国王様の友達の作り方
新作の構想を考えているうちに登場人物たちの出会いで盛り上がってしまいました。
新作の主人公は出てきません。
国王様の友達の作り方
光り輝く王都にも影がある。
どんなに立派な為政者であろうと全ての事象に気を配ることは難しい。光り輝く大通りの裏には日の当たらない影の道がある。
太陽がどんなに光り輝こうとも全ての影を消すことができないように…。
チンピラ風の男が一人、路地裏に駆け込んできた。その顔はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。
大通りの人混みにイライラした男は、八つ当たりにと目についた気の良さそうな商人にわざとぶつかり、落ちた巾着をこっそり懐に仕舞い込む。倒れた商人に笑顔で手を差し出した。
「大丈夫か兄さん?しっかり前向いてあるきなよ」
「へい、ありがとうございます。では」
手を引いて起こしてくれた男の風貌を見た商人は、関わっては不味いとそそくさとその場を後にする。
「ヤッホー。やったぜ。こんなに簡単に稼げるなんてなぁ。ハーハッハハ」
初犯のドキドキ感とズッシリと重い巾着に興奮覚めやらず、高笑いが止まらない。
「五月蝿いわね!」
バシッン!!
「うげっ」
気分よく笑っていたら、どこから現れたのか細身の女性にビンタをくらい、よろけてしまう。呆気にとられているうちに女性は姿を消したのでやり返すことも出来ない。
「はあああああああ!」
──
─
きらびやかな大通りから一つも二つも奥に入った十三番通りのその奥に、その場によほど似つかわしくない格好の子供が歩いていた。パッと見た感じは堂々と目的地に向かって歩いているように映る。だがしかし、観るものによっては迷子の子供が涙を堪えて虚勢を張っているのがわかる。
事実、その子供は迷っていた。
「(どうしよう…こんなことになって大騒ぎになっちゃう)」
両親は公務に忙しく、気軽に街へと散策にも連れていってくれない。そんな不満を抱えて屋敷を彷徨いているときに、気の弱そうな従者を見付けた。あれやこれやと理由を捲し立て引きずるようにして街へとやってきたのだが。
しかし、この従者の男がどれだけたっても折れない。気が弱いくせに「決まりですから!」の一点張りで店のひとつにも入れず、楽しめたものではない。
やっと立ち寄らせてくれた食堂の店員に銀貨を一枚握らせると、上手に裏口から逃がしてくれた。
そうして得た自由への一歩の代償が現在の路地裏遭難である。
まだ陽が高いと言うのに薄暗く空気もじめっと湿り気を感じる。早く抜け出そうと小走りになったそのとき、前から歩いてきた男とぶつかった。ジャラリと地面になにかが落ちる音がした。
「うわっ!」
「あん?なんだおメェ」
「くっ、無礼者!ぼく…はっ!」
うっかりいつもの調子で叱りつけようとしてしまうが、口に手を当て言葉を飲み込む。
「(いけない。ここは屋敷じゃないんだった。気を付けないと)」
こんなところで身元がばれれば大騒ぎになって二度と外には出してもらえなくなる。
「はっああぁ!?てメェ、人様にぶつかっといて偉そうなっ」
「ああ、すまなかった。気を付ける。では」
そう言って男の脇を抜けて歩き出す。
「おい、待てコラッ!」
「まだなにか?」
振り返ると男はニヤニヤと笑いながら懐に手を入れる。
「おメェ、よく見たらすっげぇいい服きてやがんなぁ」
「そ、それがどうした」
「顔も…上等…悪くねぇ」
「………」
「ヒャッハハハ、ここがどういうところか知らないのか?」
「王都の十三番外の外れ…」
そこまで口にして事態を理解する。
「そうだ、お利口な坊や。ここは影だ。きらびやかな王都の影。光は届かない…衛兵の目も届かないっ」
男はゲヘヘと笑い醜い笑顔を近付け、手を伸ばしてくる。
「だれかっ!」
「誰も来ねぇってわからないのか」
建物の屋根でキラリと何かか光った。
「どいてっ、どいてっぇぇ!」
大きな怒鳴り声と共に樽を抱えた少年が走ってくる。
「あぁん?」
男が振り返ったところへ少年が走る勢いそのままに突っ込んだ。樽が壊れる派手な音が辺りに響いた。
男と少年はもみ合いながら壁際の鉢植えの列にぶつかり止まる。
「いってぇぇ!なにしやがんだ小僧がっ」
頭を押さえながら上体を起こした男は、自分の上でアハハと笑っている少年の顔めがけて蹴りを放つ。
「うげっ」
立上がろうとしていた少年は顔を蹴られ、よろけて僕の方を向いて四つん這いに倒れる。
僕を見上げたその顔は「やってやったぜ!」と言わんばかりの笑顔だ。蹴られた辺りからうっすらと血が滲んでいる。
「(逃げるぞ)」
少年は僕の目を見つめながら口だけを動かし、音のない言葉を投げ掛けてきた。
「えっ!」
「ったく、何て日だ!今日は厄日だぜ…ま、それもこれもこいつを闇奴隷市にだせば…ケッヘヘ」
男は壁にぶつけた頭を擦りながら立上がり、こちらに向かって歩いてくる。
膝をついていた少年は地面に転がっていたものをつかむと、振り返りながら男に投げつけた。
「おっさん!悪かったなぁ、受け取れ」
「うわっ!何しやがるっいて、いてぇわっ、くそ、このぉぉ」
少年が投げつけたのは樽のなかに隠れていた拳大のネズミ。ぶつかった衝撃でぐったりしていたネズミだが、男の顔へ向かって投げられ、今度は『窮鼠猫を噛む』を見事に実践して見せた。
そんな哀れなネズミの奮闘を呆気にとられていると、少年が僕の手を握り走ってきた方へと引っ張っていく。
「あっ、えっ?」
「今のうちに逃げるぞ!走れるか」
「あっ、うん」
不運にも捲き込まれ、殿を勤めさせられることになったネズミに背を向けて、二人は裏路地を駆けていった。
──
─
暫く走り大通りに出て、そこからさらに移動して人の多くいる広場までやってきた。
「はぁぁ、疲れたぁ。大丈夫か?」
少年が一息ついた後で僕の方を向いて、気遣いの言葉を投げ掛けてくる。
「う、うん。大丈夫。ありがとう……」
「そっか。間に合って良かったよ。お前、良いとこの坊っちゃんだろ?そんな立派な身なりしてるしな。そんなのがあんなところを一人で歩いてたら、どうなるかくらい習わなかったのか?」
「うっ!ご、ごめんなさい」
「あ、いやいや、お前を叱ってる訳じゃないんだぜ。おめぇの親の不注意がだな……」
「………」
「あぁ、まあいっか。大事にならなかったし。次から気を付けろよ」
「う、うん」
「じゃあ、ここから帰られるか?」
「えっ、あ、ああ。うん、大丈夫?」
僕が少し不安げに言い淀むと、少年は額の辺りに手を当てため息混じりに考え込んだ。
ぐ、ぐぅ~
緊張が溶けたからなのか、なんとも力の抜ける可愛らしい音が二人の間に響いた。
「はぁぁ、なんか食いに行くか」
少年はため息をひとつ吐くと、広場の屋台が集まる方へと歩き始めた。
「あ、ちょ、ちょっと待って」
「ううん」
少年が顔だけこちらに向けてくる。
「その、お金…持ってなくて。おし…家に帰ればあるんだけど…」
「ああ、大丈夫。任せとけって。俺が奢ってやるよ」
そう言いながら少年は懐から巾着を取り出した。上下に軽く揺すると、ジャラジャラと音がする。
巾着は丈夫そうな革製で刺繍で飾付けがあり、その少年の身なりとは違和感があった。
「ん?ああ、こりゃ…慰謝料だな」
少年は僕の視線の意味に気づいたのか、明後日の方を向いて頬を掻いた。少年の頬には男に蹴られた裂傷と靴の痕が痛々しく残っている。
「えっ、でも君も派手に…」
「あ~、あれはほら…事故だ、ん、事故、事故」
「でもぉぉ」
「うう、分かったよ。じゃ、こっちからな」
そう言いながら懐から別な巾着を取り出す。ずいぶんと使い込まれた継ぎ接ぎだらけのものだ。チャリチャリと控え目な音がする。
「な、なんだよ。今日の俺の稼ぎだからな。あいつらケチなんだよったく」
「いいの?」
「ああ、男に二言はね……が、量は控えてくれよ」
少年は少し遠くを見てた。それを見てちょっと笑ってしまった。少年もつられて笑い出す。
「俺はセシリオだ。よろしくな」
そう言って右手を伸ばしてきた。
僕は差し出された右手をじっと見つめてしまう。
「ん?どうした?握手はしねぇ主義か?」
「えっ!いやいやそうじゃなくて、その…(友達って…)は、初めてだから…」
「ん?(チンピラから人を助けるのは)俺も初めてだ」
少年…セシリオが引っ込めそうになった手を両手でつかんで
強く握り返す。
「レイナルド・シン・アリカーナです。僕たちこれで友達だよね」
「お、おう。もちろん、ダチだ」
一転してぐいぐい来たレイナルドに若干怯むセシリオだった。
「やっぱ、お貴族様か。シンアリカーナってどっかで聞いたことあんなぁ。有名なところなのか?」
「はっ!」
嬉しくて隠しておけばいいのに家名まで告げてしまい、慌ててしまう。だが、セシリオは聞き間違ってくれたようだ。
「えっ、あ、そ、そうなんだよ。し、新興の…だからね。知らないよね」
「そうか。でも、アリカーナってこの国の名前だろ。大丈夫なのか?」
「う、うん。親類?みたいなものだから」
「げっ!そうなのか。早く言って…じゃないな…おっしゃってくださりば…」
「や、ヤメテ、ヤメテ」
慣れない言葉使いで、噛んでしまった恥ずかしさも合わさって、頭を垂れ跪くセシリオをレイナルドは慌てて押し留める。
「ほ、ほら僕はまだ家督を継いだわけじゃないから」
「そうかぁ。じゃあ、レイナルド様と呼んだら…」
「ダメダメ!「様」なんてつけなくて良いから」
「手打ちにされない?無礼打ちとか」
「しないしない。気軽にレイって呼んでよ。と、友達なんだから」
「分かったよ。レイ。俺はみんなにリオって呼ばれてる」
そう言って改めて握手をする二人。
ぐ、ぐぅ~
「「プ、プハッハアハハ」」
二人の笑い声が重なって辺りに響く。
「じゃ、行くぞ」
「うん」
屋台に向かって歩いていく二人の愉しげな後ろ姿を、建物の影から見守る人物がいた。
フードを目深に被り素顔はうかがい知れないが、僅かに覗いた口許はニヤリと笑っているように見えた。
──
─
屋台で買った串焼きを食べ終わりレイナルドは聞いた。
「ねぇ?あの拾った巾着はどうするの?」
「ん?あれかぁ。そりゃもちろん(俺の懐に…出来ないか)警備兵団の詰所に持ってくよ」
セシリオはレイナルドの方を見ることなく、早口で答える。その顔はどこか浮かない表情だ。
「セシリオ!」
「わ、わかったから。そんな目で見るなよ。……堅物めっ……」
「えっ?何?よく聞こえなかったよ」
レイナルドの無邪気な笑顔に自分の浅はかな考えを砕かれ、赤くなった顔を隠すようにセシリオは走り出した。
「ま、待ってよぉ」
「速くこいよ。俺の気が変わらないうちに届けるんだからな」
いち早く、警備兵団の詰所にたどり着いたセシリオは、刺繍入りの巾着を見せて拾った成り行きをかいつまんで説明した。
すると、(予想はしていたが)話を聞いた兵団員の一人がセシリオを後ろ手に縛り、善行の報告が尋問に変わる。セシリオは、継ぎ接ぎだらけの服に穴の明いた靴を履いている。髪型も不潔ではないがボサボサで整っていない。
兵団員の対応も一般的なものであり、他の者もその行動を咎めることはない。それには最近の犯罪事情が関係している。
落とし物を届けるという行為事態は少なく、大抵の当事者は泣く泣く諦める。それでもゼロではないため、落とし主は諦めていたものが出てきたのだからと謝礼を渡すことが多い。だが、そんな事情を逆手に取って窃盗やスリで得た物を拾ったと言って報告し、お咎めを免れつつ謝礼も得ようとする不届き者が横行している。
「それでぇ、誰から盗んだんだ?」
「違うって言ってるでしょ。男に殴られて、倒れた先に落ちてたんだって」
「で、その男と仲間割れしたんだろ。貴族の坊や何てのもいなかった。違うか?」
「だから違うって何度も…」
兵団員はまともに話を聞いてくれない。そればかりか、セシリオの説明から都合のいい要点だけ拾い上げて、想像の物語を成立させようとする始末。埒が明かない。こうなることはわかっていたので届けに来ることをためらったのだ。
ハアハアハア
「あのー、すみません。あっ、リオ!なんで縛られてるの?」
「レイっ!遅いぞ。って、そんなことは後でいいからお前からも説明してくれよ。」
「あ、ああ」
呼吸を整え、レイナルドは今日起こったことを兵団員に話して聞かせた。ひと目見て貴族か商家の子息とわかるレイナルドの話は遮られることなく語られた。
すべて真実なため、セシリオが話した内容とも合致する。それでも兵団員たちには納得がいかない。レイナルドとセシリオの接点に納得ができない。見窄らしい格好のガキと立派な身なりのお坊っちゃまの組み合わせに。すると、話はまた変な方向へと動き出す。
「そうか、大変だったな坊や」
「はい、わかっていただけたのならセシリオを開放してもらえますか」
「ああ、もう大丈夫だからな。ここは警備兵団の詰所だ。安全だよ。だからもう嘘を吐かなくていいんだよ。悪いやつは捕まえているからね」
「えっ!はっ!いや、だから違うんです。セシリオは拾った巾着を届けに…」
「大変なやつに絡まれたな。何を枷にされてるんだい?おじさんたちが力になるよ」
「だから俺はそんなことやってねぇ…うげっ」
「お前は黙ってろ!」
話を聞かない兵団員に怒鳴るセシリオを机に押さえ付け黙らせる。
このままでは無実の罪でセシリオが処罰されてしまう。軽い場合でも労役、重くなれば奴隷落ちや死罪になることもある。
「(僕のせいで…どうしたらいいの)」
レイナルドが必死に思考を巡らせているところへ新たな役者が登場する。
「へ、兵団さーん!ぼ、僕の指輪が、巾着に入れて大事に持ってたのに、大切な…どうしよぉぉ、あれがないと、僕の人生が終わってぇぇぇってそれぇぇ。僕の巾着ぅぅ」
泣きながら走ってきた商人風の青年は、何事かを喚き散らして机におかれた刺繍入りの巾着を指差し、飛び付こうとして兵団員に抑えられる。
「あんただれだ」
「僕の指輪ぁぁぁ」
──
─
兵団員が商人を宥めながら話を聞いたところ。
思い人に送る指輪を買って帰る途中に巾着ごと無くしてしまい、道すがらを探して回ったが見付からず、最後の希望を求めて警備兵団詰所に来たら、求めていた巾着があったため興奮が振りきったとの事だった。
「お前はこんな青年の気持ちを踏みにじった大悪党だったのかぁ!」
「はぁ?そこの男には今初めて会った。それに巾着がなくなったって頃は倉庫で荷物の整理をさせられてた。市場に行ったのだってレイと一緒に屋台に行ったときだけだ」
「倉庫での作業は他に誰かいたのか?」
「一人だったよ。アイツら二人分の金を請求して俺一人に仕事を押し付けるんだ。だから…」
「だから…むしゃくしゃして仕事を抜け出し、そこの青年商人から巾着を盗んだ…と言うことだな」
「違うってい…」
「誰も見てないんだろ?一人で作業だし…そんな成りだしなぁ…ハハハ」
「………」
もう何を言っても聞く耳を持たない兵団員を睨み、セシリオは唇を噛む。
レイナルドはワタワタと震えるばかりで、なにも言えずにその場に座り込んでしまう。
床に力なく座り込んだレイナルドの姿を見て、商人の青年が声をあげた。
「あっ!思い出した。市場の人混みでチンピラ風の男とぶつかったんだ。その男の風貌が怖くて直ぐに逃げ出した。その後なんだ、巾着がないのに気づいたのは」
「なんだと、それでその男の…」
「オーイ邪魔するぜ!よう警備兵ども、俺様の巾着を探せ!」
「なんだお前。今日は次から次に…」
「「「「あっ!あああ!」」」」
四人の声が揃う。
「「「アイツだ!」」」
「その巾着!」
二言目は揃わなかった。
「どう言うことだぁ」
困惑しているのは取り調べをしていた兵団員たち。
「げっ!なんでお前がここに。あっ!お前らネズミの礼はきっちり払わせるからな」
最後の役者が登場し、脳内で物語を組み立て直した兵団員が素早く指示を出す。
「その男を捕まえろ!」
「ハッ!」
「うわっ!やめろ。俺様に触んな!俺がなにしたってんだ。ああんっ」
「何をしたか、話を聞こうと思ってな」
取り押さえたチンピラ男を見下しながら兵団員は凄んでみせる。
「おお、そうだ警備兵。そこの二人にネズミを投げ付けられて顔に怪我したんだそ。さっさと捕まえて責任とらせろ!っとその前に殴らせろ」
「ほおぉぉ。で、巾着は」
「あっそうだ。ネズミを投げ付けられた時に落としたんだ。そいつが盗んだんだよ」
「それはお前のか?」
「と、当然だろ。俺様が持ってたんだから」
「どんな巾着だ?」
「へっ、立派な革製で刺繍で飾付けた自慢の品だよ。ちょうどその机の上に載ってらぁ」
「へぇ、確かにこれに似てるな」
机の上に置いてある巾着を持上げて繁々と眺める。男が言うように革製で刺繍がある。ジャラっと重たい音がする。
「へへへ」
チンピラ男はもう自分のものになったつもりでニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる。
「じゃあ、中身は?」
「はっ!」
警備兵の冷たい質問にチンピラ男のニヤついた笑顔が青褪める。
ゴクリと唾を飲む音が聞こえるような数秒間の静けさ。
ちらりと商人の青年を見るチンピラ男。
「そ、そりゃ…き、金貨?と銀貨?が入ってるぜ」
「ほおお。金貨に銀貨ねぇ。確かに入ってそうだなぁ」
「だ、だろう?わかったら早くこいつらをどかせて、そこのガキを殴ら…」
「で、実際のところはどうなんですか?」
兵団員はチンピラ男の話を途中で遮り、商人の青年に向き直り問いかける。
「は、母の形見の指を修繕してもらったので、もうギリギリで。銅貨が一枚と鉄貨が数枚、いや13枚入っていたです」
「因みに指輪に石は?」
「あ、アメジスト石が。小さいですけど深い紫色が綺麗なんです。彼女の瞳と同じ色で、デヘヘ、笑った笑顔か素敵で…」
「あ、ああ。ありがとう」
最後の方は惚気話になり兵団員たちも苦笑いだった。
商人の青年に断って中身を確認すると話の通り指輪と銀貨、鉄貨が出てきた。枚数も間違いない。
「それじゃ、詳しくお話聞こうか?」
チンピラ男は喚き暴れようとるが、そこは本職の警備兵団には敵わない。
「良かったぁ、ブチュ。良かったよぉ、ブチュブチュ」
商人青年はデレデレした顔で戻ってきた指輪に口づけ…吸い付いている。
「すまなかった」
「正しく解決できたんだからもういいさ。こんな成りのガキが立派な巾着持ってきたんだ。疑うなってのが難しいさ」
「そ、そのすまなかった」
セシリオを尋問していた兵団員が頭を下げる。
「レイ!行くぞ。もう用事はすんだんだ。落とし主も見つかったし…」
いまも指輪に吸い付いているままの商人青年を冷ややかな目で眺める。
「今日のことは父様に…いえ、僕が何とかしなければ。うん」
一人、静かに決意を新たにするレイナルド。
「ちくしょぉぉ!なんでこんなことになったぁ。嵌められたんだ、あのガキの仕業だ。俺は悪くねぇ。離せぇ……」
自分の悪事を棚上げにして喚くチンピラ男。
「(良かったぁ、ネコババしないで…)清く正しく生きていこう」
レイナルドに諭されたとはいえ、正しいことをして誇らしい思いのセシリオ。
──
─
日は傾き始め、多くの店は暖簾をたたみ帰り支度を進める。レイナルドを送り届けるため大通りを歩く。
夕陽に目をほそめながら、セシリオが問いかける。
「レイ?」
「なあに?」
「お前の夢ってなんだ?」
「夢?。まだわからないなぁ。父上の仕事を継ぐ?ことかなぁ」
「ああ。そうか。その仕事がお前の夢なんだな」
「うん。多分、そうなんだと思う。セシリオは?」
「あ、俺か?俺はでっかいことして、この国に恩返しすることだな。色々辛い仕打ちもあるけど…」
「今日みたいな?」
「ああ、そうだな。それでも、それでもこんな俺でも生かしてくれてる。夢はなんだ?とか語り合えるくらいには希望も与えてくれてるから。だから恩返しするんだ」
「恩返しかぁ。恩を返し終わったらどうするの?」
「いつ返せるかわからないけど、返し終わったら何するかなぁ。そこまでは考えてなかったな」
「じゃあ、僕を守ってよ?今日みたいさぁ」
「おお、いいぜ。だが、俺は安くないからな。今日の串焼き代を利子付きで頂くからな」
「そりゃ困ったな」
二人は顔を見合わせて今日一番の笑顔で笑い合った。
「大分遅くなったけど、リオの家は何処なの?」
「ん?あっちの方だな」
そう言いながら日が沈んでいく方向を指さす。
「レイナルド様ぁ~。やっと見つけましたよ」
「あっ!いっけない。リオ、今日はありがとう。また会えるかな?」
「ああ。本物のダチならいつでも会えるさ。じゃあな」
そんな簡単な挨拶だけで二人は別れる。また会えると二人は根拠のない確信を抱いているのだった。
ハアハアハア
「もう今までどこにいらっしゃったんですか?私は気が気ではなかったのですよ。だいたい、殿下はご自分の立場というものを…」
「すまなかった。それより、あの者の住まいを調べてくれぬか?」
レイナルドは夕陽に向かって走る初めて出来た気のおけない友達の後ろ姿を示す。
「ああ、あの者ですか。偏見ではございませんが、おそらく孤児院でしょうな。あの方向にありますので…」
「そうかぁ」
「恐れながらあまり関わらない方が…」
「私の友を貶めることは許さんぞ」
「申し訳ございません」
「戻ろう。父上に相談したいことがある。あと…今日は心配をかけ、すまなかった」
「も、もったいなきお言葉」
レイナルドは城に向けて歩みを速めるのだった。
それから数日後、王太子殿下の名のもとに警備兵団の意識改革案が発令された。
また、王都のすべての孤児院に対して国からの援助が僅かばかり増額された。
───
──
─
あれから十年の時が過ぎたが、レイナルドとセシリオの邂逅はついに叶わなかった。
魔物の進行が激しさを増したのだ。
それぞれの目標に向けて邁進する二人の若人の運命は再び交錯する。
魔物の発生と王都への進行が激しさを増したのは六年ほど前から。それまでも散発的な発生はあったものの、冒険者と呼ばれる魔物を専門に狩る者たちの活躍により大事にはなることはなかった。
激しさを増す魔物の進行に対して王国も軍を組織し、排除に乗り出した。
成人を迎えたレイナルドは小隊長として数十人の騎士を引き連れて殲滅作戦に参加していた。
「殿下はお下がりください。ここは我らが死しても食い止めてみせます」
「そんなことは許さん。もうこれ以上みなを死なせたくないんだ。私を守りながらでは本領が発揮できないのだろう。私も闘う。せめて自分自身くらい守ってみせる。私とて王国の騎士の一人なのだからな」
「そ、そのお言葉だけで、我々は…うわっ、くそっ、殿下を守れぇぇ!」
レイナルドも剣を抜き、自身に迫ってきていた魔物を両断する。隊長職とてお飾りではない。民を、王都を、国を守るために日々の研鑽は欠かさない騎士なのだ。
一際大きな魔物が現れて戦線が押され始める。辛うじて退けていた中型の魔物たちも騎士を圧倒し始める。戦線は崩れ、残る兵士はレイナルドを囲む十人にも満たない数となっていた。
「もうだめなのか。っく!こんなところでぇ」
その場にいた誰もが、もうこれまでと諦めかけたその時。
「どけどけどけぇぇぇ!」
どこからか怒声を響かせながら、黒い影が騎士たちの真ん前を通りすぎていく。
ドッゴォォォン
大地が揺れるような轟音と砂煙が舞うなかから人影が姿を表す。
騎士たちはその影に剣を向け警戒する。強い風が吹いて砂煙が晴れると、魔物たちの亡骸と兵士三人でやっと引くことができる破城槌の残骸が転がっていた。
「な、何者だ?」
騎士の一人が人影に問い掛ける。
「………」
返事はない。ならば新手の魔物か。レイナルドを含む騎士たち全員に緊張が走る。
背中に大振りの剣を携え、肩や胸など急所を守るだけの軽革鎧を身に付けている。長い髪は乱れ、全身血濡れの状態でその表情も窺えない。しかし、目だけがギラリと力強く光って見えた。こんな絶望しかない場所で。
「後ろだ!」
「へっ?」
大剣の男が指を指しながら叫ぶ。
騎士たちの後ろにはレイナルドがいる。そしてさらにその後ろに迫る魔物の影。騎士たちは振り返り、走り始めるが…。
間に合わない…。
「殿下あぁぁぁ!」
騎士たちが叫び、走る。着慣れたはずの全身鎧が重く感じる。防御力を重視しているため素早い動きには向かない。この鎧を着ていなければ、間に合ったかもしれない。しかし、鎧に残る無数のキズを考えれば、今まで生き残れたのはこの鎧のお陰だ。
「くっ!」
レイナルドは熊のような魔物の振るった爪で剣を弾かれ体勢が崩れる。一撃目は何とかいなせたが、もう手に武器はない。体勢の崩れた今、二撃目はいなせない。
ビュン
走っている騎士の横を影が通り過ぎた。
熊のような魔物の二撃目の爪がレイナルドに向かって振るわれる。レイナルドが向かって来る爪に腕を構え固まる。
「殿下ぁぁぁ!」
騎士たちの叫び声が響き渡る。
ガキンッ
金属同士がぶつかる甲高い音がする。
「間に合って良かった。っと、邪魔すんじゃねぇ」
大剣が宙を舞い、熊のような魔物の体が細切れになり、地面に落ちる。
「大丈夫か?レイ!」
大剣の男がレイナルドにだけ聞こえるように呟いた。
「殿下!レイナルド殿下。ご無事ですか?お怪我は?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
追い付いてきた騎士たちがレイナルドを囲み、その体を助け起こす。
「どこのどなたか存じ上げないが、殿下の危機を救って頂き感謝する。貴殿の所属と階級を教えてくれるか?」
「副長、その者は…」
「レイナルド殿下、申し訳ございません。命の恩人なれど、殿下を守るのが我々の使命なれば、この者が何者なのか知らねばなりません」
「………」
副長はレイナルドの言葉を遮り、大剣の男を睨み付けて返答を待ったが、答えないため再度の問いを投げ掛ける。
「お前は何者だ?」
「ダチだ」
「は?貴様、何を言っている」「だから、俺はそいつのダチで、ピンチだっつうから助けに着た。それだけだ」
大剣の男がレイナルドを指差しながら答える。
「貴様ぁ、殿下をそいつ呼ばわりとは。ぶれ…」
「止めろ、副長」
「しかし…」
「その者は私の友人だ。いや、違うな……セシリオ、私の最高の友達だ」
「そういうこった」
複数人の言葉の掛け合いを初めて書いてみましたがとても難しく感じました。人物像をしっかりと設定して話し方や考え方を固定できるように頑張ります
ちなみに、新作は一人の青年がトラブルに巻き込まれて成長し、望まないながらも世界を救うような作品になる予定です。