表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/193

第113話 夜会前日②


 カツン カツン

 一階の無機質な石畳に靴音が響き渡る。


『水姫様、すみませんでした。やはり時間をずらすべきでした。おまけに余計なことを……』と、一歩後ろを歩くソニアが神妙な声で話かけてきた。


「なにが?」


 足を止めて振り返ると申し訳なさそうに俯くソニアと、気まずそうな衛兵さん。


 ん? どうしたの? 

 私なにかやっちゃった?


『出過ぎたことを致しまして、本当に申し訳ございません!』

「何を謝るの? もしかしてさっきのこと? 

 それなら気にしないで。私の代わりに怒ってくれたのでしょう?」

『そうですが、水姫様にご迷惑が……』

「ご迷惑なんてかかってないよ」


 ソニアの背中をぽんと叩いて軽やかに行こう、と促がすと、ソニアは苦笑しながら、ふぅと小さく息を漏らした。


『水姫様があんな流言を鵜呑みにするような者に嘲笑されるなんて、我慢できなくて……。でも私は侍女なので堪えるべきでした』


 いつになく感情的なソニアを脇目でみながら「あ〜……」と頬をポリポリかく。


 先程まで私達はこの王宮で一番大きな庭園『華水饗宴(かすいきょうえん)』を訪れていた。

 『花々の宴』とも言われるくらい色とりどりの花々が華やかに咲き誇り、庭園の中央には三段からなる見事な噴水が、龍の彫像と共に優美さと力強さを共存させていた。庭園全体は、完璧なシンメトリーで設計され、観るものを圧倒させる。


 私は小規模ながら『王家の庭』のザ・ロイヤルと言わんばかりの洗練された感じとか、裏門に近い庭園──『緑華庭園(りょくかていえん)』の素朴な感じの方が好きだった。


 午後の時間帯のせいか、廊下も庭園に出てからもそれなりの人に会った。

 使用人は相変わらず会釈をして足早に去るけど、庭園にいた令嬢は違った。挨拶をするわけでもなく、絶妙に離れたところから、聞こえるように話をする。


 あれこそドラマでよく見る『奥さま知ってます? 実は〜』の世界だよね。そう考えたらダイレクトに文句言ってきたシャーリー達の方が潔い良いのかも。


 ふむふむ。と、噂話と言う名の悪口に聞き耳を立てると、私は三人を誘惑している悪女らしい。

 ……マジで!?

 部屋に招き入れ、逢瀬を交わしあの三人は既に骨ヌキ状態とか。

『穢らわしいですわ〜!』と声高にキャピキャピ言ってるのを見ると、むしろ『穢らわしいのがお好きなの?』って変な勘繰りもしたくなる。


 ケーシーの話は本当だったってことか。 


 ……しかし噂通りなら私、モテモテだね。

 イケメンなうえに権力もあり、デキる男に三人に言い寄られるとか。むしろ経験してみたい!

 

 そんな妄想に心踊りまくったとしても、仕方がないでしょ〜。

 まあ、私がどうしょうもない妄想してたからこそ、ソニアの行動に気づかなかったんだけどね。


 ソニアはあろうことか、噂話をしていた令嬢のところまで行き、非の打ち所のない綺麗な挨拶をして流れるように追求をはじめた。

 令嬢達は驚いて、しどろもどろで誤魔化したけど、ソニアはその様子を冷ややかな視線で貫いて


『物申したい内容がございましたら、バートン内務宰相閣下に書面にて進言されてはいかがでしょうか? 国賓の扱いは内務総省の管轄ですから』

『宰相閣下……って何を言ってるのかしら! 

 こんな噂話程度でお手を煩わせるわけないでしょ? そもそも渦中の方にそんな話をできるとお思いになって?』

『では、大人しくしていて下さいませ』

と、無表情で一蹴した。


 はっきり言って、美女の冷たい微笑からの〜

 一刀両断!

 文句なくカッコ良かった!


 その暴走ぶりに本人は恥じているけど、私は嬉しかった。これで名前で読んでくれたらなぁ〜。


 前に打診してみたけど、恐れ多いと言われてしまった。いやいや、こちら庶民なんですけど? なんなら貴族のソニアの方が階級的には上だよ、と言ったら、微笑で流された。


 まぁ。噂の内容も知ることができたし、わざわざあの庭園まで足を伸ばしたかいがあった。

 いちかばちかだったけど、()()()にも会えたしね! おかげで成果上々!


 王宮三階のフロアに着くと雰囲気が変わる。

 官僚も侍女もきちんと止まって会釈をしてくれるし、慌ただしさのなかにも品位を感じる。

そんな忙しない空気を肌で感じると、これ以上踏み込んでもいいのかな……と躊躇いが生まれる。


 ミレイが思案してると、いつの間にか部屋の前だった。ソニアはお茶の準備をしてまいりますと、部屋に入らずに来た道を戻って行く。


『水姫様、お手紙を預かっております』


 衛兵の一人に手紙を渡され、ありがとうと、にこやかにお礼を言って室内に入る。

 ソファに座って何気なく封を開けて、ミレイの動きが止まった。


「……!?」


 ガチャッ!!

 勢いよく背後の扉が開かれて、不意打ちをくらった二人の衛兵がビクついた。


「この手紙は誰から受け取ったの」


 いつも違う、少し強張った顔と声音で質問する。


『手紙ですか? えっと普通の侍女です』

「……髪の色は目の色は? 身体的特徴は?」

『えっあの……?』

「その侍女は今まで見たことかあったかしら?」


 問い詰めるような視線に、衛兵は『あっ……』と呟くと、顔から表情がなくなっていく。


『あの、手紙に何か問題がありましたか?』


 もう一人の衛兵が同僚をかばうように言葉を紡ぐ。


「…………いいえ。確認したいことがあったの。ごめんなさいね、言葉が強かったわ。ただ、手紙が届けられてからどのくらい経ったかしら?」

『水姫様が部屋を出られてすぐです』


 それではもう探すのは無理だろう。


 いつもと違うミレイの様子に、二人の衛兵が顔を見合わせて、もう一度聞き返す。


『何かありましたか?』


 その表情と行き交う侍女達のチラチラした視線に、ミレイはニッコリ笑って「大丈夫よ。ソニアに確認してもらうから。驚かせてごめんなさい」と早々に扉を閉めた。


 ふう……。焦りすぎでしょ私。

 でもこんなラブレター初めてもらったし、仕方ないよね。


 手紙をもう一度開くと


『親愛なる水姫様


 我が国にお越しいただきありがとうございます。

 救国の女神とまでいわれる御方なら、彫像のように大人しくしてるのが良いと思われます。

 どんなに美しい衣を身に着けても、穢れている貴女は麗しき龍王陛下に相応しくありませんし、陛下のお目汚しでございます。

 どうぞ美しい我が国の水で、身も心も清め汚れた人間の世界にお帰り下さい。

 それが貴女様の為でもあります。


 その身が可愛ければ、明日の夜会は欠席なさい。

 御身の保証は出来かねます。


 美しき龍の国の住人より』



 なんじゃコレ!!

 喧嘩売ってるよね? 完璧に売られてるよね!?

 おまけにシャーリー達の件もクギ指しにきてる。


 大きく息を吸ってぇ〜 吐いてぇ〜。

 気持ちを宥めていると扉が開き、ソニアが戻ってきた。


『ただいま戻りました。何かありましたか?』


 外の衛兵に何か聞いたのだろう。

 お茶の準備なんてそっちのけだ。


「……う〜ん」

『水姫様?』


 この憤る気持ちのまま手紙を見せたら良くない気がする。このまま放置しようか? でも明日の夜会のことも書いてあったし……。

 要はこれは脅迫文だよね?


 躊躇っている私に、もう一度『水姫様』と呼んだ。


 心配そうなソニアを見て、手紙を見せることにした。ここまで寄り添ってくれる人に、隠し事は良くない気がする。


「これ不在の間に届けられたみたい。熱烈なラブレターよ」

『ラブレター? あぁ、愛のお手紙のことですね』


 おお〜。こっちではそのまま『愛の手紙』なんだね。

 なんでも『愛の手紙』でも、()()()()を囁く場合は、赤い薔薇やブーゲンビリアの花を添えるとか。

 いわゆるプロポーズってことだね。

 向こうの世界でもプロポーズの薔薇の花束はメジャーだし、思わぬところに共通点を見つけたよ。


 そんなプチ情報までくれたソニアだけど、どんどん顔が強張っていく。


『………………はぁ!?』


 聞いたこともない低い声と歪んだ表情に思わず


 それは淑女的にアリなんですか? ソニアさん! 

 ……と、心の内で問いかけた。


 マズったかも?


『レミス様のところにいきましょう。こんな下衆、直ぐに捉えますのでご安心を』


 美女の口から乱れた言葉が飛び出てきた。

 さらに美しき龍の国の住人からの手紙は無惨にも、グニャリと歪んで、美しくない物に変わった。


『……なんでレミスなの?』

『レミス様は最高スペックの人物探知ができますので』


 それはあの記憶力のことなんだろうけと、そんな無表情で言われても


「あの、レミスのこと人物探知機みたいに言って良いの? 一応上司だよね?」


『…………事実ですので』


 あっ。ちょっと迷った?


 フフッと笑いがこみ上げてきて、なんだか気持ちも落ち着いてきた。


「ソニア相談したいことがあるからお茶を淹れてくれる? もちろん二人分よ」

『……承知しました』



 ──こんなにはっきり売られちゃうと、むしろ買わないと失礼だよね〜。

 正直、これ以上踏み込んでいいのか躊躇いもあったけど……。うん、ウジウジしてるのはらしくない!


 ミレイは吹っ切れたように、伸びをした。



  ◇  ◇  ◇




『今日も場内は明るいなぁ』

『明日は夜会だからな』


 言葉を交わすたびに白い息が暗闇に霧のように現れては消えていく。

 凍てつくような寒さのなか、城門を守る衛兵が王宮を見上げると、いくつもの部屋に煌々と明かりが浮かび上がっていた。


 そんななか暗闇にゆっくりと動く影。


『夜会かぁ〜。うまいもん出るんだろうなぁ〜』

『そりゃ出るだろう。……あれ?』

『どうした?』

『……いや、今なにか通ったような』


 塀にかかるほどの大木の葉が、微かに揺れている。


『まさか。ただでさえ室内の明かりで、外は灯籠いらず、って言われてるくらいだぞ。……それにここを通ったら流石にわかるさ』

『……そう、だよな』


 衛兵はほっと胸をなでおろした。

 次の瞬間、一迅の風が吹き、思わず兵士達は顔を覆う。


『うわっっ!』

『なんだよ〜。この時期の強風なんて珍しいな』

『まったくだ』


 その一瞬で王宮の窓下にある一部の植え込みが、ガサリと揺れた。蠢く二つの影……。


 夜はまだ長い……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ