の息子であり、この国で最も宰相を輩出してる家系の当主なのに、この方は権力に執着しない。


『シリック……』


 切り捨てるような発言をたしなめるように、陛下は名を呼んだ。しかし当のシリック様は飄々と言ってのける。


『実際、最近のアレは状況判断が後手にまわっていますし、私欲と国益の境目もわからんような愚か者に成り下がっています』

『その原因は貴方にもあるでしょうに』


 本人から焚き付けたような話を聞いたあとなだけに、非難混じりの言葉が漏れる。


『フフッ。カリアス殿はお優しいですね。

 ……まぁ、愚かな者ほど可愛いと言いますからね。無論私も可愛がっておりますよ。アレにはアレの考えと葛藤があるようです』

『それであなたの目的は?』


 尚も食い下がる私の問いを、視線一つで黙殺すると、その話は終わったと言わんばかりに席を立つ。


『そろそろ僕は失礼します。

 ──そうそう、お伝えしなければならないことがありました。先日水姫に涙を頂きました』


『なっ、シリック様! 水姫の涙は陛下の──』


 私の言葉を左手の一本で制すると、静かに理由を求めた。


『涙を鑑定する為です』

『鑑定……ですか? 分析ではなく?』

『分析は物質の組成を調べ、その成分の種類や量の割合を明らかにすることでしょう。

 涙は本人の体液です。それを「鑑定」することにより、本人のルーツを知ることができます』


 ──愕然とした。

 何故気づかなかったのか。たしかに一般的ではないが、その方法もある。


 シリックは席を立ち、ゆっくりした足取りで窓辺に立った。


『鑑定者は……ヒルダーか?』


 陛下の問にシリック様は頷いてみせるが、月を背後に持つせいか、表情まではわからない。


『はい。僕が知りたいのは、ミレイという女性ではなく、彼女の体に流れる体液の構成するもの。それは微量ながら祖先の代から今までの流れを知ることが可能です。

 故に、ヒルダーには広く使われている簡易術式ではなく、古代言語を用いた術式で、深く調べてもらいました。』


『……それで?』

『……』

『シリック』


 見逃すつもりはない、とばかりに少しだけ語気を荒げて詰問する。それは絶対零度の硬質さをもった声音だった。


 さすがに陛下を黙殺する気は無いのか、シリック様はテーブルに戻ると指先から水を出し、テーブル上に文字を描いた。

 文字といっても水で描いた文字だ。


 『 ──結晶石は遥か昔に存在した「癒しの聖女」と同じ代物であり、蒼の反応有り 』



 その文字を見て一瞬思考が停止した。


 何を意味するのか理解できなかった。いや、理解するのを脳が拒否したのだ。


 怖いぐらいの静寂が部屋を支配する。


 蒼の反応……有り?

 それが示すことは……。


『……ヒルダー以外で知る者は?』


 陛下の静かな言葉に、はっとして顔を上げた。


『おりません』

『では、誰にも悟らすな。これは最重要機密である』

『承知しております』


 無意識に周囲を伺い、索敵術を行使する。


 ここは王の私室。

 結界も最上位のものであり、防御に関する全ての術を施してある。傍聴などできるわけないと分かってはいても、コトの重大さに一時、平静さを欠いた。


 そんなカリアスを目端に捉えながら、シリックは話を続けた。


()()()に調査に向かわせた者が、そろそろ戻る頃でしょう。詳細がわかり次第、きちんと情報を開示しますので、今はここまでに留めさせて下さい。

 ──勝手を言うならば、このまま神殿側を抑えて頂ければ、と思います』


『わかった。しかしお前の調査はミレイに対し、不利益を被るものではないのだろうな?』

『……どうでしょうか。僕には彼女の心の内はわかりませんので。僕は国益を重視するのみです』

『そなたらしいな』

『お褒めの言葉を賜り、恐悦至極でございます』

『……褒めてなどいない』


 呆れたような溜息のあと、シリック様は一瞬だけ微笑みを見せると部屋を出ていった。



『……へいか』


 やっと絞り出した声に、陛下は片手を振って投げやりな口調で遮った。


『みなまで言うな。あやつが読めないのは昔からだ。ただ──』


 そこで言葉は区切られた。


 ──もし水姫の体液に本当に「蒼」の反応があったのならば、儀式などもってのほかだ。

それはバートンとは違った意味で「無礼」にあたる。


『しかし鑑定とは……。思いもよりませんでした。自分はまだあの人に、遠く及ばないですね』

『……安心しろ。私も思いつかなかった』


 私の情けない愚痴にさらりと応えてくれる。


『それに臣が皆、あやつのようにクセモノばかりだとこっちの身がもたない。あんなのは一人で十分だ』


 陛下は事もなげに仰ったが、それは最大限の賛辞だろう。


 ──唯一無二の存在


 ……精進しなくてはな。


 それにしてもただの恋愛相談から、こんな国家機密の話に繋がるなんて思いもしなかったな。

やはり私はまだまだだ……。


 そう思ってグラスの酒を飲み干して、自分も下がる旨を伝えると、陛下は真顔でこちらを見た。


『なにか……ございますか?』 

『…………いや』


 何やら歯切れが悪い。

 こんな素振りを見せるのはやはり水姫のことだろう。意を決して、更に言葉を重ねると、陛下の心の内を聞かせてもらうことが出来た。



『ふう……。濃い一日だったな』


 自身の私室に戻ったカリアスは、シルバーグレイの髪をグシャグシャと掻き回すと、ソファに上着を放り投げた。水差しからグラスに注ぎゴクゴクと飲み干すと、自分がいかに喉が渇いていたのか思いしった。


 ──まさか『しまった』の理由が、()()()だとは思わなかったな。


 バートンへの嫉妬と牽制。


 正直、失礼だと思いつつ、『私が目の前にいるのにヤンやバートンを目で追うミレイが悪いのだ!』と仰った時は、吹き出しそうになるのを、顔中の筋肉を総動員して必死に堪えた。

 威厳溢れる王に、こんな「少年」のような一面があるなんて誰が知っているだろう。


 窓を開けると夜風が気持ちいい。


 昨夜同様、夜も大分更けた。

 しかしトータルで考えたらとても貴重な夜だったと言えるだろう。


 ──陛下は「創造神様に最も近い尊き御方」などではなく、我々に近い感情をお持ちの「生身の御方」だと今更ながら気が付いた。しかしそれで敬愛の念が薄れることはない。

いや、よりお護りしたいと強く思ったくらいた。


 とりあえず今の私の最重要課題は、あの三角関係をどう上手くまとめるか、だな。


 こんなの難問中の難問だろ。


 カリアスは空に向かって大きく溜め息をついた。









いつも読んで下さり、ありがとうございます!


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