第十話 数少ない手がかり
『恋と邪悪な学園モノ。』におけるテオについてまとめよう。
テオは公爵令嬢リリア・オールドマンの従僕としてゲームに登場する。口数少ない仕事に実直な敬語系イケメンだが、恋人になると敬語が取れ急に馴れ馴れしくなる。この設定に私は萎えた。正直推しではなかった。
この世界で主人公たちが通うことになる学園は多数の貴族と少数の平民から成り立ち、学内において生徒の身分は関係なく平等に扱われている、ということになっている。
貴族の要らぬ干渉、暗殺から尊き子息を守るため学園は隔絶された孤島に建てられている。学園内に入るには厳重なチェックをパスしなければならない。もちろん学生以外の使用人たちは学内に入る許可なぞ降りるはずがない。
さて、ゲーム内のテオは学生ではない。
ゲームのリリアが「召使いがひとりもいないなんて信じられない!」とゴネにゴネ、権力と金の力で学内に彼を連れてきたのだ。
当然他の貴族はもちろん、平民の学生、教師ですら彼に対し冷淡に当たる。リリアも文字通り足蹴にする。
そんな中で主人公イヴだけは、テオに優しく他人と平等に接する。惚れないはずがない。
ハッピーエンドでは恋路を全力で邪魔してくるリリアをテオが暗殺しイヴとゴールイン。バッドエンドではリリアを殺したことが白日の下に晒され、テオは処刑される。
例の如くデッド・オア・デッドである。
対処法は今回も変わらない。
主人公イヴとテオがラブにフォーリンしたら邪魔をしないこと。人の恋路は阻むものでない、応援するものだ。
*
上記のように結論付けたのはいいのだが。
テオが屋敷にやってきて一週間が過ぎた。
私はそっとメアリアンを探す。
破滅しないためにテオを惚れさせ主人公とめちゃラブの関係性を築かせないという選択肢もあるが、アダムの件もある。ひとりで舞い上がって調子に乗るのはこりごりである。
恋人関係にならずとも、ちょっとくらい仲良くなることは可能ではないか。
ほんの少しでも仲良くなっておけば、いざテオがリリア・オールドマンを暗殺、という段階になって「一応世話になったから四分の三殺しだけにしておいてやろう」と手心を加えてくれるかもしれない。
しかし、どうやって彼と仲良くなればいいのかわからない。
ゲームでの情報もあるが、以前それを駆使して痛い目を見ている。彼のゲームにおける情報は「私の中にある強い先入観」として脳内に留めておき、ちゃんとした彼の人となりを見極めておくべきだろう。
ゲームにはなかった「バダブの民」というのも気になる。
メアリアンは廊下の掃き掃除をしていた。私が声をかけると彼女は素敵な笑顔を浮かべる。
最近どことなく屋敷がピリついていたので、彼女の笑顔を見るだけで元気がわいてくる。
「お仕事中ごめんなさい。今大丈夫かしら?」
「もちろんです!」
「ありがとうメアリアン」
メアリアンは箒を壁に立てかけ、屈んで私を抱きしめてくれる。アダム王子の一件以来、私たちは何かにつけてハグするようになっていた。
「ねぇメアリアン。質問があるの。あなたから見て、テオはどんな子?」
私はメアリアンに抱きつきながら尋ねる。
彼を見極めるだなんだと言いつつ、私は人を見る目がある方ではない。他の人の意見も聞いておきたかった。
「今のところ怪しげな動きは見られませんね。どうかご安心ください。バダブの民がどんな『禍ツ力』を使おうともお嬢様のことは必ずお守りいたします」
メアリアンは硬い声色で答える。私は意味がよくわからなかった。
「えっと……。まがつ? それってなぁに?」
「……禍ツ力はバダブの民が使う邪悪なる力です。バダブの民が信奉する異形の神々の力を借りて、人間の力では実現不可能な怪異をひき起こしたり、人をかどわかしたり、殺害したりする恐ろしい力のことです」
メアリアンは私を解放する。瞳はつり上がり、言葉にトゲがある。いつもと違う彼女の雰囲気に私は気圧されていた。
「お嬢様が生まれる前のお話です。バダブの民は九年前まで私たちの国と戦争をしていました。バダブの民は禍ツ力を使い、村々を文字通り地図上から消しました。輩どもに強襲された村には、今でも異界に通じる巨大な虚があるんだそうです。
……私の故郷はバダブの民に消されたんです。両親共々。私は二度と故郷の地を踏むことも、その地で両親を弔ってあげることもできない。やつらのせいで」
メアリアンの瞳が、彼女の胸中に渦巻く激情を雄弁に語る。
あらゆることが腑に落ちた。人々が異界について話したがらない理由も、バダブの民を煙たがる理由も、この屋敷が不穏な空気に包まれている理由も。
そして、見つけた。
『異界』に繋がる虚。その異界が私の元いた世界を指しているのだとしたら。
もしかしたら、私は元の世界に戻れるかもしれない。
意図せず元の世界へ至る糸口を見つけた驚きと、穏和なメアリアンが激昂した衝撃で、私は何も言えなかった。




