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第二十一話 馬車問答

 私は馬車に揺られていた。正面の座席にはテオが座っている。テオは私の手を取り、巻かれた包帯を見つめていた。


「大丈夫よ、そこまで深い傷じゃないわ。傷跡も残らないって」


 私の声が寒々しく響く。先ほどからテオが目を合わせてくれない。


「どうして」


 テオは声を震わせながら言う。


「どうしてこんな無茶をしたのですか」

「無茶をしないとテオが屋敷から追い出されていた」


「たかが使用人ひとりのためにご自分の体を傷つけて、挙句貴い地位まで捨てようとして」

「はたから見たらあなたはただの使用人でしょうね。でも私からしたらただひとりの大切な人よ」


「出会ってまだ数ヶ月ですよ」

「その通りね」


 テオは私の手を両手で包む。彼の髪は整えられているとは言い難く、目元にはクマが浮かんでいた。


「もっとやりようはあったはずです」

「えぇ、そうに違いないわ。でも私にはこの方法しか思い付かなかったの、ばかだから」


「もう二度とこんな無謀な行いをしないでください。心臓がいくつあっても足りません」

「うん、でも似たようなことがあったら無茶すると思う。だめな主人でごめんなさい」


 テオと今日初めて目が合う。彼は真面目に腹を立てていた。彼の身なりを見ればどのくらい私を案じてくれていたか分かる。


「ではあなた様が無理なさることを止めはしません。そのかわり、次無理をする時必ずぼくをおそばに置いてください。ぼくにあなたを守らせてください」


 心配をかけてしまった申し訳なさがあった。自分よりずっと年下の子供が、私のために本気になって怒ってくれることが嬉しかった。


「どうして笑っているんですか」

「うん。やっぱり、テオがいてくれてよかったなって。無茶してよかったなって思えたから」

「……おっしゃる意味がわかりません」


 テオはほとんど涙声だった。


「ぼくには禍ツ力が使えません。虚のことも何も知らないんです」

「うん、そうね」


「ぼくを屋敷に置くと良からぬ噂が立ちます」

「うん、らしいわね」


「ぼくには愛嬌がありません。可愛げがない、子供らしくないと」

「そんなことを気にしていたの? 子供らしくて可愛いわね」


「ぼくはバダブの民なのですよ?」

「えぇ、あなたは仕事人で、ぶっきらぼうで、頭が良くって無愛想なバダブの民のテオね。私にとって大切な人なの。当人は知らないみたいだけど」


 馬車の蹄の音が私たちの間に響く。テオは俯いたっきり微動だにしない。私は彼を見守り続けた。

 テオは先触れもなく立ち上がり、深々とこうべを垂れた。


「この度の御恩、決して、生涯忘れません。我らが信奉する偉大なる祖先の大精霊に誓います。ぼくの人生をかけて、リリアお嬢様にお仕え致します」


 私はテオの頭を撫で、彼の髪に顔を埋める。


「うん、私もあなたを守るわ。どんな無理と無茶を重ねても」


 私たちは声を出して笑い合う。テオは半分泣き声に近い笑い声を上げていた。


「テオ、大好きよ」


 私は言った。


「はい、ぼくも。ぼくも、リリアお嬢様が大好きです」


 テオが言った。


  *


 オールドマンの屋敷に戻ると、薔薇園へ使用人たちを全員集めた。困惑する人、私を心配そうに見やる人、テオに敵意剥き出しの目を向ける人。使用人たちの間は様々な感情が渦巻いていた。

 私はみなの前に仁王立ちし、テオは私の半歩うしろに控えている。


「お忙しいところお集まりいただき感謝いたします」


 私は声を張り上げ、使用人たちに一礼する。


「今回の事はみな聞き及んでいるかと思います。ベルナール・レオン大公にテオをクビにするよう命じられ、私は直談判をしにベルナール邸へ行って参りました」


 ひとりひとりの瞳を見つめながら私は宣誓する。


「これは、テオだから、テオがバダブの民だからえこひいきして起こした行動ではありません。もし、この中の誰かが同様の事態に直面したら、私は同じように自分の地位をかけてでもあなたがたを、あなたを守ります。

 私は、どうしようもなく無力です。あなたにいていただけないと、生きていくことはできません。私にはあなたが必要です。ですからどうか、これからもよろしくお願いします!」


 私は深々と頭を下げた。この想いが届くことを祈りながら。


 誰かが拍手していた。面を上げると、ジョンおじいさんが思い切り、私に向かって力強く拍手してくれていた。

 想いは伝播していく。賛同の声はまばらに、確かに増えていく。私のうしろからも拍手が聞こえる。テオは鼻水をすすりながら拍手してくれていた。メアリアンも半泣きになりながら、手を叩いて私の考えに賛同してくれていた。


 甘い香り漂うジョンおじいさん自慢の薔薇園に、割れんばかりの拍手が響いた。

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