第十二話 テオと長い長いおしゃべり
「テオ!」
テオは庭で拾ってきたであろう落ち葉をまとめている最中だった。
「リリアお嬢様。お目覚めになりましたか」
「起こしてくれたっていいじゃない!」
「気持ち良さそうに眠っていらっしゃったので起こすのが忍びなく……」
私は客間のソファですっかり寝こけていた。目が覚めた頃にはすっかり日が傾いていた。テオの手は泥に塗れて真っ黒になっている。
「……毛布かけてくれたのはテオ?」
「はい。僭越ながら」
「頭を撫でてくれたのもテオ?」
「……過ぎた行為だったと猛省しております。苦しそうなお顔をなさっていたので……。何卒、お許しください。申し訳ございませんでした」
「ううん、違うの。感謝を伝えたかったの。あなたのお陰で怖い気持ちがなくなったわ。ありがとう、テオ」
テオは苦虫を潰したような表情をする。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもないです」
「またついて行っていい?」
「楽しいことはなにもありませんよ」
「あなたといるのは楽しいわよ」
テオは黙殺する。
屋敷の入り口付近へ移動し、テオは雑草抜きを始める。
「ねぇ、テオ……」
「手伝わないでください。爪が割れてしまいます」
私はテオから少し離れた場所で雑草抜きを始める。
「リリアお嬢様」
「違うわ。私は雑草じゃなくてお花を摘んでるだけよ。令嬢の嗜みを邪魔しないでくださる?」
「……」
「ごめんなさい。何もしないで見ているの、やっぱり心苦しくて。横暴な貴族令嬢のわがままだって思って諦めてちょうだい。もし他の人に見咎められても私の方から説明するから」
私たちは雑草を抜き続ける。じりじりと太陽が髪の毛を焼き、じわりと汗をかき始める。
「そうだ。あのね、明日使用人のみんなを対象に文字の勉強会をしようと思ってて」
「文字?」
「えぇ。文字を覚えれば転職に有利だし、不利な労働契約を結ばされることもないでしょう?」
「……なるほど」
「他のみんなにも伝えたわ。できればでいいから、ぜひ参加してみてね」
黙々と私たちは草を抜く。夕焼け色に地面が染まる頃にはきれいさっぱり雑草がなくなっていた。
「若い体ってすごい! ずっとしゃがんでても腰が痛くない! ふくらはぎもぱんぱんになってない!」
「爺むさいことを……いえ、失礼しました」
テオは抜いた雑草を箒で集めながら、ぺこりと頭を下げた。
「お嬢様のおかげで日が落ちる前に雑草が抜き終わりました。助かりました。ありがとうございます」
「こちらこそ、わがまま言って無理に手伝ってごめんなさい」
「……間も無く夕餉のお時間です。私は後片付けをしておくので、お嬢様はお戻りください」
「お言葉に甘えさせてもらうわね。せっかくのご飯が冷めたら、料理長が悲しむだろうから。テオもちゃんと食べるのよ」
「かしこまりました」
私は手を振りながらこの場を後にする。夕食は魚料理料理がメイン。体を使った後だからかいつもより美味しく感じられる。
眠る身支度を整えたあと、テオが書庫に向かっている姿を見つけた。気になって後を追うと、彼は本棚と本の掃除を始めていた。
「……テオ? まだ仕事が残っていたの?」
「リリアお嬢様」
ランプの逆光でテオの顔が見えないが、困惑している様子が手にとるようにわかる。テオは私に近づいて、目線を合わせるように言う。
「もう今日はお休みください。慣れない仕事でお疲れでしょう」
「テオだって疲れてるじゃない」
「私は慣れてますから」
「……こんな時間まで仕事しているの、今日私が付き纏ったから?」
「それは断じて違います。私の仕事が遅いだけです」
「……今日はずっと一緒だって言ったわ。私も手伝う」
「ダメです。お休みください」
しばらく私とテオはこの押し問答を繰り返し、最後はテオが折れた。私もランプを頼りに書庫の整理を行うが、半刻も過ぎないうちに眠気が私を襲う。
「リリアお嬢様。もうお休みになってください。これ以上は明日に響きます」
「いやよ、テオみたいなちっちゃい子がまだ仕事してるのに。私だけ寝てるわけにはいかないじゃない」
「……リリアお嬢様はぼくより年下ですよ」
「いいえ、あなたが思ってるよりも私はずっーとずっーと年上よ。こんな体だけど、あなたからみたらおばあちゃんくらいの歳なんだから」
「おっしゃっている意味がわかりません」
テオは仕事を中断し私の手を取る。私は抵抗することすらできずに覚束ない足取りで寝室まで連れてこられ、ベッドに寝かしつけられてしまう。
「どうか目を閉じて。そんなお顔なさらずに」
「私、テオの足しか引っ張ってないんだもの。悔しくて、恥ずかしくって……」
「これに懲りたらもう使用人の仕事を手伝おうとしないでください。使用人には使用人の仕事、お嬢様にはお嬢様のなすべき事があります」
「……はい、わかりました……」
私は素直に目を瞑る。テオはそれに安堵した様子で、彼の小さなため息が聞こえた。
私はふと、元の世界にいた頃を思い出す。社会人の私はテオほど熱心に仕事を取り組もうとせず、むしろ如何にサボるかのみに注力し、勤勉とは程遠い勤務態度だった。
そんな私から見れば、テオは誇るべき態度で仕事をこなしている。
「テオってすごいわ。昼も夜もなく働いて。ありがとう」
「……それが仕事ですから」
自然と湧き上がる、テオへの敬意の念を抑えることができない。彼が部屋から出て行く気配がした。
「テオ。今日は一日ありがとう。おやすみなさい」
「おやすみなさいませ。良い夢を」




