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お茶のマナーを守りましょう

『あっちに、小屋がありますよね?』


 森の中で、可愛いNPCのリリアと、その名前と金髪碧眼の見た目をあやかった私が向かい合っていて。

 リリアが指した方向に目をやると、確かに小さなログハウスのような建物があった。


「うん、あるね」


『あの中に困っている方がいるので、話を聞いてあげてください』


「うん――えっ? リリアはいっしょに行かないの?」


 私が声を上げた拍子に、抱きかかえたスライムがぷるんと揺れた。

 揺れない貧相な胸の代わりに……などという自虐が頭を過ぎるぐらい、リリアと別れるのは辛い。


『私はサポート役なので、リリア様といっしょには行けません。でも、ゲームの起動時と終了時にスキップしなければ、私のサポートを受けることが可能ですよ』


「そうなの? じゃあ、絶対にスキップしない」


 首をぶるぶると振る私とそれに合わせて揺れるスライムが理由なのか、リリアがくすくすと笑う。


『ふふっ、お待ちしておりますね』


 そう言って、リリアはふわっと浮き上がり、次の瞬間には消えていた。

 

「行っちゃった……」


 リリアが消えていった空間を見ながら、私は独りごちる。

 あとで会えるとは言っても、見知らぬ世界にひとり残されると、少しだけ寂しい。


「ぷにゅ」


 私の胸元で、スライムがぷにっと揺れる。

 なんだか、励まされたように感じた。


「ごめんごめん。あなたがいるんだったね」


 私が謝ると、またぷにぷにっと揺れた。

 これは、早く進め、と急かしているのだろうか?

 うーん、わからないけど、進むしかないよね。


「はいはい、行きましょ」


「ぷにゅぷにゅっ」


 中身に詰まっているのはやる気だったみたいだ、このスライム。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ログハウスの前に着いて、木製の扉をコンコンとたたく。


 ここまで歩いてきてわかったことだが、いま私は、すごく身体が軽い。

 勉強ばかりでろくに運動してこなかった私でも、このゲームの中だったらよく動けそうな気がする。

 あと、裸足でも痛くない。

 小石とか小枝とかを気にせず踏んでも、痛くないし傷付いたりもしていないみたいだ。

 物理防御が高いのが理由かどうかはわからないけれど。


「はい……?」


 扉をゆっくりと開けて、中から男の人が顔をのぞかせた。

 大学生ぐらいかな? なんだか元気がないみたいだ。


「あっ、お困りなのか、そういえば」


 さっきリリアが言っていたことを思いだして、私はつぶやく。

 すると、男の人はぱぁっと顔を明るくした。


「はいっ、困っているんです! 見たところ、貴女(あなた)は『テイマー』ですね? 手を貸してはくれないでしょうか?」


 男の人の矢継ぎ早な質問に面を食らう、私とスライム。


「ああ、いきなり申し訳ありません。どうぞ、上がってください」


 男の人は扉の前から退いて、中に入るように促してくる。

 裸足だけど、いいのかな?

 まあ、汚くはないだろうし、いいか。


「おじゃましまーす……」


「ぷにゅっにゅー……」


 この子、どこから声? いや、音? を出しているのだろうか。

 私と同じようにかしこまっている様子のスライムを見下ろし、疑問に思う。


「そこに座ってください。いま、お茶を出しますね」


「あっ、おかまい……なくー……」


 私が言い終わる前に、男の人は部屋の奥に引っ込んでしまった。

 仕方なく、言われたとおりに椅子に座って待つ。

 木製のテーブルと私のお腹にはさまれて、スライムが窮屈そうだったから、少し椅子を引いた。


「ぷにゅっ」


「ふふっ、今のは、ありがとう? それとも、ご苦労様?」


「ぷにぷにゅう」


 これ、ゲームを進めていったら、この子と意思疎通が取れたりするようになるのかな。

 そうなったら、絶対にもっと楽しそう。


「お待たせいたしました」


 私がスライムとすれ違いのキャッチボールを続けていると、奥から男の人が戻ってきた。

 その手には、ティーカップが二つ持たれている。


「どうぞ、うちの自慢のお茶です」


 男の人は、私の前にひとつ、自分の前にもうひとつを置いた。

 当たり前なのかもしれないが、スライムの分は用意されないみたいだ。


「いただきます」


 ちょっと口をつけると、本当に味がする。それに香りも。

 でも、現実では飲んだことがない、不思議な味わいだ。

 なにかのハーブ、なのかな?


「ぷにゅ?」


「ん? あなたも欲しいの?」


 ティーカップを傾けて、スライムにお茶を数滴たらしてみる。

 すると、それは弾かれることなく、中に吸い込まれていった。


「ぷにゅっにゅ!」


「おー、美味しかった?」


 なんだか嬉しそうな感じだったから、カップの残りはスライムにあげた。

 半透明の青色のぷにぷにの中に、お茶が染みこんでいくのが外からわかる。

 実験しているみたいで、ちょっと楽しい。


「……魔物と仲の良い『テイマー』は――」


 あっ、男の人がいたのだった。

 すっかり忘れたままスライムと戯れていたから、ちょっと恥ずかしい。


「――優れていると聞いたことがあります」


「えっと……ありがとう、ございます?」


 褒められている、ということで合っているよね?

 とりあえず、恐縮しておくことにしよう。


「やはり、貴女にしか頼めません! お願いします、手を貸してくださいっ」


 テーブルにぶつけるかの勢いで、男の人は頭を下げるのだった。

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