「私の初めて……300万くらいの価値、ありませんか?」
そうして働き始めた元社長令嬢・美桐イチカは、本当に一生懸命働いてくれた。
美桐が来るチャイムが、俺の目覚まし時計。それからメールやらSNSなどチェックしている間に、手早く朝ごはんができる。
「御主人様、朝食ができあがりました」
「ん、ご苦労」
さすがは元社長令嬢。こういった敬語、使おうと思えばきちんと使えるらしい。
そうして学校に行って、お昼は美桐の作った弁当を食べて。夕方帰ってきた時に、俺の家からは夕飯のいい匂いが漂っている。……たまに焦げ臭い時もあるけれど。
「ごめんなさい。お魚の皮がこんなに焦げやすいとは……」
「……香ばしくていいんじゃない?」
だけどそれもご愛嬌。シュンとした美少女の裸エプロン(inスク水)を見れば、正直どんなゴミ飯だって食べられるってもんだ。これでも俺が作ったモンよりマシだし。
どうやら美桐イチカ、料理はあまり得意ではないらしい……というか、経験が少ないらしい。さすが社長令嬢。没落してからも、ご飯作りは父親の仕事だったとのこと。
だから俺は、経費として美桐に『初心者でも簡単☆家庭料理のキソの基礎』という本を買ってやった。美桐の私物にしていいと言ったら、ものすごく感謝されたけど。
「でもお前、本だったら図書館や立ち読みで読めたんじゃないの?」
「今の時代、なかなか立ち読みできる本屋さんなんてありませんし、図書館行こうにも電車乗らないと行けないので」
「あ~、なるほど? 俺が優しい男で良かったな」
正直『本』だったら、年度末の確定申告の経費申請に入れられるんだよな。だから俺でも、財布の紐は緩かったんだけど。
「……御主人様が年収8085万の男で良かったと思います」
なんて嫌味を言ってくれながらも、隙間時間にずーっとその本を嬉しそうに読んでいる美桐を見てたら……『ちょっと慣れてきた新婚女子のための料理本♡』も、買ってやってもいいかと思っている。
あとこの間、休日にエプロンの替えを一緒に買いに行った。
そういや替えのエプロンがなく、洗った直後びしょ濡れのエプロンを着ていたからだ。うちに乾燥機なんてものはないからな。ちなみにスク水の替えはあと二枚ある。なぜあるか……資料だ。ひとえにスク水と言っても種類というものが……と、そこは割愛するとして。
俺はレジ横で売っていたシュシュとやらもついでに買ってやった。
「私にくれるの⁉」
「お前……俺の年収いくらだと思ってんの?」
実際、そんなマウント取れるほど稼いでなんかいないんだけど。
でもさすがに、輪ゴムで髪を結んでいるのは、見ている方の心が荒むので。
その時のキラキラした顔の美桐の顔ときたら……クソォ。昔がもうちょっとマトモなやつだったらなぁ。もうちょっと、俺だって……。はあ。
そんなこんなで、なんやかんや三ヶ月が過ぎた頃。
俺のデビューシリーズ三巻の売り上げは微妙だけど、コミカライズの一巻は好評ということで。電子のみで四巻の発売が決まり複雑気分の秋も深まり、どこかでは初雪も降ったというそんな時期。コートの下にTシャツという残念な私服で通勤する美桐イチカに、セーターでも恵んでやるかと考え始めた時。
――それは起こった。
「女モンの洋服……本人に選ばせるのが一番だけど、あまり高い店に連れて行かれるのも……そもそもどうやって買い物に連れていくか……」
今日は祝日。昼飯も食って、ベッドに寝転ぶ昼寝タイム。
台所からは美桐が食器を洗う音がする。そんなBGMにうつらうつらしていた俺は――気が付くと、腹部に重みを感じていた。どこか温かく、どこか柔らかい感触に「?」と薄めを開ける。
「御主人様……」
すると、美桐イチカが俺の腹部に跨っていて。
着ているものは俺と一緒に買いに行ったエプロン。その下……裸。水着のない、白い裸がエプロンから伸びていた。エプロンの脇から、はりのあるふんわりした球体が零れそうになっていて。
「は?」
その切れ長の目は、いつもより目尻が下がっているように見えた。
潤んだ瞳は発情……なんかじゃない。今にも泣きそうな、そんな顔をしていて。
優しい俺がとった行動は、とても荒々しかった。
「何やってんだっ⁉︎」
思いっきり美桐を突き飛ばす。ベッドの上に尻もちついたが、さして痛くはないはずだ。
だけど、美桐の目からは、涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「……ボーナスを、いただこうかと」
「はあっ⁉」
「私の初めて……300万くらいの価値、ありませんか?」
いやいやいや、ちょっと何言っちゃってんの美桐さん⁉
俺……たしかに厭らしい格好の強要はしてたけどさ? でも、本当に一切触れてなかったじゃん? てか、最初はそりゃあ厭らしい目もしてかもしれないけど……今じゃもう慣れてきちゃって、何とも思っていなかったんだが?
それなのに……ほんと何言ってんの?
そういう手段取りたくなかったから……恥を忍んで、年収8085万の幼馴染を探しだしたんじゃないの?
「どういうわけ?」
美桐はすすり泣きながら話す。
お母さんの病状が急変したこと。夏までに先進医療の手術が必要をしないと死んでしまう可能性が高いというのこと。先進医療は医療費控除が効かず、このままじゃ払えない。その総額1000万。美桐が言ったという300万は、手術一回の値段だということ。それを計三回行う必要があるらしい。残る100万は入院費用など雑費の目安金額ということで、病院からざっと提示されたのが1000万だったという。
「どんなアブノーマル? なことをしてもいいから……お願いします……」
「ど阿呆がっ‼︎」
俺は美桐の頭をチョップした。痛かろうが知るか。自分の手術費用のために娘が身体を売ったなんて、お母さんが知ったらどーするんだ? それがわからないほどの馬鹿なのか? 俺はわかるぞ! なんせキャラの気持ちを想像して文章にするのが仕事の、プロのラノベ作家だからなっ!
だから、俺はベッドから一人下りる。
「おばさん、夏までは保つんだな?」
「……うん」
「わかった。ちょっと待ってろ」
俺は鼻をすする美桐を無視して、パソコンに向かう。