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第四十七話 光明


  ↓


「アーサー・オールドマンの御前であるぞよ! 平民王族関係なく私の美貌の前にひれふっあっちょっやめてやめて待ってやめて痛い気持ち良い」


 西塔一階。男ふたりがオールドマン公に殺到する。瞬きする間もなく劣勢に追い詰められた彼を見て青ざめるイヴ。起き上がり加勢に入ろうとするアダム王子。

「あっ」と誰かが言った。

 見ると、先程まで座り込んでいたテオが、自分に斬りかかってきた男の首を締め上げていた。彼の執事服は無惨に破れてはいるものの、怪我を負っている様子はない。



 彼がうずくまっていた場所には、ひしゃげた銀の懐中時計が転がっていた。



「我が主人が、生きろとおっしゃった!」


 男は泡を拭きながら失禁する。それでもなおテオは万力を持って男の首を締め続ける。


「よくも我が主人からの賜り物を台無しにしてくれたな! この貸しは高くつくぞ!」


 木が爆ぜるような軽い音ののち、男の首は信じられない方向に曲がった。テオは絶命した男を解放する。

 最大の脅威となった存在に残りの男たちは身構えるも、次の瞬間には顔を抑えて膝を折る。目にも止まらぬ速さでテオが短剣を男たちの顔面に投擲、命中させていたのだ。


「お覚悟」


 一方的な蹂躙が始まった。暗器が飛び肉が跳ねる。悲鳴と失意の多重奏。彼の師たるベルナール大公によって鍛え抜かれ洗練された殺人動作は、さながら優美なダンスにも見える。


「アダム王子、イヴ! 久しぶりだねぇ! 元気だった?」


 戦いをテオに押し付けたオールドマン公が、笑いながらアダム王子とイヴに近づいてくる。誰もがほっと一息つけるような安心とやすらぎを与える親密な笑み。

 その笑みを浮かべたまま、オールドマン公はアダム王子のみぞおちを拳で鋭く抉る。脈絡のない暴力に反応できるはずもない。アダム王子は膝をつき、腹を抱きかかえた。


「鉄膚持ちでも痛みは感じるよね。綺麗に入ったから痛かったろう?

 いや、君の顔を見たら殴り飛ばさないといけない気がしてね。私の勘はよく当たるんだ。アダム王子、私に殴られるようなことをやらかしたね? 全く心当たりがないなら心よりお詫び申し上げるよ! なんなら殴ってくれてもいいよ」


 アダム王子は青い顔のまま何も言わずに床を見つめ、よだれを垂れ流す。


「心から尊敬していた相手に殴られてショックだった? それとも心当たりがあるのかな? まぁどうでもいいや。ただの鉄膚持ちでしかない君に興味ないし。

 遅くなってごめんね! この島、異界の匂い酷過ぎてさ。異界の知識を蓄えた私が島に上がった途端、異界に繋がりそうで近づけなかったんだ。

 今は微かな異界の匂いすらしない! 本当にどこからも異界の気配を感じないんだ。ここまで異界の胎動を感じないのは戦前以来だ。恐らく人民が異界に囚われたりする事件減るんじゃない?

 イヴが何かしてくれたのかな?」


 彼の言葉を耳にした途端ぶるぶるとイヴが震え出す。むごたらしい死体を作り終えたテオがオールドマン公に跪いた。


「旦那様、加勢が遅くなり誠に申し訳……」

「あんな雑魚ども殺したくらいでイキるんじゃないよ。テオ、君はもっと先に報告すべきことがあるんじゃないか? 私の可愛いリリアはどこに行った?」


 テオが言葉を詰まらせる。オールドマン公は彼に目もくれない。


「救出した生徒から私の可愛いリリアがこちらへ連行されたことは聞いている。早く答えろ」

「……扉が顕在化し、この孤島と異界が繋がりました。リリア様は、その御身を犠牲にして扉を封印なさいました」


 息が詰まるような沈黙。誰もがこの沈黙が破られることを祈った。オールドマン公は向き直ってテオの横っ面を蹴り飛ばす。


「いや、知っていたさ。お前がそう答えることは。視えるんだもの、未来が。でも違うね? お前が答えるべき答えは違うね? 私は私が聞きたい答えしか求めてない。私の愛しいリリアはどうしたの?」


 テオは姿勢を崩すことなく、口元から血を流しながら答える。


「リリア様は異界に囚われてしまいました」


 オールドマン公はテオを蹴たぐる。


「なんのためにオールドマン家当主しか知り得ない東館の秘密の部屋を教えたと思ってる? なんのために異界の知識を教えてやったと?

 私はね、悔しくて腹立たしくてたまらないよテオ! 君なんぞを信頼した自分の無能さに苛立って苛立って仕方ないんだ!

 テオ、お前は無能だね! いっそ葦の方が役に立つ! リリアを守れないお前に生きる価値あるの?」


 オールドマン公は容赦呵責なくテオを蹴り続ける。アダム王子は止めに入るが、オールドマン公は聞く耳を持たない。テオは跪いたまま、甘んじて暴力に耐え続ける。イヴは顔を覆い、ただただ立ち尽くす。


「邪神が! 外道どもが! 忌まわしき非存在め! 他を喰い物にしなければ生きていけない蛆虫どもが! 妻を掠め取るだけに飽き足らず、娘まで奪おうというのか!」


 苛烈な足蹴にさしものテオも地を舐める。このままでは死んでしまうんじゃないかと思い始めたその時、オールドマン公が足をピタリと止めた。


「視えた」


 彼はテオとイヴに呼びかけた。


「無能ども、最後のチャンスだ。

 イヴ、異界とこの世を繋げ。テオ、異界へ行って私の可愛いリリアを異界から取り返してこい。私は鍵を雑魚と嫉妬卿から守るためにこちらへ残る。最悪この島ごと異界へ沈むけど、構わないね?」

「是非もありません」


 テオは鼻やら口から血を垂れ流し、満身創痍になりながら答えた。


「あなたがそれを望むなら」


 イヴも顔を真白にして答えた。


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