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第102話 ミレイvs外務宰相閣下


 この国の宰相職は内務と外務に分かれている。

 内務は主に国内の全ての機関を統括し、政や経済を回すことを業務の主としている。

 外務は人間の国との外交や他種族との調和を担っている……らしい。


 どちらにしてもサンボウと並んで、臣下の序列第一位の位の人だよね……。


 そっと顔を上げると、綺麗な緑色の瞳がこちらを見ていた。


『はじめまして私は外務宰相を努めてるカリアスと申します。水姫様でよろしいですか?』


 ニコリと笑う表情は穏やかで優しそうに……みえる?


「ご挨拶させていただきます。宰相閣下。

 ミレイ・ミズハラと申します。

 水姫としてこの国に参りました。今後ともよろしくお願いいたします」


 教わった淑女の挨拶をしてみる。


『ほう、美しい礼ですね。私はセヴラン・カリアス・ストラトス。こちらこそよろしく頼みます』


 『よろしくですって?』

 『カリアス様が……』


 外野の言葉が聞こえてくる。


 さっきよりは小声だけど、バッチリ聞こえてるよ。

 それにしても何でこのタイミングなの?

 まさか……


 令嬢と挨拶を交わしてる宰相様の後ろにユーリを見つけた。彼は私と目が合うのを避けるように視線を反らした。


 はは〜ん。なるほどね

 性格の悪いことで……


 顔に貼り付けた淑女の笑みが崩れそう。


 とりあえずさっさと引き上げようっと。

 偉い人に挨拶は済ませたからもういいよね。正直、これ以上の晒し者は避けたい……。


 辞去の挨拶のタイミングを見計らっていたら、突然、外務宰相閣下が爆弾をぶっこんできた。


『ところで先程、淑女の会話らしからぬ、耳障りな言葉を聞いた気がするのですが……気の所為ですか?』


 しーーん……。

 ほほえみながら挨拶をしていた令嬢達が冷水を浴びせたように静まり返り、私も居たたまれない気持ちになる。横を見るとソニアや護衛達も顔をこわばらせていた。


 やっぱり知られてはいけない人だよね〜。


 周りの空気と顔色でそう判断した。


『無視なんてひどいですね〜。何か言って下さい。

 カラマンリス卿の御息女のシャーリー殿?』


 宰相の問いに真っ赤なドレスの令嬢は『……あのそれは……』としか言えず、扇を持つ手が震えていた。


 ──まぁ言えるはずないよね。


 おそらく宰相様は私達のやりとりを見ていたはず、それを見た上で問いかけたのだ。

 役職付の父親を持つ娘なら、正直に答えてはいけない場面、いけない人だとわかるだろう。


 令嬢が(なじ)っていたのは、この国の()()である水姫なのだ。


 いち個人が好む好まないの話ではない。


 でも序列第一位の高官の質問を無視するなど有り得ない……って言うのは私でもわかる。


 答えの出ない選択にシャーリー嬢は泣きそうな顔で、唇を震えさせていた。その様子を見て少しだけ可哀想になってくる。


 追い詰められてる女の子を見るのは気分がいいもんじゃないわね。それも見た目は私より年下だし……。



 ミレイは小さく溜め息をついた。

 そして──……



「きゃぁ!」


 重い沈黙を破ったのは可愛らしいさけび声。


 全員がそちらに目を向けると、ミレイが態勢を崩して地面に座っていた。


『水姫様!? 大丈夫ですか?』


 我ながら大根芝居だっていうのはわかってるし、恥ずかしさが勝って声が小さくなったのは……もうご愛嬌ってことで。


 ソニアは驚きつつも、すぐに手を貸してくれた。


「すみません失礼しました。まだこの国のお洋服に慣れていないもので……。

 ドレスも汚れてしまいましたし、私は失礼させて頂きますね」


 その言葉に三人の令嬢の肩がピクリと動いた。

 シャーリー嬢の赤く塗られた唇が、強く噛んだためか赤黒く見える。


『……ご令嬢の皆様方も早々に失礼されてはいかがでしょうか? 長々と立ち話をしてしまいましたし、これ以上は周りの皆さんのお仕事に支障が出るかもしれません』


『えっ? あの…………はい』


 周りをチラリと見た私に倣って、シャーリー嬢は辺りを見渡した。そこでかなりのギャラリーがいたことにようやく気付いたようだ。


『でも……』

 緑のドレスの令嬢の躊躇いが言葉に漏れる。


 その通り。

 この状況で勝手に帰るなんてありえないよね。だから私はもうひと踏ん張りしないと。

 はあ〜……


「あら! 私としたことが皆様の話を中断してしまいましたね。失礼しました」


 汚れたドレスをふわりと摘みあげ、優雅に見えるように挨拶をする。


「まだいろいろ不馴れなもので……。

 でも上流階級の皆様方なら、小娘の小さな粗相など笑って済ませて下さると信じていますわ」


 胸の前で軽く手を合わせ、無垢な女を装って朗らかに笑ってみせる。令嬢達はだんまりのまま、宰相のカリアスは含み笑いで答えた。そして……


『小娘などとんでもない。貴女は我が国の王である龍王陛下が、心から謝意を述べて礼を尽くす方です。その方の粗相など咎められる者はいないでしょう。だから安心して下さい。

 ……むしろ水姫様を蔑ろにしたり、詰め寄る者がいたら教えて下さい。それは陛下や国の施策に対して()()()()()()()()……と言ってるようなものですから。

 ねぇ? シャーリー嬢。そう思いませんか?』


 宰相は穏やか笑顔に優しい声音のまま告げた。

 ただその視線はどこまでも冷ややかだった。


 こっわっっ……!?

 これって釘さしてるんだよね……?


「あら。宰相閣下はお優しいのですね。

 では私もその庇護を受けるに値するように、努力しないといけませんね」


 作り笑いがそろそろ強張ってくる〜!

 もう退避したいよぉ〜


『それは良い心掛けですね』

「恐縮でございます」


『ユーリ。水姫様が足を痛めていてはいけません。エスコートして差し上げなさい』

「あっ、だいじょう……いえ、よろしくお願いします」


 ──無言の圧には逆らわないことにした。


 私達がそのまま足を翻すと、令嬢達は淑女の礼のまま見送っていた。


 なんだか気分が悪いな……




 結局、二回転んだことだし? 念の為、医務局で診てもらってから部屋に戻ることになった。


 道すがら、宰相様に好奇心満載の視線を送られたので、聞きたくはないけど「なにか?」と問いかけてみた。


『いえいえ、不思議でして……あれほど理不尽に詰ってきた相手を、よく庇う気になったなぁ〜、と』


「庇ったというほどのことはしていません。

 めんどくさいとは思いましたけど」


『では、どうして? 』

 興味津々。その目はそう言っていた。


 外務宰相様……

 たしかサンボウの家と並び立つ高位の上流貴族で、年はサンボウよりも上。水龍さまからの信頼も厚く、外交関係の全てを掌握してると言っても過言ではない……らしい。

 緑色の瞳は翡翠のような色をしてるし、髪色は水龍さまと少し似た色をしていた。シルバーグレーみたいな髪色に、癖っ毛なのかふんわりして見える。 

 そのせいか優しそうな雰囲気に見えるけど……

 髪から覗く切れ長の眼も色気たっぷりだけど……

 笑うと親しみやすさも感じるけど……


 ──その瞳の奥は笑っていない


 ふつうにコワいよ……

 早々にこの人の一面が知れて良かったと思う。


「それはその……。失礼ながら、やりすぎと思ったからです。

 あちらから喧嘩をふっかけておきながら、逆にやり返されて、しかもそれを多くの人達に目撃される。それだけで彼女達のような令嬢には痛手になると思っていましたし、それで十分でした」


 足を止めて横に立つその人の、翡翠の瞳をじっと見つめた。


「数匹の仔犬が庭先でキャンキャン鳴いていたって話なら少しの間、噂話になる程度で普通は収まるはずですよね?」

『それ以外があるとでも?』


 楽しそうな顔。

 根っからの仕事人間だ。

 利用できるモノはなんでも利用する類の……

 それでいて──


「……わかってらっしゃるでしょう?

 いたいけな小娘を政治利用するのはどうなんでしょう? 閣下はとても優秀な御仁と伺っています。私達みたいな小娘を利用しなくても、いくらでも他の手段があるのではないでしょうか」


『とても興味深い切り口ですね』


 そう言うと一歩、私との距離を詰めてきた。

 詰められれば下がりたくなるのが人の(さが)だが、ここは引いては駄目なところだと思った。

 私はむしろ自分から顔を寄せた。


「そうですか? 私は陛下の執務室で秘書官様のお手伝いをしておりますから。まぁいろいろと……。

 ──あぁ、既にご存知ですよね? ()()も同じ事をお聞かせしてすみません」


 にこりと笑って皮肉ってみる。

 せっかく『勝利』を勝ち取ったのに、嫌な感じで締められたのだから、これくらいは可愛いものだろう。


 そんな私の皮肉も『ええ三回目ですが、耳にした状況は全部違うので楽しいですよ』と、飄々と言ってのけた。


 勝てる気はしないし、勝ちたくないと思う。

 この人に勝てるようになったら、私の中の僅かな『可愛げ』が死滅するような気がした。


『二人共怖いですよ。特にカリアス様! 水姫様が可哀想です。

 そうそうさっきの水姫様達のやり取りは、見ててスカっとしました! 相手をおちょくってるように見せつつ、自分の方に引きずりこむ感じとか、ゾクゾクしました!』

「ゾクゾグって……変な表現」


 やっぱり見てたんじゃない。


 心の中でふくれっ面をしてみる。

 でもユーリの意味不明な言葉で場の空気が緩んだ気がした。


『やっぱり水姫様は聡明な方ですね。あんな風に詰め寄られたら普通は激昂して、言い合いになるものですよ』

『それは私も思いました。冷静に対処したのは素晴らしいです』


「……お褒めに預かり光栄です。

 喧嘩ごしの相手には冷静に対応するのが、一番早く解決する方法なのは知っていましたから。でも、あまりな物言いについ応戦してしまいましたので、私もまだまだです」


『いえいえ。今後や周りへの影響を考えられる辺り、立派でしたよ』


 当たり障りのない会話に褒め言葉

 でも言葉の端々に……

 その視線に……


「それでは私は閣下のお眼鏡にかなったのでしょうか?」


 ふわりと淑女の笑みを浮かべつつ、眼は好戦的は色を湛えて聞いてみた。

 見開かれた翡翠の奥に自分が見える。


 ──ずっと感じていた探るような視線。

 誘導するような質問に、あくまでもこちらに喋らすための会話。


 シーーン……

 宰相やユーリをはじめ、みんな言葉を失っていた。

 そしてその沈黙を破ったのは他ならぬ、宰相本人だった。


『ははっ……! 君は思った以上に興味深い』


 先程とは違った意味での楽しそうな顔。

 瞳から『探り』の色が消えた気がした。


『不快な思いをさせたかな?』

「いいえ、当然の反応だと思います。

 むしろ王の側近達は得体の知れない私をもっと警戒した方がいいのでは? と思っていたので安心しました」

『安心ですか? 面白いことを言いますね。

 それに警戒なら常にされてるでしょう?』


 感じ悪い言われ方……


「警戒の意味合いが違いますよね」


 いい加減、面倒くさくなってきたけどサンボウの同僚だろうし、歩きながら話すことにした。


「……王宮内の人達が私に向ける感情は『好まない、関わらないようにしよう』と言った、自分主体の警戒心だと捉えています。でも側近と呼ばれる皆様が、相手を警戒すべき理由は決まっています

 まあ。私に関しては、あの三人のお陰で警戒心が薄れてる感は否めませんが……」

 

『へぇ。貴女のことを聡明だと言うユーリの言は、あながち間違いではないのかもしれませんね』

「それは批評するのが早すぎませんか?」

 

 その意味有りげな視線無視して、ズンズンと歩を進める。

 ──言葉にすると余計に実感する。

 衛兵や護衛が私に実直なのは騎士団長であるロスを尊敬してるから。ソニアやダニエル達が友好的なのはサンボウの実績と人望によるもので、侍女長達が優しいのはクウへの信頼感があるからこそだ。


 今の私はみんなの力と実績で信用されてるに過ぎない。もちろん感謝もしてるけど、情けなくもある。


「……私自身は何も成していないので、勝手に評価を上げられたら困ります」


 宰相が口を開くのと同じタイミングで、言葉をかけられた。


『自己評価が低いのは相変わらずじゃな』


 大きな柱により掛かっていたのはサンボウだった。

 久しぶりの糸目が笑っていた。


「サンボウ! どうしてここにいるの?」

『カリアス殿がお戻りになられたと聞いて執務室に向かったら、姫を追いかけて出て行ったと聞いてな』

「えっ……なにそれ。

 偶然会ったわけじゃないの?」


 気持ちわる……。本音が漏れた。


『気持ち悪いとは心外だ』

『いや、女性を付け回したのであれば当然の評価だと思います』

『バートン様、お言葉ですが付け回してなどいません! カリアス様は物陰からじっと見ていただけです』


 ユーリのひと事で微妙な空気になった。


『ユーリ。お前……それはフォローのつもりか?』


 当のユーリはキョトンとして、素直にハイと答えた。


『言っておくがこれにはきちんと理由があって……』

『姫。カリアス殿にイジメられなかったか?』


 無視するなよ……って、声が聞こえてきたけど気にしない。


「現在進行形でイジメられてたよ」

『おい!』

『カリアス殿。女性を物陰からじっと見ていただけでなく、虐めるなど……』


 サンボウが溜め息混じりに頭を振った。


『待て。私は虐めてなど……』

『姫。カリアス殿は性格は悪いが、悪人ではないので許してやってくれ』

『……おい、バートン』

「大丈夫。それは何となくわかったよ!」

『さすがは姫だ』


 サンボウはそう笑うとミレイの頭を撫で、それを見たカリアスは諦めたように溜め息をついた。

 その光景にユーリや周りの者が、笑いを噛み殺したのは言うまでもないだろう。



 私は二人の宰相とここで別れることにした。

 いいとこ無しに終わったカリアス宰相は、去り際に

『止まった状態で転ぶのも、服に慣れてなくて〜……も無理がありますよ。まぁ、演技そのものは可愛いらしくて楽しめましたが。……ではまた』

と、穏やかないい笑顔で去っていった。


 やっぱりあの人は合わない!


 残されたミレイは、周りの無言の気遣いが辛くて、耳を赤く染めながら足早に部屋に戻った。


 






 

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