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第134話 街の狼藉者



『その知り合いの方のお名前を、お聞きしてもよろしいでしょうか?』

『ええもちろん。ニールと言って侍従をしています』

『…………ニールか』


 クウの肩から力が抜ける。

 厄介な連中を想像していただけに、肩透かしをくらった気分だ。

 ニールとはクウの部下にあたる侍従で、王宮まで通いだからこの辺りに馴染みがいても不思議はない。


『あ〜、ニールね。前に泣きながら酒飲んでたよね』

『えぇ。なんでも閣僚会議で給仕してたら、お偉いさんの資料に紅茶ぶち撒けて、その場でクビだーー!って激怒されたらしいの。すぐに近侍頭様が間に入ってくれたから、クビにならずに済んだって言ってたわ』


『……私は彼の上司だし、当然のことですよ』


『でも、それであなたが謂れのないそしりを受けたって言うじゃない』

『そんなものはあそこで生きていれば呼吸と同じように耳に入ってくるもの。気にしていたら、きりが無いですよ』


 クウはどうでもいいといった素振りで腕を組んだ。


『……ニールは本当に感謝してたのよ。

 自分みたいな平民の為に衆人環視のなか、頭を下げてくれたって。本当なら嫌味な長官よりもずっと身分が高いのに、自分に代わって謝ってくれたって……』


『言ってたね〜。罰も減俸じゃなくて、管理棟の掃除にしてくれたって。平民に減俸はきっついからね〜』

『ニールの家は親父さんいないのよ。あの子の稼ぎが一家を支えてるの』


 みんなの目がクウに注がれる。


『大したことじゃないの。せっかく育てた部下に辞められても困るし、減俸処分にして、健康管理もできなくなったらまたミスに繋がって、こっちが迷惑するから掃除で手を打っただけ』


『なんだ〜クウ。随分早口だなぁ〜』

「ロス楽しそうだね」


 クウの肩をバンバン叩くロスを見て、ミレイの口元にも笑みが浮かぶ。


『そういえば、侍女のジミィも近侍頭様のこと言ってたわ。なんでも──』


 ウルバが意気揚々と話に加わるものだから、クウは『アクセサリー探してると言ってましたね。案内しますよ』と半ば強引に話を遮った。


『こっちは任せろ』


 ニカッと笑ったロスに、クウは納得いかない表情で『……すぐ戻るの』とこぼして、背を向けた。


『……素敵な方ね』


 市場の人混みに向かって歩く三人の背中を見送りながら、エリーが目を細めると、ロスは自慢げに

『そうだろ? あいつだから王宮の使用人はまとまってるんだ。多分、そのニールってヤツの家の事情も知ってそうだ』

『知ってるだろうな。実際、使用人がいなければ我々は本来の業務はできないからな』


 サンボウの漏らした一言に、周りの女達は驚きを隠せなかった。


『どうした?』

『……いえ、たかが使用人ですよね?』


『言いたいことはわかる。しかし侍女が掃除をしてくれるから、常に室内は清潔だし、侍従が伝聞役を担ってくれるから滞りなく予定が組める。それ以外にも助けて貰ってることはいくらでもある。

 ……仕事と言うのは常に誰かの助けがあって成立している、と私は思っている。違いますか?』


『いいえ……その通りです。あなた様みたいな貴族の方もいるんですね。私──』



 コロコロ……


 突如、足下に何かが投げ込まれた。


 ボフン!

 球体を認識した途端、破裂してモクモクと煙が広がる。即座にロスが反応して、剣を鞘ごと振りまわして剣圧で煙を吹き飛ばした。


『キャアーー!』

 突然の出来事に悲鳴が上がり、女達は蹲った。


『サンボウ、姫を連れてここから離れろ! 

 エリー達はひと塊になりこの場に待機だ! 』


『わかった!』


 即座にサンボウはミレイを抱き上げると、自身の周りに結界を張ってその場を離れた。その後を三人の男が追跡し、屋根上にも二人視認した。


 狙いは姫か……? 


 遠くの気配を追っていたらロスの前にも三人の男が姿を見せた。


 不安そうなエリー達にサンボウはニカッと笑って『大丈夫だ。ちゃんと護るから』と伝えると、女達は顔を見合わせてフッと肩の力を抜いた。

 目の前にいるのが誰なのか、認識したのだ。


『心配なんてしてませんよ。この辺りに団長さんに叶うヤツなんていませんから』

『そうよね』

『あんたらもーー。この人は騎士団最強の男よ! 

 死にたくなかったら帰んな!』

『……アリスの口の悪さに安心する日がくるなんて思わなかったわ〜』


 騎士団長?……と、俄に狼藉者達に動揺が走った。

 ロスはそんなことお構い無しで、左手を翳して女達の周りに水牢を作り上げる。


『お前達は何者だ? 狙いは黒目の女か?』


 男達は気圧されながらも視線を交わし、三人同時に斬りかかってくる。


『だんまりとはひでえなぁ〜。まぁいい。洗いざらい話してもらうぞ』


 屋根の上の二人も騎士団長と聞いて、こっちに加勢することにしたようで、暗器用の小型ナイフが立て続けに飛んできた。


 こっちにきてくれるなら、むしろ好都合だ。


 ニヤリと笑って、鞘つきの剣でナイフを叩き落とす。返した剣の腹で男の足を払い、左足で踏みつけたところで足に鉛のような重しが纏わりつく。屋根上の一人による術だろう。

 それを見て足下の男が『今だ!』と叫んだ。


『『団長さん!』』


『なあ〜にが、今だ!……だよ』


 二人が斬りかかってくる様を視界に入れつつ、小さく『水鉤縄(みかぎなわ)』と唱えると屋根上の二人に向かって水の矢が飛んでいく。すると逃げる間もなく、二人の男はぐるぐる巻きに拘束された。


 女達が屋根上の捕り物に目を奪われていると、いつの間にか目の前の三人の男達も、すでに捕獲されていた。


『いつの間に?!』

『やっぱり団長さんは強いのね〜』

『やばい、惚れるでしょ。コレ……』

『もうアリスったら』

『だって、あのキリッした顔はヤバいでしょ! 

 余裕で戦う姿もカッコいいし。……たまんない』


『…………わかるぅ。でも団長さんは私が前から狙ってるんだからダメよ!』

『そんなの落としたモン勝ちでしょ』

『ちょっと姉さん。アリスがこんなこと言ってるぅ〜』

『まあまあ』




 ロスが男達相手に戦っていた同時刻。

 サンボウもミレイを抱えながら人気のない道を走っていた。


『姫、大丈夫か?』

「うん平気だよ」と笑いながらも、シャツを握る手に力が入る。抱きしめる華奢な肩が頼りなく思えた。


 姫はこんなにも小さかったのか……。


 頼もしさすら感じていた姫は、れっきとした女性であり、あの程度のゴロツキに怯える、か弱い女性だった。

 縋るような仕草に、思わず抱く腕に力が入る。

 


 姫のためにも早く決着つけるか。


 サンボウはあえて路地裏に入り込み、突き当りまで進む。


『よぉ兄ちゃん、鬼ごっこはおしまいか?』

『あのガタイのいい男に任せて、逃げれば良かったのによぉ〜。用があるのは女だけだ』


『……この女性に何の用だ』


 まともな答えは期待しないが、目的は聞き出さなければならない。


『そんなの決まってんだろ? 黒目の若い女でいい体つきしてやがる。……おまけにそいつは……ニンゲンか? フハっ! 値が張るのは目に見えてるなぁ〜』

『品定めも楽しそうだ』


 下卑た笑いが、サンボウの静かな怒りを刺激する。


『丁重に可愛がってやるから置いていけよ。女なんていくらでも代わりはいるんだから、無理すんなよ』



 代わりはいる? ……だと


 ──姫はただ一人だ。



 可愛がってやる?


 ──姫は……この(ひと)は誰にも触れさせない!



 ミレイの顔を自分の胸に押し当てて、視界を遮ると、サンボウは詠唱をした。


 それは人間の国にいた時に何度も聞いた文言。



『──数多(あまた)の水よ 我に力を……』



 三人の男の足元に陣が浮かび上がると、六角形の円柱状に形どった。


雷懴水(らいさんすい)


 陣の中で水が蠢き、稲光が走る。

 男達は雷光を浴びて体を震えさせながら喉を掻きむしり、水の壁を何度も叩く。


 一人の男が陣の中で意識を手放した。

 また一人……一人……。


 三人が地面に伏したのは、発動してから時間にして、ものの数秒だろう。しかし空気抜かれた水中で雷撃を受け続けると、下手したら即死の危険性もある。失神したのは、彼らの体が今できうる限りの自己防衛の手段を取ったにすぎない。


……水鉤縄(みかぎなわ)


 サンボウは男達を一瞥したあと、水の縄で拘束してその場を後にした。



 暗い路地を抜けて明るい通りに出ると、そこは散策路だった。街路樹の葉が風でなびき、道の下には川が流れ、魚が水面で跳ねる音が聞こえる。


 先程までの仄暗い感情は薄まり、残るのは今まで感じたことのない熱い想いだった。



 その向ける相手は──


 このひとは渡さない……渡したくない


 誰にも……



 ──あぁ……そうか


 私は姫のことが──



「サンボウ?」


 自分の胸元から聞こえてくる愛らしい声にそっと力を緩める。


 ──このまま連れ去ってしまいたい。



ふと湧き上がった感情。

それは生まれて初めて味わう独占欲だった。


 ──他の女なんていらない

 姫だけが……姫だけが



 ──ほしい……



「サンボウ? 大丈夫?」


 自分を案ずる声


 姫……。いや……


『…………ミ……レイ』


 掠れ声で発せられた音はかろうじてミレイの鼓膜に届いた。


「……えっ!?」


 ふと呼ばれた名前にミレイの方が驚いた。

 初めて会った時から『姫』としか呼ばれたことがないのだから当然だ。


『……そう、呼んでは駄目か?』


 頬を赤らめて下を向く様子はいつも通りに見えるのに、決していつも通りではない。


「いいよ。いいけど……どうしたの? 

 なんだか様子が変だよ?」


 そっと頬に触れる手は小さくて温かくて、サンボウは自然と自らの頬を擦り寄せた。



『ミ……レイ。聞いてもらいたいことがあるんだ』

「なあに?」


 サンボウの表情は見たことないくらい堅くて、わずかに開いた目は宝石のように綺麗で、ミレイはただ見惚れていた。



『私は自分で思うより鈍かったらしい。

 今更気づくなど……。でも、気付いたからには嘘はつけない。

 ……私は姫のことを……ミレイのことを愛──』



『ここにいたのか!』


 サンボウの声を掻き消すくらいの大きな声が、ミレイの鼓膜を震わせた。振り向くとそこにはロスとクウが立っていた。


「ロス! 無事だったのね! お姉さん達は?」

『もちろん無事だ!』

「さすが騎士団長様だね!」


 そこにはもう張り詰めた空気は跡形もなかった。

 サンボウは溜め息をひとつつくと、ミレイを地面に下ろした。



『……なにを話してたの?』


 クウの探るような視線は、友に対するものではなく、王宮のクセモノ達に向けられるものと同じだった。


『さあ……何だったかな』



 サンボウとクウの隣をバケツと網を持った子供達が駆け抜ける。


『今日は僕が一番獲るぞ』

『違うよ僕だよ〜』

 じゃぁ競争だな……なんて微笑ましい声が耳に届く。


 サンボウは無言でミレイを見つめ、クウはそんな二人を見遣り、そっと溜め息をついた。

 

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