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第132話 散策


 もうすぐ昼になろうかという時間に、ミレイは裏門近くの庭園の隅で佇んでいた。


『姫、早かったの』


 振り向くと、クウが今着いたと言わんばかりに肩で息をしていた。


 いつもの黒のスラックスにパリッと糊の効いた執事風のシャツスタイルではなく、大きめのシャツに緑のベストを合わせ、下は茶色のピタリとしたズボンという、いで立ちだった。少し乱れた金色の髪をかき上げて、手で風を送るように扇ぐ仕草が、仕事中のレミスとは違って幼く見せている。


「わあ~美少年だ。そういう服も新鮮だよね〜。

 うん。似合ってる!」

『そう……かな? 市井の服なんて久しぶりに着たの』


 照れくさそうに笑うのがまた良き!



『たしかにこれでは、本当は「腹黒猫被り男」だと気付く者は少ないだろうな』

『いや、それ以前にレミスの年で少年は厳しいだろう』


 背後から声が聞こえたと思ったら、ロスとサンボウが立っていた。


『姫、すまん待たせたか?』

「全然大丈夫だよ〜」


 爽やかに笑うロスは平民出というだけあって、違和感がない。


 紺色のシャツは鎖骨から胸下まで編み上げるデザインになっているが、紐は結ばずにダラリとそのままだ。なのに、だらし無いと言うよりは、ワイルド感あふれるいい男に仕上がっている。それはひとえに、紐の隙間から覗く鍛え上げられた胸筋のせいだろう。

 おかげで再び『見てはいけない。でもみたい!』

 ……という、煩悩まみれの葛藤を味わう羽目になった。


「ロス、街に行くのに帯剣してるんだね〜」

『……』


 何気なく発した一言に、三人の呆れたような視線が突き刺さる。


「えっ、なに?」

『いや……。一応、自分は護衛要員だぞ?』

「あっ! そうだったね」

『やっぱり姫は姫なの……』


 頭上で溜め息が三つ重なった。


「もう! いいから行こう!」


 見え見えの照れ隠しに、三人は顔を見合わせて笑いあい、ズンズン進むミレイの後を追って裏門を出る。



 高い城壁の外は跳ね橋が掛かり、明確に王の住まう宮と外界を隔てていた。

窓から見るだけだった外界は、石畳の白と深緑、抜けるような青い空が印象的で、ミレイはひと時、時間を忘れた。


「……城壁の外ってこうなってるんだね。濠があるなんて知らなかったよ」

『濠の水は王宮裏の湖から流れてるんだ。幅はあまり無いが、水深は恐ろしく深いから落ちたら助からない。姫は特に気をつけるように』

「……はい」


 ミレイの感慨深い気分も、初めての外に出たウキウキ感も、一瞬で落ち着いてしまった。きっとメーターのようなものがあれば、スッと減り具合が見えたはずだ。


『まあまあ、そんな無粋な話は放っておいて、姫、いくぞ!』

『いや、待て。黒髪は目立つからな。念の為に髪の色をかえよう』


 そう言ってサンボウがミレイの頭を抱き込むように抱え込んだ。


 なっ、なに? 近いんだけど……。


 不意の至近距離に思わずドキドキしてしまう。頭上で何事か呟いたと思ったら、頭が急に熱くなってきた。


『いいね。自然な色味だ』


「……終わったの? 何色?」

『グレーだ』

「なんだ。どうせならサンボウみたいな紫とかクウと同じ金髪が良かった」


『それは無理なんだ。髪にある色素を変換するだけたから、姫が変えられるとしたらグレーくらいだ。クウなら黄色、白だな』

「なんでもいける訳じゃないんだね〜」

『それに争い事を避ける為に色を変えるんだから目立つ色は駄目だろう?』

「争いごと?」

『ああ。王都では少ないが、近隣の領地では人攫いが出るし、それ以外にもな……』

「そうなんだ」

『ああ。だから一人にはならないように』

「わかった」


 ロスの騎士団長らしい一面を見た気がした。


 水雲に乗ったロスが手を差し伸べてくる。振り向くと他の二人も小さな水雲を作り、その上に立っている。 


「……立って乗るの?」


 ミレイの様子にロスは逡巡した後、ニッコリ笑って水雲の上で胡座をかいた。


『まかせろ』


 そんな一言で腕を取られたと思ったら、胡座の上にミレイのお尻がすっぽり嵌まった。


 途端にミレイの脳裏に、夜会前の水龍とのアレコレが思い起こされた。


 この座り方は一般的なの?!

 しかも今は外だし、恥ずかしいんだけど!


「こっ、子供じゃないよ!」


『でも立つのは怖いんだろう? ならコレだな。

 大丈夫すぐそこだ。行くか』


 最後の行くか、は後ろの二人に向かって言ったようで、私の反論なんて聞いてない!


 水雲はゆっくりスピードを上げていく。


 石畳の道を真っ直ぐ進むと、右手に広場が見えてきた。

 更に進むと、新緑の木々に黄色い花畑。可憐に咲くのはミモザだろうか、揺れる木々と花々が次々に視界に入ってくる。心地良い風を全面に浴びて、街に着く頃には、既にミレイのウキウキメーターは満タンになっていた。


「ふぁーー! すごいね。気持ち良かった! 

 ロスありがとう!」


 満面の笑顔で返されて、ロスは『まだ見せたいものは何も見せてないぞ』と苦笑した。


 川の手前で水雲を降りて橋を渡ると、まずはじめに明るい色に塗られた幌付の馬車が目に飛び込んできた。

 溢れんばかりの花が詰め込まれ、質素な服ではあるが、精一杯可愛い格好をした少女が道行く人に花を売っている。


 一階の路面店では、カフェやパン屋……宝飾品店。いろいろな店が軒を連ね、身なりの良い御婦人方が笑い合う姿も見れた。


『この辺は貴族も訪れるから、それ仕様の店が多いんだ』

「道……広いね。それに街もきれい」


 大きな窓のカフェやマンション風の三階建ての家も建ち並び、色とりどりの店は華やかさを醸し出している。


 そうか? と、笑ったバートンが頭を撫でてくる。その時、不意に声を掛けられた。


『失礼ですが、バートン様ではございませんか?』


 大通りを歩いていた身なりの良いご夫婦がバートンに気付いたようだ。


 本人としてみれば『何故気付かれた?』って思ってるみたいだけど、はっきり言って、クルーネックのシャツに腰の下まである茶色のベストをサラリと羽織って、茶色のロングブーツできっちりコーディネートされているのを見れば、市井っぽい服を着てても『上流貴族のお忍び』なのはバレバレだ。

 そもそも纏ってるオーラが、平民のものではない。


『ははっ。サンボウ捕まったのね。

 姫、ロス先に行こうか。水姫だとバレたら面倒くさいことになりそうなの』

『おう!』


 そうしてサンボウ一人を置き去りにして、噴水のある開けた場所に出た。


『この噴水から奥は市井の者達の店がメインになってる。市場や屋台もその奥だ』

「すごい! おっきいーー!」


 大通りの直進したところで、三叉路に別れた道と中央の巨大な噴水が目に入る。思わず駆け出したミレイの目の前を、ガラガラっと荷馬車が駆け抜けた。


『姫!』


 間一髪のところでロスに体ごと後ろに引かれて事なきを得るが、御者の男は『コラーー!あぶねーぞ』と叫ぶなり、そのまま走り抜けた。


『姫、大丈夫か?!』

「……こっ、こわかった」


 ロスの逞しい腕をギュッと抱きしめると、自分の心臓の鼓動がいかに早くなっているか思いしる。


『姫、この辺は馬車の往来もあるから飛び出したら駄目なの』


 走り寄るクウにも注意されて、ミレイは項垂れて

「……はい」と答えた。


 さっきは子供じゃないって自分で言ったのに。恥ずかしい!


『ご婦人大丈夫でしたか? ……あっ!ヤン団長!』


 制服を着た男に声を掛けられたと思ったら、男はミレイの心配などどっかに飛んでったらしく、『ヤン団長』に釘付けになった。


 帯剣してるし、騎士団の人かなぁ〜?

 それにしては『憧れの人に会っちゃった』感がすっごい出てるけど……。 


『えっ。ヤン団長?』

『あっ団長だぁーー!』


 男の不用な一言で忙しなく動いていた、街の人たちの動きが止まり、あっと言う間に人だかりができた。右往左往してたミレイをクウの誘導により、人混みから抜けることができた。


「……救出ありがとう。あの人達は騎士団の人かな?」

『いや、あれは警邏隊警邏隊(けいらたい)なの』

「警邏隊?」


 クウの話だと、警邏隊というのは言わば街の『おまわりさん』みたいなものらしい。

さっきの男達は警邏隊の見廻り組で、それ以外にも常駐箇所が何箇所かあるそうだ。何かあれば警邏隊に声を掛ければ大体のことは解決できるらしく、市街地警備担当の第二騎士団が出向くような、大きな争い事が起きるのは、あまりないと言うから安心だ。


『やっと、追いついた。 ロスは……?

 ああ~。相変わらず凄い人気だな』


 二人に指さされた方を見て、サンボウは引き攣りながら笑った。


『落ち着くまで待っているべきだろうけど、時間は限らられているの。どうする? 先に市場に入る?』

『その方がいいだろう。おそらくロスは市場に入ってもあの状態だろうから』

「ははっ。そうかもね〜」


 王宮内とは違う気安い雰囲気に、ミレイは懐かしい気持ちになった。


「よし。市場をみよう!」 


 ミレイはロスに向かってジェスチャーで表現すると、ロスは口をパクパクさせて悲しそうな顔をしていた。


『ふふっ。待ってくれ〜!と、でも言いたげな顔なの』

『しかし()()でよく任せておけなどと言ったものだ。このままだと案内はおろか護衛もままならないぞ』


 バートンは呆れ顔で溜め息をつきつつ、ミレイが周囲とぶつからないようにそっと肩を抱いた。


「市民相手だし、強く出れないんだろうね。優しいロスらしいよ。……あっ。あれなに?」


 走り出そうとしたミレイの手をクウが慌てて掴み、ジト目で訴えかける。


「だっ、大丈夫だよ。わかってるから」


 から笑いで誤魔化したけど、はっきり言って異世界の市場だよ!? 興味持つなって言うほうが無理!


 元気な声で採れたて野菜をアピールするお兄さんや置物のような動かないおばあちゃん。どこかで肉を焼いているのか、いい匂いも漂ってきた。

 人々を見ているだけで、圧倒されてしまう。

 

「ねえ。早くいこう!」


 クウの腕をとり、小走りで店先に進むミレイ。その様子をサンボウは後ろから微笑ましく眺める。しかし何気なく視界に入るのは、ミレイの掴んている腕の行方だった。


『……』


 ──昨日、久しぶりに屋敷に戻ったら父がいた。

 いつもなら王宮の用が済めばすぐに領地に戻るのに、今回はやけに長い。何の気もなく話を振ってみたが、返ってきた答えが予想外だった。


 ……いや、本当は嫌な予感はしていた。


 姫と庭園にいたと言う噂を聞いてから。それを打ち消したくて遠回しに話を振ったのに、その工程までも父の計算の内だったのだから嫌になる。自分はまだまだ父の(たなごころ)の上にいる。


「サンボウーー。……どうしたの?」

『いや……』


 意識が浮上する。

 眼の前には、パッチリとした大きく愛らしい目がこちらをみていた。長いまつ毛が女性的だと思う。


「これ。ウゴジーっていうらしいの! 

 変な名前だけど美味しいよ!」


 太陽みたいな笑顔で差し出された果物は、皮は黄色で中身はピンク。種は赤……と、なかなかショッキングな色味だ。


『たしか南方のエルマル地方の果実だったな』

『へえーー。よく知ってるの』


 そう関心口調で話すクウの両手は、食べ物で埋まっていた。


『…………姫。この短時間で随分買ったのじゃな』

「違うよ。私が買ったのはこのウゴジーとクッキーで、あとはクウだよ」

『……』


 クウに言わせると、オススメの品ばかりで甲乙つけ難い……故の、この量らしい。 

 テーブル席に移動して三人で食べ始めるも、半分はクウのお腹におさまった。


『…………そう言えば、クウは昔からよく食べたな』


 サンボウが呆れ口調で話すと、締めの果実水を飲みながら、咎めるように返された。


『あんなに一緒にいたのに忘れたの?』

「そういえば、妖精の時もご飯ご飯ってよく言ってたね〜」

『燃費が悪くて、すぐお腹がすくの』

「でも、大きくなってから食べてるの見たことないよ?」

『いつも食事は執務室か私室だからね』

「それじゃ一人ごはん? ……今度一緒にたべようよ」

『姫と?』

「うん!」

『それは楽しそうなの!』


 愉しげな二人を穏やかな顔を眺めながら、サンボウはモヤモヤしたものを抱えていた。


 ──『お前はそれでいいのか?』


 不意に父の言葉が頭をよぎる。




『おっ!ここにいたのか〜』

「ロス!」


 人混みの中から頭二つ分くらい大きいロスが手を振りながらこちらにきた。


『まったく、何のための護衛役なの?

 案内係なら市場の子供達の方がよっぽど役にたったの』

『うぅ゙〜……。すまない。でもここからは任せろ!』


 胸をドンと叩いたロスに、クウは言葉を重ねる。


『任せるからには期待するよ? いいのね?

 クウは見たことない物が食べたいの〜』

『無茶をいうな。クウが知らない物を探してたら、一日終わっちまう』

『なら期待半分なの。それならハズレてもがっかりしないで済むし。

 ──姫、心の平安を保つには、過度な期待は良くないの。これが処世術だよ』


 話の内容と爽やかな笑顔に差がありすぎて、ハハッと苦笑いをしてしまう。


『クウ〜。たまには自分にも優しくしても良んじゃないか?』

『? 何を言ってるの? クウは十分優しいの。……不満でも?』


 不思議顔のクウと黙ってしまったロスを見て、ミレイが堪えきれずに笑い出した。


 体の大きなロスが小さなクウに言い負かされてシュンとしてるなんて……


『二人の掛け合いやっぱりおもしろいね〜。

 涙出てきちゃうよ』


『楽しんでもらえたのなら良かった。それじゃロスも合流したし、移動するの』

「賛成〜!」 

『自分は楽しくない……』


 ミレイは久しぶりのみんなと過ごす時間が嬉しくてたまらなかった。




 ──そんなミレイをジッと見つめる男が一人。


『おい。あれみろよ』

『なんだぁ〜』


 やる気のない男の襟元を引き寄せて、視線の先を促した。


『黒目……?』

『ああ。しかも……若い女だ』

『仲間集めるか?』

『そうしよう。護衛付きなのをみると、貴族の女かもしれん』


 ニヤリと澱んだ笑みが漏れる。


 男達は席を立つと、静かに二手に分かれた。



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