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第108話 夜会まであと四日②

 


 コンコン。

 ノックの音が響き、ミレイが扉を開けるとそこにはクウとロスが立っていた。


「いらっしゃい!」


 満面の笑みで迎えるミレイに二人の顔も綻んだ。

 夕食も終わり、夜もふけた頃。二人がミレイの元を訪れたのには理由があった。


『邪魔するぞ!』

『失礼する。姫、こんな遅くに悪かったな』

「大丈夫だよ〜。むしろ二人に会えて嬉しいよ」


 迎え入れた二人に侍女のソニアは一礼をしてお茶を給仕する。


『お前がソニアか。宰相から聞いている。

 ……護身の心得は?』


 ロスはソニアを値踏みするように眺めると、徐ろに切り出した。


 そういえば今まではソニアはあまり部屋に居なかったから、この部屋でロスと体面するのは初めてなんだ。


 騎士団長であるロスの強い眼差しに、ソニアは怯みながらも答えた。


『……多少は……ございます』

『そうだろうな。あくまでも多少だ。淑女の護身の範囲でしかないな』


 ロスくらいになると見るだけでわかるのだろうか? でも溜め息はやめてほしい。期待外れって言われてる気がするよ……。


『ロス、ソニアに護衛まで求めてはいない』


 すかさずクウが援護に入るが、ロスの眼は納得がいかないと物語っていた。


『なぜだ? 一番姫のそばにいるのはこの侍女だ。サンボウの紹介だと言うから信用はするが、それだけだ』


 いつになくロスの空気が、表情が硬い。


『衛兵の選別はお前に任せた。護衛の領分はお前が選んだ衛兵の仕事だろ? 他に押し付けるな』

『押し付けるつもりは無いが、衛兵は基本的に室内まで入れない。不足の事態は彼女に護ってもらう他ないんだ。だからもう少しレベルを上げて貰わないと……これでは正直、使い物にならない』

 

 ソニアの体が萎縮した気がした。


『わかっている。だから結界が張れるこの部屋にした。ソニアは侍女の仕事とは関係ない諜報活動までして貰ってる。これ以上、彼女の負担を強いるつもりはない』


 口を開いて更に何か言おうとしたロスを、ミレイは片手で制した。


「やめて。私のためだってわかってるけど、ソニアに矛先を向けるのは止めてほしい。ソニアは良くやってくれてるし、衛兵達も常に護ってくれてるよ。それでも不安になるなら、それは私自身の問題でしょ?」

 

 ロスとミレイの視線がぶつかり合う。


「私が護身術を習うよ」 


『『…………はぁ〜!?』』


 クウとロスの声が綺麗にハモった。


『いやいや、姫。今から護身術を習ってもすぐに身につくようなものではないし、そもそも人間と龍族ではパワーも頑丈さも違うからやっても無駄じゃ』


 頭を振りながら早口に否定をするロスに、クウも言葉を重ねた。


『その通りなの。姫には無茶してほしくないの。

 ただ殴られただけでも人間の体は簡単に骨折するから、敵意を向けられた場合は逃げることだけを考えてほしいの。応戦なんてしなくていいの』

「……」


 ……なんかイラっとする。

 たしかに私は人間だし? 

 か弱い女の子かもしれないけど、でも何もしないうちから無駄だの、逃げろだの……ひどくない?


『ひめ?』

「別に私はロスレベルの相手を倒したいなんてひと言も言ってないけどね。それともなあに? この国ではその辺のゴロツキまでロスやサンボウレベルなの?」

『そんなことはないの。二人は別格だから……。でも姫の場合は龍族ってだけで──』

「だからぁ〜!」


 なんだかいらいらする!


「女子供に護身術を教える理由は? 多少の厄介事くらい自分でなんとかしなさいってことじゃないの?」

『……それは、まぁ』


 クウとロスが私の剣幕に圧倒されて口籠り始めた。


「ホントにヤバい時は、言われた通り衛兵達にお願いして逃げるよ。私だって死にたくないし、痛いのはイヤ。

 でも私を護る為になんでソニアが無理をしなくちゃいけないの?……って話をしてるのよ」


『……それは、すまない』


 ロスの謝罪で、一瞬で沸騰した頭が冷えてくる。


「ごめん。私も言葉が強かった。

 ──でも私は出来る限り自分のことは自分でしたいし、だからこそソニアに負担をかけるなら私がやるよって思うのよ」

『わかってる。姫はそういうヤツじゃった』


 苦笑いを浮かべるロスに、私も苦笑いで返した。


『まぁ百歩譲って、もし護身術を習うにしても遠距離攻撃や目眩まし程度なら時間稼ぎもできるし、考える余地はあるかも……なの』


 クウが溜め息混じりに、しぶしぶ援護してくれた。

 私が目を輝かせると『もちろん陛下の許可が出たらなの!』と付け加えられた。


『修行は痛いし、辛いこともあるぞ? 

 そもそも姫は水を操れないだろう?』

『たしかに……』

「たしかに……」


 今度は私とクウがハモった。


『まあ、色々と先走って考えた自分に非があるな。ソニア嬢すまなかったな』


 ロスが頭を下げて謝罪をすると、ソニアは『滅相もございません』と恐縮して壁際まで下がった。


『ロス、話を本題に戻そうか』

『そうだな、実は北の森で害獣騒ぎがあってな。先遣隊を送ったが想定より数が多くて、自分が向かうことになったのじゃ』


 思っても見なかった話の方向にミレイは黙って耳を傾けた。


『明日の午後には出発する予定だが、北の森まで行くとなると、四日後の夜会に間に合わないのじゃ。そうなると姫のエスコートができなくなる』

 そう言いながら、ロスは頭をガシガシと掻いた。


「そうなんだ。別に誰でもいいよ」

『『そういう理由にはいかない』』


 またハモった。今日はよくハモる日だね。


『姫は国賓だからエスコートは上流階級の者がつくのは当然だけど、それなりの者でないと会場で困るのは姫なの』


 そうなんだ。言いながら、内心は知らない人よりは顔見知りの方がいいなと考えていた。きっと悪意だらけの夜会だもの。せめて隣にいる人くらいは安心したい。


『一応、前宰相様であるサンボウの父君に依頼は出したけど、間に合うかどうか微妙なところなの』

「遠くにいらっしゃるの?」


『ああ。サンボウの父君は宰相の職を辞して、奥方と領地に戻ったんじゃ。夫人の体調が思わしくなくてな……』

「それは……」


『ロス、前宰相の動向は国の預かりとなる。軽々しく口にするな』

『それは知っているが、姫なら大丈夫だろう。それに実際、夜会で顔を合わせるなら基本情報くらい知っておいたほうがいいはずじゃ』


 私もコクリと頷いた。


『とりあえず自分の部下のエリオールにも話を通してある。知っているだろう、副団長のエリオール』

「知ってるよ。よく執務室に報告に来てるよね。……ロスの変わりに」


 クスクスと笑いが漏れる。

 私が執務室で手伝いをしていると知ってからロスは『自分が報告に行く』と言ったら副団長さんに

『そんなに都合よく物事は運ばないと学んで下さい』と、却下されたらしい。


 たしかにその通りだよね。

 その時のロス見たかったなぁ〜


『副団長のエリオールは上位貴族で外務宰相閣下の縁戚でもあるんだ。だから安心していい』


 副団長のエリオールさんは育ちが良さそうな堅そうな人のイメージかな。赤茶色の髪に背はそんなに高くなかった気がする。


「……なるほど、いろいろあるんだね。

 でも大変な時に副団長さんにエスコートを頼んでも大丈夫なの?」

『あぁ、騎士団本部での指示は別の者に任せてある。それに水龍さまがお見えになられたら、姫は水龍さまの隣に居ればいいのじゃ』

『会場以外の場所は衛兵がつくから安心していいの』


「わかったいろいろありがとね! 

 ……それで他には?」

『…………ほか?』


 ミレイはクッキーを頬張りながらサラりと告げると、クウとロスの動きが止まった。


「うん。他にもあるんじゃないの? 

 エスコートの問題でロスがここまでピリピリするとは思えないもん」


 その言葉にロスの隣に座るクウが無言で足を踏んだ。


『ッウ!』

「ロス? どうしたの?」

『……なんでも……ない』


 引きつりながら笑みを浮かべるロスに、ミレイは首を傾げた。


『大丈夫たいしたことではないの』

「ふ〜ん……」


 そう、貼り付けたような笑顔で語るクウをじっと見つめた。


 クウだって今は忙しいはずだよね?

 宮殿内が忙しないし、侍女達が終わらない〜って嘆いているのも聞いた。下がその状態なら上はより忙しいはずなのに、それでも私のところに来たのは今会う必要があったから……だと思うんだけどなぁ〜。


「それこそ私の身を案じるような、もしくは不穏な動きがあった、とか? だからこそ今日ここに来た」


 考えをまとめなからチラリと反応を見ると、二人は無言で目を合わせて、はぁ〜っと深く息を吐いた。


『どうしてこうも鋭いのか』

『……しかも質問の仕方が的を得てるの』

「的を得てるってことは、やっぱり何かあったの?」

『……』


 まぁ、話さないことを無理に聞き出さなくてもいいかな。話せないこともあるろうしね。

 ミレイが追求を諦めて窓の外に目をやると、ロスが『姫、どうした?』と不安そうに聞いてきた。

 それに対し「別に」と、流すと『言いたいことがあるなら言った方がいいぞ? 少なくともこの空間以上に好きに話せる場はないからな』と、言ってきた。


 う〜ん。きっと隠し事してるのはそっちだよね? 言いたいこと言えって、ちょっと違う気がする。

でも、そんなチグハグもロスらしいかも……。


 ミレイは席を立つと相向かいのソファに座るロスの隣にドカリと座った。

 ミレイの膝とロスの膝が触れ合うほどの距離だ。


「聞かないでいてあげようと思ったけど、やめたよ。

 何があったの? それとも()()()()()()?」


『…………なにが?』

「あのね〜。言いたいことがあるのなら言えっていったのはロスだよ? それなのにはぐらかすのはどう言うこと〜?」


 腕組みをして口元に笑みを浮かべながら問い詰めると、ロスは言葉に詰まってしまった。


『はぁ〜、姫が正しい。どうしてお前はそう脳筋なの?』

『脳筋って言うな!』

『言われたくないないなら、不用意に話をふるな、会話の着地点を考えるの』

『そんなのわかって──』

『できないヤツの()()()()()()()()が一番たちが悪いし、仕事を増やす原因なの』


 う〜ん。相変わらず容赦なしだなぁ〜。

 クウは普段は優しいのに、怒ると毒舌になるのはなんでだろう!?


『……はぁ〜。姫、昨日庭園で一悶着起こしたでしょ?』

「一悶着?」


 記憶の糸を引っ張ると思い出したのは三人の令嬢との一件だった。


「あーー……。」

『アレが今、宮廷内で話題になっていて、良くも悪くも水姫の関心が高まってるの。──ソニア、なにか新しい動きはあるか?』


『……はい。侍女仲間はもとより、官僚の方々からも水姫様の人となりを聞かれたり、なかには会いたいと仰る方も多数いらっしゃいました』


「みんな情報が早いね」


 クッキーをもう一枚。

 夜のお菓子は魅惑の味だ。


『へぇ~っじゃない。姫はもっと危機感を持ってくれ。クウは起こっていない事を話して怖がらせる必要もないと言ったが、姫の突拍子もない行動力を考えたら忠告は必要なのじゃ』

「突拍子もない行動力ってなに?」


『まさか忘れたのか?

 村での人攫いの時の行動といい、洞窟に単身で乗り込んだ時といい、後から聞かされる方が心臓に悪いのじゃ』

「洞窟には精霊のアウローラもワズも一緒だったよ」


 ミレイは軽くいなそうと思ったが、ロスはグイっと身を寄せて『頭数がいようと攻撃力を持たなければ、単身も同然じゃ』と、もっともな事を言ってきた。


 そういえばそんなこともあったよね。

 随分前に感じるよ。


『そんな状況だから、しばらくは一人にならないこと。周りとの接触は極力避けること。いいな』

「……はい」


 しゅんとしたミレイにロスが頭をよしよしと撫でた。それを黙って見ていたクウがボソリと指摘した。


『それにしても、姫。少し距離が近いの』

「えっ?」

『異性とはテーブルを挟んだ相向かいに座り、適度な距離を保つこと。……淑女教育で教わらなかったの?』

「あっ……教わったかも。

 でも異性と座るなんて水龍さまぐらいだし、水龍さまは隣に座るように、って言うから忘れてたよ〜」


 ハハッと軽やかに笑うミレイとは裏腹に、クウはそのままの姿勢で静止し、ロスはたっぷりの間をあけて『…………ほお』とだけ呟いた。


「えっ……なに?」


『いや……。水龍さまは二人の時にそう仰るのか?』

「そうだけど……。この微妙な空気はなに?」


 クウは冷めきったお茶を一口飲んで何も話さないし、ソニアを見ても我感せずとばかりに視線が合わない。


 なにこの空気?

 ミレイはいたたまれない気分になり、反論することにした。


「そもそも、私のいた国だとこれ位の距離感は普通なのよ!?」

『……男女でもか?』


 力いっぽいうん、と答える。

 会議の座席や飲み会なら膝を突き合わせるくらいの距離は普通なはず。


『それは良い風習だな』

 力いっぱいの賛同に笑いがおこった。


 良かった。変な空気がとんでった。


「まあ良いかどうかは分からないけどね。それに距離感を大事にする場ももちろんあるよ」


『そうだろうな。ところで水龍さまとはどんな話をするんだ?』

「いろいろだよ〜。昔の話から他愛もない話。……好きな色や食べ物とか。この国のことも聞いたよ」

『…………そっか。他愛もない話か』


 それからはしばらく談笑し、二人は部屋をあとにした。



 バタン。

 扉が閉まり広い廊下を二人で歩き出す。

 夜も更けてるせいか、周りには誰もいない


『……水龍さまがなぁ〜』


 徐ろにロスが口を開いた。


『意外?』

『いや……嬉しいよ』

『……まぁそういうことだからロスも距離感を気をつけるの』

『……クウは知っていたのか?』

『私は近侍頭だぞ? あの方の機微に一番敏感なの。それにお前も執務室に来ていたら気づいたはず』

『それは耳がいたいな。自分だって暇な理由は無いのじゃが……。そんな事よりも、まさかあの方が女性と他愛もない世間話をするとはな。驚いたぞ。……お前からみて幸せそうか?』


 『あぁ』と答えると、二人とも口角を僅かに上げて微笑んだ。


『気を使わないとだろうけど、発表されたわけでもないし、姫の方にその気があるようにも見えないからな。自分はしばらくはこの距離感じゃな』

『それもありかもな。ところで討伐は気をつけることだ』

『おっ。心配してくれるのか?』

『だれが心配などするか。

 ロスの心配をする暇があるなら、宮の新人達のレベル上げを考えていた方がよほど建設的なの』

『はぁ〜。わかっていたけどな……』

『まぁ……怪我のひとつでもしてきたら、姫が心配するからな。気をつけるに越したことはないの』


 そっぽを向いて、ぶっきらぼうに話すクウにロスはニッカリ笑った。


『了解! 昨日の陛下の話も気がかりだ。こちらは任せたぞ』

『わかってる。既にこちらも動いているからな。

 ──姫に手を出そうとする輩など、空間の歪みに落としてやりたい気分だ』

『……ソレは可能なのか?』 


 クウにしか行使できない術。

 可能か不可能かすらわからない。ロスが恐る恐る問うと、クウは無言で少年のように微笑んだ。それを見てロスは静かに肩を竦めた。


 雲がはれ、月が暗闇を仄かに照らしている。姫を直接守れないことは残念だが、部下を失う恐怖に比べたら我慢できる。自分は騎士団長なのだから……。


 ()()クズ共も今は集まって密談でもしているのだろうか。


 世の中には触れない方が良いこともある。

 姫を狙い、陛下を嵌めてサンボウの失脚を望む輩など、きっとマトモな死に方はできないだろう。


 水面下での攻防戦はすでに始まっている。



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