「だって、ラノベ作家って年収8085万なんでしょ?」
『ラノベ作家〜? 陰キャなあんたにはお似合いなんじゃないビンボー君?』
俺には中学時代まで、そんな社長令嬢の幼馴染がいた。
この幼馴染は『超』が付くほどのお金持ちなのに、中学までは俺と同じ学校に通っていた。……まぁこれは、うちの背伸びすぎる教育方針が故なんだけど。
しかも何の因果か、こいつ・美桐イチカと、俺・瓶模リューイチ。出席番号は常に前後。そのため定期的に席が前後になったり、班が一緒になったりする機会が多く……幼稚園からの十二年間、俺はこいつに『ビンボー』と苗字をイジられ続けたわけだ。
そんな長い付き合いがあれば、将来の夢がバレる機会が何度もある。
俺の『ラノベ作家になりたい!』という夢もまた、こうしてイジられ続けた十二年間。
……だけど、そんな関係は十二年間で幕を閉じた。
俺は家計の都合により、お金持ち学校に通い続けるのが苦しくなったとして、高校から公立へ。当然、社長令嬢であったこいつはそのままエスカレーター式にお嬢様街道を――――
進んでいたはずなのに、お互い十八歳を過ぎた高校三年生の夏。
なぜかこいつは、庶民様な俺の高校の前で俺を待っていて、「話したいことがあるの……」と俺をファミレスまで連れてきたのだ。
そして現在、向かいの席に座って、俺に深々と頭を下げている。
「お願いします――どうか私に、お金を貸してください」
「断る」
まぁ勿論、即答で断るんだけど。
だってこの三年間、まったく連絡とってない相手だし。そりゃあ昔も(そして今も)かなり可愛い見た目だけど、俺イジられ続けてたし。こいつと居て楽しかった思い出なんて一つもないし。
そんな相手から『金を貸してくれ』と言われて貸すやつがいるか?
もしかしたら『身体と引き換えに、ぐへへ』なんてやつはいるかもしれんが……俺もそこまで腐っちゃいない。だから即答で断ってやったんだ。俺って優しい。
それでも、顔を上げた社長令嬢(であるはずなのに、なんで古っちゃけたTシャツを着ているんだろう? ビンテージってやつか?)は、大きな切れ長の目に溢れんばかりの涙を溜め込んでいた。
「どうして? あんた、ラノベ作家になったんでしょう?」
「……どこで知ったの、それ?」
「昔の同級生に手当たり次第あんたの行方を聞いてたら、あんたと同じ文芸部だったやつが教えてくれた」
「あ~、あいつか……」
たしかに俺は現在、昔からの『ラノベ作家になる!』という夢を叶えている。
一昨年高校一年生の時、一念発起で公募とやらに応募した。そしたらまさかの金賞受賞。人生一番の幸運を使い果たした俺は、その賞金三百万で在学中から一人暮らしを開始(妹と同じ子供部屋で居づらかった……)。そして来月、受賞シリーズの三巻が出版される予定である。……まぁ、三巻までは受賞時の確約だったから。売上次第で続刊が決まる。なので、もう執筆作業を一通り終えてドギマギしている俺は現在、念の為に次のシリーズの構想を練っているのである。
とまぁ、こんな経緯を中学時代の同士は知っているわけで(なお受賞報告したら嫉妬でブロックされた。ちなみにそれらしきアカウントにウェブレビュー星1と酷評を付けられた)。まぁ、あいつが美少女からの連絡に浮かれて『おれはあいつのマブダチだから~』と情報を流したとて、何も不思議はない。
――などと、ゆっくり納得したところで、話に戻る。
「――で、ラノベ作家になったからって、なんでお前に金を貸さなきゃなんないの?」
俺の質問に、彼女はチラホラと周りを確認して。俺が疑問符を浮かべていると、「耳貸しなさいよ」と偉そうに口を尖らせてくる。……なんで金を借りる立場が偉そうなわけ? なんて思いながらも、顔を乗り出してやる俺は優しい。だけど、彼女の甘い吐息から紡がれた言葉に、俺がギョッとした。
「だって、ラノベ作家って年収8085万なんでしょ?」
「はあああああああっ⁉」
俺のデカイ声に、他の客からの視線が集中して――俺は慌てて咳払い。
いや、年収8000万超えって。しかも平均ってことはさらに上がいるわけだ? 俺、そりゃあ作家デビューして二年目のペーペーだけど……担当編集から『まぁ、ぼちぼちな売上ですね~』と言われて、去年の稼ぎは200万ちょいだ。もうすぐコミカライズの一巻も発売されるから……書籍の続刊もされたら、今年は400万を超えるかもしれない。賞金の300万もまだ余っているとはいえ……一人暮らし、けっこう崖っぷち。
そんな俺の状況を一切知らないであろう社長令嬢は言う。
「私……高校入学してすぐに、両親の会社が倒産しちゃって。同時にお母さんも難病で倒れちゃったの。すぐ死ぬわけではないみたいだけど、医療費が高くて……」
「……おじさんは何してんの?」
「あちこちで一生懸命アルバイトしているけど……高度医療費制度を使っても、毎月8万超えの医療費はツライ」
「わぁお」
いや、“わぁお”で流しちゃいけないんだろうけど。
ちなみにおばさんともおじさんとも、俺は面識がある。授業参観の後とか、いつも『うちのイチカがごめんね』と謝ってくれてたっけ。上品で綺麗なひとだったんだけどな……。一度だけこいつの家にみんなで遊びに行った時、ちょうどお会いしたことあったと思う。
だけど、かつての偉そうな社長令嬢の落ちぶれっぷりに、いくら優しい俺でも“ざまあ”と思わんでもないわけで。俺も人間だもの。
「……それで? 年収8000万超えの俺に金を借りたいと」
自分で言ってて笑いを堪えるのが大変だが……目の前のこいつは真剣な顔でコクンと頷いた。
「お母さんの病気ね、海外で手術を受ければ治る見込みが高いみたいで。その手術代や渡航費に3000万……お金はどんなに時間がかかっても、必ず返すわ! 昔“ビンボー”とからかったことも謝る! だからお願い! お母さんのことを助けてくださいっ‼」
う~ん……ずいぶん殊勝なことだ。
病気の母のために、かつて見下していたやつにここまで頭を下げるとは。これがラノベだったら、変わった幼馴染の様子に胸を打たれて、昔のほっこりエピソードを思い返しながら一役買って出るんだろうなぁ。……本当に俺に年収8085万(?)があればだけど。
そう、いくら俺が優しかろうと、無い袖は触れない。無い金は出せない。
まぁ、お母さんとやらは可哀想だが。すぐには死なないらしいし。学生にしては稼いでいるとはいえ、しょせん年収400万いったらいいなぁ、の俺が出る幕は――――
だけどその時、俺は気がついてしまった。
必死に頭をさげるこいつの胸元。古そうなTシャツ。首周りが寄れているんだよね。だからそこから……ふわっとした白い双丘の谷間が見えてしまっているわけで。
「3000万円は無理だけど……」
俺はゴクリと生唾を呑み込んでから、思わずこう続けた。
「条件次第じゃ、そこらのアルバイトよりいい仕事を紹介してあげられるよ」
「……やっぱり、夜のお仕事?」
それこそ俺が断ったら、夜の蝶とやらになる予定だったのだろうか。可愛いからね。売れると思うよ。大切な何かと引き換えに。
だけど、俺は優しいから。もっと合法的な援助をしてあげよう。
「俺のうちで家政婦してみない?」