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第124話 夜会 ─ 逆鱗


 殴られたお陰?で、少し目隠しが緩み、鼻の隙間から明かりが差し込む。


 まずは目隠しを取らないと、出口もわからないわ。


『あら、人間には不釣り合いな宝飾品じゃない。貰ってあげるわ』


 ブローチを無理やり奪い取ろうとする行為に、体を捻って抵抗をしてみせると、女は苛立ち、ミレイの体を投げ捨てるように床に横倒しにした。ミレイはチャンスとばかりに、絨毯に顔を擦りつけて目隠しの位置をそっとずらす。


 声の人数通りで間違いはなさそうね。


 顔は動かさないで、目だけで辺を伺う。


 口を出して仕切っているのは香水女だけど、全体を見てるのは……やっぱりこの従者よね。 


 チラリと見上げると、貴族と言っても遜色ないほどの美しい姿勢と佇まいだった。しかしこの状況でも彼は表情は変わることはなく、暗く濁った赤褐色の瞳が、ゆらりとこちらに向けられた。


 ミレイは反射的に目を背けた。


 ──いま……逃げなきゃだめだ。


 再び、恐怖が忍び寄る。



 従者がミレイの後ろにまわりこみ、無理やり体を起こさせると、騎士服を着た男はガチャガチャと酒瓶を両手に抱えて、一歩一歩近づいてくる。


 頭を下げて視線を動かし、逃走経路を模索する。


 どうしよう……。


 その時、不意に頭を後方に引かれて、無理やり口を開けさせられた。眼の前の男の長い前髪から覗く目と、ニタり笑う顔が気持ち悪い。


 やばい!


 そう思った時には、キツイ酒の匂いが鼻腔を覆うぐらいの酒量が、口の中を満たしていた。嚥下しないように慌てて顔を背けて、勢いよく吐き出す。


「っ……はぁ……はぁ」


『あら〜汚らしいこと。お似合いね。

 あなた達、あとは任せるけど我が家の名前は絶対に出すんじゃないわよ! いいわね!』


『……金は前金の二倍だ。いいな』

『わかってるわ。そのかわり上手くやるのよ』


 中年男はじとりとした目でミレイを見ると、女のために扉を開けた。二人で悠々と出て行く様子を視界の端におさめて、ミレイは機を伺う。

 再び口を開けられて、酒を流し込まれた。


 ブッフゥーーーー!!


 ミレイは眼の前の男の顔目掛けて、口内に溜めた酒を一気に吹き出した。


『めっ目が! なにすんだてめーー!』


 片膝立ちの男の足を思いっきり払い、そのまま後ろに倒すと、夫婦は突然の大声に振り返って歩みを止めた。


『……なにしてるのよ!?』


 いまだ!!


 ミレイは裸足のまま駆け出して、わずかに開いてる扉を目掛けて女の体に体当たりをする。女の悲鳴と共に、なだれ込むように廊下に体を投げ出した。


「だれかーー! たすけ──」


『静かにしろ!』


 中年男が私の襟元と背中を、床に無理やり押さえつける。辺りに人影は見えない。

 ミレイは自分の奇襲が失敗したことを実感した。


「ゔぅっ!」


 ……ここまでなの?

 水龍さまーー!!




『何をしている!!』


 絶対絶命と思ったその時、不意に男の声が聞こえた。


『女性から離れなさい!』

『ちっ!』


 中年男が舌打ちしたと思った次の瞬間


『ぁ゙ぅ!』

『きゃあ!』


 廊下に男女の悲鳴が響きわたり、拘束が解かれた。


 うつ伏せで乱れた髪が顔にかかり、状況はわからないけど、床から伝わる振動でおそらく誰かがこちらに向かってることはわかった。

 力強い足音と軽やかな足音がミレイの鼓膜を震わせた。


 だれか……くる?


 髪の隙間から、ぼやけた目で見上げると、頭上に白い布のかたまりが影を作る。


 えっ……なに?


 寝そべる私を飛び越えて、着地したその『影』の正体は、あろうことかドレスだった。

 後ろ姿だけ見ると、とてもドレスを纏っているとは思えない俊敏な動きで、瞬く間に夫婦を倒してしまう。



 な……何があったの?

 でもこの薄い紺色のドレスは見覚えがある気が……。

 いや、でもそんなまさか……!


『ミレイ、大丈夫ですか?』


 振り返ったその人は、先程の光景が白昼夢だったのでは?……と、錯覚してしてしまうくらい平然としていた。


「……」


 口をあんぐり開けて呆然としてる私に、何か勘違いをしてるようで

『無理に話そうとしなくても大丈夫ですよ』

と、慈愛に満ちた瞳で優しく声をかけてくれた。


 映画のような一幕を見せてくれたのは、私が良く知る人物であり、淑女のなかの淑女とも言える


 ……エリザベート・アンドレウ先生


 その人だった。



 ──いやいや、待ってよ! 

 初老のおばあちゃんがなんで私を飛び越えて、瞬殺してるの? しかも、二人の腕や足になんか刺さってるし! いろいろ追いつかないよ!


 えっ〜と……これ夢かなぁ?



「あの〜……。アンドレウ先生ですか?」

『当たり前です。何を言ってるのですか?』


 凛と立つ美しさは……ホンモノの先生だっだ。


「だって……」


 チラリとうめき声を上げてる方を見ると、いつの間にかそこにいたエリオールさんと騎士達が夫婦と騎士服をきた男を拘束している。



『相変わらずお強いですね』


 縄を解いてくれて、そっと上着を掛けてくれた相手を見上げると、渋めのイケオジがいた。


 ……だれ? いや、この糸目はもしかして……。


「あの。失礼ですが、もしかしてサンボウの親族の方ですか?」

『参謀?』

「あっいえ、バートン……様のことです」

『あぁ。バートンの父です。愚息がお世話になって──』



 その時、何の前触れもなく空気が重くのしかかってくるような圧迫感を感じた。



 サンボウの父を名乗る人物は会話を中断して会場の方を向いて跪く。そしてその場にいた全員が一様に跪いた。その理由は鈍感と言われる私にも理解できた。



 カツン カツン


 廊下に響く無機質な靴の音。


 音と共に一歩ずつ強まる圧倒的なまでの存在感。



『何をしている』


 ピリッと周りの空気が震えた気がした。

 下を向いていても、その声が恐ろしいほどの怒気を孕んでいることがわかる。


 でもミレイにとっては、一番聞きたかった声でもあった。


 そっと顔を上げると蒼い瞳と視線が交じわる。

 蒼の双眸は王族の血に連なる者だけに現れる支配者の証だという。その瞳が今まで見たことがないほどに見開かれた。


「……水龍さま」


 不意に零された、頼りなげなひと言……。


 のちにミレイは後悔した。

 気丈に笑えば、この後の惨事は免れただろう。

 でもミレイにとっては一番会いたかった人であり、心から安心した瞬間だったのだ。



 城の外では今まで穏やかだった空に雷雲が拡がりをみせた。次第に雨は暴風雨となり窓に打ち付ける。


 ゴロゴロ……ゴロ……


 雷鳴が轟き、会場からは悲鳴が上がる。

 騎士達は賓客に窓から離れるように誘導すると、廊下にも人が雪崩込んできた。



 先程までは好天だった。

 だとしたら、これは……。


 シリックはすぐにこの現象を理解したが、まだ諌められる状況ではないことも分かっていた。


 瞬きもせずにミレイを見つめる水龍は、その場に膝をつき、打たれて少し腫れた頰にそっと触れた。


『…………これは、どういうことだ』



 その場の空気が支配されたような錯覚を憶える。

 呼吸すら難しいほどの緊張感に、体の芯が痺れる気がした。



 雷雲からの放電により、一瞬光ったあとドカーン!という強い雷鳴が轟いた。

 王宮の上空では、何本もの稲妻が走り、広い窓から射し込む強い閃光は人々を恐怖に陥れるには十分だった。


 突然の雷に身を竦めるミレイを、水龍は優しく抱きしめた。


『ミレイ……』


 水龍の顔が歪み、悔恨の色が現れる。


『あいつらか……?』


 優しく問われる声音に顔を上げると、蒼い瞳は捕縛された彼らを見ていた。


 恐ろしいほどに整ったその表情からは、なんの感情も見えない。静かな殺気が稲妻のようにそちらに向けられていた。


 ゾワリと悪寒が走る。


 ほんの一瞬の出来事だった。


 気付くと四人は水牢に閉じ込められていた。瞳孔を開き、苦しそうに喉を掻きむしる四人。


 おそらく以前私を守ってくれた物とは全く性質の異なる、殺傷能力のある『水牢』だろう。そして術を発動したのは、間違いなく水龍さまだ。


『恐れながら申し上げます! 

 この者達の罪状を明らかにし、然るべき処分を与えますので、この場は何卒、御容赦下さい!』


 前宰相であるシリックの懸命な忠言にも、水龍の表情はひとつも変わらない。


「水龍さまお願いします!

 ……私、頑張ったんですよ? 全部『無いこと』にされてしまうのですか?!」


 このままでは後数分持たないであろう彼等を救う為と言うよりも、水龍が誰かを殺すところなど見たくなかった。

 ミレイは水龍の上着を掴んで、必死に訴える。



『陛下! 臣の為、民の為にも何卒、御自重下さいませ!』


 駆けつけたヒルダー、バートン、カリアスの三名も膝まずいて進言をする。


 その様子を無表情で眺めて思案したあと、水龍は水牢を解除した。


 安堵の溜め息が微かに聞こえてくるだけで、辺り一面静まりかえっている。



『龍王陛下。 貴方様の臣がホールにて待機しております。何卒、臣にもお声がけ下さいますよう、願い奉ります』


 ヒルダーの言葉に全員が礼を取り、切に訴えた。


 そしてそれが分からない王ではなかった。


『…………いいだろう』



 かつて今代の王が玉座についてから、これ程までの怒りを露わにしたことがあっただろうか。



 雷鳴は微かに弱まりを見せるが、稲光が衰えることはなく、夜の王城を不気味に照らしていた。



 ──彼の者達は龍王の『逆鱗』に触れたのだ。




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