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第139話 シリックの思惑②



「私の涙……ですか?」

『はい。食堂の件を耳にしまして、一度拝見したいと思った次第です』


 突然の申し出にミレイは驚き、言葉を詰まらせた。


 緘口令がしかれてたはずだけど……やっぱり遅かったんだろうね。それかサンボウから聞いたか。


 チラリと見上げた先には、貼り付けたような笑みを浮かべるシリックがいた。

『営業職のような笑顔』に見えるのにどこか不自然で、それすらも計算のように思えてくる。いや、おそらくそうなのだろう。そうして相手は自ら深みに嵌っていくのだ。


「あの〜私の涙に関しては……」


『大丈夫ですよ。ただの興味本位であり、悪用しようなどと思ってはおりませんから』


 断り文句を言い切る前に、被せるように紡がれた。しかしそれは、ミレイが冷静さを取り戻すのには十分だった。


「……悪い事に使えるとは、もともと思っていません。でも、今のシリック様の発言で悪用しようと思えば出来るのだと知りました」


 和やかな空気が一瞬ピリッと、ひりついた。


『……なるほど。状況把握もできないような間抜けではないようで安心しました。理解力の乏しい相手との会話は苦痛でしかありませんから』


「…………えっ?」


『もちろん褒めているんですよ? 先日の茶会の時から思っていたことですから』


 紅茶を飲みながら淡々と語られた内容に、面食らってしまう。


「……あのぉ。そちらが本性でしょうか?」

『本性などど言われると聞こえが悪いですね。僕はただ国賓に対して礼をとっているだけです』


「……へぇ」


 こんの、ひねくれイケおやじめ!


 ミレイは笑みをつくろうとしたが口元が引き攣るだけに終わってしまった。



『水姫の涙は治癒力があるうえに、結晶化までしてるとか。それはとても希少なものなのです。それを多くの者を救う為に与えたと聞いています』


「与えたわけではありませんが、みんなを救う一助(いちじょ)になればと思い、行動しました」


『ふふっ。……本来ならその心意気に関心するところてしょうが……。やはりおもしろいお嬢さんだ』


 ゾクり……と背筋が震えた


 声音も表情も何も変わらない。

 でも言いようのない雰囲気にミレイは知らずに生唾を飲んだ。



「あの……。怖いんですけど」

『……はい?』


「ですから怖いんですよ。私はあなたの息子さんの友人ですよ? 子供の友人に対してその威圧感はどうかとおもいますけど。

 ……それとも仕事とプライベートの区別が苦手な方でいらっしゃる?」


 わざとコテンと小首を傾げて問いかけると、シリックの頬が僅かに緩んだ。


『おかしな事を仰いますね。仕事ができる者というのは、オン・オフの切り替えがしっかりできる者の事をいうんですよ』


 自分で言っちゃうんだ?! 

 まあ有能なのは本当みたいだけど。


「それは同感です。それなら今後はもう少し和やかに会話を進めて貰えますよね?

 ……年端もいかない子供相手に探るような態度は、良識ある大人としては大人げないと思いますよ」


 芝居がかった笑みと仕草で対処を試みたが、なかなかうまくいかない。


『……年端もいかない子供は、会議に乱入して国の重鎮達を手玉に取ったり、無謀にも激昂する王に嘆願したりしません。さらに衆人環視のなか、女性の頬を引っ叩いたりもしないでしょうね。

 まったく誰がそんな的外れなことを──』


 シリックが溜め息をついて、首を左右にふったところで今度はミレイが言葉を被せた。


「ヒルダー様です。あなた様のお兄様であるヒルダー様に、()()と言われました」


『……そう、ですか』


 僅かに綻びた反応。


 一本取った! と思った次の瞬間には、もう元の通りの『鉄仮面』と呼ぶに相応しい表情に戻っていた。




「……あの。私の涙をどうするおつもりですか?」


 埒が明かないので話題を戻そう……。


『別にどうと言うことはありません。ただの好奇心です。

 ──それはそうと。ご存知ですか? 

 大神官様が陛下と謁見されたそうです。議題はおそらくあなたの所有権を巡ってでしょうね』


 初めて聞く話に驚きを隠せないし、ある単語に引っかかりを覚える。


「私はモノじゃないんですけど」

『そうですね』

「何で神殿が私の所有権を主張するんですか?」

『言わなくてもわかるでしょう?』

「理解力が乏しいもので」


 その挑発的な応酬にシリックはフフッと笑うと、反応を楽しむかのように『治癒の力』と告げた。


 だろうね! むしろそれしかないよね。


 ミレイは細く息を吐く。


『あなたはこのまま王宮に留まるか神殿に籍を移すか、もし選べるならどちらを希望しますか? 

 ちなみに神殿に入ると神子扱いとなり、外出には申請が必要となります』


「それは今とは変わらない生活ですねぇ〜」


 暗に不便だと伝えられた内容に、少しの嫌味を籠めてみる。


『では、どちらでも良いと?』

「そんなこと言ってません」


 神殿に行ったら知り合いなんていないもの。サンボウもクウもロスもいない。

それに水龍さまだって……。


 不意に水龍の笑った顔が想い起こされる。

 すぐ頭をブンブン振って、追い払うがなんだか気まずい。


 そもそも私の中ではその二択じゃないしね!


『ふむ。存外、ここでの生活は過ごしやすいと思って頂けてるのでしょうか?』

「…………さあ」


 わざとそっぽを向いて言葉を濁す。


『つれないですねぇ。

 ──では、そろそろ水姫様の涙をお願いできますか』

「えっ!? いつ良いと言いました?」


『……駄目ですか?』


 唐突に変わった話の流れに面食らっていると、不思議そうな響きをのせた言葉に後が続かない。


 了解もしてないけど、駄目なのかと、言われたら別に駄目なわけではない。


 いや駄目なのかな? 

 水姫の涙は水龍さまの許可が必要と言われた気もするし。でも……。


「水龍さまに聞かないと……」

『大丈夫です。私の方からご報告致しますので』


 良い笑顔て間髪入れずに返された。


 ミレイは自然と部屋の隅に置かれている美しいドレスが目をやった。

 トルソーに着せられた豪華なドレスの他にも、普段着用の簡素なドレスも勧められ、結局各ショップごとに二着ずつ。計四着も注文することになってしまったのだ。


 ドレス……貰っちゃったしなぁ。

 私の涙はタダなわけだし、断るのもねぇ〜。

 それに相手はサンボウのパパであり、元宰相様らしいから大丈夫……だよね?


『無理なら平気ですよ』

「えっ!?」

『すみません。あなたを困らせたいわけではありませんから。……ただ息子を救ってくれた涙がどんなものか知りたかっただけなのです。

 ……でも駄目ですね僕は。長年宰相として過ごしてきたせいか、他人に不快感を与えてしまう』


 伏された目に少しだけ哀愁が漂う。


「そんな不快感なんて!……こちらこそ失礼な態度を取ってすみませんでした」


 警戒心むき出しで噛みつくなんて、野良猫じゃあるまいし。

 立ち上がって頭を下げるも、後悔が先に立つ。


『いいえ。お許し頂けるのですか?』

「そんな、許す許さないの話ではありませんから!

 ……涙ももちろんいいですよ」

『本当ですか?』

「はい。でも一応水龍さまには伝えて下さいね」

『もちろんです』



 ミレイが胸の前で両手を組み、意識を集中させる。

 そんなミレイを、見定めるかのような真剣な面持ちで眺めるシリックは、端から見てもただの『興味本位』には見えなかった。



 頬を伝う涙。

 それは光を纏い、落ちる寸前にその姿を結晶石へと姿を変えた


『これが……』



  ◇  ◇  ◇




 夜の帳も降り、宵闇の夜。

 王宮近くの大きな屋敷の一室では二人の男が酒を交わしていた。


『どうした? いきなり訪ねてきたかと思えば大人しいじゃないか』


 トクトクトク……

 二つのグラスに赤いワインか注がれる。


 グラスの中で踊る液体を無言で眺めたあと、男は懐の中から箱を取り出した。


『これを』


 テーブルの上に置かれた箱の中は、緩衝材が敷き詰められ、その真ん中には何かを包んでいるようなハンカチが一つ。


『なんだ?』

『水姫の涙です』

『……陛下の許可なくして持ち出すことは禁止のはずだが』


 垣間見えた探るような視線。


『ですから後で報告すると伝えてありますよ。

 ……()()()、ね』

『まったくお前はそう言うことには頭が回るものだ』


『似たようなものでしょう。宰相と名のつく職歴を持つ者など、碌でもない人格ですから』

『遠回しに貶められている気がするのだが、わしの気のせいか?』

『そうですね、気の所為ですよ。ヒルダー前宰相閣下』


 ワインを一口含み、おどけた口調で家主をからかう。


『なるほど。たしかに碌でもない人格だ』


 シリックがハンカチを広げると、中には透明な結晶石が四つ。


『兄さんなら鑑定できますよね?』

『……ふむ。しかし何故こうも無謀な真似をした』


 見上げた視線は思いの外、眼光が鋭い。


『いくつか疑念がありまして。それは神殿との交渉が進む前に明らかにしなければならないと、僕のカンが告げていたので、いささか強引ではありましたが、実行に移しました』


『……カンか。それは無視できまい』


 王宮で魑魅魍魎達を相手に長年培った()()は、時に己の生死をも左右することを知っている。


 ヒルダーがグラスを置き結晶石に手を伸ばす。


 シリックはただ黙ってその様子を眺めていた。








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