蝙蝠は贖罪を誓う
修羅場。
この言葉を使う機会はそう滅多に無いだろう。
もし、自制心を保てる自信があれば。
もし、自信がないなら気をつけた方がいい。
だって、
「わっ、私っ、初めてはっ、愛し合う人とがいいなって、思ってたんですっ……ひぅっ」
「最低ですっ!!弱ってる相手にこんな事するなんて!」
最悪という言葉を表すに相応しい惨劇を招くのだから。
*****
あ、なんかふと、昔お母様に言われた言葉を思い出した。
こういう時に使いなさいって言われたんだよなぁ。
思い出せそうなんだけど、思い出せない……
あ、そうだ。
異世界人が広めた誠心誠意謝る時の作法だって言ってたな。
確か、こう正座して、手と頭を地面にぴったりとくっつけて……
「本当に申し訳ありませんでしたっ!!!」
「許すわけないでしょうっ!!!」
ですよねー。
*****
なんか盛大な誤解をされている気がするが、うん、分かる。
好きでもない同性で、知り合ってちょっとの相手に、いきなり吸血されて、そいつに無防備な状態の自分を晒したなんて、このお年頃の女の子には屈辱的だろう。
もしかしてシャルは特に繊細だから、トラウマになるかもしれない。
さらにさらに、二人は気高い天使でシャルは元貴族だ。
「なので超美味でした!」
「脈絡がないです!」
しまった。
心の声が漏れてしまった。
あーあ、シエル余計に怒り出しちゃった。
どうしよう、今猛烈に逃げ出したい。
……よし、逃げよう。
「シエル、シャル。二人とも、本当にごめんなさい」
私はスッと立ち上がり、二人に深く頭を下げる。
シャルは慌て出すが、そのまま話し出す。
「諸君、さらばだ「させませんっ!!」キュウッ!」
言い終わると同時に私の隠し技の一つの【蝙蝠化】を発動するが、読まれていたのか変身した途端シエルの握力で掴まれましたね、はい。
もう逃げられん〜。
ダメだよ〜、焼かれて食われるか珍獣屋に売られるENDしか見えないよ〜。
*****
えー、皆様こんにちは。
ただ今私は天使の髪一本でグルグル巻きからのてるてる坊主状態で御座います。
実況は私、現実逃避エレセリアと、
『エレセリアちゃんの脳内に語りかけている女神様よ〜』
勝手に何していやがると言いたいところですが、今は本体の方がより危険なので、そちらの方を実況していきましょう。
「シャルロットさん、この吸血鬼は私たちを隷属したんです!!」
「え……っ!?」
「キュィ…?」
おーっと、ここでシエル選手、とんでもない爆弾を投下した!
そして何かとてつもない誤解をしている!!
『あらぁ、それはどういうことかしら?』
エレセリア、つまり私の本体は昨夜紅月に本能を呼び覚まされ、二人(の血)を存分に堪能したのは女神様もご存知でしょうか?
『えぇ。エレセリアちゃんったら、すっかり野生化しちゃって何回も吸血しちゃってたわね?』
……その通りデス。
本来なら!
吸血鬼や獣人など危険性のある種族は、制御しきれない子供のうちは親のもとで人里離れた魔界にて教育をされるのだが!
エレセリアは人間からの吸血の知識はあっても天使達からの吸血は初めてなのです!
つまり、暴走したのは血が美味すぎた二人にも原因があるって訳さ!
『……やっぱり、気付いちゃったのね?』
そりゃ勿論!
初めての吸血は同士である魔族の女の子から懇願されてなのですが、その時とはまた違った味わいでした!
めちゃくちゃ美味しかった!
『そうじゃなくて、シャルロットちゃんのことよ?』
ん?なんのことかな?
『エレセリアちゃんって野生の勘は鋭いのね?』
誰がゴリラだ!!
『はぐらかすのは終わりよ……思い出しなさい、あなたの罪を』
……うん。
気づいてたよ。
初めから、ずっと。
*****
あの時……つまり、帝国の一部が崩壊した日。
シャルロット・アナクフィスは間違いなく、死んだ。
戦う直前、私とシエルは示し合わせていたかのように、死者が出ないように防御結界を人々がいる広場や商店街など、人のいる場所全てに展開した。
私は魔力量には自信があったけど使い道がなく、ただ溜まっていたここ数ヶ月分の魔力を使い、帝国の約半分以上をシエルと私で守った。
そのお陰で被害は要塞と広場の一部に留まった。
だが、私は名前を大勢の前で呼ばれ身ばれしたことに意識がいき、怒りに呑まれ、忘れていた。
逃げ出した王や騎士に放置された、私の背後で気絶していたシャルのことを。
ーー先手を打ったのはシエルだった。
指先から高圧縮した水の弾丸を放ってくる。
私は体質のせいで殆ど使えない魔法の中でも数少ない、獣人族から教わった付与魔法を脚に掛け脚力を強化。
大きく飛び、余波で飛び散った大地を足場にシエルの鳩尾に本気の蹴りをいれた。
だって、天使と敵対化した時点でもう殺し合うしか私に選択肢はなかったから。
でもシエルは蹴った脚を掴んで私諸共吹き飛び、その後も私たちは破壊を繰り返した。
……そう。この時点でシャルは、死んでいたんだ。
どのような形で死んでしまったのかは、分からない。
確かなのは……私が殺したということだけで。
根拠は女神の言葉。
『イラっとしたからあの子のこと、生まれ変えらせちゃったわ。……テヘペロ?』
『生まれ変わらせちゃったわ』
生まれ変わらせるなら普通、アンデッド系の魔物か元通りにするか、の二択だと思う。
だけどシャルは変わらないその美貌を保ったまま私を殴り飛ばした。
だから最初の想定は無しだろう。
そして、神だって元は生き物だ。
きっかけは作れても運命を思いのままにすることは出来ないし、命を不平等に生き返らせることは出来ない。
だって、それは輪廻の輪から外れた異形のモノになってしまうから。
だから少なくともこの女神にできる範囲で考えるならこの考えが妥当だろう。
ーー天使と吸血鬼の戦闘に巻き込まれ死んだ哀れな少女は、女神の慈悲で天使に変換されたーー
これなら天使にも非はあるということで特例扱いにできるんだろう。
でも、信じたくなかった。
また自分のせいで誰かが死んだなんて。
稀に見る悪夢だと信じたかったのに、なのにーー
ーーあの時飲み干した血の味は、人間の血の味じゃなかった。
そして、シエルの血と同じ、甘美で脳が痺れるような感覚をもたらし、確信してしまった。
現実はいつも平等で、不平等でーー
ーー残酷だ。
だから、私は拒否しようとした。
でももう私は、拒まない。
拒む資格もない。
ならば私は、贖罪に生きよう。
今までの罪にも、向き合って、背負って。
それにどうせ空っぽだった私だ。
悲しむ者も、嘆く者も、もういない。
それが理由というわけではないけれど、ちょうどいい役柄だったんだろう。
「…ねぇ?女神様……」
発した声は、自分でも驚くほどにか細く、簡単に壊れてしまいそうだった。
『うふふ…ごめんなさいね?』
女神の声が段々と遠のいていく…
気がついたら変化の術は解けていて、なんだかとても、眠くなっ、て……