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第99話 密談



 しとしとと小雨が降るなか、一台の馬車が夜の街を静かに通り過ぎた。


 こんな夜中に呼び出すなんて……。


 男は父と二人でいかにもお忍びとわかるような質素な馬車で移動していた。

 行き先は聞かされていないうえに必要以上に口を開くな、失礼のない対応をしろと、小言しか言われないのであれば文句の一つも言いたくなる。


 やがて見えた屋敷は立派な門扉に門番が二人。

 個人所有の敷地とは思えないくらい豪奢な屋敷だった。その屋敷の裏の門にひっそりと馬車は止まった。

 二人の男が下りると、キイーーと音をたてて裏門の扉が開き、中から灯りをもった人影が現れた。


『随分のんびりでしたね〜』

『こんな雨のなか来たのに嫌味を言われるんですか?』

『無駄話はよせ』


 一喝したのは、中年の男の声。

 自身の父親だ。

 男は黙り、もう一人はさっさと裏戸の扉を開けた。

 時計の針と革靴のカツカツという音が深夜の厨房に響き渡る。

 正面玄関の大階段を抜けて奥へと足を進めると、ひっそりとした簡素な扉のまえについた。ノックもせずに中に入ると、中央のソファーには家主らしき一人の男が座っていた。


『遅れたことお詫び申しあげます。誠に申し訳ございません』


 父親が見たこともないくらい低姿勢に挨拶をしたので、自身も殊更頭を低くした。


 まだ青年と呼ぶには若く、頭を下げてはいても視線はあちらこちらに動いている。

 家主の男はそんな様子を値踏みするように眺めながら、ソファに座るように勧めた。部屋の灯りは暗く、互いに顔も満足に認識できない。

 そんななかテーブルには温かい紅茶とブランデーが置かれた。


『外は冷えたでしょう。よろしければブランデーもご一緒にどうぞ』

『お心遣いありがとうございます。いただきます』


 父は青白い骨ばった手でソーサーを持ち上げると、紅茶を一口飲み、喉を潤した。

そして『それでお話というのは……』と控えめに切り出した。


 細身でインテリ風な父は普段からしかめっ面をしているが、今夜は顔も声も緊張で強張っていた。家主はおそらく父の倍はあろう老人の声だった。

 自身も紅茶を飲みながらそっと顔を上げると、月明かりで見えたのは額の傷だった。


 僕はようやくこの人物が誰なのかわかった。


 なんで自分が呼ばれたんだ?


 何も思い当たらず、ソーサーをテーブルに戻す手が震えてカタカタと音が鳴ってしまった。

 ちらりと案内してきた男を見ると、歳の頃は中年のように見えるが、この状況においても一人飄々としているのが不気味だった。


 この男は執事なんだろうか……。


 そんなことを考えてる間に家主と父の話は進み、執事風の男が一枚の紙をテーブルに置いた。


『今度の夜会の参加者名簿です。

 規模は小規模ながら官僚や領主を中心として、影響力のある者ばかり選ばれております』

『たしか人間の水姫のお披露目だとか……』

『その通りです。書面にて賓客扱いとは通達されていますが、再度夜会を開いてまで周知徹底をさせるとは思いませんでした』

『水姫は通例ですと、妃候補に上がりますが……そう言うことでしょうか?』


 全員の視線が家主の男に注がれる。


『ここにきて人間の女が妃だと? 

 この私が人間ごときに頭を下げるのか?』


 重苦しい、そら寒い空気に肝を冷やす。


『そのようなことは必要ないと存じます。王妃には孫娘のジルフェリア様が相応しいと存じます』


 慌てて場を繕う父親。


『無論だ。あいつを王妃に仕立てることは絶対だ。

 あと邪魔な奴がいるなぁ〜。ん?』


 淀んだ眼がジロリとこちらを見据えた。


『ペトラキス卿の御子息……いえ! 小倅でしょうか』

『ふむ。あの若造が宰相におさまっている時点で国に未来などない』 


『あの。息子を王の秘書官見習いにして、宰相とも接点をもたせるつもりだったのですが、選抜で……その……。申し訳ございません』

 

『お前の息子は学院でも、常に四番手だったらしいな。あのユーリとか言う者にも遅れをとるとは……愚図の息子は馬鹿だな。血は争えんとはこの事だ。親子揃ってどう仕様もなく使えんな』


 額にしわを寄せて煙草の吸い口を噛む。

 軽く吹き出した紫煙が白い霧のように天井へ立ち昇った。

 父親は拳を腿に置き、体がギシッと固まったかのように動かなかった。


 父さま……。


 その状況を案内をした男は面白そうに見ていた。


『では、こういうのはどうでしょう。

 人間の女の立場をなくし、王の隣にいる権利を奪えばよいのではないでしょうか?

 ちょうど良く卿の御子息は常に四番手とはいえ、若くて男前ですから、人間の女ならすぐに食い付くでしょう。

 誑し込んで肉体関係を結ぶなり、人を雇って辱めるなり、方法はいくらでもあります。

 そんな身持ちの悪い女であれば、宰相はもとより王も庇い切れるものではありませんし、何より周りも黙っていないでしょう』


『そしたら水姫などと呼ぶ女を連れてきたあの小僧の失態だなぁ〜。

なかなかの名案だ。お前、そうしろ』


 鶴の一声だった。

 反論する暇も与えられず、いや、反論されると思ってもいないのだろう。

 ようやく何故私が今夜の集まりに呼ばれたのか合点がいった。


 チラリと隣の父を見た。


 父は……じっと自身の拳を見ていた。





  ◇  ◇  ◇




 前回の呼び出しから五日。私はまた水龍さまの私室に呼ばれた。


 この短期間で二回の退行って大丈夫なのかな……。

 やっぱり体調戻ってないってことだよね。


 水龍さまの部屋からの帰り道、私は思い悩んでいた。


 私は隣で寝てるだけだけど、水龍さまは大きくなったり小さくなったりするわけで、体に負担が無いわけがない。


 もう一度、侍医に見てもらった方がいい、と提案したけど、水龍さまは曖昧に『あぁ……』と答えただけだった。




 バタン。

 自身が生活してる客室に入る時、衛兵達に訝しげな顔をされた。


 まあ。この格好じゃあ仕方ないよね〜。


 鏡に映る自分は文官の格好をしている。

 それと言うのも、クウに渡された服がこれだったからだ。

 ──クウ曰く、朝早く水龍さまの部屋から出てきたら、あらぬ噂を招くから……と言う話だ。 

 うん……もっともな気がする。


 でもクウに手紙も渡せたし、少しずつだけど進んでる。

 

 以前、水龍さまにお願いしたリリスさん達への手紙だ。とりあえず現状だけでも伝えたい。



「疲れた〜」


 服を着替えてソファに身を沈める。


『水姫様。午後のダンスの授業ですが、先生の都合によりお時間を夕方にずらしてほしいと連絡がきておりますが、いかがされますか?』


 いつの間にか侍女さんが部屋にいた。


「大丈夫です」

『ではそのように話を通しておきます』


 一礼をして部屋を出て行った。

 未だに彼女とは業務的な話しかしていない。

 たしか名前はソニアさん。

 この前ようやく聞けたけど、何故か警戒されてる気がするんだよね。


 でも、彼女って……。


 戻ったばかりの彼女をじっと見つめていると、ノックが響き、知らない侍女が手紙を持ってきた。


『水姫様、本日は執務室まで出向かなくて良いと通達が参りました。ですので夕刻のダンスの講義まではごゆるりとお過ごし下さい』


 それだけ言って一礼をした侍女さんを呼び止めた。このままだと、また出て行ってしまう。


『水龍さまに先日の庭園は自由に散策して良いって聞いたの。これから行ってみたいから、あなたも一緒にきてもらえないかしら』


『私も……ですか』

「えぇ。是非、お願いします」


 ふわりと笑うと、動揺しながらも『……かしこまりました』と返してくれた。


 強引だったかな?

 でもまずは話す機会を作らないと……ね。


 



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