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第118話 夜会 ─ 急襲


 王宮本宮の裏手に隣接する寄宿棟。

 使用人の居住区と共有スペースに分かれていて仮眠室や娯楽室、一階の食堂は王宮に勤める者なら()()()利用できる。



『男は椅子とテーブルを端に寄せろ!』

『シーツとタオルの予備、あるだけ持ってきました!』

『よし、傷病者の移動! 手の空いてる者は二人一組で運べ!』

『医官はまだか!!』


 ミレイ達が到着した頃には、食堂は大混乱だった。


 レミスが総指揮を取り、数名の侍従と侍女長が細かな指示を出している。

 床には真っ青な顔で呻き声を上げて、うずくまる侍従と侍女。なかには痙攣や呼吸困難を起こしている者もいた。


 ……なに……これ。

 ううん。躊躇ってなんていられない。


「ソニア!髪を縛る紐をだして!」


 ミレイは髪をまとめながら、近くの制服を着た侍従に声をかけた。


「手伝いにきました! 指示を下さい」

『……えっ? 黒髪? ……もしかして水姫?』


 男の一言に周りがざわつき、手が止まる。


 失敗した。クウに言わないと駄目だ。

 今の私は一般人じゃない!


「クウ! 手伝いにきたわ。指示を下さい」

『姫!? 何故ここに?

 いや姫は部屋にいてくれ。──ソニア!』


 今まで聞いたこともない厳しい声でソニアを呼ぶ。そんなレミスの腕をミレイは掴み


「人手が必要でしょう? 苦しんでる人がいるんでしょう? 使える者は使ってよ!」

『……わかった。では移動した女達の衣類を緩めてくれ。ソニア、マリィ、お前達は姫の側を離れるな!』


 麻痺? それとも神経毒みたいなもの?

 でも迂闊なことは言えないわ。


 ミレイとアンドレウ達が声をかけながら服を緩めていると、更に厨房の者も倒れ始めたと告げられた。

 床には既に五十人以上が横たわっている状況だ。

 そんな……と、絶望を孕んだ声が波のように広がり、皆の手が止まる。


『レミス様、事態の収束も大事ですが、このままだと夜会の準備が間に合いません。最悪、開催そのものが危うくなるかと』

『……わかっている。しかしまだ夜会に触れられる状況ではない。治療の目途がたたなくては……』


 レミスの補佐役を務めるガイヤールが小声で進言する。もちろんレミスも対応策を考えてはいるが、圧倒的な人員不足は確実だ。


 ここまでやってきたのに、まさか使用人を狙うとは……。くそ、甘かった!


 使用人なくして夜会を開くことは叶わない。

 それは自分が一番理解していたのに。レミスは悔しくて、唇を噛んだ。


 料理長を含む半数は別の厨房で仕込みをしていた為、調理はできる。しかし、この場の中堅以下の者達の不在は調理工程を大幅に狂わすだろう。


『レミス、報告をくれ!』


 思考に耽っていた肩を捕んだのは、息を切らしたバートンだった。


『侍女、侍従は共に全体の三分の一が罹患し、その人数はおよそ六十人ほどだ。

 料理人は中堅以下、全体の半数にあたる。なかには食事をする前の者もいて、厨房にいても症状が出ていない者もいる。

 医官、神官の派遣を依頼中だ。犯人は未だ見つかっていない』


『医官、到着しましたーー!』


 食堂に待ち望んでいた声が響き渡り、医官達が雪崩込むように入ってきた。


『ヴァーク! 医官への対応と傷病者の介抱はお前に一任する!』

 レミスの指示にヴァークと呼ばれた侍従は医官に現状を説明をすると、医官達は散り散りに診察し、慌ただしく薬を作り始めた。


『犯人は?』

『報告を受けて、すぐに全員食堂から出ることを禁じたが、その前に出奔している可能性もある』

『そうか。……陛下も直にこちらに到着されるはずだ』


 二人の顔が悔しそうに歪む。



『レミス殿! 怪しい下男を捕らえた!』


 裏口からエリオールと数名の騎士、そして両手を縛られた男が入ってきた。


 一縷の光明が見えた!


 レミスとバートンは顔を見合わせて頷くと駆け出した。しかしボディチェックをしても、怪しい物は何ひとつ出てこなかったという話だ。 


『植え込みからゴミ箱まで捜索してはいますが……』


 悔しそうなエリオールに、下男は嬉しそうにニヤニヤ笑った。


『オレが何したって言うんですか? 

 こんな風に疑うのはオレが平民だからですよねぇ? やっぱりお貴族様はお貴族様ですねぇ〜』

『なんだと!?』


 声を荒げる騎士を押しのけて、バートンが静かに問いただす。


『……つまりお前は今回の騒動に関わっていないと』

『関係ないって言ってるんですよ! 疑うならまず証拠見せて下さいよ。証拠〜! そんな物もないのにいい迷惑だ!』


 カッとなって胸倉を掴んだ騎士の手を抑えて、バートンが『わかった』と静かに言った。

 そして下男の首にガッと力強く掴み持ち上げた。男の足が地面から離れ、呻き声を上げて涎を垂らしながらバートンの腕を搔きむしる。

 そんな事にも動じず、バートンは早期解決の為に術を詠唱した。


無糸(むし)の水 意思持つ水 

 我に応え 我に従え 

 我に従属し 

 この者に係るもの その全てを我に示せ 

 さすればこの者の体液を捧げよう

 ──涸死水(かれしみず)


 詠唱と共に右手から綺麗な水の玉が現れた。

 玉の中はいくつもの術式が巡り、小さな乱気流をおこしている。

 玉は男の口に入ると、グルグル口内で回転し、やがてその一部は裏口に向かって飛んで行った。

 エリオールが水を追うように指示をだす。


『あれは……追跡術?』

『まさか。あれはいくつもの術式を同事に組み込む、難易度も高い術って聞くぞ。警務ならまだしも、なんで文官の宰相様が使えるんだよ』


 初めて見た高度な水界術に動揺が走る。


『……この術はお前の体液がついた物を追跡する術だ。媒介はお前の体液。

 私が捜索を辞めない限り、その水の玉がお前の体液を搾取し続ける。

 わかるな? ここからは持久戦だ。

 我々が見つけるのが先か、お前の体液が枯渇するのが先か……』


 男の瞳孔が開き、口の中には恐ろしくも美しい綺麗な水の玉。その光景は異様であり、その場にいた全員が釘付けになった。


『助かりたいか?』


 この場ににつかわない、バートンの優しい声と穏やかな目元。しかしその瞳は、暗い湖底を思わせるほど冷ややかだった。

 男は鼻水を垂らし、泣きながら首を縦に振って懇願する。


『では、お前が捨てた物を脳裏に思い浮かべろ。私の水がお前の脳に入り込み、映像を探る。

 あぁ、失神はするなよ? 失神したら最後、必要以上に時間を取られて迷惑だ。

 ──お前も体中の水分が抜かれ、ミイラのようになるのは嫌だろう?』


 シーーン……。

 あれ程騒がしかった食堂に静けさが降りた。

 男の呻き声が1オクターブ上がり、まるで断末魔の声のように鼓膜を震わした。。


『……あぁ、見つけた。

 エリオール殿、裏口の左側の壁に壊れた箇所がある。そこに小瓶を隠したようだ』

『わっ、わかった! ご協力感謝します。

 すぐに人員を集めて捜索しろ!』


『はい!』の掛け声と共に数人の騎士が食堂を出ていく。術は解除され、男は白目を向いて失神していた。


『……素直に話していれば苦しまずに済んだものを』


 無表情で語る姿は、周囲を震撼させるには十分だった。


『……ったく、そういうのはウチの仕事なんだけどな〜。宰相様よぉ〜』

『遅いからですよ。ラウザ殿』


 その張り詰めた静寂を破ったのは、軽やかなラウザの声だった。


『あとはお任せします』

『もちろんだ。おい! 連行しろ!』


 ラウザの一言で警務の者が動く。



『神官様お連れしましたーー!』


 新たな声がこだまし、室内のあちらこちらで明るい希望の声が上がる。

 神官は国内で唯一、治癒術や浄化の術が使える希少な者の集まりである。その為、その存在は国で保護され、才能がある者は早いうちに神殿に預けられ必要な教育を受ける。

 薬よりも効果が早くにあらわれる為、誰でもいつでも受けられるわけではない。神官の派遣には手続きも必要で医官とはまた異なる存在なのだ。



『レミス様、ウチの連中はどうでしょうか?』


 不意に声を掛けられた。

 背後には料理長と別の厨房にいた料理人達が心配そうに立っていた。なかには同僚に駆け寄り、とりあえず無事を喜ぶ者もいた。


『今、医官が全力で治療にあたってくれています。現状はなんとも言えません。

 ただお伝えすることがあります。症状の有無に関わらず、この厨房にいた者は念の為、他の厨房に出入りをしないで下さい』


 レミスの言葉に症状が出ていない料理人から抗議の声が上がった。


『そんな! 俺達は平気です!』

『そうですよ! それじゃ夜会の料理はどうするんですか? 今日のためにたくさん考えて、何日も寝ずに練習したのに!』


 中堅の料理人にとっては、今回初めて料理を任された者もいる。


『やっと、やっと一人前と認められて、一品任せてもらえたのに!』


 歪んだ顔でレミスの胸倉に掴みかかる。

 それを他の者が引き剥がし、宥められるが納得がいかない!と、涙ながらに訴える料理人たち。

 レミスが頭を下げようとしたところに、バートンがレミスの前に出た。


『この厨房にいた者は夜会用の厨房への入室を禁じ、一切の関与を禁止とします。宰相権限での命令であり、例外は認めません。破った者は謹慎処分とし、その責は料理長にも及ぶことになります』

『そんなひどいじゃないか!』

『なんで料理長まで!』


 身分差があることも忘れ、詰め寄る料理人にバートンは冷静に対処をする。


『お前達、今回は諦めろ。もし万が一、何かあれば陛下にご迷惑がかかってしまう』


 料理長の一言で、彼らは察した。

 国王主催の夜会で万が一にも()()があってはならないのだ。彼らは項垂れるとその場に崩れ落ちて泣きだした。


 ……そうだよね。悔しいよね。


 その光景を目の前で見ていたミレイもいたたまれずに俯いた。介抱している周りの料理人も『くやしい』と、肩を震わせて泣いていた。


 ……その無念さが伝わってくる。


 ゲホゲホッ。

 背後の男が咳こみ、手の震えも未だに止まらない。


『どうしよう、震えが止まんねえよ〜。

 このまま包丁握れなくなっちまったら……怖えよぉ〜嫌だぁ』

『助けてくれ……誰か。早く……後遺症が残ったら』


 あちらこちらで洩れてくる、不安を煽る言葉。

 ヒューヒューと聞こえてくる不自然な呼吸音。

 料理を愛してるからこそ感じる恐怖。


 もう何もできないの?

 そばに付いてるだけ? 水を飲ませるだけ?

 私にも、なにか……なにか……。



 ──ソニアから聞いた厨房の人達のこと。

 顔も知らない私の為に心を砕いていてくれたこと。

周りに疎まれてることを受け入れてるつもりでも、本当は寂しかった。

 でもそんな私を陰ながら応援してくれてた厨房のみんな。どれだけ嬉しくて、励まされたか……。 


 私にもなにか……。


 固く握りしめた手にひとしずくの涙が溢れおち、手を濡らした。


 あっ…………!



 ──みつけた。私にもできること



 




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