第八話〖覚醒〗
【一】
深夜、カイザは目が覚めた。また同じ悪夢、同じ展開。金髪の子ども、対局、怪物、流血、死体……。
隣には母が眠っている。カイザは生まれてはじめて母とケンカをした。あれから口をきいていない。それでもカイザは、自分が一歩前進できたことに満足だった。
カイザは母を起こさないようにそっと床から離れ、カードケースを持って外へ出た。夜に出歩くのは危険だが、家のまわりなら大丈夫だろう。今では、クリエイターによる非能力者への攻撃的行為は厳しく取り締まられている。ただし、犯人を特定できなければ罪に問えないが。
近くの岩に腰かけ、夜空を見上げる。星は明るい。夜風は気持ちいい。外は誰もいない。夜空の景色を独り占めだ。
「真昼の空は、毎日、色が変わるけれど、夜はいつも真っ暗闇。星はきれいに輝くけれど、僕らにとっては見慣れた景色。だけど中央の都では、街の明かりが強すぎて星はちっとも見えないらしい。クリエイト時の霊光は、彼らにとっては当たり前。だけど僕ら非覚醒者には、目がくらむほどの輝きなのさ」
カイザはひとり、詩を読むようにつぶやいた。
「また変な夢を見ちゃった。僕は金髪の男の子も黒い怪物も知らないし、対局もやったことがないのにね」
カードケースから白札を取り出し、手の中で扇状に広げた。
「幼いころから、クリエイターは怖い、対局はしてはいけないって言わ続けてきたから、こんな夢を見るのかな?」
カイザは母の顔を思い出した。
「カードチェス、してみたいなあ」
広げたカードをぼんやり眺める。
「もしも、この束がデッキになればなあ」
誰も見ていない。本当の気持ちを、包み隠さず吐き出した。
「あれ?」
突然、白札が光った。だが、自分の瞳が霊光で輝いていることには気づかない。
「そ、そんなはずない。どういうこと?」
カイザはまわりに視線を向けた。近くに人影はなく、目撃者はカイザひとりだ。
「嘘だ、嘘だ」
カード名の欄に文字が浮かび上がる。
「夢じゃないよね?」
続いて、スタッツの数値。
「だ、誰の仕業だ!」
能力テキスト。
「そういえば、対局室でデッキケースを落としたとき、ギンガがカードに触ったはずだ。何か細工をしたに違いない」
浮かび上がるカードイラスト。思い出すギンガの顔。
「あの女、なんのために!」
冷静さを失い、白札変容の犯人をギンガだと決めつける。
カイザの手のひらで、一組のデッキが生まれた。ぴったり三十枚、同名重複なし。そのまま対局に使用できる。
「明日、問い詰めてやる」
再びギンガに会う理由ができてしまった。
【二】
瓦礫ノ園の朝は早い。毎朝、川へ洗濯にいき、ついでに水浴びをして体をきれいにする。霊毒混じりの川の水が、衣類を染めて変色させる。瓦礫ノ園の住民は汚い、というイメージを持たれているが、実は意外と清潔好きだ。
ギンガは早朝からあちこちを訪問した。地元の人と仲良くなり、信頼を得る作戦だ。窓口で口座を開設した人は、そのへんをうろつくギンガを捕まえ、その場で白札のカードケースを預けた。ギンガは全員の名前と顔を覚えていた。
昼になれば、昼食をとりに対局所の副所長室へ戻る。預かったカードケースをアユムに託し、また夕方まで歩きまわる予定だ。
青ざめたような空の色。カイザはギンガを探していた。対局所へ戻ろうとするギンガを見つけ、顔を見るなり大声で呼びとめた。ギンガは昨日のことを忘れたように、にこやかな顔で振り返った。
「よう、カイザやんけぇ。また会うたなぁ」
ギンガは手のひらをパタパタさせ、カイザの顔に胸があたりそうなほど近づいて見下ろした。
「はぁはぁ、探したよ」
カイザは息を切らせながら言った。
「ほう、あてを探してたんかいな。何の用やぁ? 対局なら受けて立つでぇ」
「そんなわけないだろ!」
「じゃあアレか、まさかあてにほれたん? 本気かぁ?
って、それはないわな、冗談やで。カイザだって選ぶ権利あるもんなぁ、スマンスマン」
ギンガは自虐を交えつつ、腹を抱えてケラケラ笑った。
その態度が、カイザを余計にイラつかせる。
「やっぱりアレか。昨日、白札を受け取らんかったこと、後悔したんやな? 心配せんでも返すがな。あても色々考えたんやでぇ。追いかけようかとも思うたけど、あのガキもひとりで考えたいんかなぁって。あ、同い年やったか」
「え、同い年?」
一瞬、カイザは怒りを忘れ、目を丸くして問い返した。
「せやで。あてのこと、年上やと思うとったやろ」
「まあ、そうだけど。いや、そんなことはどうでもいいんだよ!」
カイザは懐から昨日のカードを出した。
「お、デッキ組んだんかい」
「とぼけるな! 君の仕業なのはわかっているんだ。一体なんのために?」
「へ? なんのこっちゃ」
事情が飲み込めず、キョトンとするギンガ。カイザは昨日の夜の出来事を説明した。
「そりゃ、覚醒したんやろ。おめでとうさん、これであんたもクリエイターや」
ギンガはカイザの肩に手を置き、もう片方の手でピースした。
「そうやって騙して対局させるつもりだな!」
「いやいや、誰がそんなまわりくどいとこをするねん。アホくさぁ」
「じゃあ、ギンガは関係ないのか?」
「当ったり前やろ。いくら高ランクのクリエイターでも、時間差クリエイトなんて芸当はできん。そんとき、まわりに誰もおらんかったんやろ?」
「そうだよ」
「ほんなら、無自覚のうちに覚醒したんやな」
「僕は覚醒なんかしちゃいないさ。だいいち、カードチェスのルールさえ知らないんだよ。昨日、観戦したから多少はルールを覚えたけど。それで覚醒なんて無理でしょ?」
「せやな、それは不思議や。しかもこのカード、絵柄つきやんけ。★×1ランクをすっ飛ばして、いきなり★×2ランクになったちゅうことかい。ありえんこともないけど、まあ珍しい例やな」
現在、世界人口の九割は非覚醒者で、残り一割がクリエイターだ。クリエイターの九割は★×1ランク、さらにその残り一割のうち九割が★×2ランクで……。というように、クリエイターランクは人口比率で階層構造になっている。
★×1ランクは白札に名前、能力テキスト、ステータス値を与える特殊能力を持つ。★×2ランクに昇格すると、自由にイラストやフレーバーテキストを付け加えられるようになる。フレーバーテキストとは、対局に影響を与えない飾りの文章のことだ。主にイラストの説明がされる。そして、現実世界での実体化は、★×3ランク以上限定の特権だ。
白札がいきなりイラストつきのカードに変わったということは、実行者のクリエイターランクは、少なくとも★×2ランク以上で間違いない。
「カイザ、あんたもしかして、ちっちゃいころに対局やってたんちゃうか?」
「いや、僕の家では、昔からカードチェスは禁止だったんだ。ありえないよ」
「どうせ友だち同士で、隠れてこっそりやったんやろ」
「そんなの、記憶にないよ」
「忘れたんやて」
カイザには身に覚えのないことだった。忘れたことすら忘れているのだから、無理もない。
「とにかく、おめでとうさん」
ギンガはカイザの頭をくしゃくしゃして覚醒を祝った。
「やめろ、触るな」
カイザはギンガの腕を払いのける。仕返しをしようとするが、手首をつかまれてしまう。
「可愛いなぁ。あてに勝とうなんて百年早いわ」
へらへらとあざ笑う。
「可愛いって言うな!」
にらみつけて反抗するが、動きを封じられているので何もできない。
「まずは背ぇを抜かすこっちゃな。それか、対局で勝ってみい」
ギンガはカイザの手をぱっと離した。
カイザはバランスを崩し、よろけてうしろへ数歩引き下がる。
「そろそろ昼飯食わしてもろうてもエエかなぁ? グゥーいいそうやねん」
ギンガのお腹が鳴った。
【三】
カイザは自分のデッキを見た。駒札の題材は、古代ローマの皇帝たちだ。ネロやカリグラ、コンモドゥスといった歴代のローマ皇帝が、美少女化して描かれている。自分が本当にクリエイターなのか、カイザは確信を持てなかった。
「本当に覚醒しているなら、もう一度、同じようにできるはずだ」
白札を一枚取り出し、目を閉じて念じてみる。
「僕は非覚醒者のカードハンターなのか? それともクリエイターなのか? カードよ、教えてくれ」
カイザはカードに問いかけた。
頭の中にイメージを思い浮かべる。まぶたの裏側に光の玉が見えた。光の玉は、カイザの魂を宇宙空間のような世界へいざなった。わずか一瞬の出来事だった。カイザは様々な景色を見て、様々な音を聞いた。闇を縫うように揺れ動く光、銀河、星雲、星々の大河、無数の彗星、惑星、空、大地、海、山、森、草花、昆虫、動物、人間の体内、拍動する心臓、血管内を流れる血液、呼吸、脳神経を伝う電流、霊界の門、霊子の滝。そして命のかけら、動き回る魂たち、自らの魂、その叫び。
「カードよ、答えてくれ!」
カイザは目を開けた。
白札が輝いていた。文字やイラストが次々と浮かび上がり、カードチェスのカードになった。
「僕が、僕がやったのか?」
カイザは確信した。自分がカードクリエイターになったということを。
微妙に名前を変えました。
・死者の園→死者ノ園
・瓦礫の園→瓦礫ノ園