第101話 ミレイvs三人の令嬢
綺麗な花も見れてソニアとも話ができて、せっかく良い気分だったのに。……って言うか、前も庭園にいたけどこの人達は暇なの?
そんな失礼な考えが頭をよぎる。
『聞いているのかしら? ここは王家の庭なのよ。
どうして貴方はここから出てきたのよ。説明なさい!』
「それは水……いえ、陛下に許可を頂きましたから」
正面の一番にぎやかな令嬢は、真っ赤なドレスに扇も赤だった。そのセンスの悪い扇をパラリと開くと、眉を潜めて私を詰問した。そこに右側に陣取った黄色のドレスの令嬢が口をはさむ。縦ロールが痛々しい……。
『ちょっと待って、その髪色……。もしかしたらあなたが水姫呼ばれてる人間ではなくて?』
『なんですって。本当なの?』
三人の目が私に向けられ、周りの傍聴人も俄にざわついた。
「はい。私は水姫と呼ばれているものです」
なんだか悔しいから名前は名乗らない。
それにしても赤、黄、緑とは……まさに信号機。
『貴女が……』
一番後ろの緑のドレスの令嬢が呟くように言った。
前回も思ったけど、三人の中でこの人だけは意外と冷静なのよね。
『あなた、陛下の執務室におしかけて執務を妨害しているらしいわね』
『客人の立場を利用して、王宮内を我が物顔で闊歩してるなんて恥ずかしいと思わないのかしら』
客人扱いってことは知ってるんだ。
それでこの剣幕かぁ〜。
水龍さまやダニエルが言ってた類の人ってことかな?
『おまけにいけしゃあしゃあと「庭園に入る許可をもらいました」……ですって!? 思い上がるのもいい加減になさい!』
大きな音を立てて扇が閉じられた。
なんだかいちいち芝居がかってて、ここは舞台ですか?……ってツッコミたくなるなぁ。
私も扇が必要だったかな?
まぁ、そんなことよりも今は……
「私は秘書官様のお仕事を手伝う為に執務室に足を運んでいるのであって、妨害なんてしていません。それに我が物顔ができるほど王宮のことを知りませんし、周りも私の顔を知りません。
……そもそも皆様みたいにたくさん外出してませんので」
これには嫌味スパイスを少しだけ混ぜてみた。
前回の裏庭だけでなく、彼女達は王宮内も歩き周っているらしい。それを知った上での少しの攻撃。
こちらは一方的にかん高い声で喚き散らされてるんだから、これくらいは許容範囲内だろう。
そう思っていた私は甘かったと言わざるを得ない。
興味がなさ過ぎて、素っ気ない言い方になったのが余計に怒りを買ったらしい。
ドンッ!
いきなり肩を押されて突き飛ばされた。
護衛や衛兵が制止する間もなかったのだから、令嬢にしておくのはもったいないスピードだろう。
私は無様にも大勢のギャラリーの前で尻もちをついた。
『『水姫様!』』
何人かの声が重なる。
『何をなさるんですか! この方は水姫様です。陛下より賓客として扱うよう言われている御方です!』
ソニアが私と令嬢の間に入って抗議の声を上げてくれたので、不覚にも感動してしまった。
話し合いって……大事だなぁ〜。
あの事務的だった侍女が私を庇ってくれるなんて……。
『なぁにあなたは? 家名と親の階級を述べなさい』
『あら、シャーリー様。それは酷と言うものですわ。
侍女なんて下働きをしているのですから下級貴族なことは目に見えておりますもの。それか人間相手の侍女なら平民と言うこともありえますわ』
『あら。そうねえ〜』
クスクスと嫌な笑い声が耳に残る。
護衛の手を借りて起き上がると、パンパンとドレスの泥をはたき落とす。
「そこまで仰るなら、皆様は名のある上流階級の方々ですか?」
『そうよ私は上流階級なの。お父様は国の要職についていらっしゃるわ。本来なら娘の私とも会話できるような立場ではないのよ、あなたは。──ねぇ、ただの人間さん』
クスクス……。
語尾に音符がつきそうな勢いで罵倒されている。
私がいつあんたと話したいって言ったかな?
こんなところで口論するなんて見世物でしかないし、あまりにも馬鹿げてるから適当にやり過ごすつもりだったけど……。これはちょっとねぇ〜。
ふつふつと怒りが込み上げてくる。
──ミレイが少しの怒りを覚えた頃、柱の裏からその様子をじっと見つめている人影があった。
『あの令嬢の態度はなんですか!?
水姫様は賓客だって伝達済なのに知らないのか?』
『へぇ~。ユーリは水姫に肩入れしてるようだね』
『別に肩入れしてるわけではありません。
ただあの人は聡明な人ですよ。私の無礼な態度にも怒らずに的確に論破しましたし、仕事も早いし文句は……少し言いますけど、後はまぁ……優しいです。陛下だってよく笑うようになりました』
『あの陛下が? なるほどね〜』
ユーリがすでに懐柔されてるとは……。
おまけに陛下まで?
もう一人の男はじっとミレイを見ていた。
「なるほど。これが上流階級の淑女なんですね〜。
私はマナーの先生からこの国の淑女教育を受けている身です。
先生は淑女となるには、常に意識することと日々の努力が必要だと仰いました。そして私が目指すべきは、日々たゆまぬ研鑽を積んでいる上流階級の令嬢のレベルだと。
……皆様がその手本とすべき令嬢とは……。なんともやる気が削がれますね」
『なっっ!!』
『どういう意味かしら? 失礼でしょう』
『……それは少し言葉が過ぎるのではなくて?』
周りの聴衆はもとより、侍女や衛兵、護衛達も息をのんだ。
「お気にさわりましたか? すみません。
何分まだ勉強中の身でして本音を上手く隠せないのです」
殊勝な顔をして俯いてみる。
どこからか忍び笑いが聞こえてきた。
「でも、これがこの国の文化なら私も取り組まないといけないのは分かっています。
皆様のように声高に罵詈雑言を浴びせるのは、心を殺す忍耐と努力が必要そうですが、それもこの国の『淑女の嗜み』なんですよね?」
ふわりと笑って、言葉のギアをもう一段上げてみる。
「上流階級ともなると本当にいろいろ大変ですね」
『あなたね、私達にそんな無礼な物言いをして良いと思っているの!?』
真っ赤な令嬢の目が釣り上がり、扇がギシリと音をたてた。
『あなたの先生は随分と質が悪いようね!
マナーの基礎も教えられないうえに、上の者を尊ぶことも教えないなんて! 』
黄色の令嬢も怒り心頭なのだろう、前に出てきて赤の令嬢と並び立った。
『人間のあなたを教えるなんて、どうせ講師としても底辺でしょうね。ちゃんとした方なら恥ずかしくて受けることすらしないわ!
下の下であるあなたと底辺同士お似合いよ!』
『ほ〜んと! 底辺女はその辺を這いつくばってればいいのよ』
二人の令嬢の罵声が良く響いたのだろうか……足を止める人がまた増えた気がする。
講師の先生ねえ〜。
思案を巡らせてみる。
「底辺ですか……。少なくとも私は先生の所作に見惚れてしまいましたが、あの方が底辺だと仰るなら講師の方々は大変レベルが高いんですね」
『なんですって! いちいちなんなのよ、あなたは!』
「嫌味って気付きましたか? 自覚があるんですね」
『はぁ〜?』
おおっと。口調が乱れてますよ、お嬢様。
いや、もしかしたらこれが素かな?
「エリザベート・アンドレウ様です」
『……はっ?』
『なによ、いきなり』
「ですから私のマナーの先生です」
『……』
さっきまで絶えず囀っていた令嬢達が一瞬で静かになった。
周りの衛兵達も言葉を失う。
──束の間の静寂
『な、なんであなたごときに……あの方が……』
辛うじて黄色の縦ロール令嬢が言葉を紡いだ。
緑のドレスの令嬢はこちらの意図に気づいたのだろう、キッと睨みつけてきた。
──やっぱりね。
これだけ階級にこだわるなら……と思ったけど、効果的面!
エリザベート・アンドレウ先生は、あのゾクリと背筋を冷やしてくれた、ヒルダーおじいちゃんの奥さんだった。
ちなみに『ヒルダー』は珠名。
わかりづらいよ珠名制度……。
「私はこの国の序列はまだ覚えきれていないのですが……。
この会話まだ続けますか?」
ニヤリと笑った私に三人は黙ったままだった。
黒い笑みだったことは認めよう。でも仕方がない。
一方的に詰られてるのはこっちだし、これくらいやり返してもお互い様……のはず。
「それでは私は失礼させて頂きます。
……そうそう。先程の皆様方の会話ですが、私からの発言は噤みますから安心して下さい。
皆様もお父様の立場があるでしょうし、無かったことにしたいでしょうから。
……ただ結構な方が見てるのでどうでしょうか……」
周囲をチラリと見たあと、教わった通りの優雅な『淑女の笑み』を浮かべてみる。
──勝利の笑みだ
令嬢達は自分達がとんでもないことを口にしたことを理解したのだろう。白いはずの顔が徐々に青ざめていく。
「今後は淑女の会話は限られた場所でのみ、交わされた方が良いかと存じます。
では、お先に失礼し──」
『美しい庭園の前で令嬢達が談笑とは、絵になりますね』
最後に挨拶をして、切り上げようとしたところで背後から突然声を掛けられた。
全員の目が一斉にそちらに向く。
すると三人の令嬢は口元に手を当てて驚き、侍女のソニアと護衛、衛兵達は頭を下げた。
だれ……?
ハテナマークが浮かんでる私だけ理解していなかった。
『お、お久しぶりでございます。外務宰相閣下』
緑のドレスの令嬢が戸惑いながら挨拶をすると、他の二人もそれに倣い、慌てて挨拶をした。
外務宰相……かっかぁ〜!?
なんで今、登場するの!?
理由もわからないまま、とりあえずミレイも頭を下げた。
もしかして……コレ……まだ続くの?
あーー! 早く帰りたい!
ミレイは俯きながら、地団駄踏みたい気持ちをグッと堪えた。