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第14話 リリスと妖精


 約二名がお肉を堪能し、落ち着きを取り戻した後の室内は気まずい空気が漂っていた。ミレイはお茶を飲みながら、まずは自己紹介をしようと提案してみた。


「私から名乗ろうか。この村で代々を薬師を生業にしている者で、アマリリスという」


『我等は水龍さまの眷属に属する者で、今は水の妖精じゃ。

 名は先日ミレイ殿に付けてもらった。わしはサンボウ、この緑の服の者はロス、黄色の服の者がクウじゃ。そしてミレイ殿をこちらの世界に呼んだのも我々じゃ』

「呼んだって……」


 わかりますリリスさん。いきなり呼んだって言われても何で? どうやって?とか……ハテナマークばかりですよね。


 ミレイは心の中で激しく同意した。数日前の自分が瞼の裏に蘇る。リリスさんは最初は動揺していたけど、呼んだ経緯など、静かに話を聞いている。


「……本当はね。そんな気がしてたんだ。だからこの前、村長の所に行ったのさ」

「そんな気がしてた、って」

「海と繋がってないのに遭難なんてありえないだろ? 」


 リリスさんは苦笑した。


「えっ。繋がってないんですか? 」

「ああ。だからそんなことが出来るとしたら、昔語りで聞いていた、水龍さまの眷属の方かな、と思ってね。村長も同じ意見だったよ。

 そして昔語りが伝説ではなく、真実の話ならもしかしたらミレイは水姫様ではないか、ともね……。でもまさか、こののんびり娘が? って気もしてね〜」

『その通りじゃ。ミレイ殿が水姫様じゃ。水龍さまの眷属であった我等の見立てに間違いはない』


 サンボウは真っ直ぐリリスさんを見て断言した。


「あの〜。水龍さまの眷属ってそんなにすごいの?」

『同じ眷属でも水の眷属と水龍さまの眷属では意味合いが違うのじゃ。

 ──そういえば、姫にも話した事はなかったの。

 水龍さまはこの世の全ての水を支配、循環させている御方で、その水龍さまが統べる国を龍王国という。

我等は水龍さま、と呼ばせて頂いておるが、本来は龍王陛下と呼ぶべき御方。そして水龍さまの眷属とは王の加護を賜った者達の事を言うのじゃ』

『本当は、龍王の眷属と言うのが正しいのじゃ』

「……そうなんだ、みんな凄いんだね」


 そう言いながら、ミレイは少し引いていた。


 この世の全ての水を支配とか、スケールが大きすぎる。だって、生き物全ての生殺与奪の権利を一人の人が握ってるんだよ。……ありえないよ。


 実際、水が無ければ全ての生ある者は生きられない。木は枯れ、動植物も死に絶え農地も枯渇する。そして紛争が起こる。世界の歴史を見ても水を巡っての紛争は実際に起こっているのだ。災害で死ぬか紛争で死ぬか、はたまたその両方か……。どちらにしても悲惨な未来しかない。


『我等が優れていたわけではないのじゃ』


 サンボウはゆっくりと首を振り、はるか昔に思いを馳せているようだった。その瞳は目の前にいる私達を写してはいないだろう。


『王より与えられた加護により、眷属となった者は様々な力を行使できる。しかしその力は国の為、世界を循環させる為に使われるものじゃ。だから我等も国の要職に付き、王をお支えした。目まぐるしい日々ではあったが、今となっては懐かしいものじゃ。

 ……そんな我らも今は水の眷属じゃ。

 水の眷属とは王の意に沿って動く者達の事をいう。水を操る事はできるが、制限があり、精霊や妖精がそれに分類されるのじゃ』


 ……つまりこういうこと? 

世界のトップに君臨する大会社の重役だった人が今は中小企業、もしくは下請け会社の平社員、みたいな?

 自分の概念で考えたら寒すぎた。

 昔は世界を相手に事業を起こし、何百万人もの部下を使ってた人が今では……。とか辛いよ。


 ……頭の中で中小企業の万年課長にいじめられる、おじいちゃんを想像してしまった。いじめ だめ 絶対。


 私を見ていたクウとロスが口元に微笑を滲ませて言った。


『姫、そんな顔をしなくてもいいの。精霊も他の妖精達も良くしてくれてるの』

『それに妖精も悪いわけではないのじゃ。実際、知り得なかった事を多く知り、学ぶ事もできているのじゃ』 


 その三人の眼差しを見て、自分が思い込みで決めつけていた事を知った。


「そっか、ごめんね。みんなの心を決めつけて。

 さっきサンボウが自分達が優れていたわけじゃない、って言ってたけど、やっぱり私から見たらみんな凄いよ。

 立場が変わっても腐らず、ひがまず、前を向く……向き続けるって結構大変だよ。しかも何百年も、でしょ? それができるみんなは、やっぱり凄いと思うよ」


 心のままに伝えると、サンボウは『そうかの』と消え入りそうな声で呟き、リリスさんは深く頷いていた。

 そして、リリスさんはこの地に移住してきた先祖の事、この地は昔から水龍さまの恩恵で成り立っている事をポツリポツリと話してくれた。


「……水龍さまは私達の守り神のような存在でね。だけどはるか昔、私達の先祖は水龍さまにとんでもない過ちを侵してしまった。恩恵を頂いていたのにも関わらず……ね」


 リリスさんは俯いて服をギュッと握りしめていた。


「許して頂きたい、なんて言えないけど、それでも機会をもらえるなら贖罪をさせてほしい」


 そう語るリリスさんの表情は悔恨の色が表れていた。まるで当事者のような言い分にミレイは少し違和感を覚えた。

 沈黙が少しのあいだ部屋を満たした。


 ミレイは俯きコップのお茶を眺めていた。

するとお茶の表面が微かに揺らいでいる。不思議な気持ちで眺めていたら、次の瞬間。何故かミレイは水中にいるような感覚に陥った。

 座っているのはずなのに、体に感じる浮遊感。

 目の前は水の膜が張っている。

 反射的に息を止めたが、その水は水泡のように儚く、まるで真綿に包まれてるような感覚だった。


 何これ!


 焦りで勢いよく口を開き、息を吸い込むと見慣れたテーブルが見えた。一瞬の出来事だった。


 何だったのあれ……。


『アマリリスよ。我等もまた間違えたのだ。

 王を想うあまり感情的になり愚挙に出る者が現れた。結果、今の様な事態に陥っている。……すまなかった。

 我等の望みは我が王にお目覚め頂くことだ。過去の事を今更言うつもりもない。随分と時も経ったし、どうだろう……お互い前を向こうではないか』


「……ありがとうございます」


 ミレイは呼吸を整えながら、耳に入ってくる会話を聞いていた。しかし聞いた事のない低い声と話し方に疑問を感じて顔を上げると、そこには古めかしい服をきた大人の男の人の姿が見えた。

 慌てて目をこすり瞬きをすると、そこに居たのはいつもの小さな妖精──サンボウだった。


 あ……れ? 気の所為……?


『姫、どうしたの? 』クウの声が聞こえてきて、周りは私を見ていた。

「……なんでもないよ」


 私は曖昧に答えた。

 手も服もどこも濡れてはいない。疑問だけが残った



  ◇  ◇  ◇



「なかなか重い空気だったな……」


 少し前に「お肉ー!」と騒いでいた自分が恥ずかしい。穴があったら入りたいとはこういうことかと実感した。

 収穫した人参を桶で洗いながら、先程の会話を思い出す。


 村人と妖精の間に因縁みたいなものがあるのかな。妖精と言うより龍王国と村の間かな。 そこに村人の過ちって言うのが絡んでる気がするけど……。 でも何でリリスさんがあそこまで気にするのかな?


「うーん。やっぱり水龍さまに関係することだよね。眠った原因とか? 」

『そうじゃな。気になって当然じゃ』


 驚いて振り向くと、ロスがふよふよ浮いていて、私の肩に止まった。どうやら口に出していたらしい。


「ごめんね。詮索したいわけじゃないの」

『いや。姫には聞く権利があるし、水龍さまのことは知って欲しいと思うのじゃ』


 ロスは一瞬、辛そうな顔をした後に『だが、それはまた今度にしよう』と笑って言った。


『少し重い話じゃからな〜。お子様の姫にはキツイじゃろう』ははっ。なんて笑って言って、私の目の前に降りた。


「……それなら楽しい話をしようか」

『楽しい話? 』

「うん。大変ことがあっても楽しいって思えることがあれば、前を向けるでしょ? だから時折思い出すと元気がでるの。

 ……伝えたい事があるならその都度聞くからね。だから今は楽しい話をしよう」


 ミレイが朗らかに笑うと、ロスはふさふさの眉毛の下で目を見開いた。


『それは……素敵な考え方じゃな』

「そうでしょ。素敵でしょ〜。お子様じゃないのよ」


 私もふふん、と笑ってみせた。

 ロスは目をパチクリさせて、一瞬の間の後、笑い出した。


『これは一本取られたのじゃ〜』


 たっぷりのあご髭がふわふわと揺れている。

 それから私達はバイブルの話をした。

 あの本だけかと思っていたら、まだあるらしい。ただ、どれもピンポイント過ぎて、役に立っているかは謎だ。


『他の本か。いろいろあるぞ。

 幼い頃、姫の咳が酷い時期があったじゃろ? 可哀想でな〜「喉に効く本を」 と願った時は 蜂蜜の作り方が載ってる本が出てきのじゃ。

 あとは姫が住まいを出た時は「姫の居場所が知りたい」と願ったのじゃ。そしたら住所録? なるものが出てきてな〜』


 当時を思い出したのか『あの黄色くて分厚い本は死にそうになった』なんてしみじみ呟いている。

まさかのタ○ンページ?


『だが、あれは面白かったのじゃ。ヒゲおやじが寺? と言う場所で殺される話なのじゃが、死ぬ前に舞を舞うのじゃ。その心情は理解できぬが美しい描写でな。うむ嫌いではない』


 それは……本○寺の変かな?歴史書だね〜。

 やっぱり不思議なくらいピンポイントだなぁ、とおかしくなってくる。


「ロスは本が好きなんだね」と口にすると。

『好きじゃ! 本は良い』


 ふさふさの眉毛の下で大きな目を輝かせて話す姿は少年のようだった。


「サンボウも好きそうに見えるけど」

『サンボウは小難しく考えすぎなのじゃ。少し読むと考察に耽るので、なかなか先に進まないのじゃ』


「なるほど」と頷いてみせる。

「そしたらクウは? 」と訪ねたら、私の期待を外れない答えが帰ってきた。


『クウは食べ物に関する書物なら喜んで食いつく。写真入りがお気に入りじゃ』

 

 やっぱり、と私とロスは顔を見合わせて笑った、



 ──その夜、ベットに入ってから思い出した。


 そうだ、ロスに聞けば良かった。

 一瞬サンボウが大人の男の人に見えたって。あれはどう言う事なんだろ。水も不思議だし……。

 まあ、明日でいいか……。


 昨日とは違い、今日は良く寝れそうだ。


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