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第129話 おとない


『……と、まあこんなところだ』


 水龍が手を翳すと、映像がスッと消えた。


「……」

『どうした?』

「いえ、いろいろわからないところがあって……」

『だろうな』


 そう言うと水龍は立ち上がり、ティーセットを手に取ると、紅茶を淹れ始めた。その光景がなんだか似合わなくて、ミレイは「やりますよ?」と声をかける。


『これくらいはできる。……まあ、味の保証はしないがな』


 ぶっきらぼうとも取れる言葉と動作で茶缶を開けると、カップに湯を張る。


「ははっ。では、ご相伴になりますね」


 コポコポとティーポットに湯を入れる音に耳を傾けながら「……水龍さま」と声をかける


「夜会当日の混入事件はパウロス卿の指示ではないですよね?」

『ああ。あれはパウロスを呼び出す為にでっち上げたものだ』

「どうしてですか?」


『……パウロスとマクマードをあの場で合わせることに意味があった。

 もともとパウロスは自分と同じく外戚を狙うマクマードを疎んじていた。ライバルを蹴落とす為にいろいろ探っていたことは知っていたからな』

「それが不正ですか」


『ああ。マクマード家は今回の件で取り潰しになるだろうが、不正事業と薬は誰かが引き継ぐ要素を与えることなく、全て潰しておかなければならない。

 いわれのない罪を着せられたパウロスは、憤慨してマクマードを詰る為にその話題を出すと思っていた。こちらはそれを聞いて、問い詰めるれば良いのだ。

言い出したのはパウロスだから、持ってる情報を出せと命令することもできる。……と言う訳だ』


「なるほど……。公の場で暴露されたら知らん顔もできないし、情報提供も拒みづらいですよね」


『その通りだ。やはり良く頭が回るな。

 ……つけ加えるなら、パウロスに貸しをつくることも避けたかったのだ』

「貸し……ですか?」


『ああ。こちらから情報提供してくれ、と言った場合、これ幸いとばかりに交換条件を出すに決まっている。

 ──今なら脅迫状と傷害未遂の件をうやむやにするよう提案しただろうな』

「……なるほど」


『ヤツの権勢を削ぐ為にも、今回の事件は明るみにする必要がある。だからこそ、()()()()()()()()()()()()必要があったんだ』と笑った。


 その顔はとても悪い顔をしていた。


「……いろんな思惑が重なってて……なんだかすごいですね」

『考えたのは私じゃない。バートンだ』

「えっ!?」


 驚く私をじっと見ると、水龍さまは軽く溜め息をついた。


『お前のなかのバートンは、頼りないやつのようだな。アレはもともとこの程度の策略くらいはできるぞ』

「頼りないとは思っていませんけど……」


 思わず口ごもってしまう。


 思ってないけど、優しいイメージ先行して、人を陥れることをするイメージが削がれていた。


 まあ。宰相だから当たり前だよね……。


『マクマードの処罰が決定するのは、全ての罪状が出たあとだから随分先になるだろう』

「……たしか、腕輪の記憶だと水龍さまが眠る要因を作ったのもマクマード卿達ですよね?」


『ああ。奴らの計画はお前も知ってる通り、前の水姫を拐かすところから始まっている。これは水姫を王妃の座に付かせない為に入国そのものを拒否させる作戦だった。それから王──私への異物混入による傷害罪。

 あとは北部の害獣被害を人為的に起こした罪と無許可の興奮剤製造と使用の罪に、ミツタキス夫妻への教唆罪だな』


「あれ? マクマード卿の家に忍び込んだのは?」


『あれは私の影の仕業だ。侍女と会っていた時からパウロス家の名を名乗って安心させ、当日もいろいろと細工をした。名簿と計画書は既にこちらの手中にある』

「……はあ」


 あまりの見事な手腕に、言葉が出てこない。


『家宅捜索をすればもっと出てくるだろう。

 ──異物が混入されるまでの流れもワグネルが吐いたが……。聞くか?』

「聞けるなら、聞きたいです」


『ふむ。……前日の夜にワグネルの手の者が王宮に忍び込み、待ち合わせていた下男から盗んだ騎士服を預かり、変わりに薬を渡したらしい。

 薬は市販薬を混ぜ合わせただけの代物だったから、下男に逃げられていたら犯人を見つけ出すのは困難だっただろう』


「……捕まって本当に良かったですね」


『ああ。それに課題も見つかった。

 騎士団の人員不足は本格的に解決しなければ、威信に関わる。警備の隙をつかれただけでなく、洗濯に出した服はあっさり盗まれ、夜会当日に制服を着用してるだけで不審者の侵入を容易に許してしまった』

「でも人材確保と育成ですか。すぐにどうにかなるものではないけど……う〜ん」

 

 難しい顔をして窓の外に目を向ける水龍が何を考えているか、わからない。


 この距離がもどかしいな……。


「……私に何かできることはありませんか?」


『急にどうした?』

「もちろん騎士団うんぬんではなくて、ですね……。

 水龍さま、お疲れの様子だから、私になにかできないかなって……。

 あっ! マッサージとかどうですか? 私結構上手いですよ」


 水龍はニコっと笑ったミレイを眺めながら、わずかに口元を開いて驚いた表情をするが、次の瞬間にはもう「悪い顔」をしていた。


『……ミレイ。お前が出した手紙は「おとない」にあたるのだが、意味は知っているか?』


「おとない?」


『ふっ……。そんなことだろうと思ったが……』


 水龍が立ち上がり、ミレイ側に周りこむと徐ろに抱き上げた。


「きゃあーー! なにするんですか!?」 


『おとないの誘いを受けたからには、それ相応の振る舞いをするべきだと思ってな』


 スタスタと歩きながら向かう方角にはミレイの寝室がある。


「ん?……そっちの方向は……。いやいや、まさかそんなこと」


『心の声がだだ漏れだぞ』


 腕に抱き上げられながら見上げると、楽しそうに笑う水龍さまがいた。

 灯りのない暗い寝室に、大きな窓から見える月が美しい存在感が示していた。


 月光の柔らかい明かりと水龍さまの銀髪はとても似てる……きれい……


 トサッ

 ベットの上に優しく降ろされて、あろうことか靴まで脱がせてくれる。


「大丈夫です。まだ眠くないですから!」


 片手を突き出して自分と水龍さまの前に小さな壁を作ってみる。


 こっ、これは一体なんだい?

 どういう状況??



 ギシッ……。

 ベットの端に水龍さまが腰掛けたことにより、軋む音が深夜の静かな室内に響きわたる


「あの! おっ、『おとない』ってどういう意味ですか!?」


 会話! ……会話しないと!

 沈黙はヤバい気がする。


 部屋に満ちるのは『夜』を思わせる甘い空気。

 さらに眼の前の美しい人に当てられて、心臓が早鐘を打つ。


『おとないとは……主に王に使う言葉でな。妃が自身の寝室に、「王の訪れを期待します」と言う、夜の誘いの手紙なのだ』

「よるの……おさそい?」


 ──夜のお誘い!!


 処理しきれなかった言葉を脳が理解した。


 青ざめていいのか、赤面していいのかわからない。でも確実に首から上に血液が集中するのを実感する。

 水龍は口角を僅かに上げて微笑む仕草をするも、視線はミレイから逸らすことはなかった。


 足を組み、頬杖をつく。

 そんな仕草を瞬きも忘れて見つめてしまう。


 月明かりに水龍の銀髪がキラキラと光り、暗がりで微かに笑う水龍はどこか妖艶で、ミレイは知らずにゴクリと唾を飲み込んだ。


 どうしよう……。



 ゆっくりと美しい人の手が伸びてくる。


 それは甘美なる囁きに似ている……



いつもお読み下さり、ありがとうございます!


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