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第146話 カリアスの災難①


 私はセヴラン・カリアス・ストラトス。

 龍王国の外務宰相の役職に就き、主に国外の国や一族との交渉や貿易、経済、国防に至るまで、多方面の仕事を担っている。

 故に私は忙しい。 

 国外で過ごすことも多いため、宮廷内の小競り合いや面倒事には自ら首を突っ込むような真似はしない。


 そう……しないのだ。

 私の行く先に見慣れた背中があったとしても。たとえそれが、同じ序列一位の宰相職に就いている者だと認識しても。


『……』


 ……誰が通るともしれない廊下で、うずくまり、その背中が哀愁と絶望を纏っていたとしても!


『……はぁ』


 流石に素通りはできない……か。


 いくら人通りの少ない廊下と時間帯だったとしても、コレを見られたら宰相としての威厳が地に堕ちる。


『おい。何をしている』


 肩を叩いて声を掛けると、声で理解したのか繕うこともせずに(くだん)の宰相は萎びた顔を上げた。


『……かりあすどの』

『……はあ』


 もう一度大きな溜め息をつくと、強引に腕をとり立ち上がらせる。


『仮にも宰相たる者が、こんなところで醜態をさらすな!』

『…………すみません』


 そのまま人目を避けるように、近くの会議室に連れ込み、侍女に茶の用意を依頼する。


 扉近くの壁に寄りかかりながら、チラリと萎びた男を見ると、机に両肘をついて手の平でこめかみを抑えて項垂れている。


 まったく、一体どうしたというのだ。



 ──ニコラス・バートン・ペトラキス

 内務宰相として辣腕を振るう彼は、幼い頃からの付き合いでもある。互いに名門の出とあり、親の仕事柄、よく王宮や夜会で顔を合わせたものだ。


 自分よりも年下ながら、広い視野と慧眼の持ち主だと、幼い頃より社交界でも有名だった。『さすが智の一族、あの宰相様の御子息だ』と、どこに行っても嫌というほど耳にして、密やかに比べられてきた。


『きっと頭でっかちで理論的で、あの宰相様に似て冷たいに違いない!』


 子供ながらそんな先入観を抱かずにはいられなかった。そしてそれを覆された初対面での出来事は今でも忘れられない。


 ──あの日、強制的に連れて来られた王宮で、暇つぶしに裏門近くまで行くと、植え込みで蹲ってる少年がいた。体調を崩したのかと声をかけたら、少年は手を泥だらけにしなから、夢中で草をむしっていたのだ。


『何をしてるのですか?』

『あっ……。薬草をとっています。これを持って帰ってぶんせきするんです』

『なんのために?』

『……ここに新しい庭園を作ると聞きました。でも王様も父様も知らないけど、ここにはたくさんの薬草が生えてるんです。

 薬が必要な時に自分の庭に薬草があったら、きっと助かると思うんです。だから、ぶんせきして王様にここを荒らさないでって言うんです』


 衝撃的だった。

 自分よりも小さい、まだ五、六つ位の子供が将来を憂いて行動を起こしている現実。

 一目で高価だとわかる靴を泥だらけにして、その少年は雑草にしかみえない草を夢中で取っていた。


『……手伝おうか?』

『えっ、いいの?!』


 そう言って顔を上げた少年は、満面の笑みを浮かべて糸のような細い目をさらに細くして、紫色の髪をフワリと靡かせた。


 むらさき色の髪。

 あぁ、こいつが……。


 ──結局、あのあと散々怒られたな。

 でもあの時の、あの行動があったからこそ薬草を生かした今の庭園が生まれ、専門部署を設けるまでになった。その薬草は今や薬として重宝されている。


 あの時の背中と対して変わってないな。


 先程の蹲ってる背中が、幼い時に見たそれを彷彿とさせた。



 コンコン。

『失礼します』

『ありがとう。ここで受け取るから平気だよ』


 侍女が用意してくれた紅茶を、扉の入口で受取るとパタン戸を閉め席につく。


『さて、話を聞かせてくれるだろう? 

 宰相が廊下で蹲ってたなんて噂が広まったら、要らぬ混乱を招く』

『そう、ですね。すみません配慮か足りませんでした』

『お前が衝動的に動いてしまうほどの()()があったんだろう?』

『……』


 まあ十中八九、水姫絡みだろうな。

 会議の時といい、夜会での行動といい水姫が絡むとこいつは宰相の仮面を保てなくなる。


『……あの、知り合いの話なんですが……』


 ん? ……知り合い?


『知り合いにお世話になったお嬢さんがいて、その娘に向ける気持ちは恩義だと思っていた……らしいのですが、どうも違うと気付いようなのです』

『……それで?』

『どうやら知り合いはお嬢さんに、こっこっこっ……』


 ……にわとりか?

 ……と言うか、この展開はテッパンだろ。


『こい、ごころ……を抱いてしまった、らしいんです』


 俯いていてもわかるくらい真っ赤で、なんならこっちの方が恥ずかしくなってくる。今時、子供でもこんなに赤面しないぞ。


 片頬を緩ませて、昔からの弟分を見つめる。


『別にいいんじゃないか。告白はしたのか?』

『こっ……告白なんて?!』


 顔を上げたバートンは、口を真一文字に結び、頬と言うより首まで赤らめて動揺していた。


こいつは、ほんとにかわいいなぁ。


 最高位の宰相様と言うより、自分の後ろを付いて回っていた弟分の頃みたいで、否が応でも口元が緩む。


 ふふっ……。


『わ、笑わないでください!』

『あぁ悪かった。馬鹿にしたとかそんなんじゃなくてな。長い付き合いだが、お前と恋バナをしてるこの状況が、なんだかおかしくてな』

『恋バナって……まぁたしかに』


 居た堪れないのか、顔を背けてカップを手に取ると、少し冷めた紅茶をグイっと飲み干した。


『それだけじゃないんです。どうやら知り合いの主君もそのお嬢さんに……好意を抱いてる……みたいなんです』

『……』


 尻すぼみに声が小さくなり、それに合わせたかのように顔の赤みも引いていく。


 主君って……。

 お前の言う()()()()に関わらず、この国に「主君」と呼べる御方はただ一人だぞ。せめて上司と呼べば多少は誤魔化せたものを。


 ツッコミを入れたい気持ちをグッと堪えて話をすすめる。


『なるほど。その知り合いは、自分の上官と女を奪い合っているのか』

『奪い合うなんて、そんな! 

 ……一番大切にするべきは姫の気持ちだと思ってます。それを蔑ろにして自分の感情を押し付けるのは……』


 姫? ……姫って言ったか?

 知り合い設定どこいったーー!!


 喉元まで出掛かった言葉をのみこんで、俯いたまま大きく深呼吸をする。


 あーー。言いたい……!


 もはや珍事件だろ。

 平素とは違い、穴だらけの問答に辣腕を奮う宰相様の面影は一欠片もない。



 ──冷静に考えると、王とその側近が一人の女を取り合ってるこの状況は、国の安寧を考えれば眉をひそめる事態だ。

 でも恋愛という恋愛をしてこなかった、この堅物な弟分に、少しくらい甘い気持ちを教えてやりたいと思っても、バチは当たらないだろう。


『……しかしこのままだと男として意識して貰えないのではないか? 恋愛に発展させるなら、まずは異性として意識してもらうことからだ』

『? 私は男ですから異性として見てると思いますが?』

『それは性別の認識であって「異性として意識してる」とは、違うことだろ?』

『……そう、なのですか?』


 腕組みをして考え始めたバートンを見て、この先の道のりの険しさを実感した。


『はあ……たとえば。お前は侍女やご令嬢を前にして、可愛いとか触れたいとか思った事はないのか?』

『なっっ!』


 ガチャン!

 ソーサーに手が当たり空のカップが横倒しになる。


『……そこまで動揺しなくても』


 少し溢れた紅茶に手をかざして、水分を散らす。


『カリアス殿が変な事を言うからです!』


 うーーん。こんな初心(うぶ)な男がどうやったら、陰謀蠢く社交界で生きてこられたんだ?


『男なら皆、多少はあると思うぞ。

 可愛いらしい、スタイルがいい、肌が白い、あとは魅惑的な胸元だな……とか』

『むっ! ……しゃ、社交界は情報収集と人間観察の場であり、王宮は仕事場です!』

『あぁ……シリック様の方針か』


 無言で頷くバートンを見て、前宰相様の教育方針を思い出す。

 たしか夜会や茶会に参加した時は、その日に会話をした人物と、会話で得た内容をしたためて、報告書として提出するって話だったな。

 情報収集と人脈構築に重きをおけば、間違ってはいないんだろうが……。


 必要以上にに神経を尖らせていた少年時代のバートンを思い出す。


『見合いを前提にした茶会もそうだったな』

『はい。調査書を鵜呑みにするな、と。

 女の嘘と真実を見破る目を養う必要があり、それを鍛えるのが茶会であると、教えられてきました。だから正直、顔の美醜や容姿などに気を止めたこともないのです』


 ……うん。この初心で堅物な男を生み出した原因は、親の責任でもあるな。


 思わず遠い目をしてしまう。


『まぁ何にせよ。好意を持った相手に自分を見てもらいたいのか。それともこの先一生、秘めたままでも良いのか、まずはそこからだな』

『一生……』

『そうだろう? 知り合いの恋敵が主君ならば、常に間近で仲睦まじい様子を見る事になる。

 だから役職うんぬんはとりあえず置いといて、自分が納得いく方法を選べ。でないと……辛いぞ』

『…………はい』


 残りの紅茶を飲み干したところで、話の区切りもついた。しかし眼の前には、真剣な顔をした男が一人。


 こんな日は紅茶より酒だろ。


『よしバートン、いやニコラス。飲みに行こう!』

『えっ?! いや私は明日までの仕事が残っているので──』

『大丈夫だ。日頃、真面目なヤツは大抵のことは許される。これがラウザやヤン辺りなら、補佐官の雷が落ちるだろうけどな』


 パチリとウインクをしてみせると、バートンの頬も緩む。


『……ではご相伴に預かりましょう』

『その言い方だと、私が馳走するように聞こえるが?』


 茶器をサイドテーブルに移して会議室を後にする。


『こういうのは年長者に甘えるものですよね?』

『……まったく』

『どんな店に連れて行ってくださるのか楽しみです』

『……地味にハードルを上げるなよ』



  ◇  ◇  ◇



 昨夜は結局、かなりの酒を飲み王宮内の自室に着いたのは深夜を軽くまわっていた。

 同じ睡眠不足でも、ベッドで甘いひと時を過ごすのと、男の愚痴を聞いて過ごすのでは雲泥の差ではある。


 それでもまぁ……たまには悪くない。


 足を止めて廊下の窓から外を眺めると、薄っすらとオレンジ色に染まる空模様に、昨夜の二人だけの宴を思い出す。


 もっと早くに時間を作れば良かったな。私もバートンも仕事をし過ぎなんだ。


 シルバーグレイの髪をクシャりとかき上げて、王の執務室の扉をノックする。


『カリアス様!』


 何故か抱きつくような勢いで、距離を詰めてきたのはダニエルだった。


『どうしたんだ?』

『陛下が……陛下が……』


 声を震わせるダニエルに尋常ではない事態を察し『何があった』と詰問をする。


『今日一日、心ここに非ずの状態でまったく仕事が進んでいないんです。理由をお聞きしても「何でもない」を繰り返すばかりで……』

『何かあったのか?』


『わかりません。お体が優れないのであれば侍医を呼びますと、進言したのですが拒否されてしまいました。こんなことは初めてで、どうしたら良いのか……』

『わかった。私もお尋ねしてみよう』

『ありがとうございます。宜しくお願いします!』


 気持ちを切り替えて陛下が行きそうな場所をいくつかまわり、最上部の庭園に足を運んだところで、黒衣を纏った体格の良い背中が目に入る。


 良かった、いらっしゃった。


 まずは安堵の息をついた。

 ここは滝をのぞむことができる唯一の庭園で、この時間だと滝に夕陽が反射して得も言われぬ絶景を生み出している。

 王と側近のみしか利用を許されていない庭園の為、辺りには誰もいない。


『……陛下』

『……カリアスか』


 後ろに控え、膝を付いて次の言葉を待つ。


『……ここに座れ』

『失礼します』


 一人掛けのソファに座って、主君の顔を覗き見ると、その表情は今まで見たことかないくらい沈痛な面持ちで、事態の深刻さを物語っていた。


『……陛下。恐れながら具申(ぐしん)致します。

 何かトラブル等の不手際がございましたら、仰って下さい。もしくは思い悩む案件でしたら、その胸の内を我等臣下にもお教え頂けないでしょうか。不詳の身なれど、共に考えることはできましょう』

『共に……か』


『はい。出過ぎた真似であることは重々承知ですが、陛下が御一人で想い悩む姿は、我等臣には辛いものがございます』

『……』


 叱責を覚悟で進言すると、陛下は組んでいた足を下ろし、両膝の上に肘をつくとそっと手を組んだ。


 空は黄昏時とも言える様相へと変化していく。


 沈黙のあと、王の微かな呟きを聞きそびれるという失態を犯してしまい、グイっと身を乗り出し、再度紡がれた言葉に全神経を集中した。


『カリアス……』

『はい』

『そなたは──』


 こののち、今度はカリアスが言葉を失うこととなった。


『……そなたは……恋愛のスペシャリストと、呼ばれている、らしいな』


『……………………はぁ?』



 セヴラン・カリアス・ストラトス

 初めて「不敬」を働いた瞬間だった。




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