第二十二話〖休日〗
第一部と第二部のシナリオは微妙にリンクしています。
第一部の二十二話ではギンガのお部屋訪問イベントがありました。で、今回はタクミのお部屋訪問からスタートです(後半は対局室がメイン)
【一】
真っ暗でなにも見えない。自分がどこにいるのかも、誰なのかもわからない。時間も空間もない。混とんの狭間。無限に続く無の世界。
そこに一筋のか細い光がさし込んだ。光は徐々に強くなり、彼の周囲を包み込む。
失われた感覚がよみがえる。彼はようやく自分の名前を思い出した。
(そうか、僕はカイザだ。遮断能力の修行をしていたんだ。だけど、ここは⋯⋯?)
ぼんやりとした意識の中、カイザはどこかで横になって眠っていた。場所はわからなかった。
(いけない、早く起きないと。こんなところで寝ている場合じゃない!)
だんだん視界が戻ってくると、目の前に見知った人の姿が見えた。
「タクミ⋯⋯?」
一言つぶやくと、カイザは急に口元を押さえた。いきなりえずき、胃の中身を吐き出す。そしてふたたびベッドに倒れ込んだのだった。
カイザは自身の遮断能力から解放されたものの、極度の疲労により、そのまま意識を失った。数時間の昏睡状態を経て、ふたたび目が覚めたのは深夜だった。
「ここは?」
カイザは見知らぬ家のベッドで寝ていた。周囲を見渡し、状況を確認する。
どうやら、ここはタクミの自宅らしい。
タクミはベッドの隣に置いたイスに座っていた。背もたれに肩を回して頬杖をつき、こっくりこっくりと首を前後に動かしていい夢を見ているようだった。
イスの下にはワンコが体を丸めて眠っている。ワンコがくしゃみをした拍子、タクミの頬杖の手がずれてイスごとうしろに倒れ込んだ。
「うわわ!」
大股開きでひっくり返るタクミ。
ワンコが驚いて跳ね起きる。
「やっと目覚めたんだね、タクミ」
カイザはベッドからはい出し、タクミに手を差し伸べた。
「イテテ⋯⋯。それはオレのセリフだせ。ずっとオマエを見張っていたんだぞ。お陰で寝不足だぜ」
「大丈夫? どこも痛くない?」
「それもオレのセリフだっつーの! まったく、心配させやがって」
時刻は深夜。タクミは付きっきりでカイザの面倒を見ていたようだ。
「寮の門限はとっくに過ぎているぜ。ギンガには連絡を入れてあるから安心しろ。今夜はオレの家に泊まっていけ」
「あ、ありがとう」
「とりあえず、メシでも食えよ」
タクミは用意しておいたミルク味のおかゆを皿に盛った。
カイザはベッドに座っておかゆを食した。食べても食べても満たされず、何度もおかわりをした。
「ふう、ごちそうさま」
「それだけ食えれば安心だぜ。明日には全回復だな」
「ギンガとタクミには頭が上がらないよ」
食事後はまた睡魔に襲われ、ベッドに座ったまま壁にもたれて眠るカイザ。
タクミはカイザの肩に毛布をかけると、上半身をベッドに突っ伏す体勢で一緒になって眠りについた。
七日目の早朝。息苦しさのあまり毛布をどけようとすると、それは毛布ではなくタクミの胸だった。カイザはタクミを横に転がし、ワンコの尾を踏まないように慎重に起きた。
「おい、朝からなにセクハラしているんだよ」
転がされたタクミは、不機嫌そうに目をこする。
「知らないよ。自分が上に乗ってきたんでしょ」
「元々オレの寝床なんだが」
「そんなことより、急いで支度して工房に行かなくちゃ。遅れちゃうよ」
「慌てるな。今日は休みだせ」
「あ、そうだったね」
機島工房は週に一度の休日だった。
「というわけで、オレはこのあと、工房で作った商品の取引先に会う予定だぜ」
「へえ、作業員は休日でも、タクミは休みじゃないんだね」
「オマエは寮に戻って休んでいろよ」
「僕はもう平気さ。今日は対局所のほうを見に行くよ」
カイザはタクミの家を出ると、寮に戻らずそのまま兵頭対局所本店へ向かった。
【二】
「おう、カイザァ。タクミから話は聞いとるでぇ」
「たたた体調は大丈夫なのか?」
対局室に入ると、ギンガとケイマが出迎えてくれた。ケイマは対局室の利用客と練習対局中で、ギンガは審判を務めていた。
対戦相手は黒髪のメガネをかけた少年。ケイマから話を聞いていた本店の代表選手と似ている。
「もう大丈夫だよ。今日は機島工房が休みだから、対局室を見に来たんだ」
「遮断能力は習得できたんかぁ?」
「とりあえずはね。まだ制御できないけど⋯⋯」
「タクミの下で修行とから、ようやるわ。あてやったら絶対ムリやで。半日で逃げるわ」
「ギンガの下で働くよりはマシだよ」
「まあ、制御方法はこれから身につけたらええねん。あては制御どころか発動すらできへんからなぁ」
ギンガはさらりとカイザの皮肉をかわし、なにごともなかったように話を戻した。
これまで、ギンガはクリエイト能力一本でやってきたのだ。感知能力も微弱。それ以外はすべて無能。ギンガに遮断能力は必要ないのかもしれない。
「あ⋯⋯、すいません、ギンガさん。今こんな盤面なんですけど、この場合はこの能力をどう処理したらいいんですか?」
ケイマの対戦相手がギンガの肩をチョンチョンとつつく。
「ほーん、なるほどぉ。その場合は、まずこっちの能力を処理して、その次にこうなってああなって⋯⋯」
審判として説明をこなすギンガ。さすが兵頭対局所の副所長とあって、ルールの解説はお手のものだ。
「ああああ、そういえば、まだお互いに紹介していなかったよな。ここここいつはおでライバルで、兵頭対局所の代表選手・覇田カイザだぜい」
ケイマは思い出したように対戦相手にカイザを紹介した。
「ほんで、こいつは後醍醐ダイゴ。本店の代表選手や」
今度はギンガがカイザに対してダイゴを紹介。
ダイゴは恥ずかしそうに下を向いた。
「あ⋯⋯、よろしくお願いします、カイザさん」
「同い年なんだし、呼び捨てで構わないよ。よろしくね、ダイゴ。君のことはケイマから聞いていたんだ」
カイザは優しく微笑み、手を差し出す。初対面の相手に友好的に振る舞うのはカイザの得意技だ。ただし、相手に問題がある場合は突っかかる悪癖があるが。
ダイゴは友好的に接するべき人物。カイザはそう判断した。
ダイゴは練習対局を一時中断し、カイザと握手を交わした。差し出した右手は弱々しく、カイザに握られるがままだった。
握手会が済むと、ふたたびケイマとの練習対局を再開する。
カイザは対局室を見渡した。奥にはハジメ所長がいる。カードチェス初心者の子どもたちにルールを教えている最中のようだ。
隣には上級所員の腕章を付けた黒髪メガネの少女。ハジメをサポートする役割のようだ。おそらく、彼女は本店のもう一人の代表選手、でー子だろう。ケイマから聞いていたとおりの風貌だ。
カイザはでー子を観察することにした。
背は百五十センチメートルほどで、ギンガが好きそうなタイプだ。たまにギンガのほうをチラチラ見ているようだが、仕事は真面目にやっている。
牛乳瓶の底のような丸メガネに、太めの眉。顔は丸めでぷにぷにの頬。前髪はセンター分け。うしろで束ねて編み込んでいる。いわゆるフィッシュボーンヘアだ。
異様に丈の長いセーターをワンピースのように着こなし、上から白衣を重ね着している。
下はセーターで隠れて見えないが、ホットパンツをはいているのかもしれない。はいていないかもしれない。
続いて、ダイゴ。
でー子と同じく黒髪メガネだが、ダイゴは短髪だ。メガネのレンズは薄く、フレームは四角い。真面目そうな印象だ。
眉は眉頭しか毛がなく、いわゆるまろ眉だ。やや色白で、体格は中肉中背。目は小さく、輝きがない。鼻は低く、メガネがズレては直しを繰り返している。
全体的に覇気がなく、弱々しい。テーブルの角を握りしめ、小動物のように常にキョロキョロと周囲を見渡しながら練習対局に励んでいた。
そんなダイゴを見守るハジメ。所長はダイゴを気にかけているようだ。
だが、ダイゴはカードチェスの腕前だけはそれなりにあるらしい。顔は苦しそうで今にも負けそうな雰囲気だが、実際の盤面は真逆だ。カイザが見たところ、プレイングは粘り強く、執念深い。
とてもつい最近はじめたばかりの初心者には見えないが、それを言ってしまえばカイザも同じだ。ダイゴもまた、カードチェスをやりはじめて覚醒し、あっという間に★×3ランクまで駆け上がったのだろう。
(全然似ていないじゃないか⋯⋯)
カイザはため息をついた。
本店の代表選手ふたりは少し似ているが、性格は違う。ケイマは以前、そう言っていた。だが、カイザが見たところ、でー子とダイゴに似た要素はない。
むしろ、見た目は似ていないが性格は似ているのかもしれない。表面上のテンションでいえば、でー子は高く、ダイゴは低い。だが、根っこの部分に同じものを見つけた。
(でー子ちゃん、ずっとギンガにラブラブ光線を向けているぞ。これは相当執念深いストーカー気質だな⋯⋯)
カイザはでー子と目が会わないように気をつけた。
【三】
「おじゃましますよぉ。ここが兵頭対局所本店の対局室ですかぁ?」
対局室のドアが開く。視線がそちらに集中する。
聞いたことのある声。ゆっくりねっとりとした独特の喋り方。一度しか会ったことがなかったが、カイザはすぐにピンと来た。
上は薄手で短めのキャミソール、下は黒いオムツ一丁で、堂々と対局室へ乱入する。このインパクト、間違えるはずがない。
「新しいお客さんかな? はじめまして、僕は兵頭対局所の所長、兵頭ハジメだよ」
ハジメはイスから立ち上がり、ノソノソと歩いて出迎えた。
「あなたがアユムちゃんのパパさんですねぇ。はじめまして、あたしは秋山対局所の所長、秋山アキラですぅ。うふふふ」
アキラは気持ちの悪い笑みを浮かべ、ハジメの眼前に右手を出した。
「ほう、君があの下摂津七人衆のアキラちゃんか。娘のことを知っているようだね」
警戒しつつ、握手に応じるハジメ所長。
「うふふふ、あたしのことを知っていらっしゃるのですねぇ。ですけど、都の外ではその肩書きは忘れることにしているのですぅ。今のあたしは、単なるいち対局所の所長なんですよぉ」
「それは失礼。では、今度の大会ではお互い敵同士ですね。で、うちの娘とはどこで知り合ったのかな?」
「アユムちゃんとは、瓦礫ノ園で洪水があったあとにお友だちになったんですぅ。お互い★×5ランクなので話も合いますし、意気投合したんですよぉ」
「なるほど、そうだったのか。娘の友人なら歓迎しなくては」
ハジメはひとまずアキラを受け入れたようだ。
ギンガもハジメも★×4ランク止まりで、それより上の世界を知らない。★×5ランク以上のクリエイターは変人ばかりだと知られている。アユムとアキラの年齢差は十四もあるが、共鳴するものがあったのだろう。
「ここでは練習対局しかできませんが、よかったら一局どうですか?」
「遠慮しておきますぅ。それはまた次回のお楽しみということで。実はあたし、人を探しているのですぅ。うちの副所長で代表選手の、天ナゴミちゃんという子なんですけどぉ。こちらに来ていませんかぁ?」
「ナゴミちゃんなら、以前こちらに来てくれましたよ。だけど、今日は見かけていないなぁ」
「はぁ〜、そうですかぁ。ありがとうございますぅ」
アキラはぺこりとお辞儀をした。
ナゴミは以前、ケイマの案内で対局室に来ていた。ケイマの話によると、それ以来ナゴミを見かけていないという。ナゴミがどこでなにをしているのかはまったくわからない。
アキラはしょんぼりと肩を落として帰っていった。
『学園カードチェス』が活動報告に移動したので、次回から本文前書きは登場キャラの紹介コーナーにします。