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第119話 夜会 ─ 治癒



『──その力は稀有(けう)な力』


 そう言ったのは誰だったか……。




 少し前の森での日々


 自分の世界にいた頃は私の涙に意味なんてなかった。あざとく泣く……なんてマネも出来ない性格だしね。


 でも今は違う。

 私の涙に意味はなくても、()()()()には力がある。


 ツーっと頬を伝う涙に、落ちる雫。


 キレイ…… あれ? 光ってる?


 ふふっ、まさかね。

 自分の涙に見惚れるとか、どんなナルシストだよって、ツッコミの一つも入れたくなる。



『龍王陛下、ごっご到着されましたーー!』


 その言葉に全員が反応し、介抱に当たっていた者も手を止めてひざまずく。


『よい。礼をとる必要はない、手を止めずにそのまま処置にあたってくれ。レミス、バートン!』


『はい! ここに……』

 二人は呼ばれる前に水龍の前に移動し、礼をとる。


『報告しろ』

『はっ! まず傷病者ですが……』


「龍王陛下、失礼します。

 至急、お許しを頂きたい件がございまして、発言の許可を頂けないでしょうか!」


 報告を始めたレミスを、遮るかたちで横槍が入る。


『姫?』

「連日の不調法、申し訳ありません。心から謝罪します。ですが、みなさんの症状を軽減できるかもしれません。話を聞いて頂けませんか?」


 真剣な目で訴える。

 緊迫した場で、部外者である自分が横槍をいれる。……面白くないはずだ


『はぁ……。手短に話せ』

「ありがとうございます!」


 思わずガッツポーズが出てしまう。

 それくらいここは緊迫した空気がずっと漂っている。


「私の涙を、……水姫の涙を使うことはできませんか? バートン達も使ってましたし、みんなにも効くんじゃないかと思いまして……。試させてもらえないでしょうか?」


 上司に許可を求める気分だ。

 いや、気分じゃなくて間違いなくそうだろう。


『水姫の涙か……』


 考えこむ水龍さまに、バートン達も複雑な顔をしている。


 後押しが欲しかったワケじゃないけど、ここまで微妙な顔をされるなんて……。


『あの、水姫の涙はただの人間よりは力を持ちますが、今、この場で活用できるほどの力はありませんよね?』


 随行していたダニエルとカリアスが不思議そうな顔をしている。


『通常はそうですね』

『そうではないと? 水姫はまだ儀式を受けてはいないはずですが、何か顕現しているとでも?』


 歯切れの悪いバートンに、カリアスはミレイに投げかけた。

 

「えっと……治癒の力があるみたいです」

『治癒の力!?』


 驚く二人に気圧されながらミレイはこくりと頷くと、カリアスとダニエルは振り返って水龍さまを見た。


 なに? なんなのよ……。


『……水姫。見せてもらっても?』

「えっ? はい」


 ゴクリと喉を鳴らすカリアスとは裏腹に、ミレイは『食後は紅茶でいい?』と、聞かれた時と同じレベルで返事をした。


 気持ちを高めて泣くイメージをする。


 ツーっと頬を伝い、手にポタっと落ちる感覚。


 ……ポタ ポタ …………コロ


 !? コロ? コロってなに?


 異物の感触に驚いて、手の平を見ると、ほのかに光る石のようなものがあった。


「なにこれ?!」


『こっ……これは……』


 カリアスとダニエルは覗きこんで驚き、水龍は無言で見つめた。バートンに至っては目が開いている。


 えっ! 糸目の開眼なんてレアケースじゃないの!?

 ……もしかして私、何かやらかした?


「あーー。なんか塊になりましたね。多分、宝珠の影響かな?

 でも、これで持ち運びが楽になりましたね」


 発見!とばかりに話を振っても、まわりは神妙な顔をするばかりだし、サンボウなんて『そういう問題じゃない』と、なんだか怒り口調だった。


 だから何がダメなのか、理由を言ってよ!


「クウ。塊だとダメなの?」


 1人動じてない素振りのクウに話を振ってみる。


『あーー。ダメではないけど判断に困る』

「? それは治癒に使えないってこと?」

『いや、伝聞通りなら使えるが、果たして使って良いものなのか……。私などが判断はできない。

 そもそも()()の取り扱いには、絶対に王の許可が必要だと思う』


 それだけ言って目をそらされた。


「水龍さま。治療に使えるけど、使ってはいけない物ってなんですか?」 


 クイズのような質問だよね。水龍さまはだんまりだし。


「みんなの症状を少しでも楽にできるなら私は使いたいです。

 こんな卑劣な真似をするクズヤローのせいで、苦痛を味わうことになって、さらに後遺症が残るなんて、あってはいけないことだと思います」


 背後の料理人達を振り返り、そう告げると水龍さまは頷いた。


『そのとおりだな。ここにいる者達は私の大事な臣下だ。……何を悩んでいたのか。全員助けよう。


 ミレイ、いや水姫。そなたの涙を我が臣下に使ってもらいたい。頼む』


 この国の王である龍王が頭を下げた。


 三番手に休憩を取るのは、主に下級貴族出身の侍従や侍女に、下女上がりの侍女。同じく中堅以下の料理人でほとんどが平民だ。切り捨てられても仕方ないし、代わりはいくらだっている。それは本人達が一番理解していた。

それなのに、そんな自分達の為に絶対的な王が頭を下げる。

 それは信じられない光景だった。


「そんな、やめてください。水龍さま!

 私が言い出したことです。私がやりたいんです」

『……ありがとう。エリオール、騎士二人を水姫の護衛につけよ』


 今の流れで空気が変わったのを感じた。


 カリスマ性のある人はその言葉ひとつで、何気ない行動で、周りに影響を与えるって聞いたことがあるけど、水龍さまは正にそうだと思う。


「よし、頑張ろうーー!」


 頬をパチンと打って気合をいれる。


 ……たのむ、だって。

 あの水龍さまに頼ってもらえた。


 ミレイの胸に温かいものが込み上げきて、頬が緩む。


 今の私は無敵よ!

 絶対に役にたって見せるわ!


 苦しそうに横たわる人達の前に座り、意識を集中する。



 …………そうだ、前に言われたことがある。

 たしか私の涙に、治癒の効果があるってわかった時だ。


『水姫の涙には力がある

 それはどんな涙でも……


 だからこそ、相手を想って流す涙に意味がある


 ──その力は稀有な力 』



 それなら私は心をこめよう


 少しでも楽になりますように……

 痛みがとれますように……

 後遺症など残りませんように……


 お願い 宝珠よ 力をかして



 ──それは祈りに似た想いだった。



 ミレイの気持ちに呼応するように涙があふれる


 頬を伝う、清らかな水の跡

 光を纏い、落ちながら結晶へと姿を変える

 手の中でその凛とした存在感を主張する

 淀みのない綺麗な結晶



 恐いほどシンとした静寂……


 ほんの少し前までは、一刻一秒を争うような緊迫した空気がたしかに存在していた。

でも、それすらも忘れてしまうほどの存在感。


 横たわる患者に介抱する者。駆けつけた関係者。

 全員の視線がただ一人に注がれていた

 それは麗しい王でも、優秀な側近でも、社交界を代表する淑女でもない。

 なんの変哲もない一人の人間。


 みんながミレイを注視し、目が離せなかった。


『……きれいだ』

『これが水姫さま……』


 ほおっと、感嘆の溜め息を漏らし、恍惚と眺め入る。


「よし、出来た! おひとつどうぞ」


 そんな『神々しい』と形容できそうな空気感を察することができないのも、ミレイだった。


 まるで試食コーナーのおばちゃんのような文句だが、差し出された結晶石は紛れもなく、今まで見たこともないだろう希少なものだ。


 涙の結晶を目の前に差し出された男は、頬を赤く染めて戸惑い、辺を見廻した。


 そうだ。口に入れた物でこんな目にあったんだから警戒して当然だよね。でも……。


「あの、警戒する気持ちもわかります。

 でも水姫の涙は治癒の力があるみたいで、これはバートンやレミスも口にした事があるから大丈夫だと思います。

 ……少しでも楽になるかもしれないから、口にしてみませんか? 」


 ……二人が口にしたのは液体だけど、ね。形状が変化したことに一抹の不安はあるけど、多分大丈夫なはず! ……多分。


『あっ、いや、警戒というか……』


 そっともう一度目の前に差し出すと、結晶石を持っていた左手が不意に持ち上げられた。何事かと見上げると、結晶石はそのまま水龍さまの口元に運ばれた。


「えっ!?」


 パクリ。

 ミレイの指に少し冷たい唇の感触。

 驚いて見開いた黒い瞳と蒼い瞳が交差する。


「なにを……」


 ペロリ……

「ひゃぁ!」


 驚いて飛び出た、少し甘い声に慌てて自分の口を塞ぐ。こんな所で、こんな時に、絶対に出していい声ではない!!


 首まで真っ赤に染め上げて、睨みつけると水龍さまはフッと笑い 


『問題ない。症状の緩和に繋がる可能性がある。抵抗のない者は薬と思って飲むように』

『水姫様、出来上がったものから配布しても宜しいでしょうか?』


 ソニアの言葉に冷静さが戻ってくる。

 そうだ。ふざけてる場合じゃない。


「たのむわ」



 そこからは順調だった。

 スカートに落ちた涙の結晶をソニアが集め、数人の侍女が一人一人にまわっていく。

 すると最初の方に服用した料理人達から

『……震えが止まった』

『息ができる!』


 と、喜びの声が上がってきた。


 完全治癒とはいかなくても、その即効性に驚きの声が上がった。



 患者の喜びの声に、神官達からも『ありがたい……』と、安堵の声が交わされた。


 ──これだけの患者数と重篤具合から、早めに治療しなければ後遺症が残ることは神官達も理解していた。

 しかし、北の大規模な害獣討伐に神官も随行しており、人手不足だったのだ。

随行した神官は治癒のスピード、解毒浄化力、妖力量、各々に長けた、言わば治療のスペシャリスト達だった。


『水姫様の涙が効くのであれば、全員の治療をしなくても平気ですか?』


 中級神官が上級神官に伺いを立てる。


『いや、効果がどれほどかわからないから一応、全員の治癒にあたりなさい。必要なら体内の浄化も行うように』

『……わかりました』

『そんなに肩を落とすものではない。

 一から全て治癒するのと、取りこぼしを治癒するのでは違うのだから』

『……そうですね。失礼しました』


 神官達をまとめていた男は静かに辺を見回した。医官と神官、水姫によって間もなく収束を迎えることを実感した。


 ……何にせよ。良かった。

 いざという時にしっかりとした働きを見せないと、神殿の価値が下りますからね。ひいては予算分配にも関わってくる。


 しかし『水姫の涙』ですか……。


 軽い治癒程度なら、宝珠の力もあるからわかりますが……。

まだ儀式を執り行っていないのに、何故強い力が顕現しているのか?


 それにあの光は?

 『涙の結晶化』など、遥か昔の水姫様を彷彿とさせる。

 しかもまだ儀式の前だ。



 あの結晶石はまぎれもなく……。



 …………欲しいですね。我が神殿に




 じっとミレイを見つめる神官に、水龍は溜め息をついた。


 やはり目をつけられたか……。

 しかし、今優先すべきことは臣下だ。

 こればかりはしょうがない。


『陛下……』


 カリアスに呼ばれるも、内容は容易に想像がつく。


『検証は夜会が終わったあとだ。今は優先すべきことがある。

ただし、この食堂の件に関しては緘口令をしく。水姫のことを含め、徹底させよ』

『はい』


 使用人の喜びの声とは裏腹に水龍の周りには重苦しい空気が流れていた。



いつも読んで下さり、ありがとうございます!


夜会編……もう少しで終わりますので、あと少しお付き合いください。

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