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第十四話 繰り返される過ち

「テオ、すごいわ! たった四回の勉強会で読み書きをマスターするなんて! あなた、天才よ! こんなに頭の良い人、私見たことない」


 五回目の勉強会。今日は雲が多く、時折温かい風が吹く。庭で勉強会するには絶好の天気だ。

 私の賞賛にテオは少々居心地が悪そうだった。


「ねぇテオ。提案があるの。この屋敷を出て学問の道に進んでみない?」


 テオの本をめくる手が止まり、彼の瞳が揺れる。


 私は思いつきで話しているわけではない。勉強会を開催している間、ずっと考えていたのだ。


 テオは冗談抜きで頭がよい。頭がよいだけでなく、手際もいい。事実、この勉強に仕事を片付けて参加しているのだ。最近は他の使用人たちからも一目置かれるようになったという。


 テオは私が独占していい人材なのだろうか?


「お父様に頼み込んでいい大学の先生を紹介してあげる。あなたはよき先生の元で学問に励むべきだわ。あなたの頭脳は多くの人のために役立てるべきよ」


 バッドエンドルートに進めば私のみでなくテオも処刑されてしまう。

 私にとってテオは破滅の使者だが、テオにとっても私は破滅をもたらす女なのだ。


「お金のことは心配しないで。あなたはただ、うんと言ってくれるだけでいいの」


 心から惜しいと思う。テオとは気が合う。できることならこうしてずっと毎日を過ごしていたかった。

 お別れは悲しいが、彼の人となりを知れば知るほど幸せになって欲しいと思う。テオは私から離れた方が幸せになる可能性が高い。


 となりに座っている彼は唇を真一文字に結び、自身の手をじっと見ていた。


「テオ?」


 風は私たちの前髪を静かに揺らす。私はテオの黄玉の瞳を見つめ続けた。


「ぼくがバダブの民だからですか」


 言葉を絞り出すようにテオは言う。


「このお屋敷にくる前、言われたんです。お前は頭が良すぎて気味が悪いと。そうやって何度もクビを切られて。何度も、何度も。

 ぼくに近づいてくる人たちは、禍ツ力に興味がある人たちだけ。その人たちも、禍ツ力が使えないことを知ると、ぼくを見限って。

 リリア様も、そうなんですか? ぼくが虚について知らないと言ったら、隠してはいましたけど落胆していらっしゃいましたよね? ぼくを大学へやろうとするのは体のいい厄介払いですか?」


 テオの悲痛な声が私の耳に刺さる。


「ぼくは、リリアお嬢様のいるお屋敷で働きたいのです。文字を覚えたのだって、リリアお嬢様がそう望んでいらっしゃったから、あなた様がお喜びになるから、必死になって……」


 テオは立ち上がり、深々と頭を下げる。

 私はようやく気がつく。


「どうかぼくを追いやらないでください。ぼくをここに置いてください。それ以外は何も望みません」


 私はまた、同じことを繰り返している。

 アダム王子の時と同じことをしている。


 テオに近づいたのだって元の世界へ戻れるかもと知ったからだ。そうだ、テオの言った通り異界へ繋がる虚の情報を彼が持ってないと知り、私は大いに落胆した。


 テオの幸せを望んでいる? あぁそうだ、その通り。でも本当は自分の身が可愛いだけ。

 殺されるのが怖い? その通り。こんなに気のいい少年に殺されてしまうかも知れない未来に怯えているのだ。テオは私に優しく微笑んでくれる、楽しく会話してくれるのに、いつか私を殺す。その事実が悲しくて、精神が衰弱して、寝付けないほどに耐え難いのだ。

 

 どこまでいっても私は自分のことしか顧みれない。自分のことしか頭にない!



『その気持ちひとつで何もかも台無しにされてはいけません』



 メアリアンの声が聞こえた気がした。私は自分の両頬を叩く。当たり前だが大変痛い。


「リリアお嬢様!?」


 テオは面を上げ、私の両手を取る。彼は困惑していた。


「真っ赤に腫れ上がって……! どうしてまたこんなことを……」

「戒めよ。またダメな方に考えちゃったから」


 私は立ち上がり、テオを見据えた。いつものとりすました表情は消え、眉根を寄せ悲哀を訴えていた。


「ごめんなさい。あなたのためと言いつつ、私のことしか考えてなかった。あなたの幸せの形を決めつけて、自分のいいようにしようとしていた。あなたにはあなたの生活があるのにね。そんな顔をさせてごめんなさい。今の話はなかったことにして」


 私はテオに頭を下げる。


「でも、勉強はしてもらうわ。大学の先生に師事しなくても学問を続ける方法はいくらでもあるもの」

「リリアお嬢様」


 テオは声を震わせる。


「どうして、そこまでぼくに心を砕いてくださるですか。ぼくが同情すべき子供だからでしょうか。リリアお嬢様は意図的にお話しくださらないことがありますよね。打ち明けてくださらないのは、ぼくが信用ならないバダブの民だからですか」


 私は頭を振りかぶる。

 どうする? 嘘をつくか?

 テオは相当鋭い。この先、ずっと隠し通せるか?

 否、私は秘密を隠し通せるほど強くはない。現にボロが出ている。

 適当なことを言えば、この場を濁すことくらいはできるだろう。テオは優しいから、私が誤魔化そうとすればそれ以上はたずねてこないだろう。だが彼は真実を話してもらえない原因を己の出生に見出し、深く傷つくだろう。


 テオを傷つけていいのか?

 否。断じて否。


 しばらく黙りこくったのち、私は口を開いた。


「私が話していなかったのは、あまりにも荒唐無稽だからよ。頭のおかしい女だと思われたくなかったから。……私の話、信じてくれる?」


 私の記憶に関することを洗いざらい正直に話した。

 別の世界で二十年以上生きていたこと。できることならば、元の世界に戻りたいこと。自分の未来可能性を少しだけ知っていること。自分は一歩間違えると死んでしまう可能性があること。そしてテオに殺されてしまう可能性もあることを。

 最初こそ『乙女ゲーム』やら『攻略対象』やらの概念を伏せていたが、そうするとうまく説明ができない。何よりテオに誠実でない気がして、しまいには何もかも話してしまった。

 私は物事を説明することが下手くそで、発言は詰まり話題は飛んでいく。たどたどしく、言葉足らずなところもあった。それでも自分なりに、情理を尽くして語り続ける。


 テオは驚きを隠せない様でしばらくぼうとしていた。


「……そうですか。ぼくに心を砕いていたのは、あなた自身のためだったんですね」


 私の喉も枯れかけた頃、テオがポツリと言った。


「えぇ、そうよ。その通りよ」


 私はテオが懸命に働く姿を思い出す。テオとのおしゃべりを思い出す。


「でも今は……」


 ジョンおじいさんのところでいっぱいいっぱい食べる彼を思い出す。夢中になって勉強しているテオの姿を思い出す。


「今は、違うと思う。私、あなたの人柄が好きになったの。あなたの仕事を取り組む姿勢に敬意を抱いたの。だからあなたに心を砕いているんだと思う」


 テオは私の顔を改めてまじまじと見つめてくる。そして彼は口元を緩めた。


「左様、でしたか」

「……待って。あなたがおっかなくって媚び売ってるだけかも。テオのことは大好きになんだけど。待って自分の心が分からない」

「いえ、もうなんでもいいのです。どんな理由であれ、リリアお嬢様はぼくによくしてくださった。それは間違いない真実ですので」


 私たちは手を取り合って笑い合う。心地よい風が温かな緑の香りを運ぶ。


「でもよく与太話みたいな私の話を信じたわねぇ」

「にわかに信じ難いですが、リリア様のお言葉ですから。そも、『魔眼』のオールドマン家でしょう? もうその力は失われたと聞いていましたが」

「……魔眼ってなに?」

「ご存知でないのですか。バダブの民では有名な話です。もっとも、詳しくは知りません。四大貴族はそれぞれ魔の力が備わっていて、オールドマン家は特に視覚が、特に優れた者は未来まで視ることができると……。まぁ大昔の話だそうです」

「えっ知らない」


 私は何も知らなかった。テオをめぐる大波乱が目前まで迫っていたことを。

 読んでいただきありがとうございます。テオ編終了です。

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