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第100話 宰相と侍女



 王宮の中を闊歩するとみんながジロジロと見てくる。大多数は関わろうとしないけど、なかには会釈をしてくれる人や声を掛けてくれる人もいた。


 これも少しずつ……だよね〜。


 内心、溜め息をつく。

 そうこう考え事をしてるうちに庭園へと辿り着いた。


 相変わらず美しい……。

 庭園の衛兵にイヤリングを見せると、驚いて門を開けてくれた。


 水龍さま曰く、この王家の庭園には結界が張ってあるので王家の血にしか反応しないらしい。それ以外の者が中に入るには、王家の血を繋ぐ者の何かを身に着けていれば大丈夫との、こと。

 私はこのイヤリング。

 以前、南の龍湖で水龍さまに貰ったものだ。


 ──最初は水龍さまの持ち物である蒼のブローチや宝石を散りばめた腕輪を提示されたけど、あまりにも綺羅びやかで辞退した。 


 宝石に負けるって実感したのは初めてだよ。


 侍女のソニアの手を取り庭園に一歩入ると無事、二人とも入れた。


 良かった〜。

 聞いてはいたけど、ソニアが弾かれたら意味ないし……。


『これが王家の庭園……』 


 茫然とするソニアの手を引き、奥へと足を進めると、程なくしてあの青一面の花畑のような庭園についた。

 相変わらずの圧巻

 青のグラデーションに感嘆の息が漏れる。 


『私のような者がここに入って良かったのでしょうか』

「水龍さまに聞いたら、私と一緒なら構わないって言ってたわ。それにあなたは私の侍女でしょ?」


 じっと見つめると視線を外された。


「少し私とお話しましょ」

 

 ニコリと笑みを零すと、ソニアの目に怯んだような色が見えた。


『わっ、私はただの使用人ですから、楽しめるようなお話はできません』

「んーー。使用人ねぇ~。

 ここではそうかも知れないけど、あなた自身は教育を受けた令嬢じゃないかな?」

『なっ! なんでそんな……』


「ここ最近でマナーや立ち振舞いの淑女教育を受けてるでしょ? それを経験してからあなたを見ると、どれも身についてるように思ったの。

 王宮勤務はみんなそうなのかと思って周りを観察してみたけど、王宮内部に勤務する一部の人達だけなのよね。だからあなたは令嬢として教育を受けた側の人だって思ったのよ」


『…………おっしゃる通りです。私は下級の者ではありますが、一応貴族の末席に身をおいております』

「あれ、下級なの? てっきりバートンの縁戚かと思った」


 ソニアはヒュッと息を飲むと顔を強張らせ、そして徐々に色を無くしていった。


「……ごめんなさい。聞いてはいけないことだった? それなら聞かないわ。別に何かを暴きたいわけじゃないもの」

『えっ……』

「ごめんなさい……」


 しおらしく謝るミレイに今度はソニアのほうが面食らった。


『そんな、私などに謝らないでください』

「どうして? 不愉快な思いをさせたのなら謝罪は必要でしょ?」

『……』

「ソニア?」

『なっ……なぜ私のような者と宰相閣下が縁戚などと思ったのか聞いてもよろしいでしょうか……』


 喉に張り付いたような抑揚のない声にミレイは自分の直感が正しかったのを理解し、そして少し気の毒になった。


「あ〜。それはね、ソニアは普段から姿勢が綺麗なんだけど、バートンと話をする時だけ肩が少し下がるのよ」

『肩……ですか?』


「そう。レミスや侍女長を前にすると一瞬上がるから緊張してるのかな、と想像できる。

 でもね、バートンは下がるのよ。つまり心を許してる又は心が安息を感じてるってこと」

『そんな……』

「最初は恋情かなと思ったけど、それも少し違う気もして……。だから身内に近い人なのかなって思ったのよね」


『水姫様はまるで間諜のようですね』


 呆然としながらソニアは言った。


「えっ……。間諜?」

『あっ、違います。褒め言葉です』


 間諜……スパイが褒め言葉ってなに!?

 でも突付いてはいけないところを突いてしまったのかも……。気まずそうに頬をかくミレイをソニアは苦笑いを含めて見つめた。


 思えばこの方をきちんと見たことがなかった。

 美しく、生気に溢れたお方。

 強い眼差しには、ご自身の強い意思を感じる。

 ……私とはちがう自分を持っている方……。


『……ここでの話は内密に願えますか?』

「もちろんよ。それにここは王の結界が張ってあるから話が外部に漏れることはないらしいわよ。水龍さまのお墨付き!」


 くちびるに人差し指をあててパチリとウインクをしてみる。そのいたずらっ子のような仕草にソニアの頬も緩んだ。


『お墨付きをもらう方のスケールが大きすぎます』

「そう?」


 二人で庭園の奥にあるガゼボに向かう。


「外の東屋風の建物とは違うのね。ここも素敵」

『場所によって造りを代えているそうです』


 ソニアが携帯用のポットから紅茶を入れる様子を見て「二人分だからね」と念押しをした


『はじめから私の分だったのですね』

「あたり〜」

『失礼ながら貴女様はどこまでが計略で、どこからが素なのですか?』

「なあにそれ。全部私よ。どこからとかないわ」


 真っ直ぐな視線を受けて、ソニアはかなわないと思った。


『……私とバートン様の関係ですよね。 

 私とバートン様は主従関係にありました』

「ん? ありました?」


『ふふっ。本当に目ざとい方。

 ……私はこの王都より西にある都で孤児として生活していました。

 国から援助は受けていても生活は苦しくて、ある日どうしてもお金が必要で初めてスリをしました。その対象にしたのが、王都より来ていた幼いニコラス様でした』


「ニコラス?」


『あっ、バートン様のことです。

 ──ニコラス・バートン・ペトラキス様。

 珠名(ぎょくめい)を賜ったのは王宮に仕えてからなので、私は昔からの御名前で呼ばせて頂いております』


そっか。サンボウは宰相閣下であり、バートンでありニコラスさんなのね。呼び名多すぎでしょ……。


『すぐに周りの護衛達に捕まってしまい、このまま牢屋行きだ、と諦めたのですが、ニコラス様はどうしてスリをしようとしたのか、と理由を聞いて下さり、私も素直に話ました。

 援助を貰っても苦しいこと。世話をしてくれてる神官様が倒れて薬が欲しかったこと……』


 ソニアの脳裏に当時のことが思いうかんだ。


 ニコラス様は孤児院に行くと医者の手配をしてくれて、院に必要な物資を確保してくれた。私もみんなも多いに喜んだ。

 でも私には罪がある。

 私がスリをしようとした人は上流貴族の方だと、後から知った。牢屋行きは確実だった。


 そんななか、ニコラス様が私に伝えた罰は『別荘にしばらく滞在するから、そこで奉公するように』と言われた。

 私も唖然としたけど、周りはもっと驚いていた。上流貴族のお屋敷での仕事は狭き雇用案件だ。

 でもニコラス様は『幸い未遂だ。でもこのままにしておけば犯罪に繋がる。子供が犯罪を起こさなければ生きていけない国に先はあるのか?』と別荘の大人達を説いて下さった。


 私はそのまま働かせてもらうことになり、給金の一部を孤児院に渡すことが私の罰となった。


 涙が止まらなかった……。

 

 正直、貴族なんて大嫌いだったのに、あの日全てが変わった。

 毎日お腹いっぱいご飯を食べて、働いてお金を得る。そんな『普通』を味わってみたかったけど、孤児だから諦めていた。


 私は懸命に働いた。

 孤児院の補助金が上がったのは聞いていたけど、その一年後、神官様から孤児院で学びの機会を得られる事になったと聞いた。


 ニコラス様に問うと私が勤勉だったからだと、言ってくれた。

 私はただ、がむしゃらに働いて、仕事に必要だから字も言葉も覚えただけなのに……。私の様子を数値化して記録に残し、孤児でもやる気があればこれだけの向上が見られること、犯罪の抑制にもなるし働き手が増えれば経済効果もあると、ご自身の父親──ご主人様に掛け合ってくれたのだという。


 下の者を見捨てない……こんな方がいるなんて……。

 私はこの方に仕えたいと思った。


『それから王都に一緒についていくことを許され、お屋敷の下働きをさせてもらっていました。

 孤児ということを引け目に感じている事を見抜かれたのでしょうね。ご主人様や侍女長に別荘での私の有能さをアピールしてくれたんです。

 あんなに人に褒められたのは生まれて初めてでした。嬉しくて恥ずかしくて、でもくすぐったくて……。生きてきて良かった、と。産まれてきてよかったんだと思いました』


 涙ぐむソニアは完璧な侍女の姿ではなく、一人の少女のようだった。


「ソニア……」


『ソニアという名前もニコラス様から頂いたんです。 私の元の名前は……その……不要な者と言う意味でしたから……』

「そう。ソニアって素敵な響きよね。私も好きよ」

『……ありがとうございます』


「それでずっとお屋敷で働いていたの?」

『いいえ。私が成人する前に今の両親のところに養女に出されました。

 ニコラス様は私の事をずっと気にかけてくれて、今の両親を里親として見つけてくださったんです。

 ──貴族といえども下級貴族だから贅沢はできないし、辛いこともあると思うけど、ソニアが一番欲しいものは手に入ると思うよ……って……』

「一番欲しいもの?」


 ソニアはふわりと笑って『温かい家庭です』と

言った。


「そっか。それは何物にも代え難いものだね」

『はい。今の両親は私が孤児だったことも受け入れてくれました。実の娘のように育ててくれて、教育を施してくれて……おかげで今、こうして王宮で働けています』

「良いご両親なのね」


 二人で顔を見合わせて笑いあい、少し冷めた紅茶を飲み干した。


「そしたら私付の侍女になったのは偶然じゃなくて……」

『はい。ニコラス様に呼び出されて依頼を受けました。大切な人だから心をこめて仕えてくれって……。あとは……』


「あとは?」

『いえ、何でもありません』

「いやいや、ここまで話してナイショはないでしょ〜。バートンには言わないよ?」

『……水姫様の身辺を探る者や伺う者がいたら逐一、ニコラス様かレミス様に伝えて欲しいと言われました』

「何それスパイみたい……」


 私の言葉にソニアは苦笑いをした。


『実際いたので、ニコラス様の判断は正解でした』

「でも何かあったら危ないのはソニアでしょ?」


 不満げな私にソニアは嬉しそうに微笑んだ。そしてバートンの力になれるなら、多少の危険は気にしないと素敵な笑顔で言い切った。


 えーー。なんて言うか……それ込みで利用されてんじゃないかな。でも本人は嬉しそうだし……。

 これはアリ……なの?


 そして私とは必要以上の接触は図らないように指示もされたと言う。


「だから最初はあんなに素っ気なかったの? てっきり人出不足で忙しいと思ってた」


『両方の理由です。

 ニコラス様がおっしゃるには、水姫は賓客扱いだから無体を働く者は極めて少ない、でも私は違うから……って。

 侍女が一人消えても王宮では些末なこと。だから水姫様とは必要以上に接触はしないで、誰かに聞かれてもよく知らないで済ませろ……と』


「なるほどね〜。自分が欲しい情報は得つつ、双方を護る苦肉の案ってワケね」

『……申し訳ございません』


「いや、ソニアは指示に従っただけで悪くないよ。

 実際、私絡みでなにかあっても嫌だし……」

『あと、ニコラス様は姫は()()でなかなか鋭いから下手な動きはしないほうがいいって言われたんです。正にその通りでした』


 あれで……って何よ。

 褒められてる気がしない……


 溜め息をつく私にソニアは新しい紅茶をいれてくれた。


「バートンの子供時代ってどんな感じだったの?」

『ニコラス様は……とても視野の広い方でした。

 別荘はもとより、王都の広いお屋敷の使用人を全て把握されていて、行動パターンも知っていたように思えます。不審者を見つけたことも何度もありました』


「それはすごいというか……」


 別のエピソードも話してくれた。

 庭師がおサボりをしてたところに、お子様バートンが現れたそうだ。

 使用人達は慌てて居直り、平伏したがバートンは『普段勤勉な者が少しサボったところで、それを咎めたら私自身もサボれなくなる』と笑い話にしてくれたそうだ。

 ただ……『何事にもけじめは大事で、けじめの無い奴ほど使えない者はいない。……そう思わないか?』と、つけ加えたそうだ。

 その後、その庭師達が真面目に業務に当たったのは言うまでもないだろう。


 お子様バートン……こわ……。


『ニコラス様に言わせると、あれらは監視ではなくて行動観察の一貫だと仰ってました』

「広い視野は必要なんだろうけど、観察されてる側は嫌だよね〜」


 その言葉にソニアはフフッと笑うだけだった。


「さてと。護衛さん達も待ってるからそろそろ出ようか」

『はい』


 そう言ったソニアの顔は晴れ晴れとしていた。


 これで、少しは仲良くなれるかな?



 庭園の外に出ると私の護衛と衛兵が和やかに話をしていた。

 周りには落ち葉を掃除をしてる下女や官僚らしき人、ちらほらと令嬢らしき人達の姿も見えた。


 午後になって少し人が出てきたのかな……。


 そんな事をぼんやり考えながら、護衛達と部屋に戻ろうとしたところで声を掛けられた。


『あなた、今この庭園から出てきましたわね!

 ここをどこだと思ってるの?!』


 振り返ると豪華なドレスを着た令嬢が三人立っていた。


 あれ……? どこかでみたことあるような……。

 あっ! あの時のお騒がせトリオ!


 彼女達は裏の庭園で庭師相手に騒いでいた令嬢達だった。


 えっ? 今度は私にイチャモンつけにきたの? 

 面倒な予感しかしないけど……。


 ミレイは心のなかで盛大に溜め息をついた。







ここまでお読み頂きありがとうございます!

皆様のおかげさまで100話までこれました。


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