第103話 新たな疑惑
「わざわざ言わなくても良いと思うんだけど。性格悪いんじゃないの!?」
ミレイは耳を赤く染めながらも憤りを隠せず、文句を言いながら無人の廊下を歩いていた。
『あの、でも水姫様の機転があったからこそ宰相閣下は令嬢の追求をやめたのだと思いますから……あの演技にも意味はあると思います』
ソニアがフォローを入れてくれたけど、そのフォローが冷静でツライ……。
しかもあのって言われた〜。
気を取り直して、護衛の二人に話をふってみることにした。情報は少しでも欲しい。
「外務宰相様ってどんな方ですか?」
いきなり話を振られた二人の護衛は驚いて顔を見合わせたが、こちらの質問に答えてくれた。
『外務宰相閣下は水姫様が仰られたように、陛下の信頼もあつい、有能な方です』
『この国が平和である一因を担っているとも言われるくらい、すごい御方です』
「なるほど」
そうだよね。いくら龍王陛下が強くても外交次第によっては争いだってあるだろうし、それを未然に防いだり自国に有利にするためにも外交は大事だよね。
そう考えるとあの感じの悪いオジサンも凄い人に思えてきた。
だから……あの、と護衛の一人が更に言葉を続けた。
『水姫様は凄いと思いました。
宰相閣下にあんな物言いができて、しかもそれが許されるなんて……。そんな人は限られますから』
「う〜ん。怖いもの知らずなだけですよ」
事実なだけに、苦笑いしか出てこない。
『それでも、あの方の目を直視して話すなど自分にはできません』
『自分もです。……それに水姫様は思ってたより思慮深い方だと思いました』
思ってたより……ってなあに!?
嫌じゃないけど、正直すぎない?
でも彼らが自分の意見を言うのは初めてのことで、なんなら業務に関わること以外で話をしたのも初めてな気がする。
ミレイはそれが嬉しくて、先程の恥ずかしさなどどこかにいってしまった。
「……ありがとうございます」
はにかむミレイを見て護衛は頬を赤らめて戸惑い、こちらも照れくさそうに笑った。
『なぜこの私がわざわざ報告に行かねばならんのだ!』
そんな和やかな空気を断ち切るような声が角を曲った廊下から聞こえてきた。
『外務宰相様がお戻りになられましたので……』
気弱そうなもう一人の男の声も聞こえてくる。
『それは聞いているが、なんでこの私を呼び出したのがあの内務の若造なのだ』
『あのマクマード様。ここは王宮ですので、内務宰相様をそのようにお呼びになるのは障りが……』
バシッ!
強く叩く音に思わず身をすくめた。
『この私に意見するつもりか』
『もっ、申し訳ございません』
『あんな若造が宰相の地位にいるのは家の権力にすぎん! そんなこともわからんのか、このグズめ!』
だんだんこっちに声が近づいてきてる。
それを察知したソニアに手を引かれて、ミレイは来た道を少し戻って、角を曲り息を潜めた。
『申し訳ございません』
『何が名家だ、何が「智の一族」だ。あんな脛かじりの男など……』
二人の男はミレイが先程までいた廊下を真っ直ぐ進み、その声は次第に遠ざかっていった。
『大丈夫ですか? 水姫様』
無言のミレイを気遣って、ソニアが声をかけた。「あの方は?」と質問すると、ソニアと護衛は目を合わせて『そのお話は部屋に戻ってからにしましょう』と言った。
それから部屋までの帰り道、ミレイはずっと考えていた。
あの声、どこかで聞いたことがあるような……
私は執務室に出入りしてるから隣室とはいえ、多少の会話は聞こえてくる。
だからこそあの令嬢がカラマンリス卿の娘だと聞いた時、執務室での父親の評判を思いだして、別の思惑に思い至ったくらいだ。
でもあんな特徴的な声、聞いていたら耳に残ってるはずよね。
どこで? 庭園…… 騎士団……?
でも……最近の記憶ではないような……
そのまま無言で部屋に戻り、ソニアに促されるまま汚れたドレスを着替える。
『──さま、水姫さま。大丈夫ですか?』
ソニアの声にハッとして、ええ……と、答えるも、頭の中はモヤがかかってる気分だ。
『このあとはダンスのレッスンですが、装飾品はいかがされますか?』
「……動きやすいように小ぶりなネックレスか腕輪で……」
うでわ? …………腕輪だ!!
その時、『宝珠の腕輪』の存在を思い出した。この国に来てからずっと仕舞い込んでいた腕輪。
引き出しの中の大きめのアクセサリーケースの蓋を開けると、宝珠の腕輪が綺麗な布の上に丁寧に仕舞われていた。
「──そうだ、この光景」
これに近い光景を見たことがある。
台の上に大切に置かれてた腕輪……
その隣で話をしていた騎士風の男たち……
後からきたのは……?
「あのときの声……」
『水姫様?』
腕輪を凝視して、ブツブツと呟くミレイにソニアは不安げに声をかけた。でもその声は届いていなくて、ミレイはそっと腕輪を手にとると、自分の腕に通した。
すると宝珠がまばゆいくらいの光を放った。
『水姫様!』
呼び声に微かに目を開けると、ソニアが手を伸ばしているのが視界に入る。
ゴポッ……
意識は深く……どこまでも落ちていった
覚えのあるどこか懐かしい感覚
そしてあの日、森の長の洞窟で見た光景がフラッシュバックのように頭の中に流れてくる。
………白い大きな建物に たくさんの人
……奥まった小さな部屋
階段の上に台座があって
そう……この『宝珠の腕輪』が大切に置かれていた
そして男達の声が聞こえてきて……
『ようやく明日は眷属の儀だな』
『あ〜長かった。早く明日が終わってくれって思うよ』
『ははっ。同意は遠慮しておくよ。陛下に聞かれたら恐ろしくて仕方がない』
……そうだ。水龍さまのことを話してた
『ここだけの話だけど、水姫が男と逢引してたらしいぞ』
『なんだよそれ浮気じゃん!』
『声が大きい! それに滅多なこと言うな。天下の龍王陛下が人間の男に遅れをとったなんてシャレにならないぞ』
『……たしかに。でもそれ本当なのか?』
『補佐官殿の愚痴では、お偉いさん達は嫁入り前だからナーバスになってるだけだの、友人との別離くらいで騷ぎ立てては龍族の沽券に関わる、とか言って相手にしなかったらしい』
『あの内務宰相殿もか』
『ああ』
『あの完璧主義者がね〜』
この一件があったからサンボウはずっと自分を責めてたんだよね。
でもたしか……
その時、ドアが開いて老齢の男と二人の騎士が入ってきた。何事か二人の騎士と言葉を交わして……
『──あの男達を拘束しておけ。噂が広がっては動きづらいからな。このままいけば宰相の失態は免れん。周りの声に流されるなんぞ偉そうにしてても、所詮若造だ』
そうだ。たしかに廊下で聞いたのはこの声だ。
『良いのですか? 宰相を失脚させては国策に翳りが出そうですが……』
バシッ!
『そんな事あるか、馬鹿者が!
あんな若造一人に国が左右される訳がない。
──何が名家だ。何が「智の一族」だ。私はあいつの親父に散々辛酸をなめたのだ』
『……陛下の婚約者はどうされますか?』
『なに、陛下にはうちの孫娘をくれてやる』
顎髭をなで回して笑う様子を、遠い視点で眺めていた。
──そうここまで見て、このあと龍湖の映像に切り替わったのよね……
そして水姫は水龍さまを拒絶した。
でも待ち合わせた男は現れないで、水姫は自らも追われる身になった。
もしかしたら……
そこまで考えたところで強制的に覚醒した。
『ミレイ!』
『姫!』
視界が追いつかず、パチパチと瞬きをして声の方を向くと、ついさっきまで考えていた水龍さまとサンボウがそこにいた。
「…………なんで?」
『馬鹿者! なんでじゃないだろう!』
怒鳴り飛ばしたのは水龍さまだった。
驚きすぎて目が覚めた。
「……すみません?」
『なんで疑問形なんだ』
サンボウががっくりと項垂れて膝をつき、水龍さまは何か周りに指示を出していた。
『なんでここにいるの?って言いたげじゃな』
サンボウの言葉にコクリと頷いた。
『ソニアが知らせてくれたのじゃ。水龍さまのところには衛兵に手紙を持たせてな……。肝が冷えたぞ』
サンボウが優しく抱きしめてくれて、どれだけ心配かけたのか今更思い知った。
「ごめんね」
『無事で良かったのじゃ』
サンボウの背中に手をまわしながら、さっき見ていた会話を思い出す。
あの男は二人を別れさせる為にあの老人に頼まれたのかな……
でも相手は自分の国の王様だよ。そんなことするかな〜? それにあの口振りだと、サンボウの失脚も目論んでいた気もするよね……
あぁーー。もっと詳しく見れたらいいのに……
そっと息を吐くと、サンボウの身体から離れてニコリと笑った。そんなミレイの様子を水龍はじっと見ていた。