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第五十一話 戦場の音楽家


  ↓


「血被るとレオンって抑えてる本性剥き出しになるだけどさ。いやぁ、あいつ頭おかしいわ」


 暗殺者たる男は震えていた。


「レオンって不完全な形でしか『鉄膚』の能力使えないから、ベルナール家で粗暴な扱いを受けてたんだよ。自己肯定感も深く傷つけられたんだろうさ。

 あいつのヤバいところってそのトラウマからくる自己肯定感の低さと、鼻持ちならない自尊心が同居してるところなんだよねぇ」


 西塔そばのベンチに彼は座らされている。


 元々コンスタンティーノ家の門番だった彼は先代の密命を受け、この部隊に配属された。大抜擢も大抜擢である。学園の生徒を皆殺しにするという気の進まない仕事内容だが、お国のため大義のための聞かされた。これで心震えない者はいない。

 田舎の両親と妹に自慢の手紙も送った。順風満帆な生活に酔っていた。


 酔いから醒めたのはつい先ほど。

 キャリアのあった先輩兵を嫉妬卿に素手で虐殺されあっけなく部隊は壊滅した。

 小柄な男は仲間を見捨てて逃げた。仲間の助けを求める声を無視して逃げた。仲間の命を踏み台にして逃げた。彼の衣服は仲間の血で染まっている。己の残忍さがおぞましかった。


「実際さ、あいつ天才なんだよ。

 ベルナールの『鉄膚』って剣を通さない代わりに地面に体がめり込むくらい重くなって、動けなくなるのが普通。だからベルナールはカカシだなんだと揶揄される。あいつは『鉄膚』状態の両腕ぶん回して戦場を駆けるんだ。どんな臂力してるんだって話。

 人並み外れた怪力。戦争での華々しい活躍。他のベルナール家当主候補を失脚させる辣腕ぶり。そりゃあ十代の少年少女みたいに自尊心が膨れ上がる。

 でもあいつの心には穴が空いていてね。どんな実績も賛美も承認も、あいつの心を満たすことはできなかった」


 彼のとなりにはアーサー・オールドマン公が腰掛けていた。血塗れの嫉妬卿と共に『戦場の音楽家』として畏敬の念を集めていた傑物である。

 オールドマン公は馴れ馴れしく男の肩を叩きながら語り続ける。


「結果爆誕したのが強欲なバケモノさ。

 自分は『鉄膚』が上手くできない出来損ないだ。だからお前の全てを寄越せ。自分は戦争の英雄であり貴族社会でも生き残れる有能だから、お前よりいい人生を歩めるってね。矛盾してるしはちゃめちゃな理屈だけど、あいつの中では一貫しているみたい。

 いやぁ頭おかしい。冗談抜きであいつと関わりたくないわぁ」


 たっはー! と額に手を当てながらオールドマン公は高らかに笑う。彼は悠然と足を組みながら、脂汗の止まらない男の肩を掴む。


「ともあれあのバケモノから逃げ切れたんだもの。ソール君、君は大したもんさ!」


 唐突に本名で呼ばれた男はギクリと体を震わせた。生徒に紛れ込むために着込んだ制服のズボンを握りしめる。


「ソール君が望むならうちで雇ってあげてもいいよ。君はコンスタンティーノの門番なんかで収まるような器じゃない! もちろん私に手を上げたら取り消すけど、君も馬鹿じゃないだろ?」


 男は目を泳がせる。オールドマン公はどこまで事態を知っている? 歯の根が合わない。身震いが止まらない。


「さてソール君、君に良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい? そうだね! 悪いニュースからだね! 当然だね!」


 オールドマン公は笑い続ける。


「悪いニュースだ。君の故郷の村を山賊に襲わせている。安心しておくれ。草の根も残すなって命令しておいたから」


 男の心臓が大きく脈打つ。初めてオールドマン公を直視した。


「それじゃあとは良いニュース。君の妹のルフレちゃん、上手くいけば盗賊頭のお嫁さんになれるかもしれないんだ! 平々凡々とした男と結婚するよりか、盗賊と結婚した方がスリリングな毎日を送れるねおめでとう! 性奴隷にされる可能性のが高いけどそこはほら、雇い主である私から上手く言っておくから。殺されてたらどうしようもないけどね!」


 目の端に涙を浮かべつつ、オールドマン公は哄笑を上げていた。

 血が沸き立つ。男は確信する。

 この男は、オールドマン公は、この世に存在してはいけない存在だ。

 完全にオールドマン公は油断している。殺すなら今だ。男は隠し持った片手剣に手を伸ばす。


 刹那、男の両腕が意志に反してだらりと垂れた。えっ? と思わず疑問符が飛び出る。


「手を上げたら取り消すって話、忘れた?」


 脇腹に走る鋭い痛み。歪む景色。砂利を食む感触。しばらくして男は蹴り飛ばされたのだと知る。オールドマン公の手には短剣が握られていた。


「戦時中はね、これでも最速の剣士とか呼ばれていたんだよ。過去の栄光にすがちゃう系おじさんだからついつい昔話ばっかりしちゃう」


 オールドマン公は鼻歌混じりに男の足の腱を切り裂いていく。男の悲鳴が上がるたび、彼は笑顔を深めていく。


「思わず手を上げちゃいたくなるよね」


 涙と鼻水でまみれた男の頬をオールドマン公は心から楽しげにつつく。


「自分の手の届かない場所で、大切な家族に危害を加えるような輩、許せないよね。私も同じ経験をしたから分かるよ。

 ねぇ、許すわけがないよね?」


 まとわりつくような嫌らしい声だった。

 あっ、と男は声を上げる。

 オールドマン公の娘に危害を加えたのは他ならぬ自分達である。故郷を襲ったのは当てこすりだ。復讐だ。オールドマン公の笑顔の裏に、燃え盛るような憎悪が見えた。この男は最初から自分たちを許す心積りなど、一切なかったのだ。

 なんて者に刃を向けてしまったのだろう。


「すみません、すみませんでした……!」

「うん、許さないよ。せっかくだし、『戦場の音楽家』らしく楽器を奏でてみようか。まずは楽器を作るところから。

 ねぇソール君。ちんちん切り落としてボーイソプラノになって死ぬか、四肢を捥がれて悲鳴が出るだけの袋になって死ぬか。どっちが良い? ……え? 両方? この欲張りさんめ」


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