第十三話 ふたりぼっちの勉強会
「誰も勉強会に参加してくれないじゃない!」
翌日庭で文字の勉強会をやると喧伝していたのだが、予定の時間になっても誰一人として集まらない。私は心の中で頭を掻き毟る。ついでにキィキィ叫ぶ。
来る人数が読めなかったから庭での勉強会にしたのに! 何人押しかけてもいいように! 誰一人集まらないとはこれ如何に! 私ってそんなに人望なかったっけ?
私を囲むように並べておいた十以上ある椅子が空々しい。文字を一字ずつ列挙した手作りの教材たちが粗大ゴミに見えてくる。ただただ虚しかった。
私は社会人の頃を思い出した。真面目に不真面目だった自分は、会社から費用が出る研修すら生意気な態度で受講していた。まだ残っている仕事を思ってはイライラしっぱなしだった。
おそらく、使用人のみんなも一緒だ。テオだって夜遅くまで働いていた。言わんや他の使用人をや。みんな深夜までハードワークを続けている。当然文字の勉強をしている時間はない。
以前お父様に「使用人はいっぱいいる」と発言したことを後悔する。
足りない! 現場の人手は常に足りないのだ!
芝生を八つ当たり気味に抜き散らしながら歯噛みしていると、誰かの足音が聞こえてきた。
「リリアお嬢様、お召し物が汚れます。地べたに転げ回るのをおやめください」
「テオ!」
私は顔を持ち上げテオを見とめると、椅子を蹴散らし彼のそばへ駆けていく。
「テオ、もしかして勉強会に来てくれたの? 仕事は大丈夫?」
「えぇ、まぁ……。仕事は間違いなく終わらせてきましたのでご安心を」
テオは私の頭に刺さった雑草を抜きながらこたえる。
「テオありがとう! 大好きよ!」
感情を抑えることができず、私は彼を抱きしめる。テオへの好感度がまた一段と上がった。一通り喜びを噛みしめたのち、私は思い至る。
テオは主人公イヴに恋するんだった。
「……テオ。テオさん。違うの。誤解よ。今のは親愛の証の大好きで、まかり間違ってもあなたに恋しないから安心して。テオに好きな人できたら全力で応援するし邪魔もしないから心配しないで。お願い殺さないで」
私はテオを解放したのち両手を上げ、そろそろと彼から距離を取る。テオは顔を真っ赤にしながら、口をわなわなと震わせていた。
「なんて……なんて破廉恥なことを!」
耳まで赤く染まったテオが怒鳴る。
「リリアお嬢様は婚約者もいる身です! 他の者が見たらなんと思うか……! 下手を打ったらあなた様の人生が台無しになってしまうんですよ!? その自覚はおありですか!」
「本当すみませんでした反省します猛省します軽率でした軽はずみでしたどうかしてました」
「……いえ、こちらこそ失礼いたしました。取り乱しました。お嬢様、そこまで謝らないでください。額を地面に擦り付けないで」
地面にめり込む勢いで土下座をしていた私をテオは抱え上げ、額についた土を優しく払ってくれる。
「時間も有限ですから、早速勉強会を始めましょう」
「テオ、ごめんなさい〜。でも嬉しかったのは本当よ。ありがとう」
テオは私が蹴散らした椅子を並べ直し、私は準備した教材を広げる。文字を順番に書き並べたものだ。こちらの世界でも一文字ずつ発音とを覚えて、次は単語で覚えていくという勉強方法がスタンダードだった。小学校の頃の記憶も参考にしつつ授業を進めていくとテオから待ったがかかった。
「せっかく色々と準備していただいたのに申し訳ありませんが、お願いがあります。どんな本でも構いません。それを音読していく形にしてもらってもよろしいでしょうか?」
「それは構わないけど……。むつかしくないかしら? 大丈夫?」
「えぇ、おそらくは」
私は半信半疑になりながら教材にと持ってきた絵本を広げる。テオは私のとなりに少し遠慮がちに座り、絵本の文字をじっと見つめる。
「えっーとタイトルは『炭鉱王ペシュコフ』ね。うんと、『昔々黄金が眠る山々を邪悪な民が支配していました』……」
時折テオが単語の読み直しを要求するくらいで、あとはただひたすら私は絵本を読み上げる。読み終わって一息つくと、またテオは同じ本を読むように頼んでくる。私は彼に従い、二度三度繰り返し読む。
四度目にはテオは絵本の内容を暗記し、また別な本を音読するように願い出てきた。私はテオが凄まじい勢いで吸収してくるので面白くなって、別な絵本をまた繰り返し読み上げていく。
一度目の勉強会はこれの繰り返しで終わり、日を開けて二度目の勉強会を開いた。やはり生徒はテオ一人だった。最後はテオが本を朗読するようになり、彼の読み間違えを私は指摘した。
「しかし、みんなどうして勉強会に来てくれないのかしらね。時間帯が微妙なのかしら?」
「時間帯の問題もありますが、一番はモチベーションの問題だと思いますよ」
私たちは勉強の間に雑談をする。テオが淹れてくれた紅茶を私はぐびぐび飲む。私が淹れるより数段おいしい。
「リリアお嬢様は転職に強いから勉強会を、と謳っていらっしゃいますが、ここは劣悪な職場ではないのです。このお屋敷より給与の高い職場なんて滅多にありません。人間関係も問題がないとは言いませんが、悪くはありません。よっぽどのことがない限り、転職なんて考えませんよ」
「そう、そうよね〜。ほらでもオールドマン家没落するかもだしほら」
「四大貴族の一角が? そんなことおっしゃっていたらどの職場でも潰れるリスクはありますよ」
「そっかぁ〜!」
テオは知らないが、私はゲーム知識で知っている。この家は没落するかもしれないのだ。
かと言って「乙女ゲームやってたから知ってるんだけどね、この家没落するのっ」など素直にのたまえるはずもなく。
強制的に転職活動させられることになるかもしれないので、みなさんには是非とも勉強していただきたいのだがむつかしい限りである。
「……まぁ、本心を語るお考えがないのでしたら構いません。ぼくはしがない使用人ですので」
テオはさみしそうに呟いた。鋭いので油断ならない。
三度目には私の読み間違いをテオが訂正するまでになり、四度目の勉強会でテオはすっかり文字が読めるようになっていた。




