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そして、俺は炎上した。

 夏まで、あと七ヶ月ほど。

 逆算すると……出版から収入を貰えるまで、おおよそ一ヶ月かかる。

 だから、半年の勝負だ。半年で……本当に年収8085万のラノベ作家にならなくてはならない。


 おそらく、今のシリーズの四巻は半年以内で出版できるだろう。コミカライズの二巻も間に合いそうだから……電子だけだとどのくらいになるかわからんが、合わせて百五十万とする。


 公募のコンテストに応募して……などは当然間に合わない。だって書籍化作業に、基本半年かかるのが主だ。俺ひとりでどーとてもなるなら寝ずにいくらでもやってやるが……『本』というものは、俺ひとりで出来るものではない。編集さんやイラストレーターさんにもスケジュールというものがある。


 より多くの収入を望むなら、大判を狙う方がいいだろう。印税なんて所詮売上次第ではあるが……印税が仮に10%だとすれば、文庫の700円✕10%よりも、大判の1200✕10%の方が収入は多くなる。そりゃあ、文庫本の方が初版で刷ってもらえる数も増えるが……ここは勝負だな。大判でたくさん刷ってもらえるが一番だろう。それに……今から荒稼ぎするには、Webからの打診を狙うしかない。伝手なんてろくにないし。


「ねぇ、ビンボ……御主人様……?」


 さて、ここまで五分。

 覚悟を決めたら、とにかく書くしか無い。ちょうどシリーズが打ち切りになったように、新しい構想は練っていた。そのプロットを出しては……Web用に構成を練り直す。序盤は目新しさより、テンプレを。そしてとにかく展開を早く。三千文字でカタルシスが得られるような、そんな序盤を……十話くらい続けて。あとは多少、のんびり展開して行っても良いだろう。とにかく序盤で、どれだけ読者ブクマを稼げるか――だ。


「なぁ、美桐」

「な、なに⁉」

「夕飯は片手で食えるやつにしてくれねぇか? ……おにぎりと味噌汁がいいな」

「いいの⁉」


 その上ずった疑問符に、俺はちらりとだけ振り返って。


「おにぎりの具は鮭がいい。鮭フレークでいいから」

「……焼きます。ちゃんと」


 そして、翌日にはその連載をWebの有名小説サイトに投稿して。

 さぁ、ここからが勝負だ。その初速で、今後が決まる。ランキングが上ったタイミングで、次作も連載開始しなければ。当然、どれも更新頻度は落とせない。とにかく十万文字まで、一日二回更新。


「今日の夕御飯も……おにぎりで宜しいんですか?」

「今日はおかかがいいな。あと味噌汁は具なしでいい。片手で飲みづらい」

「……じゃあ、できるだけ小さくしてみますね」


 男性向けハイファンタジーときたら、次は女性向けハイファンタジーを狙う。そしてそこから女性向け異世界恋愛モノを。恋愛モノなら、八万文字完結くらいの作品を連発していこう。書籍用に描き下ろし三万文字でちょうど良くなる計算だ。


「今日もチーズわかめおにぎりがいい」

「あれはカロリー高いから三日に一回言いましたよね⁉」


 勿論、複数サイトにも転載する。インセンティブという報酬も以外と馬鹿にならない。上手く行けば月20万とか稼げるらしい。


「今日はカレーにしてみました」

「まさかサフランおにぎりとカレー味のスープが出てくるとは思わなかった」

「こないだ自販機にもカレースープが売ってましたよ?」

「まじか。現代ラブコメ……いや、異世界料理モノの方がいいか? とにかくネタに使わせてもらうわ」


 一ヶ月経つ頃には、俺は六作品を連載していた。SNSでも『先生大丈夫ですか?』なんてファンや作家仲間からメッセージが届いたりするが……別に寝てないわけじゃない。朝、学校に行く前に一話書いて。授業中に計四話書いて、残った時間はプロット。夕方に帰ってきてから二話書いて、転載作業して。あとは届いた感想へ返事を書く。ファンサービスも馬鹿にはできないからな。そこから他作品に流れてくれることも多々あるし……と、夕食のしらすおにぎりを食べながらWEB小説サイトを開いた時だ。


「しゃああああああああああっ!」


 俺は椅子を倒す勢いで立ち上がった。

 マイページのメッセージ欄には、『書籍化打診のご連絡』という赤字が書いてあったからだ。




 そして、セミの鳴き声が聞こえ始めた頃。

 今日、俺は美桐イチカという元社長令嬢を解雇する。


「はい、これ」

「え?」


 俺が手渡したのは通帳と印鑑とキャッシュカードだ。半年前に作ったばかりの、全部俺名義。……本当は美桐名義にしたかったんだけど、印税の振り込み先が他人名義ってのは、やはり具合が悪いらしい。あと現金で渡すにも、贈与税とか色々あるらしく……一番ラクそうだったのが、俺名義のをそのまま使ってもらうことだった。悪用されたら? そこはまぁ……ね。なんやかんや幼馴染だし。


 だから、いまいち格好付かないけど。


「中、見てよ」


 美桐がゆっくり開いた通帳の末尾には――1085万3929円と記載されている。


「こ、これ……!」

「おばさんの手術、ぎりぎり間に合うだろ? 遅くなったすまなかった」

「どうして……⁉」


 どうしてって……先月怒涛の八社から同時刊行をやってのけたからな。あ~ツラかった。そのうち二つが重版して。コミカライズの二巻分と、先々月に出たデビューシリーズの電子四巻分も合わせて。なんとか1000万を超えた。……正直なところ、もう二度とやりたくない。結局長期シリーズ五つ、単巻モノ六つ書いたのか。もう一生小説なんか書かなくていいや、ってくらい書いた。


「別に? 年収8085万もあるんだから、このくらいどーてことないって」


 口元を抑えた美桐の目が潤んでいる。やっぱり昔散々ムカついていた美少女の涙はいいな。……ほんと、1000万くらいの価値はある。


「あれだよ、裸エプロン分のボーナス。あ~眼福だったね。美少女の裸エプロンを一年間堪能したんだ。そのくらいでも安いだろう? でも、もうお前の裸エプロン見飽きたから。今日でクビな」


 そうシッシッとあしらってやると、美桐は唇を噛み締めながら、嗚咽し始めて。


「早く出ていって。その水着とエプロンは餞別にあげるから」


 そう告げると、彼女はエプロンを外して、水着の上からTシャツとズボンを履く。そして「いつか……必ず返すから!」と、玄関から出ていった。ドアが閉まってから、俺は笑う。


「そんなんいいから、おばさんに付いてやれっての」



 

 それから三年後。やっぱり俺は、小説を書いていた。

 ……もう一生書いたつもりだったんだけどな。だけど結局、俺は妄想を文字にすることしか能がなかったらしい。のんびりと……一日5000文字書いたらぐーたらする。そんな生活を続けている。


 そんな堕落ラノベ作家のはずなのに、俺はそこそこ良い暮らしが出来るようになっていた。

 あの頃がむしゃらに書いたうちの一作が今年、アニメ化されることになったのだ。来年にはもう一つの作品もアニメ化が予定されている。……つまり売れっ子作家になった、ということである。


 ――それでも、年収8085万なんてまだまだ遠いけど。


 そう苦笑しながらも、今日は都内の大型書店でサイン会。アニメ化記念に、そんなイベントを組んでくれたらしい。……恥ずかしいな。未だ、俺なんかのサイン欲しがるやつがいるのか不思議なのに、サイン会とか。


 本屋のエスカレーターを登りながら、担当編集が肩を叩いてくる。


「先生、顔色が暗いですよ」

「そりゃそうっすよ~。だ~れも来てくれなかったら、ぽつねんと虚しいだけじゃないっすか~」

「ははっ、売れっ子作家が何言ってるんですか~」

「売れっ子って……まだまだ年8085万も稼げないのに、そんなこと言えないっすよ」

「年で8085万?」


 その疑問符に、俺は苦笑した。


「ラノベ作家の平均年収らしいっすよ?」


 そして、いざサイン会場とやらの階に辿りついた時だ。途端、俺は誰かに抱きつかれた。


「御主人様……!」


 とても、いい匂いがした。胸の柔らかさと、とっさに触れた二の腕と、目の前に弾むポニーテールから、美女だということがすぐにわかった。そして――ポニーテールに付いたシュシュは、とても見覚えのあるもので。奥を見やれば、なんとなく懐かしさを覚える初老夫婦が深々と頭を下げている。ご婦人の血色は悪くないように見えた。……あぁ、無事に治ったんだなぁ。




 そして、その日の夜から。

 SNSで俺が美女に公開プロポーズされた写真付きでプチ炎上してしまった。

 なので、残念ながらじいちゃんの家は売らせてもらうことにして――優しい俺は、もう少し広い家に引っ越すことになりそうだ。




《年収8085万円の平均ラノベ作家である俺に、元社長令嬢である美少女幼馴染が「誠心誠意尽くしますのでお金を貸して下さい」と縋ってくるがもう遅い! まあ、端金くらいならお前の態度次第であげなくもないけど? 完》

最後までお読みいただきありがとうございました。

普段は異世界恋愛を書いてまして、今回はじめて書いた現代ラブコメでしたが……(ネタのわりに)楽しんでいただけましたでしょうか?

もし宜しければ、感想や下記評価欄(☆☆☆☆☆→★★★★★)にてご反応いただけますと、今後の参考と励みになります。


また普段は異世界恋愛を書いておりますので、ご興味ある方いらっしゃいましたら、下記リンクからどうぞ。


それでは、本作があなたの有意義な暇つぶしになったことを願って

ゆいレギナ

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[良い点] 母親の為につくす美桐(水着エプロンで)には感動さえある [気になる点] 美桐は主人公に対してお金をかりるのが目的で世話をしていたがお金を借りて恩義はあるだろうがそれが恋愛しかもプロポーズに…
[良い点] イチカの料理で感情の変化が想像できたところ [気になる点] イチカ目線の感情推移 最初の酷さはともかく季節変わったくらいで仕事軽くなって、通帳受け取ったことで知った答えでどう感じたのか […
[良い点] これは良い炎上 [一言] 編集が裏事情を知って宣伝に利用するまでがワンセット どうせステマだろみたいなのが湧くまでが仕様
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