表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/193

第13話 ポジティブに行こう


 ちゅん ちゅん。 ちゅん。

 小鳥の囀る音が聞こえ、窓から柔らかい日差しが顔を照らしていた。


 朝だ……。


 重い瞼を開け、吐息をついた。

 

 ──頑張らなきゃ、と思ってた。

 不安もあったけど何とかなる、って思ってた。

 ……甘かったね。


 ミレイは意識的に大きく息を吸って、心を鎮めるように静かに息を吐いた。昨日、ニウの母親にされたように手の平で頬をグリグリしてみると、瞼が腫れているように感じた。あれだけ泣いたのだから仕方がない。でもそのお陰で心は随分と軽くなっていた。

 泣くという行為はデトックス効果があるらしい。

 抑え込まれていた感情を発散させ、心を落ち着かせることができるのだ。ミレイは身をもって実感した。


 両手を見て、グー、パーとしてみる。 

 漂着した次の日も同じ事をした。


 うん……大丈夫。

 あの日のように不安だらけの朝じゃない。少なくとも支えてくれる人がいる。必要としてくれる人もいる。……妖精だけどね。

  

 勢いよくベットから出て「大丈夫」と口にしてみる。

 言葉は力になる。


「ミレイ、よく考えて。

 ここには『彼氏が〜』ってマウントを取りたがる嫌味な後輩も『独身は自由でいいわよね』っ愚痴を零す先輩もいないの。『これもセクハラになるの?』な〜んてニヤニヤ聞いてくるエロ吉川もいない! 」


 バシッ! 枕にグーパンチがめり込む。

 いろいろと思い出してきた。

 気分もどんどん上がってきた。


「無視がなんだー! 私だって世間の荒波を超えてるんだ。社畜をなめんなー!」


 片手を天に突き上げ、一人決起集会をしたところで、リリスさんが慌てて部屋に入ってきた。


──もし航海日誌を付けていたら『異世界に転移して五日目の朝。私はどん底から華麗な着地をした』とでも書いているだろう。


 リリスさんの軽いお小言を聞いていたら、ぐぅー。とお腹が鳴った。


「まったく。……食事にするかい? 」

「はい! 食べないと動けないし? 」


 含みを持たせてニカッと笑ったら、リリスさんにコツンとされた。真似をしたのがバレバレだ。


「まず顔を洗ってきな。すごくブサイクな顔をしているよ」

「そんな〜」


 リリスさんが安心したように笑いながら部屋を出て行った後、妖精達がそうっと入ってきた。


「みんな昨日はありがとね」

『いや。私等は何の役にもたっていないのじゃ』

「何を言ってるの? 私の事一人にしてくれたでしょ。

 昨日の私には必要だったから……。ありがとね」

『…………姫の役に立てたの? 』


 クウが恐る恐る聞いてきて、他の二人も私の様子を伺っているように思えた。何故か解らないけど、ここは返答を間違えてはいけないと感じた。

私は満面の笑みを湛えて「うん。ありがとう」と答えると、妖精達は肩を震わせて呟いた。


『でも、次はもっと違う形で……』

『もっと、もっと……』


 泣きじゃくる三人を見て、私は気がついた。

 私と彼らは一緒なのだと。心の深いところで不安と焦燥を抱えていて、お互い目指すものはあるのに空を切るような手応えのなさを感じている


 ……上手くいかないね。


 パチン。 軽く手を叩いてみた。

 妖精達は目を見開き、こちらを見る。


「考えてもしょうがないことは考えない。今できることを考える 」


 みんなぽかんとした顔をしていて、その表情は小さな子供のようだった。


『姫、元気なの? 』

「うん。元気は私の一番の長所なの」


 窓を開けると爽やかな風が入ってきた。髪がなびき、緑の葉の匂いもする。


「……私ね、昨日すごく辛かったの。私の全部を否定されたような気持ちになって、私も楽観的な性格だからね。仕方ないんだけど……」


 実際、私もリリスさんと一緒に村に行き、もっと自分から交流を持っていれば少しは違ったのかもしれない。


「だから自業自得なの。でも現実をありのままに受け入れる事の大切さは知ってるし、行動を起こす事によって改善できることもある、って学んできたの」


 だから頑張る、とミレイは曇りのない笑顔を見せた。そして妖精達にそっと手を差し伸べた。


「私とみんなは仲間みたいなものなんだよね? それなら、いつまでも泣いてると〜おいてっちゃうよ? 」


 おどけた口振りでウインクをしてみせると、みんなは顔を見合わせ、涙を拭い『元気なのじゃ』と笑顔を見せてをくれた。


「よし、それじゃ〜。みんなで顔を洗いに行こう! 」

『行くのじゃ〜』

『行くの〜』


 妖精達の後を歩きながら、キッチンを通り過ぎるとリリスさんがスープの仕上げをしているようだった。その少し丸まった背中が母親と重なり、胸の奥が温かい気持ちになった。


 ──そもそもお母さん、50オーバーだよね。

25の私が太刀打ちできるわけ無いのよ。何なの、あの人の懐の深さは?母親だから? それに無駄にいろいろな事を知ってたし……。

 そうだよ。今の私が同じ様にできたら若さが足りないよ。恋愛だってしたいし……。うん。青臭く行こう!私はまだ25歳だ!


 謎の自己暗示をかけて落ち着きを取り戻した私は、いつも通りテーブルに付き、何気なくお皿を見た。


「お肉ー!! 」


 気づいた時には子供のように叫んでいた。

 お皿にはローストしたお肉が二枚、神々しく鎮座していた。嬉しくてリリスさんを見上げると、リリスさんは私を見ずに、斜め上を見ていた。


「リリスさんすごい!美味しそう〜。たべていいですか?! 」


 そう言いながら手にはナイフとフォークを持って、ケーキ入刀ならぬ、お肉入刀をしようとしたところで「ちょっと、待ちな」と無情なストップが入った。


「何で? お肉が冷めちゃう」

「肉よりもその浮いてるのはなんだい? 」


 ミレイはスープの中身を見た

「馬鹿、違うよ! 宙に浮いてる方だよ! 」


 不思議に思い、リリスさんの視線の先を見ると……妖精達がいた。「あ〜」と一瞬考え、チラリと肉を見た。頭の中で天秤が揺れている。


「あの、後から説明します。せっかくリリスさんが用意してくれたのに、食事が冷めちゃいます。とりあえず食べましょう」と真剣に言うと、リリスさんと妖精達は無言で視線を交わした。

 サンボウは溜め息をつくと

『御婦人よ。姫……ミレイ殿もこう言っているし、失礼なのは解ってはいるが、先に食事でどうじゃろうか』と提案してくれた。


 ブラボー! 何、このイケてる妖精!


 初めてサンボウが格好良く見えた。

 リリスさんも同意し、妖精達にも食事が振る舞われ、何やら不思議な食事会が始まった。二名が美味しい美味しいと騒ぐので、沈黙の食卓にならなかったのは、せめてもの救いだろう。


皆さん、読んで下さりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ