第133話 街の女
市場を抜けて個人店が並ぶエリアに入ると、市場の活気とは異なる日常を感じることができた。
雑貨店をいくつか巡り、ソニアへのお土産を買ってベンチで一息ついていると、華やかな装いをした女達がこちらに向かって歩いてくる。
『あら〜。ヤン団長じゃないですか〜』
『ほんとだ。最近ご無沙汰ですよね〜』
『ヤン団長!』
会いたかったです〜と腕を絡ませる女は、上目遣いでロスに笑顔を振りまく。豊満な胸にロスの腕がめり込んでいくが、当の本人は顔色ひとつ変えない。
『お前達か、今は休憩時間か?』
『そうでぇ〜す』
『ヤン団長こそ今日はお休みですか?』
そう問いかけるのは、この三人のなかで一番年上であろう女で、グレーの髪色をした垂れ目と赤い口紅が特徴的な色っぽいお姉さんだった。
『ああ、久しぶりの休日だ』
ニッカリと笑うロスに、お姉さんは
『それでしたら、皆様でうちのお店にいらっしゃいませんか? 他ならぬ団長様のお知り合いの方々ですし、サービス致しますよ』
唇の端を上げて妖艶に微笑む。
腕組みをする仕草に誘われて、自然とビスチェドレスを纏った肢体に目がいく。腰回りが大胆にカットされ艶めかしい曲線があらわになり、太腿の深いスリットは美脚を惜しげもなく披露している。
わあ~、迫力美人。あんな服を着こなせるなんてすごいなぁ。しかも脚……きれい〜。
『折角のお誘いですが、ご遠慮させて頂きたい』
丁寧に一礼して断るサンボウをミレイは信じられない思いで見つめた。
あーーそっか。私がいるから泣く泣く辞退したのね。悪いことしちゃったな。
『あら残念。でも気が向いたらいつでもお越し下さいね。私達はこの通りを一本向こうに入ったエクシリアという店で働いております。いろいろ愉しめる店になっております』
『姉さん駄目だよ。こんな上品なお貴族様は私達みたい店にはこないよ』
もう一人の女は、少し生意気そうな吊り目の顔立ちをしていた。
おおバラエティーに富んでる。
『いろいろ楽しめる』ってことは……ショーダンサーみたいな感じかな?
「あの〜。そんなこと無いと思いますよ。
たしか彼らに身分はありますが、それでも美しい花に惹かれる思いは一緒だと思います。皆さんから拒絶されたら、行きたくても行けないじゃないですか……」
シュンと項垂れたミレイに、サンボウは『別に私は行きたいとは……』と、やんわり自身の考えを告げた。
「サンボウこの麗しいお姉さん方に惹かれないの?
特にこの脚! 形の良いふくらはぎにすっきり伸びたアキレス腱。お腹だって適度な筋肉をつけつつも、柔らかさも兼ね備えているって一目でわかる仕上がり!
この完璧ボディに何も思わないとか……それは……男として大丈夫なの?」
しごく真面目な顔でサンボウに問うと、何故か隣でロスは口元を抑えて笑いを噛み殺していた。
『べっ、別にみんな素晴らしい女性だと思うし鍛錬の賜物だろうが、それとこれとは話が別じゃ。第一、女性の体をそんな見るものじゃない』
サンボウは耳を赤くしてそっぽを向いた。
『えっ。なに? 可愛いんだけど……』
『ほんと。いかにもデキる男で顔も良くて、上流貴族と思わせるような雰囲気も持ってるのに、根は純情とか……最高かよ』
『こら。アリス口調乱れてるわよ』
『すみませんエリー姉さん。でも美味しそうで……』
『どうするサンボウ。アリスにロックオンされたぞ〜』
からかうロスは楽しそうだ。
『なんだロックオンって。そもそも女性が腹部を露出するものじゃない。……風邪をひくだろうが』
父親のような物言いに、プッと笑いが起こる。
ひとしきり笑ったあと、姉さんと呼ばれているエリーと名乗る女は、ミレイに目を向けた。
『あなたの視点も面白いわ。あなたは私達を蔑まないのね?』
「蔑む? どうして? 先程も言いましたが、これだけのプロポーションを維持するのは大変だと思います。……失礼ですがダンスか何かやってらっしゃいますか?」
『えぇそうよ。ついでに二階は宿屋になってるの』
「……そうですか。でも、無理やり働いてるようには見受けられません。むしろ客を選別するような気位さえ感じられます」
想像はしてた。でも彼女達から悲壮感を感じられないのも事実だった。
『ハッ。正解よ。馬鹿な男に振り回される気はないわ』
『あーー。姫にこんな話をするのも何だが、彼女達の店は国で認可されてる店で保証もあるし、騎士達の馴染の店ってことで変な客もそうそういない……はずだ』
最後は自信なさげに隣を見た。
すると腕を絡ませたままの女が『お陰様で大丈夫よ』とパチリとウインクしてみせた。
「それなら良かった〜」
ほっと息を吐いたミレイを、女達は好感を含ませた目でみつめる。
その時、甲高い声が聞こえてきた。
『姉さん、やっぱり見つからなかった〜』
『だからいったのよ。欲しい時に買うべきだって!』
『だって即決するには高かったんだもん!』
言い合いをしながら二人の女達が合流する。似た系統の服を着ているところをみると同僚だろうか。
『どうしたんだ?』
『あっ、団長さん。市場でこの子の一目惚れしたネックレスを探してたんだけど、全然見つからなくて』
『今日の市は地方からも来ているせいか、大きいからね〜。どんな物だったの』
『ペリドット欠片を重なり合うように繋げたネックレスなの。欲しいって思ったけと、お値段もしたから迷ったのよ。一周して考えようと思ったら店がわからなくなっちゃったの〜』
肩を落とす女はウルバと名乗り、肩につくぐらいのふわふわのボブヘアをしている。
『もう買われたんじゃないの?』
吊り目のアリスが容赦なく告げると、今までダンマリだったクウが会話に加わった。
『ペリドットのネックレスか……。それは中央が白い花模様にデザインされてるものですか?』
『そう!それです。……知ってるんですか?』
『見ましたよ。たしか二列目の中央辺りの店だったはずです』
女達はクウの横に移動すると『それなら一緒に来てくれません?』と、しなだれるように腕を取った。
『無理なのでお二人で行ってみてください』
腕をそっとおろして、塩対応を体現するかのような反応をしてみせる。
『……あの。もしかして王宮務めでいらっしゃいます? それも使用人に近い役職の方』
エリーの言葉に、クウの動きが止まる。
『いきなり何です? 藪から棒に』
『すみません。知り合いから聞いていた方と容姿が似ているもので……。ずっと気になっていたんです』
『……』
にわかに緊張が走る。
クウは近似頭。そうそう表に出る役職ではない。それを知ってるとは、どういう事なのか……。