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カードチェス  作者: 破天ハント
第二部第三章︎︎ 準クリエイター編(後編)
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第二十五話〖犬猿の仲〗

【一】


 ギンガはタクミとカードチェスの練習対局をしながら、同時にカイザと将棋の対局をした。

 複数の盤面を交互に見渡しながらプレイするのはギンガの得意技だ。この手の能力でギンガをしのぐ人物といえば、アユムくらいのものだろう。

 まずはカードチェス。盤面からタクミの機械娘たちを一掃し、あっさり勝利。

 次は将棋。ケイマはカイザの横についてサポートしたが、ギンガの実力の前では歯が立たず。


「はい、あての勝ちぃ!」

 したり顔で片眼鏡のフチに指をかける。

 

「チッ、一回勝ったくらいでドヤ顔すんじゃねえよ。今度はチェスで勝負だ! チェスならオマエに負けねえぜ」

 タクミはカードチェスボードに並んだ駒札をデッキに戻し、片付けた。隣の席からチェスセットを拝借する。


「じゃあ、そのボードは僕が使わせてもらうよ。今度は僕と練習対局だ!」

 カイザはタクミと席を交代した。


「こここ今度は、おでが自分で将棋を指すぜい。ひひひ人のサポートは苦手なんだよう」

 ケイマ、黙々と将棋の駒を初期配置に戻す。


「よっしゃ、まとめて相手になったるわ」


 一対三の異種ボードゲーム対戦。タクミはチェス、カイザはカードチェス、ケイマは将棋。各々のもっとも得意とするゲームでギンガに勝負を挑む。

 カードチェスは、カードゲームであると同時にボードゲームでもある。


「チェスには手札も持ち駒もねえ。盤面だけに一点集中できるから、オレの好きなゲームだぜ」

「悪いなぁ。実は、あてもチェスが好きやねん。裏組織時代は十人を相手に同時プレイで勝ったこともあるんやで」

「うるせえ! 自慢はいいから、早くしやがれ!」

 バチバチと火花を散らすギンガとタクミ。


「今度こそ、カードチェスでギンガを倒してやるぞ。どれだけランクに差があろうとも、練習対局なら僕にだってチャンスはあるはず」

「悪いなぁ。実は、真剣対局より練習対局のほうが得意やねん。現実世界で自分の脳を使ったゲームでは絶対に負けへんわ。⋯⋯まあ、引き次第やけど」

「引きの強さなら、誰にも負けない自信があるよ。ギンガは運が悪いからね」


 カードチェスの真剣対局は、対局空間という霊的な世界でおこなわれる。現実世界の肉体は一時的に消滅し、霊子で構成された立体映像に置き換えられるのだ。

 そして、脳で考える代わりに、魂に刻み込まれた記憶や経験を元に、「魂で思考」して対局する。練習対局では負けなしでも、真剣対局ではそうもいかない。レベルやランクの差を埋めるのは困難だ。

 だが、練習対局の場合は別だ。しっかり自分の頭で考えさえすれば、格上相手であろうと勝つ可能性はある。理屈の上では。


「しょしょしょ将棋は子どもの頃からたしなんでいたんだよう。あああ兄貴にだって負けたことがねえ。カカカカードチェスではギンガ姉さんに負けるが、将棋ならおでのほうが強いぜい」 

「悪いなぁ。それはこっちのセリフやわ。好きなんはチェスやけど、ホンマに得意なんは将棋やねん」


 将棋はチェスより盤面が広く、駒の種類も枚数も多い。相手の駒を取れば持ち駒として利用できる。

 ルールや盤面が複雑になればなるほど、ギンガが相対的に有利となる。複雑な状況をさばくのは得意中の得意だった。ゲームに限らず、普通の人が混乱するような環境下で、逆に生き生きしだすのがギンガなのだ。


「はい、あての勝ちぃ!」

 ギンガ、全勝。真剣対局では日に日に実力が落ちていたが、現実世界では関係ない。特に、運要素のないゲームでは圧倒的な強さを誇る。


 カイザたちは席を代わり、もう一度別のゲームでギンガに挑んだ。が、結局、誰ひとり一勝すらできなかった。



【二】


 カイザは将棋やチェス、囲碁、麻雀のルールをひとつずつ覚えていった。


「カードチェスが上手くなりたいんやったら、カードチェスだけやっとったらアカンねん。いろんな種類のゲームを経験して、カードチェスのプレイングに応用するんや」

「なるほどね。ギンガはそうやっていろんなことに挑戦することで腕を磨いてきたんだね」


 ギンガのやり方は、一点集中型のタクミとは正反対だ。両極端なふたりだからこそ面白い。

 ケイマは頑固にひとつのことにこだわるタイプなので、どちらかといえばタクミに似ている。

 一方のカイザといえば、ギンガともタクミとも違うタイプだ。悪くいえば、どっちつかずの中途半端。良くいえば、師匠次第でどちらのタイプにも切り替えられる柔軟なタイプ。白にも黒にもなれるのがカイザの強みだ。


「そろそろ対局室が閉まる時間だぜ」

 タクミは胸ポケットから懐中時計を出した。


「あれ?」

 カイザはタクミの懐中時計に違和感を覚えた。よく見ると、針が反時計回りに進んでいる。それだけではない。ローマ数字の配列も反時計回りだ。


「お、よく気づいな、カイザ。こいつはオレの自信作だぜ。鏡の国の懐中時計さ。最初は鏡文字にする予定だったが、読みにくいからやめた。そのかわりに、数字の配置と針の回転方向を逆にしたのさ」

「なかなかセンスあるね」

「よし、ならオマエのぶんも作ってやるぜ」

「僕のは普通バージョンでいいよ」

「なんだよ、面白くねえなあ」


 カイザたちは対局室を出た。


「つつつ次はどこに向かうんですかい?」

「決まっとるやろぉ、裏部屋や」

「ええええ、この対局室にも裏対局室があったんですかい! だだだだれもカードチェスをしていなかったから、ここでは真剣対局できねえと思っていたぜい」

「いや、裏部屋でも真剣対局はできへんでぇ。裏部屋でやるんは、賭博対局と各種ゲームのギャンブルや」

「げげげ現実世界での賭博なんて、イカサマし放題じゃねえかよう。ううう胡散臭いところだぜい」

「し放題やけど、バレたら指切られるでぇ」

「ひひひひぇ」


 ギンガが先頭を歩き、裏対局室を目指す。

 ギンガは裏対局室のことをを「裏部屋」と言う。流行らせようとしているようだが、上手くいっていなかった。文字数・音節数が減るので言いやすくはなるが、耳馴染みがないために違和感が強烈だ。


 あとから恐る恐るついて行くケイマ。

 ケイマは以前まで放浪型の裏クリエイターだった。様々な裏対局室を巡ってきたが、怪しいところには近づかないようにしていた。

 店側とグルになって客から巻き上げようとするところや、裏組織が関係しているところもあった。だが、真剣対局ならあらゆるイカサマが不可能なため、安心して実力勝負ができる。

 ケイマにとって、真剣対局できない裏対局室は近づくべきではない場所だった。


 タクミは時計の話題になって変なスイッチが入ったのか、一番うしろを歩きながらひたすら時計の話をしていた。

 カイザは振り返ってタクミに相づちを打ち、聞き役に徹した。



【三】


 地下、裏対局室。

 ギンガは重いドアを蹴り開け、ズカズカと中へ入る。

 カイザたちはあとに続いた。


「ウゲ! あの女、こんなところに入り浸っとったんかぁ」

 頬を引きつらせるギンガ。

 

「ああああの女って誰のことですかい?」

 ケイマはまだ状況を読み込めていなかった。


「うわっ。遠征先で出会うとは⋯⋯。こんな偶然もあるんだね」

 カイザ、苦笑い。


「所長、どうしてこんなところにいるんだよ? 本戦開始日まで引きこもるんじゃなかったのかよ」

 頭を抱えるタクミ。

 タクミは兵頭対局所本店から秋山対局所に登録替えをしていた。今のタクミにとって、所長とは兵頭ハジメではなく、秋山アキラだ。


「あらぁ? 誰かと思えば、ギンガちゃんとカイザ君じゃないですかぁ。それに、タクミちゃんまで。こんなところで会うなんて、奇遇ですねぇ」

 アキラはいつもの格好で賭博麻雀に興じていた。ドアの音に反応してカイザたちと目が合うなり、駆け寄ってきた。


 入室早々、アキラからねっとりとした歓迎を受けるカイザたち一行。この日、アキラとは本店の対局室で一度会っていた。本日、二度目の対面だ。

 そういえば、今日の空の色はアキラの髪色と同じクリーム色だったような気がする。カイザはアキラのショートボブを見ながら思い出した。


 アキラは大会の本戦当日まで秋山対局所に残る予定だった。だが、ナゴミに会うために外町まで出向いた言っていた。

 アキラが本店を訪れた理由は、そこにナゴミがいると思っていたからだ。対局室にナゴミがいないと知ると、すぐにどこかへ行ってしまった。

 それから数時間後、ギンガの発案によって急きょ遠征が企画された。そして、カイザたちはこの対局所にやって来た。まさか、裏対局室にアキラがいるとは思ってもみなかった。


 カイザたち四人は、誰一人として広範囲の感知能力を持っていなかった。カイザは数メートル程度が限界。タクミ、ギンガは体を接触させなければ発動できない。ケイマは皆無。

 アユムのような広域感知能力持ちがひとりでもいたら、アキラの存在をすぐに感知できていただろう。建物内にいる★×5(スーパー)ランクのクリエイターを見逃すはずがない。

 カイザは痛感せざるを得なかった。感知能力や霊視能力に関して、精度ばかりを追い求めて効果範囲をないがしろにしてきた。だが、それでは現実で使い物にならなかったのだ。

 カイザは新たな課題を胸に留めておいた。


「所長、真剣に打ってくださるかしら。高レアリティの白札がかかった対局中ですわよ」

 赤紫のドレスをまとった少女が、血走った目でアキラをにらむ。薄紫の長髪に、カイザとよく似た顔立ち。


 ふと、カイザはケイマの言葉を思い出した。この少女こそ、天ナゴミに違いない。


「うふふ、ごめんなさぁい。すぐに戻りますからねぇ」

 アキラはぴょこぴょこと飛び跳ねるようにして席に戻った。


 アキラとナゴミは、ほかの客ふたりと共に四人でテーブルを囲んで対局していた。対局といっても、カードチェスの練習対局ではない。麻雀の賭博対局だ。


「それ、ロンですわよ」

 ナゴミは裏クリエイター風の若者から白札の束を巻き上げ、一瞬で対局を終わらせた。

 泣きそうな顔で席を立ち、裏対局室を出ていく若者。


「やれやれですわ。手応えのない相手でしたこと」

 白札の枚数を勘定し終えると、ナゴミはカイザたちのほうをチラリと見た。


「ででででめえは! ええええっと、名前なんだっけ⋯⋯?」

「以前も言ったとおり、わたくしは天ナゴミですわ」

「おおおおう、そうだったぜい」

「まったく、非クリエイション愛好家は人の名前すらろくに覚えられないのですかしら、トゲトゲ君」

「トトトトゲトゲ君じゃねえ。ちゃちゃちゃちゃんと名前で呼びやがれい!」

 ケイマとナゴミ。相反する思想のふたりがふたたび対面する。


「まさかオマエがこんなところにいたとはな、ナゴミ。ここはオレのテリトリーでもあるんだぜ」

 タクミは本店以外にもあちこちの対局所を出入りしていた。この場所も、タクミが最近通いはじめた対局所だった。


「あら? どなたかと思えば、二流クリエイターの機島タクミさんではありませんか」

「オレが二流だと? もう一度言ってみろ!」

「あら、申し訳ございません。わたくし、二次クリエイターと言うはずが、間違えて二流クリエイターと言ってしまいましたわ。ところで、二次クリエイターと二流クリエイターはどこが違うのですかしら?」

「コイツ、好き勝手に言いやがって。もう許さねえぜ。オレと対局しやがれ!」

 タクミは頭に血が昇り、ナゴミに喧嘩を吹っかけた。


 タクミとナゴミは、両者共に秋山対局所の代表選手。そして準クリエイターでもある。タクミは二次クリエイション専門家で、ナゴミは一発クリエイション万能論者。ふたりは犬猿の仲だった。


「いいでしょう。対局なら受けて立ちますわよ。ただし、カードチェスではなく麻雀の対局になりますが。大会前のこの時期、敵にわたくしのデッキ内容やプレイングを教えたくはありませんので」

 ナゴミは薄紫の髪をかき分けた。

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