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第126話 朝のひととき



 水の中を揺蕩うような、温かな気持ちの朝だった。


 起きなくては……と思いつつも、『まだ大丈夫だよ』ともう一人の私が、甘く囁いてくる。

 体が包みこまれているように暖かく、その温もりが恋しくて額をすり寄せる。なんだかよく分からないが、この場所はとても治まりがよかった。

 とくとくと規則正しい鼓動の音に、幼子のように安心感をおぼえた。


「……?」


 朝の微睡みに満ちた部屋の中で、ミレイは瞼がとろけて今にも落ちそうななか、ゆるゆると目を開く。


 眼の前にあるのは……かべ?

 なんだろう……。


 再び眠り込みそうになるくらい瞼が重い。体は……うごかない?


「……んっ……なに?」


 違和感に気づいてそっと体を揺らすと、私の上になにかが覆いかぶさっているようだ。

 深く息を吸い込むと、何度か嗅いだことのある、心地よい匂い。


 この匂いは知っている……。


 もぞもぞと動いて頭の位置をずらすと、想像通りの高貴な方がいた。

 

 ……これじゃぁ、私は抱き枕だね。



 …………? えっ。……なんで?



 納得しそうになった自分を、頭の中で揺さぶって、ゆるゆるの思考を止める。


 自問自答とは、まさにこのことだろう。


 意識が浮上して、視線を動かすと私の部屋のベッドの上のようだ。とりあえず抜け出そうと再びモゾモゾを再開する。すると蒼い宝石のような瞳がこちらを見ていた。


『……』


 寝起きで焦点が合わないのか、ぼーっとしたまま、無造作に髪を掻き上げる仕草にいつもとは違う、男臭さを感じてしまう。そのうえシャツのボタンが真ん中まで開いていて、厚い胸板が露出していた。


 いつもは首周りまで覆われたキチッとした服を着ているせいか、ギャップがすごい。


 見てはダメ。でも見たい……。


 永遠のテーマになるだろう『良心の葛藤』にミレイも苛まれていた。そんな煩悩まみれのミレイは、さらに追撃を受けることになる。


『……んー……。みれい……か?』

「…………はい」


 寝起き特有の気怠げな雰囲気にプラスされた掠れ声。


 ……こんなのもう『けしからん!』としか言いようがないでしょ! 色気がだだ漏れなのよぉ!



 心の中で半ギレしてみる。

 首から上に熱が集まってるのがわかるだけに恥ずかしい……。


 このままだと私、心停止するかも……。



 自己防衛の為に枕に突っ伏したミレイを、水龍は無言で抱き寄せると、先程同様、治まりのよいポジションに抱き直す。やがてゆるゆると頭を撫でられる。


 …………心地のいい触れ方だぁ。 


 身を委ねそうになったところに、コンコンとノックの音が部屋に響く。


「……はい!」

『ソニアでございます。入室してもよろしいでしょうか?』


「えっ! あの、ちょっと待って! 

 ……もう、離して! 

 あーー。ごめん大丈夫だから入って」


 この短い問答の間に無理やり水龍さまを引っ剥がして、自分の服もなおした。



『おはようございます。龍王陛下、水姫様』

「……おはよう」


 ……なんだろう。

 何も悪いことしてないのに、何だか恥ずかしい!


 コホンと咳ばらいをして、改めて水龍さまに向き直る。


「なんで水龍さまがここにいるんですか?」

『……私は忙しい。日中はなかなか時間が取れないから、お前との時間を取ろうとすると夜になるんだ』


 体を起こして片膝立ちで髪を掻き上げる。


『だからと言って、こちらの都合を押し付けて、起きててもらうのは忍びないだろう? だから睡眠を妨げることなく、二人の時間を有効的に活用することにした』


「……なるほど。それが、今の状態ってことですか?」


 水龍さまは詫びれもなく、あくびを噛み殺しながら『あぁ』と言った。


「駄目ですからね!? 私の体調や都合に配慮した風なこと言ってますけど、ベットに忍びこむ時点でアウトです」


 ムスっとした顔で『……なにもしてない』と言った顔は高校生か!? ってツッコミを入れたくなるくらい幼いもので、正直…………かわいかった。



『水姫様、部屋の外でレミス様がお待ちですので、まずはお支度をお願いします』

「レミスが? 何で入ってこないの?」

『水姫様は夜着のままですので』


 当然とばかりのソニアの発言の意味がわからない。


「夜着って……。そんなのレミスは散々見てるよ?」

『……それは問題だな。これからは私以外の男には見せるな』

「なにそれ、意味わかん──」


 ベットの上で胡座をかきながら、おもむろに上着を脱ぐものだから、ミレイはムチ打ちになりそうな勢いでグリンと首を廻した。


 いやいや、恥じらう心を持とうよ!


 胸の鼓動が止まらない。

 やはり心停止してしまいそうだ……。





 そうこうしてる間に、レミスや侍女によって食事の支度が整った。


「──夜会から五日経ちましたけど、進展はありましたか?」


 肉と野菜が彩りよく挟まれたサンドウィッチをパクリと頬張る。

今朝のメニューはサンドウィッチに野菜スープ、木の実とキノコのパイに厚切りハムとフルーツだった。


 さすが王様との朝ご飯。

 朝からこんな重たいものは、私の胃は受付ないぞ……。 一応、量は少ないから配慮はしてくれてるんだろうけど……。

 なにしろ向こうにいた時は、出勤途中におにぎりかパンを買って簡単に済ませていた女だ。王宮でお世話になってからもパンとスープにフルーツくらいで済ませている。


 うーーん。残すのは悪いから……頑張るかぁ〜。


『水姫に暴行を働いたミツタキス家は取り潰し、手引された男は労役刑、従者については……まだ保留だ』


「……あの従者は私に暴行をしようとした男と夫妻に対して、庇うような発言をしてくれました。

 私が逃げようともう一人の男を攻撃した時も、後ろから抑えこもうとすれば出来たはずです。でもそれをしなかった。むしろ抑えていた手が緩んだ気がします。……まぁ気の所為かもしれませんが」


『なるほどな。一概に気の所為ではないかもしれん』


 水龍さまのスープを飲む所作が美しい。

 無意識に見つめながら「どういうことですか?」と質問をすると、顔を上げてスプーンを横に置いた。


『マクマード家の執事、ワグーナ•クバネルを捕らえた』


 何気なく伝えられたのは首謀者の一人の捕縛だった。


 水龍さまの目配せで室内には私と水龍さまだけになり、私も食事ほ手を止めて耳を傾ける。


『……クバネルの根幹にあったものは強い恨みだ。

 母を殺され、奥方の死因もゲイリー・マクマードと言えるだろう。そしてどちらも証拠不十分なうえに上流貴族というだけで、降格と減俸で済まされた。

 ──自分は大切な者を次々に奪われたのに、今ものうのうと生きているマクマードへの強い恨み。その処分をした現王宮制度への恨み』

「……そうですか」


 王宮制度というものがわからないから何とも言えないけど、泣き寝入りをしなくてはいけない状況だったんだろうか。


『クバネルは折に触れて、暴行まがいのことを口にしてマクマードの罪の意識を確認したそうだ。だが、マクマードは覚えてもいなかった』

「……」


『ミツタキス家の従者はクバネルと奥方の幼馴染として育った、と報告があった』

「えっ!?」


『同じ下級貴族出身で、奥方が亡くなった後、クバネルと共に失踪している。……二人で真相の解明と復讐を計画したんだろうな』


「……だからなのね」

 私が零した一言に水龍さまが反応した。


「いえ、囚われている時、従者の佇まいが綺麗だなと思ったんです。それこそ、もう一人の男とは雲泥の差でした」

『……長年、身につけた所作や仕草はそうそう抜けるものではないからな』


 水龍さまが寂しそうに笑う。

 その顔に胸が締め付けられ、私は席を立つと水龍さまをソファに誘った。


『従者だったアグリ・ベイヤードはお前に悪いことをした、と謝罪している。

 自分達の復讐の為に、何の罪もない女性を傷つけてしまった、と。途中から自分は卑劣なマクマードと、同じなのでは、と恐怖にかられたそうだ。それもあってか今は食事を拒んでいる』


「……」


 ──たしかに怖かった。

 あんな扱いをされたのは生まれて始めてで、すぐに忘れることは無理かもしれない。

 実際、今は暗い部屋が怖くて、寝る時も灯りをつけて寝てるくらいだ。でもそんな経緯を聞いてしまったら、許せる許せないは別の問題な気がしてくる。


「謝罪の気持ちがあるなら私はそれで十分です」

『……許すのか?』

「それで餓死されたら、後味悪いです。それにあの人に直接危害を加えられて無いですから」


 苦笑した私を水龍さまはそっと抱き寄せた。


『あの一件を立案したのはクバネルだが、それをミツタキス夫妻に進言したのはヤツだ。


 計画段階からあの夜会の一件で、マクマードまで波及させるつもりだったと自白した。

 ミツタキス夫妻に「もし捕まってもマクマードの名を出せば助かる」と吹きこみ、案にマクマード家執事の関与を匂わせた。だからこそ奴らの気は大きくなり、実行に移せたわけだ』


「それは……綿密な計画ですね」


『ああ。マクマードが捕まる原因となる一件だからこそ、密室、酒、暴行……と奥方の事件と酷似させたらしい』


「なるほど……」


 強い恨みの裏にあるのは、深い愛情だろう。奥さまを大切に思っていたからこそ許せなかった。マクマードもそれを裁いた国も……。


「あの、もしかして食事に混入させたのは……」


 ふと思いついたことを口にする。


『あぁ。クバネルの計画だ。

 ……不手際による夜会の中止など、王家の威信に響くし、携わった各部署の長官及び官僚は処罰の対象となるだろう。


 ラウザの話だと、クバネルは「王家も上流貴族達も纏めて踏みつけることができるはずだったのに!」と憤り、下級貴族だった自分の陰謀に振り回される王と側近達を見ているの愉快だったと……楽しそうに語っていたそうだ』


 心神喪失のような状態なんだろうか。

 でも……。


「被害を受けた方々はまったくの無関係です」

『あぁ。だから許すつもりはない。本人も許されたいとは思っていないだろう』


 強い意志とは裏腹に、その瞳は悲しみの色が目立つ。


『罪人を褒めるつもりはないが、計画の綿密性と多様性。非常時に備えていくつも策を労する周到性。それらの才知はむしろ……警務向きだった』


 埋もれてしまった才能。

 間違った使われ方をした知略。

 悔やむことはあるだろう……。でも彼はもう罪人だ。


 ミレイはそこにはあえて触れずに質問を投げかけた。


「……いくつもの策ですか?」


『あぁ。北の討伐が人為的だったことは聞いただろう? あれもヤツの計画の一端だ。

 王宮に忍びやすくする為に騎士団の分断とヤンの不在を狙って、北の害獣の住処に興奮剤を散布した。

 討伐の規模が大きくなれば治癒に必要な上級神官も駆り出される。夜会当日もあの場にミレイがいたから良かったものの、王宮で負傷者や死者が出れば、民衆から反発を受けることは間違いない。

 ……悔しいが一部はヤツの計画どおりに運んでしまった』


「そこまで考えてたなんて……。マクマードは本当に飾りだったんですね」


『あぁ。でも全ての指示を出したのはマクマードになっている』


 背筋がゾワリとした。

 目的はあくまでもマクマードを潰すため、その一点。



 コンコン

 ノックの音が響き、レミスが現れた。


『陛下、そろそろお時間です』

『……わかった』


 水龍はミレイに向き直ると『続きは次の機会だな』と言いながら、そっと五日前に打たれた頬を撫でた。

 部屋の出口まで見送ると別れ際に水龍は振り返り『では今夜な』と言って出て行った。


 ……ん? 今夜?


「ちょっと待って、また来るんですか?」


 慌てて廊下に出たが、もう水龍さまの姿は見えなかった。


「本当にくるつもりなの!? 

 一応、女子の寝室なんですけど!?」


 ソファに戻って愚痴っていると、見兼ねたソニアに

『水姫様、昨夜はよく寝られたようですね。薄っすらついていた眼の隈が取れています』と、笑顔で言われた。


「……」


 たしかに昨夜はよく寝れた。

 夜会以降、暗闇が苦手になって夜も起きることがあったけど、昨夜はぐっすり寝れた。その理由についてはわかってる……けど!


「……水龍さまに話したの?」

『なんのことでしょう? それよりもお食事残っていますね。もう少しお召し上がり下さい』


 こちらの質問を笑顔で躱して、テーブルに連れて行く。


 やっぱりソニアは悔しいくらい、よくできた侍女だ。


「……ソニア。このフルーツ牢屋に差し入れできないかな」

『牢屋に……ですか?』


 とまどうソニアの目を見て、私の意思を伝える。


「うん。従者のアグリ・ベイヤードに」

『……!!』


「私は餓死なんてのぞんでいない。悪いと思うなら罪は償うべきだと思う。

 ……()()()()()()()に報告に行くんでしょ? そのついでに上層部の皆さまにお伺いして、可能なら差し入れて。無理ならしなくていいよ」


『わかりました。……仰せのままに』


 少しの皮肉もこめて頼んでみた。

 これくらいはいいでしょ?


 ソニアは丁寧に一礼をしてフルーツを下げる。


 全容の解明にはもう少しかかるみたいだ。



 ……それにしても今夜もくるなんて……。

 何もないとはいえ、私も女子なんだけど!


 緩む頬を隠すように、パクリと大きな口を開けてサンドウィッチを頬張った。





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