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第105話 水龍の過去


 目がまわる ……腹が立つ


 気持ちがわるい ……殴ってやりたかった


 …………だれを?



 思いつきで行動してしまった


 ……安っぽい正義感


 まもる? だれを? 


 あぁ 腹が立つ



 ──結果、私が一番傷つけた



 顔を上げてはみたものの、視線は首から上に上げることはできなかった。


 ……かける言葉もみつからない。



 ミレイは黙って水龍を抱きしめた。

 ……それしか出来なかった。


 安っぽい同情と取られてしまうかもしれない。

 この行動すら不愉快と取られてしまうかも……。

 でも……


「……ごめんなさい」

『……なにが?』


 耳元で低い声が鼓膜を震わした。


「私が短絡的だから……」

『それは否定しないが……。

 お前はいま何を考えている? 同情か?』

「……違うとも言い切れない。

 今はいろんな情報で混乱してる……気がします。でも私が想像してた事よりも、あなたを傷つけたのはたしかだから……ごめんなさい」


 ギュッと力を籠めて抱きつく。

 贖罪の言葉すら安っぽい。


『これでは話にならんな。手を緩めて私を見ろ』


 ポンポンと背中を叩かれ、その言葉に従うと水龍さまと目があった。その眼は悲嘆にくれるわけでも、怒りに満ちた眼でもなかく、変わらず綺麗な蒼い瞳をしていた。


『過去のことだ。むしろ発覚したばかりの臣下の裏切りの方が衝撃的だったぞ?』


 水龍さまは口角を少し上げて、だから気にするな、と言ってくれた。


「それは……無理ですよ〜。過去の話ってだけで、なんでも昇華できるわけじゃないでしょう?」


『ミレイ』

 諭すような優しい声音。


「でも無理に聞き出したいわけじゃないの。

 このままが良ければ私は触れないし、でも少しでも吐露することで気が紛れるなら……。いや、ごめんなさい。思い上がりな気がしてきた」


 ミレイは自問自答を繰り返したあと、忘れて……と、項垂れた。


『……昇華か……』

「水龍さま?」

『少し話をしようか……』


 そう言った水龍の表情に微かな自嘲めいた色が見えてミレイは無言で頷いた。すると水龍は徐ろにミレイを抱き上げた。

 いわゆる『お姫さま抱っこ』だ。


「ひゃあーー!? なにするんですか!?」

『いつまで地べたに座るつもりだ? 私は嫌だ』


 話しながらも、その長いコンパスはソファに向かって一直線だ。


「そうですけど、それなら自分で歩きますから!」

『このほうが早い』


 聞く耳もたずで、ミレイを抱えたままソファにドカリと座る。

 お姫さまだっこからのお膝に抱っこだ。

 しかも水龍さまは片足で胡座をかいているせいか、窪みにおしりが綺麗にはまった。


 ひぃ~! 何これ恥ずかしいんだけど!?


 ミレイが身悶えして慌てて降りようとすると、腹に腕が絡みつき、グイッと引き寄せられた。


「わぁっ〜!」

『さっきからお前は……。もっと色っぽい声は出せないのか?』


 呆れ口調と笑い口調が絶妙に合わさり、そっちこそ声も表情もお色気たっぷりだ。


 なにこれ? 何これーー!?

 背中……硬いし、腕もガッチリしてる

 いい声が脳に直接ひびくぅーー!


「無理ぃ……これハズカシイ」 


 顔を覆い隠すミレイの真っ赤な耳を水龍はじっと見つめてほくそ笑んだ。


『これから悲し〜い過去を話す私に寄り添う気持ちはないのか?』

「よ、寄り添う気持ちはあります。ありますけど、か……体まで寄り添わなくても……?」


 しどろもどろな否定的な言葉を遮るように、体勢を変えてミレイの体を自身の方に向かせる。


「な、なんで体勢かえたの!?」


 耳に触れてるのは……胸筋!?

 なに、このムキマッチョ!?

 事務仕事ばかりなのに何でこんなに筋肉質なの、この人?


『顔が見えないから』

「だったら向かい側の席に座ります〜」


 ムッとして見上げた目に力を籠めるも、頬が赤いせいか、小動物がぷるぷるしてるようにしか見えない。


『クックック……。では、反転して私の方を向くか? もちろん体ごと、な』


 この体勢のまま水龍さまの正面に方向転換? 

 それはすなわち……。


「このままでいいです!!」


 プチギレして、慌てて体を水龍さまから離す。

 しかし腰をガッチリ抑えられててビクともしない。


 冗談じゃないわ!

 そんな……いかがわしい!


『そんなに怒るな。でもこれでおあいこになっただろ?』


 その言葉に反応すると優しい眼の水龍さまがいた。


 ──あぁそうか。私が自己嫌悪に陥ってたから

 だからこの人は……。

 ホント優しすぎるよ〜。


「おあいこ……ですね」


 そう言うとミレイは水龍の胸に額を当てて表情を隠した。右手は後ろにまわし、そっと硬い背中を撫でてみる。その仕草に水龍も驚きの表情を浮かべたが髪に口づけを落として、ゆっくり話はじめた。


『……龍王の力は血で継承するから、覚醒遺伝的に力の強弱が発生する。父王は龍王としての力は強くなかったが、それ以外の方法で国を上手く治めていた。母上もそんな王を献身的に支えていたと聞く。

 私は生まれた時からそれなりの力を持っていただけに期待も大きかった。それがある時その力が暴走してしまった。

 ──切っ掛けは母上にキツく叱られたことだったが、感情のままに喚き散らし、制御をすることも忘れた。そして住まいだった西宮を半壊させたらしい』


「半壊?」

『あぁ。私の力は王宮の実力者達も抑える手立てがなくて、半ば隔離に近い状態で結界を施した部屋で過ごした』


 遠い眼。その瞳に私は映っているのだろうか?

 私も何も言えなかった。


『それからだ母上が私を殊更、避けるようになったのは……。

 でも幼い私は理解できず、部屋を抜け出しては母の姿を追い求めて徘徊した。すると使用人達は私の姿を見るや逃げ出して、それが悲しくてまた力を暴走させた。

 やっと母を見つけたときも嬉しくてな……。

 どうしても話がしたくて、逃げる母を無意識に水牢に閉じ込めてしまった。幸い父王が駆けつけて事無きを得たが、私はそのまま一切部屋から出ることを禁じられた。まぁ自業自得だな』

「でも、それは……」


 唇を噛む私の唇にそっと触れると、自嘲するように微笑み私の首元に顔を埋めた。微かな吐息が私の肌に触れる。

 

『講師連中もみんな怯えてしまって全員辞めてしまった。でも次代の王に教育を施さないなどありえないと問題になって、見かねた当時の宰相が私の講師に名乗りを上げたのだ。

 要職に着きながらもその実力は折り紙付きだったとはいえ、ヒルダーの申し出は異例だった』


「えっ。ヒルダーおじい……いえ、ヒルダー様?」

『……今なんと言おうとした?』

「なんでもありません」


『フッ。まぁ良い。序列一位の宰相職を捨てて、ただの講師になるなど正気の沙汰じゃない。幼い私にも少しは理解できた。

 顔合わせの日も黙る私にあいつは何て言ったと思う?』

「……なんて言ったんですか?」


『後悔や罪悪感があるなら制御を学び、己の感情を抑えることを覚えろと。子供の癇癪ほど迷惑なものはない……とな』


「それは……」


 思わず絶句してしまった。


 幼子にそんな話をしても難しいと思うし、子供の癇癪はどうしようもないものじゃないの?

 そもそも王族にその口調はアリなの!? 


『初めてだった……。周りは怯えるだけで何も言わないからな。

 それからは食事も寝る時も常に一緒で、暴走を起こすたびに殴られては結界の部屋に放りこまれた。お陰で部屋を水浸しにした回数は数えられないほどになったな』 


 ヒルダーおじいちゃんの事を話す水龍さまは穏やかな顔をしていた。


「それは、ある意味国政より大変なのでは?」

『ははっ。そうかもしれんな。

 ……だからあいつには今でも頭が上がらない』


「だからかな」

『なにが?』と不思議そうな顔で問いかけてくる。


「子供から大人に戻ったとき、執務室にヒルダー様が来ましたよね。その時ヒルダー様も水龍さまもお互いがみんなと違う対応だったから」

『そうかもな。私にあんな態度で許されるのはアイツだけだ。……あとはバートンか?』

「サンボウですか? どうして?」


『……制御ができるようになって、指定の部屋以外にも外に出て良いことになったから、母に褒めて欲しくてな。ヒルダーが不在だったことを良いことに、約束を破って母の部屋を訪ねたんだ』


 言葉が止まった

 重い沈黙……


 横を向く水龍さまの表情は今まで見たことないほど、暗く翳りのあるものだった。


 あの男が言っていた王妃様の最後……


 その沈黙が全てを肯定していた。か



『それからはヒルダーが不在の時は護衛と言う名の監視と、遊び相手にバートンが連れてこられた』

「……昔からの付き合いなんですね」


 触れられない。

 何も聞けない。

 話さないのは多分あの男の話が事実だから……。


『あぁ。ヒルダーの代わりにバートンの父親が宰相職に就いていたが、宰相の補佐役として役職を得るまでは足繁く私の所に通ってきたものだ』


 そう語る水龍さまの表情は読めない。

 読ませない……

 そう言われてる気がして、その距離を埋めたくて思いっきり抱きついた。


『ミレイ?』

「なんでもありません……」

『バートンは強いだろ? 幼いとはいえ、暴走した龍王の力を抑えこんだ事もあるし、大したものだ。

 文官でアレだから一時は騎士団の反発もひどくてな。父親の宰相は仕事が増えただけだ、と愚痴っていたらしいぞ』


 ははっと笑う水龍さまは楽しそうに見える……見せてる。重い空気にならないように。


 でも私は水龍さまのお母さんに思い当たることがあった。


「あの……王妃様って蒼い瞳をしていましたか?

 髪はキレイな白で腰まで長い髪」


『なぜそれを? ……それも宝珠の記憶か?』

「違います。私達、ここに来る前のアルムの森で会いました」


 怪訝な顔をする水龍さま。

 それも仕方がない。さっきの話だと王妃様が亡くなられて、かなりの年月が経っている。


「お会いした時は人の姿ではなくて、白い獣の姿でした。会話もできるから瑞獣だと思って、南の森の話をしたけど、瑞獣じゃないと言ってました」


『獣だと?』

「はい中型犬くらいの大きさで、品があって綺麗でしたよ」

『なぜそれが王妃だと思ったんだ?』


「言葉の端々に命令慣れしてる口調が見られたのと、結界のことも知っていました。

 ……あとは別れる寸前に思念で『あの子を、水龍をお願いします』って送ってきたから……」


『では、母ではないな。母は私にそんなことは言わない』


 苦しそうに横を向く表情に胸が痛む。

 私はまた余計なことをしてるのかもしれない。でもシロは王妃様だと思う。


「……後悔してるように見えました。

 湖に入る為に抱き上げたら、私はあの子にこんな温もりを与えただろうか、って言ってたし何より死ぬかもしれないと解ってて無理やり結界突破についてきたんですよ!?

 あの子──シロが居なかったら私達は確実に全滅していました。結界を通ることも出来なかったし、今こうして水龍さまも起きていません」


 言い募る私を膝から下ろして、水龍さまは考えこんでいた。


「サンボウなら何か知ってるかも。

 術を使ってたサンボウを助ける時に、何か話してましたから……。サンボウなら王妃様の姿知ってるん、じゃないてすか?」

『知っている……と思う。しかし……』


「確認するしないは水龍さまの自由ですよ」


 私はふわりと笑った。

 追い詰めたい訳じゃない。


『そう……だな。気が向いたら聞いてみよう』


 その言葉で水龍さまはこの話を終わらせた。ここから先は私が踏み込んで良いところじゃない。


「それにしても情報が多いなぁ〜」


 ミレイはふぅ〜と息を吐いてグッと胸を反って伸びをした。この重苦しい空気を払拭したかった。


「頭パンクしそう〜」

『ああ。軟弱な頭だとそろそろ限界か?』

「……なんか喧嘩売ってます?」


 ふざけながら睨んでみるが、すぐに二人で笑いあい、私は紅茶をいれますね、と席を立った。


 まだ本題が残っているのだ……。


 あぁ、本当に今日は長い一日だなぁ〜。




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