第九話 終活のための就活
記憶が戻って一年が過ぎた。
正直言って、八方塞がりだった。元の世界に戻る糸口が全く掴めない。
童話などで別の世界に関する言及などは時折見受けられるが、裏を返せばその程度。
もしかしたら別世界の研究書などがあるかもしれないが、少なくともオールドマン家の書庫にはない。
屋敷の者に異世界の伝説などがないか問いただしたが、何故かみな口を閉ざす。
アダム王子の件も現状できることがなにもない。あの件を乗り越え私たちは良き友になった。当初の惚れさせるという作戦は影も形もないが、これはこれで良い関係だと思う。
どのカードを切るにしても手詰まりだった。
世界には「彼の人はかく生きかく死ぬべし」という圧、運命とでもいうべき修正力が存在し、世界が運命が私の破滅を望んでいるのかもしれないという馬鹿げた考えすらもたげてくる。
本当に破滅してしまったらどうしよう。
最近の私は自分が破滅した後のオールドマン家を夢想するようになっていた。
気がかりがある。屋敷の使用人たちのことだ。
私が不名誉な死を遂げれば、オールドマン家の威光が損なわれることは必須だろう。私以外に跡を継げるような人物もいない。最悪オールドマン家は没落し、貴族の地位すら失うことになる。
使用人のみなは職を追われることになるかもしれない。下手したら食いづめさせてしまう。
私の不始末のせいで大切な人たちを苦しめるのは本意でない。
私はその憂いを晴らすために使用人たちの就活を勝手に始めた。
破滅がこないよう祈り目をそらし続けることと、万が一破滅した時のための終活をしておくことはまったく別次元の問題だ。
私はメアリアンの腕の中で、彼女らを守ると誓ったのだから。
求人情報を集めるに、やはり公爵家ほど身入りの良い職場はない。
だが特技や技能を持っていれば話は変わる。
この国の識字率はあまり高くはない。文字が読めるのは貴族と、一部の平民だけだ。(貴族でも文字が読めない者もいる)
屋敷で読み書きできる者はジョンおじいさんとメイド長のみ。文字さえ読めて書けるようになれば職業選択の幅が広がり、再就職先での給与も上がる。
私もこちらの世界の文字をようやく読めるようになってきた。屋敷のみなに、ある程度なら読み方を教えることができる。
そうと決まれば行動あるのみ。私は小学校の記憶を手繰り寄せつつ教材の準備に励んでいた。
そんな折である。お父様が破滅の使者第二弾を連れてきた。
*
「お父様? どうしてまた急に使用人を! 人手は十分ではありませんか!」
破滅の使者テオを別室に案内し、私はお父様に詰め寄る。
油断していた。『恋と邪悪な学園モノ。』の設定資料集でもテオとリリアが出会ったのは十歳と明記されていたため、私が十歳になった時に来るとばかり思い込んでいた。正しくはテオが十歳の時に出会うのか。
痛恨の凡ミスである。
「可愛いリリア、同じくらいの歳の使用人がいなかっただろう? 歳が近い使用人いたら君の良い友人になれるかと思ってさ。年上にはできない相談も歳が近ければ話しやすいだろう? 例えば恋の相談とかね!」
「……それなら同性の使用人の方が良いのでは?」
「あっ! それもそうだね!」
たっはー! と額に手を当てながらお父様は高らかに笑う。
楽しいそうでなによりだが、こちとら命と使用人の未来がかかっているのだ。
「年の近い使用人が屋敷にくるのは嬉しいのですが、同性の子がよかったなぁー……」
テオには申し訳ないが、今回の採用の話を破談にしてもらう。バッドエンドに進んだら私もテオも殺されるのだ。ここはお互いのためにそもそも出会わなかったことにしよう。お互いのために。
自分の中で湧き上がる罪悪感を押し潰すために心の中で言い訳していると、お父様はわざとらしく眉尻を下げてため息をついた。
「そうか。残念だけど私の可愛いリリアがそう言うなら仕方ない。でも彼はバダブの民だからなぁ。仕事が上手く見つかるといいんだけど」
お父様の言葉が私の心に刺さる。
「あぁ! 確か四大貴族が一角ペシュコフ公が炭鉱夫を募集してたっけなぁ! 炭鉱は人がガンガン死ぬからね。自領の人間だけじゃ足りなくなったんだろうなぁ。炭鉱夫になったら三ヶ月で死ぬとか言われてるらしいけど、それでも賃金がもらえるだけマシだよね!
煙突掃除人の募集もあったなぁ。肌が爛れたり煤が元で病気になったりして死ぬ人も多いみたいだけど仕方ないよね、バダブの民だもの!
……おや。リリア、私にしがみついてどうしたんだい?」
「お父様、お願いがあります……」
私は半泣きになりながら叫ぶ。
「どうか彼を雇ってくださいまし! ちょうど年が近い男の子の使用人が欲しかったんです!」
私は破滅の使者と生活することとなってしまった。