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第一話 乙女ゲームの世界にやってきた

 私はこの香りを知っている。

 強烈でむせ返るような、腐りかけの果実の香り。


  *


 何もかもうまくいっていなかった。


 その頃の、七歳になりたての私は何かにつけて癇癪かんしゃくを起こしていた。

 眼球の奥に針で刺すような痛みが続いていたせいでもある。一ヶ月前にお母様が蒸発してしまったせいでもある。お父様が政務にかかりきりで屋敷に帰らなかったせいでもある。

 寂しさに耐えきれず、私は使用人に当たり散らした。使用人たちは私の我儘に辟易し、裏では私を散々にこき下ろしていた。私もそれを敏感に感じ取り、少なからず傷つき、より手酷く使用人たちをいぢめた。


 何もかもうまくいっていなかった。


 運命の日の朝、珍しく屋敷に帰っていたお父様と私は朝食を囲んでいた。

 お父様は栗色の左眼を輝かせながら私に語りかける。


「リリア、私の可愛いリリア。今日は第六王子であらせられるアダム様が屋敷にいらっしゃる。君とは同い年だからきっと話も合うだろう。この屋敷のホストとして歓待してさしあげなさい」


 アダム、の名前を耳にした途端に鋭い頭痛が走る。シクシクと目蓋の奥が痛み、私は嫌々と頭を振りかぶる。見ず知らずの人と同じ時間を過ごすことが苦痛だった。

 お父様は苦笑し、参ったと言わんばかりに首を傾ける。前髪が左側へサラリと動き、黒々としたお父様の眼帯が覗く。


「リリア、君にしかできないことなんだ。どうかよろしく頼むよ」


 私に甘いお父様が食い下がってくることがショックで、私の思い通りにならないことが腹立たしくて、食事の途中だというのに私は立ち上がる。お父様の引き止める声を無視して私は席を辞した。

 頭が割れるように痛い。目も開けていられない。自室に戻るとお父様が私を呼びにくるだろう。屋敷の中に居たくなかった。


 私は気がつくと薔薇園にいた。庭園に咲く赤薔薇たち。昨日までは白薔薇が瑞々しく咲き誇っていたのだが、私が駄々を捏ねて庭師に植え替えさせたのだ。

 私は庭に設置された青銅色のベンチに座り込む。お母様はよくここで本を読み聞かせてくれた。お母様を思うと涙があふれそうになる。痛みが引かない。私は頭を押さえ、痛みにただただ耐え続ける。


 どのくらい時間が経っただろうか。私の背後から声がかけられる。

「あなたがリリア・オールドマン様ですか?」

 どこか懐かしい、鈴のような少年の声。私は面を上げる。

 黄金の髪をきっちりと整え、カッチリとした白の正装をまといながらもふんわりとした雰囲気を崩さない。私と目が合うと、碧眼の美少年は柔和に微笑んだ。


「はじめまして。僕は、アダム・フォン・シャルロワと申します」


 正し過ぎるほど正し過ぎる言葉遣い。大人をそのままミニサイズにしたような、鼻につくほど礼儀正しい立ち振る舞い。

 頭の痛みが嘘のように引いていく。かわりに膨大な映像が、音声が、私の脳内にあふれかえる。鼻水が垂れてくる。言葉がつっかえて出てこない。冷や汗が滝のように流れる。私は心中で叫んだ。


 あっここ乙女ゲームの『恋と邪悪な学園モノ。』の世界だ。

※この作品に出てくる乙女ゲーム『恋と邪悪な学園モノ。』というタイトルは、PSP及び3DS、Switchで発売中の『剣と魔法と学園モノ。』のオマージュです。タイトルをオマージュしたのみで、実際の『剣と魔法と学園モノ。』とは一切関係がありません。

 作中に出てくる『恋と邪悪な学園モノ。』と異なり、実際の『剣と魔法と学園モノ。』はキャラメイクが楽しいダンジョンRPGです。

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