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第147話 カリアスの災難②

 


 今度は聞き逃すまいと、前のめりで全神経を集中しただけに、自分の耳を疑った。

 しかしそこは一国の宰相の職を預かる身。

 秒単位で己の状況を把握し、自身の不敬な発言を謝罪する。


『いや。私こそ妙なことを言ったな。忘れてくれ』

『『……』』


 無情なまでの沈黙が、互いの気まずさを物語っている。


『……あの陛下。ダニエルが心配しておりました』

『……そうか、そうだな。仕事に戻ろう』


 そう言って立ち上がった主君の表情は未だ晴れない。それを見て、このまま帰すのは得策ではないと思い直した。


『……あの、一つよろしいでしょうか?

 恋愛のスペシャリストなどと言う、俗物的な言葉は誰から聞いたのですか?』


 そんな恥ずかしい二つ名を付けられたうえに、陛下の耳まで届いてる現状に、言い出した者をあぶり出し、社会的に抹殺してやらないと気がすまない


 笑顔の裏で静かに怒りの炎が燃えていた。


『……誰と言う訳ではないが、小耳に挟んだのだ。

 宰相は外交の腕はピカイチだが、籠絡術なら右に出る者はいないだろう……と。その流れで、恋愛のスペシャリストと言われていた』

『……そう、ですか』


 ほんっとに、陛下に何を聞かせてるんだ。どこのどいつだ?!そして陛下は気づいていないだろうが、ソレは決して褒め言葉ではない!


 カリアスの頬が若干引き攣るが、極力声にのせないように気をつけた。


『あの、宜しければ詳細をお聞かせくださいませんか? 私はスペシャリストではありませんが、もしかしたらお役に立てることがあるかもしれません』

『……』


 陛下は神妙な表情をしたあと、そっと顔を逸らして背中を向けられた。

 庭園に灯りがともり、黒衣の背中にゆらゆらと炎が揺らめいてみえる。


 ……無理か。仕事で意見を求められる場面はこれまでも多々あったし、自信を持って進言をしてきた。しかしプライベートの可能性が高いであろうことは、さっきの一言で察することはできる。


 やはり一臣下に、そんな悩みを口にするような御方ではない、か。


『……これは臣下の話なのだが……』

『……』


 ……デジャブ?

 それとも流行っているのか?


『……好ましく思っている女性に、無礼を働いてしまった時はどうしたら良いのだろか?』


 背中越しの問いかけなので、表情はわからないが、今まで見たこともないような顔をしておられることは予想がつく。


『無礼ですか?』

『あぁ』

『内容にもよると思いますが』

『……』


 だんまり、ときた。さてどうしたものか……


『……許可なく触れてしまった』

『?! 触れてって……』


 押し倒したのか?

 いや、でもそのパターンを好む女もいるわけで。しかも相手は陛下だぞ? むしろ女の方が嬉々として喜ぶだろうな。


『あのぉ……ちなみにお相手は?』


 最近の陛下の動向を見る限り、一人の女性が思い浮かぶ。臣下が……とはぐらかしたのだから、答えてもらえないのは明白だが、とりあえず聞いてみた。すると小さな声で『ミレイだ』と返ってくるではないか。


 ……まさかのまさか。教えて貰えるとは

 昨日といい、今日といい……失礼だか、似たもの同士すぎやしないか?


『な、なるほど。それなら政治的な思惑も絡みませんし、良いので──』

『そういう話ではなくてだな』

『あぁ。……失礼しました』


 若干の苛立ちが含む声。

 仕事でもなかなかない。

 つまり政治的な思惑とか関係なく、個人的にマズイと思ってらっしゃる、と。


 ……もし話して頂けるのでしたら。と、断り文句を入れた上で

『反応はいかがでしたか?』

『……』


 主君に対してある意味、無礼極まりない発言だが、仕方がない。


『嬉しそうでしたか? あるいは……傷ついた顔をしてらっしゃった、とか?

 ……まぁ、お相手が陛下であれは後者のような事にはならないと思いますが』


 ハハッと笑い声を上げて見せるが、どうあっても軽やかさが足りない。


『……怒気を露わにされた』

『?! これだけの美丈夫が相手で?』


 ……なるほど。ニンゲンは我々とは感覚が、違うようだ。

 この国で陛下に抱かれたいと思う女性がどれほどいるか。たとえ一夜の夢であったとしても喜ぶ女性がほとんどだろう。


『いや、私も悪かったのだ。我に返って「しまった」と口にしてしまったから』

『えっ! あ、いや。……失礼しました』


 ──つまり「衝動的な一夜」であった、と言うことか。


 常に民を国を想う、優しくも強き王が今まで見たことがないくらいに項垂れている。


『やはりマズかった、な』

『忖度つけずに発言させて頂くならば、はい、としか言いようがございません』

『忖度などいらぬ。そんなものでミレイの心の傷は癒えぬのだから』


 ……臣下の設定は完全にお忘れのようですね。

 こんなところまで、あいつと同じでなくとも良いのに。


『女性からしたら、事に及んだことよりも、その後の発言の方に傷ついたと判断致します』

『私もその場で弁明をしようとしたのだが、怒気を孕んだ顔でおやすみなさいと、言い放ちそのまま帰ってしまった』

『……そうですか』


 それは良くない流れだ。

 自分なら贈り物をして、そのままドロップアウトする案件だな。……なぜなら面倒くさいから。

 そんな面倒くさいであろう案件に、真剣に悩み、仕事も疎かになってしまうとは。……なんと言うか誠実な方であり、水姫に関しては本気なのだと推察できる。


『今朝も部屋を訪れたのだが、体調不良を理由に部屋に入れてもらえなくてな。昼餐にも誘ってみたが、やはり断られてしまい、どうしたら良いのか』

『……それは本当に体調不良だったのかもしれませんよ?』

『……なぜそう思うのだ』

『衝動的な行為だったのなら、その……激しくしすぎたのでは?……と。

 ──いや、すみません即物的な物言いになってしまいました。忘れて下さい』


 騎士達が酒を片手にする会話であって、素面の状態で陛下相手にする会話ではない。

 後悔しかない。両手で顔を覆い隠し、天を仰いだ。


 うん。……寝不足のせいにしよう。


『……激しくなどしていない。強引だったのは認めるが、触れただけだ』


 顔を上げた陛下は頬を赤らめていたように見えるが、夕陽のせいだと思いたい。


『……触れただけ、ですか』


 それは撫で回しただけという事だろうか? だとしたら私は随分、下世話な想像をしたものだ。


 ……いや。もしかしたら原因はそれではないのか? 途中で止めたのが不満だった……とか?

 意外と水姫は肉食女子だったのかも知れないな。


『……あの、途中でやめたことを不満に思ったのではないのでしょうか?』

『途中でやめた、とは?』


 二人の間に疑問符が浮かび上がり、しばし顔を見合わせた。


 なんだか会話が噛み合っているようで、合っていない気がしてきた。齟齬が生じているならば、すり合わせは現場を混乱を避ける為には必須だ。

 ……たとえそれが、主君の超絶プライベートな内容だったと、しても。


 カリアスは意を決して、決定的なワードを持ち出した。


『……あの水姫様と閨を共にされたのですよね?』

『ねや?! ……何を馬鹿なことを』


 驚いたのだろう。外とは思えない声量で否定された。念の為に結界張っておいて良かったと、心から思った。


『あの……では、触れたとは?』

『……くちびる、だ』

『……………………はぁ』


『おい。なんだその「その程度か」と言わんばかりの態度は!』

『失礼しました。態度に出すつもりはなかったのですが……つい』

『つい、じゃないだろう』


 ドカリと少し乱暴に腰をかけ直し、陛下はそっぽを向いた。

その仕草は威風堂々とした日頃の王からは想像もできなくて、不謹慎ながらフフッと笑ってしまった。


『……何がおかしい』

『すみません』


 謝りながらも、肩が刻みに震えてしまっては誤魔化しようがない。



 ──その時、カリアスの脳内でカチリと歯車が噛み合った気がした。


『……陛下、それは昨夜の何時頃の話でしょうか』

『ん。……夜の九時を過ぎた辺りだったかな』

『そう、ですか……』

『どうした?』


『いえ、何でもありません。それよりもこれ以上この場で話すのは、些か差し障りがあるように思えます』

『……たしかにな。では私の部屋に来るがいい』


 踵を返した陛下の背中はいつもの陛下のように見える。カリアスは庭園から陛下の私室までの道中で、内容を精査することにした。


 ──昨夜のバートンは二人の密会を目撃したのだろう。それによりあの体たらくに陥ったのだ。


 王への忠誠心か好きな女への愛情をとるか。それは悩むよなぁ……。


 二人で呑んでいる時も、そもそも自身の恋心は恋でないのでは?と、疑心暗鬼になり、挙句の果てに『好きという気持ちは、どう言う感情の機微をいうのだ』と、至極真面目な顔で聞いてくる始末。


 はっきり言って苦行以外の何者でもなかった。

 思い出しただけで遠い目をしてしまう。


 そんなのはキラッキラの目をした少年同士の日常会話なら許される内容であり、成人した男二人が酒の肴に真面目に語る内容ではない。

ましてや謀略に長けた宰相同士がそんな話をしていたら恐怖しか無いだろう。



 カチャリ。

 陛下に入れと促されて、入室をする。

 陛下は棚からワインとグラスを取り出すと、トクトクとグラスに注ぎ始めた。


『……そもそもバートン達が悪いのだ』


 先ほどまで考えていた同輩の名前が不意にあがる


『バートン……ですか?』

『ああ。あやつらがミレイの視界に入るのが悪いのだ』

『…………そう、ですね?』


 それは役職柄、仕方ないと思うし、そもそも彼らは水姫の友人だ。


『心の安寧を保つために、ミレイを他の男の目に触れさせないようにしようと思うのだが。

 東の宮で監禁するか、部屋の外に出る時は絶えず水牢で隔離するか……。

 カリアス、そなたはどちらが良いと思う?』


 真面目な顔でとんでもない二者択一を提案してきた。

昨夜のが苦行なら、今夜は主君なだけに、拷問のようだと思ったカリアスだった。



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