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第三十四話 私たちのなすべきこと


「すごかった、アダム王子の演説!」


 テオはまばたきで同意する。演説後、私とテオは寄宿舎へ向かう道すがら雑談をしていた。


「家畜として死ぬか! 人として死ぬか! ……今考えるととんでもないこと言ってる」

「旦那様が好むフレーズですね。影響を受けたのでしょう。

 アダム王子の演説は論理的ではありません。生徒たちの感情を煽るだけ煽り、人が飛びつきたくなるような物語を勢いだけで語り通した。

 褒められた演説ではありませんが、人の心を動かすものであったのは確かです」

「演説が終わったあと、アダム王子の元に人集りができてたものねぇ」

「徒党を組んで校内を警備するつもりでしょう。行動制限も出てくるかと」


 テオが足を止める。私は歩きながら振り返る。


「すっかり、お元気になられましたね」


 私は今までの言動を振り返り恥ずかしくなって、はにかみながらうなずいた。


「……アダム王子もがんばってるんだもの。この学園で一番年上の私が泣いてたんじゃ、かっこつかないでしょ?」

「あなた様はまだ十六歳です」

「見てくれだけはね。

 ……アダム王子、内部崩壊からの全滅を犯人は狙ってるって言ってたけど、先生館のあんな惨状にした人たちなら私たちを皆殺しにするのも簡単でしょ? どうしてさっさと生徒に手をかけないのかしら。手を下すまでもないって言われたらそれまでなんだけど。

 そもそも、犯人の目的は本当に学園の生徒の皆殺しなの?」


『恋と邪悪な学園モノ。』の皆殺しエンドの概要を思い出せば犯人の動機もわかるかもしれないが、いかんせん断片的にしか視えない。


「テオはどう思う?」

「……状況を整理します。昨日の昼下がり、アレッキーオ様が自殺なさいました。同日の夕方頃、教師全員が何者かに殺害されました。

 この二つの出来事は通常であれば分けて考えるべき事柄ですが、わたくしはそれぞれ不可分な出来事であると考えています」


 私は彼の瞳をのぞき見て先を促す。


「タイミングが良すぎるのです。アレッキーオ様が自殺なさって、我々以外の生徒全員が自室待機を命じられている。まるでそれを狙ったかのような強行です。

 アダム王子と教師の遺体を改めましたが、彼らの殺され方が常軌を逸していました。教師たちに抵抗したり、逃げようとした痕跡がないのです。断面も滑らか過ぎる。人の手で行うことは不可能に近い。人ならざる力が働いたと考えるべきです」

「テオは禍ツ力で先生方が殺されたって考えてるの?」


 テオは同意を示す。


「なんにせよ、情報が少な過ぎます。不正確であることを前提に、私の考えをお聞きください。

 犯人の目的が生徒の皆殺しであると仮定します。教師を易々と皆殺しにできるにも関わらず、生徒に手を下さない理由。禍ツ力を使ったとすれば自ずと明らかになります。

 異界、禍ツ力に関する知識を蓄えるだけでも危険なのです。禍ツ力を知るに飽き足らず使用したとしたのならば、使用者がどんな目に合うかは想像に難くない」

「ポンポン無計画に使ってたら、禍ツ力の使用者が異界に引き込まれちゃうから安易に使えないって感じね」

 

 テオは正解と言わんばかりに目を細めた。


「次に、犯人の目的が生徒の皆殺しではないと仮定した場合。

 一番に思いつく犯人の動機は誘拐ですが、目的の割に大掛かり過ぎる。もっとスマートなやり方はいくらでもあります。

 次に、大規模な殺人を起こして生徒の目を逸らした隙に、何か事を起こそうと企んでいる可能性。その犯人の目的が現段階では曖昧模糊としています」

「わかってはいたけど、さっぱり見当もつかないわね」

「……ここからは更にわたくしの先入観が多分に含まれている見解を述べます。

 昨日こそ明言を避けましたが、はっきり申し上げます。わたくしはリリアお嬢様同様、アレッキーオ様は自殺ではなく、禍ツ力で暗殺されたものと考えています。

 犯人の真意を辿る鍵は『アレッキーオ様暗殺』と『禍ツ力』だと考えております。

 なぜ危うくも強大な力である禍ツ力を、一介の生徒に過ぎないアレッキーオ様に使ったのか? 

 それがこの一件の勘所かと思われます」

「……話してくれてありがとう」


 私はアレッキーオへ想いを馳せる。


「私、アレッキーオ君を殺した人を絶対許さないわ。必ず見つけ出して、罪を償ってもらう」


 テオは気遣うように私に目を向ける。


「大丈夫、俯いてばっかりいられない。アダム王子は態度で示してくれた。私もがんばらないと」


 私はちらりと彼を見上げる。テオは諦めたように肩をすくめた。

 私は感情のまま彼へ抱きつく。


「……リリアお嬢様。何度もお伝えしておりますが、人目があるところで誤解を与えかねない軽はずみな言動は……」


 テオは抱きしめ返すことなく私を諭す。予定調和のルーティン。テオと私の間で何度もやり取りされた決まり文句。

 テオの体温を感じ、テオの鼓動を耳にする。


「やりましょう、テオ。私たちがなすべきことを」

「すべてはリリアお嬢様のお望みのままに」


  ↓


 アダム王子の演説後、生徒たちはささやき合う。


「先生たちの事件は二年生のバダブの民が引き起こした」「そうに違いない。禍ツ力を使えるのはバダブの民だけなのだから」「リリア嬢の陰謀だ。アダム王子を寝取られたものだからバダブの使用人を操り、復讐をするつもりなんだ」「あぁにっくき四大貴族オールドマン!」


 彼らも育ち盛りの学生だ、昼になれば腹が減る。食堂のシェフたちも惨殺された。朝食も食べていない。腹と背中がくっついてしまうほどの空腹感が彼らを襲う。食事はないと知りながらも、光源にたかる虫のように生徒たちは食堂へ足を向ける。

 信じ難いことに食堂からかぐわしい香りがするではないか。腹を鳴らしながら生徒たちは扉を開く。


「オールドマン亭へようこそ!」


 威勢の良い掛け声は厨房から。いつも料理を提供するカウンターにはエプロン姿のリリア・オールドマン公爵令嬢がいた。


「メニューは選べないけど勘弁ね! ただ質は間違いないわ。当家自慢の使用人、テオが作るから!」


 厨房の奥にはバダブの民のテオが寡黙に料理を作り続けてる。誰もが心内悲鳴を上げた。


「若いんだからどんどん食べて肥えなさい! 名簿もつけてるから、自分の名前のところにはレ点入れておいてね」


 リリアは問答無用で生徒たちへ食事が盛られたプレートを手渡していく。最初は嫌悪を示していた生徒も空腹と食欲そそられる香りに負け、食事を受け取り諦めたように席につく。


 毒なら吐き出してしまえばいい。マズかったら残してしまえばいい。

 誰もが極々控えめに一口、口へと運ぶ。


「おいしい」


 誰かのぼやきが、生徒たちの凝り固まった恐怖心を溶かしていく。



 その日の内にアダム王子率いる自警団が結成された。主に貴族階級の有志からなる集団で、アダム王子によって決められた新しい規則の公布、学園内の見回り、不審な行動を持った生徒への監視及び処罰を行う。教師の遺体は彼らによって荼毘に付された。

 訓練用の剣等で武装しており、粗野な振る舞いをする者の姿も目立った。

 


 もうひとつ、明確な変化が起こる。


「我らが御神より御告を蒙った! 汝ら悔改めよ! 天から赤き罪の果実が堕つる時が審判の始まりなり! 愚かなる老人の命は刈り取られん! 至高の星は瞬きに満ち、神は貴き贄を欲す! 信仰なき愚物は腐り果て、祈れる迷い人は救われん! 祈りの先に救いがあらん!」


 ひとりの女子生徒が足を止め、預言者先輩と呼ばれている生徒の叫びに耳を傾けていた。


「赤き罪の果実って、西塔から飛び降りた赤髪の男の子? 愚かなる老人たちって先生方? 

 もしかして、預言者先輩って、本当に……」


 数名の平民生徒が、『預言者』の信徒を名乗り始めた。

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