「俺、優しいから。下に水着着てていいよ」
そして、俺はマイホームに美桐イチカを招待した。
駅から20分、築45年の2DK。一昨年亡くなったじっちゃんの家である。俺が自立する際、両親が処分に困っていたところ、俺にくれた。もちろん、名義は母ちゃんのままだけどね。だけど、家賃無料はすんげーありがたい。家電もじっちゃんの使ってたのそのまま使えたし。じっちゃんのおかげで、今俺は一人暮らしできているといっても過言ではない。
……男の一人暮らしだから、ただでさえ古い家がめっちゃ汚くなっているんだけど。
そんな現状の中、リビングダイニング(合わせて6帖)の真ん中で立ち尽くす元社長令嬢。はっはっはー。さすがに一昨日のコンビニ弁当が机に投げっぱなしの部屋は、ご令嬢には厳しかったのかなぁ?
だけど表情険しくしたこいつは、長い艷やかな髪を輪ゴムで(輪ゴムで⁉)結んだ。
「さっき言っていた条件は守ってくれるんでしょうね⁉」
「あぁ、勿論? ここに暮らして俺の衣食住を一年間管理してくれたら――年収の端数85万をあげる。その間の俺と美桐の生活費が全部俺持ち。一年間タダで暮らして、さらに85万もゲット……悪くないでしょ?」
ちなみに、85万の出どころは例の賞金のあまりである。たまたま貯金通帳に残っているのがそのくらいだったのだ。まぁ、来月出る三巻分の印税もそのくらいの予定だし、コミカライズって小説よりかなり売れるって話だし(当然、俺の印税率は小説よりかなり下がるけど)。なんとかなるだろ、多分。
そんなカツカツの俺の経済状況なんか知らない美桐は、奥歯を噛み締めていた。
「……そうね。85万あれば、お母さんの一年間の医療費を十分賄えると思う」
「家事さえ終われば、あとは何しててもいいから。さらにアルバイトにだっていけるよ。あと食事多めに作ってお父さんの分、持って返ったりしてもいい。そうしたら美桐のうちの光熱費だって節約になるよね。あと、おばさんの病院行く日は前もって教えて。その日は休みでいいから」
「ありがとう。とても助かるわ」
ちなみに元社長令嬢、美桐イチカ。高校も途中で退学したらしい。病院の付添いやアルバイトで、出席日数が足りなかったとのこと。落ちる時って、とことん落ちるものなんだなぁ……。
だけど、俺がしんみりしている傍から、彼女はせっせかゴミを集め始めて。
そんな健気な幼馴染の姿に、俺は「そうそう」と提案した。
「うち、制服あるんだよ」
忘れちゃいけない仕事服。私服が汚れたら可哀想だからね。服を用意するのも雇用人の役目さ。俺、優しいからさ。だからそそくさと押入れの奥にしまい込んでいた“モノ”を取り出す。
それに、美桐イチカの手は止まった。
「エプロン……と?」
「うん、スクール水着」
「み、みず……⁉」
はっはっはー。馬鹿だなぁ、元社長令嬢・美桐イチカ!
さすがに俺がどんなに優しいからって、この世知辛い世の中、そんな上手い話があるわけないじゃないか。裸エプロン……男のロマンですよ。
俺が知りうる限り、一番の美少女・美桐イチカ。
俺が知りうる限り、一番偉そうな女・美桐イチカ。
そんな女が、俺のために裸エプロンで俺だけに仕えてくれる! こんな夢みたいなことあるか⁉
「裸エプロンでもいいんだけど……俺、優しいから。下に水着着てていいよ」
「は……あ、でも……」
……まぁ、俺は優しいから。下に水着を着ることは許可してやろう(断じて、童貞の根性なしな故ではない。俺の優しさ故である。)
それでも動じる美桐に、俺はさらに慈悲を与えてやる。
「もちろん、外行く時は着替えていいから。うちの中だけ。あと勿論、俺は一切美桐に触れない……夜の仕事よりかなりマシだと思うけど? 水着なんて、夏の体育の授業中着てたじゃん。それよりエプロン分布面積多いくらいだし」
俺、優しいでしょ――て、にっこり笑いかけると、美桐は俺を睨みつけてくるけど。
「年収8085万の男にそんな態度でいいの? 働きぶりによってはさらにボーナスも出るかもしれないよ?」
再度「ね?」と聞けば、彼女は苦虫を噛み締めたような顔で「……誠心誠意、仕えさせてさせていただきます」と俯く。はっはっ、殊勝で可愛いぜ、美桐イチカ!
さぁ、年収8085万円(のフリ)の楽しい生活の始まりだ!
エプロンをツンと張り上げる若々しさ満点の胸部。
紺地に包まれていても柔らかさ満点の丸い臀部。
おそらく、美桐イチカのコンプレックスはその後者だろう。細い体型のわりに少し大きめの臀部をしきりに気にしている。俺は好きだぜ、大きめのおしり。おっぱいも好きだが、おしりもいい。なぜなら――と語り始めたらR指定で削除申請されてしまいそうなので、このくらいで自重しておく。
何はともあれ、そんな裸エプロン(inスク水)の破壊力は抜群だった。むしろ本物の裸エプロンよりもメリハリがあっていいんじゃないかと思う始末。そしてその魅惑の格好を引き立てるスパイスが、美桐イチカ自身の恥じらう動作だ。どことなく内股で、常に頬を赤らめつつ、俺の様子を伺いながらたまに水着の食い込みを直す感じ……あぁ、俺の年収が8085万(嘘)で良かった。
……と、ふと部屋の掃除をする美桐に、パソコンに向かう振りして眺めていた俺は尋ねる。
「ところで、どこでラノベ作家の年収知ったの?」
「先週の昼間、電化製品店のテレビでちょうどやってたのよ。ラクして稼げそうな仕事ランキング的な番組で」
「何か用があったんだ?」
「いや……たまにテレビが見たくなった時に行くの。家のテレビがないから……」
……あ~なるほど。娯楽代わりか。
そんな世知辛い美少女の哀れな生活に、ちょっぴり同情して。「うちでは好きにテレビ観ていいよ」と言おうとしたけど……無理だった。うちもテレビないんだった。使わないからってじいちゃんのお古、妹にあげちゃったんだよね。どーせ俺、テレビよりネット派だし。
「そういや、スマホは持ってんの?」
「……ない」
「マジか。どうやって俺の場所探したの?」
「スマホ売る前に、連絡先は全部メモしたから。家電で一件ずつかけていったの」
「いつの時代だよ?」
ほんと哀れだな、美桐イチカ。昔のキラキラご令嬢が肩なしじゃないか。
でも、ちょっと待てよ?
「でも、どうして俺がラノベ作家になったと知ってたんだ? 始めから金目当てで探してたんだろ?」
「だって、あんたずっと『ラノベ作家に、俺はなるっ!』て言ってたじゃない。高校生になったらコンテストに応募するって言ってたから、もうなったかと」
いや……それはその、某海賊漫画にかけた黒歴史というか……。
でも、その黒歴史を叶えると、こいつは信じてくれていたのなら。
ちょっぴり胸の辺りがくすぐったりなったりも……。
美桐が机の下の菓子袋をばっちそうに掴みながら、眉根を寄せる。
「あの時はラノベ作家がこんな稼げる仕事なんて知らなかったわよ」
――いや、俺も知らなかったよ。現在進行系で。
だけど、現金なご令嬢にやっぱりイラッとした俺は、命令を下していた。
「お前、俺に対してこれから敬語な。使用人になったつもりで、御主人様を敬え」
「え?」
「あ~あ。傲慢な家政婦なんて、減給したくなってきたな~⁉」
「か……畏まりました、御主人様ぁ‼」
哀れ、美桐イチカ。……ちょっと俺も最低かもしれんけど。
まぁ、本当に細やかなボーナスあげられるくらいには、俺もがんばろ。
こうして俺は彼女の作業中、真面目にパソコンに向かうことにする。




