第二十一話〖遮断能力〗
今回は難産でした。
【一】
クリエイト能力、感知能力、逆感知能力、そして遮断能力。
新時代以降、四種の能力のうち、クリエイト能力だけが重要視されてきた。ほか三種は軽く見られることが多い。
大災厄によって荒廃した世界が再建できたのはクリエイト能力があってこそ。まず最初は水や食料をクリエイトできる能力者が優位となった。
生命の安全が確保できると、次のステージで役に立ったのは⋯⋯またしてもクリエイト能力だ。人が暮らすための建物や、生活に必要な道具、そして武器や兵器系のクリエイターが重宝された。
やがて高ランクのクリエイターたちによる群雄割拠の時代に突入した。各地で小さな国々が興り、王たちがしのぎをけずる。
高ランククリエイターにとって、遮断能力は無意味な力だった。魂の輝きが強すぎるあまり、そもそも隠すことが不可能。クリエイターが希少だった時代は、実力を隠すよりも見せ示すほうが効果的だった。
感知能力もしかり。魂の強い輝きは、感知能力が弱くとも容易に感知できてしまう。強者同士のやりとりに感知能力は不要だ。
逆感知能力もまた軽視されてきた。相手に感知されたからといってどうということはない。むしろ、逆感知能力が敏感すぎるとまともに生活ができなくなる。鈍感であることが、かえって好都合となることもあるのだ。
感知系能力(感知能力と霊視能力の総称)のうち、霊視能力に関してはまだ未知の部分が多い。その存在自体が否定されることもある。自称霊視能力者の大半は胡散臭い連中だった。
霊視能力を警戒して遮断能力を使うより、むしろ堂々とさらしたほうが楽だと考える者のほうが多い。ただし、カイザのような規格外の霊視能力は想定の外だった。
また、霊視能力の強さは生まれ持った素質で決まる。無理に習得しようとするよりも、クリエイト能力を鍛えるほうがはるかに建設的だ。
クリエイト能力と霊視能力を身につけたカイザの次なる目標は、遮断能力だ。
遮断能力は「弱者が身を隠す際に使う能力」というイメージで語られることが多い。非覚醒者および低ランククリエイターは元の魂の輝きが弱いぶん、微弱な遮断能力でも魂の霊波を完全に消すことができる。
クリエイト能力が魂を輝きを強めて知らしめる能力なら、遮断能力は魂を自ら汚してその輝きを隠す能力。一方が陽なら、もう一方は陰。ふたつは光と影のような関係だ。
カイザは準クリエイターとして「陽の力」をじゅうぶんに扱えるようになった。そして今、「陰の力」たる遮断能力を習得するための修行をしていた。
カイザはクローバーの空き地の隅で横たわり、手足を広げて目を閉じた。一時的に自らの顔を汚し、魂を汚し、存在を黒く塗りつぶすようにして無の境地になる。
大地と同化するような感覚。魂の深く深くに沈み込み、内なる世界へと踏み入れる。静寂に包まれた魂の部屋で、自問自答を重ねた。やがて真理が見えてくる。
クリエイト能力。それは、創造主のごとく無から有を生み出す御業。人間界を支配する「王者の力」だ。
一方、遮断能力は人間界から姿をくらます「隠者の力」。
現実にはクリエイト能力ばかりが重視され、遮断能力は軽視されている。だが本来、ふたつの能力に優劣などあるはずがない。左右一対の翼のようなもので、どちらが欠けても駄目なのだ。
【二】
『お前は誰だ?』
魂の内側に宿る大いなる存在が、カイザの魂に直接語りかけてくる。
「僕はカイザ。覇田カイザだ。遮断能力を手に入れたいんだ」
ひるむことなく答えた。
『力には代償が伴うのだぞ』
「それでも僕は手にいれたい。だけど⋯⋯」
カイザの心には迷いがあった。
代償という言葉を聞いて、アユムやアキラの顔がちらついた。彼女たちは★×5ランクのクリエイターになるために大きな代償を背負うことになった。
クリエイト能力以外でも、道を極めるには代償が必要なのだろうか。クリエイト能力と遮断能力の両方を使いこなすことなど、本当に可能なのだろうか。
さらに、カイザは先天的に霊視能力も備えていた。つい最近開花したばかりで、成長途中にある。
クリエイト能力、霊視能力、遮断能力。三種もの能力を使うことでカイザの魂にどのような負担がかかるのか。それは誰にも想像がつかない。それなりのリスクは覚悟しなければならないだろう。
だがそれでも、立ち止まるわけにはいかなかった。カードチェスの大会で優勝しなければならないという目的がある。
母の病を治療してもらうために。デッキの所有権を取り返すために。瓦礫ノ園の名誉を回復するために。代償を怖がっていてはなにも得られない。カイザは覚悟を決めなければならなかった。
『遮断能力とは、世界を遮断し、拒絶する力。お前が世界を拒絶するとき、世界もまたお前を拒絶する』
タクミが同じようなことを言っていた気がする。遮断能力を習得した者には、世界はどのように映っているのだろうか。
「かまわない。僕はすべてを拒絶する」
『ならばもう一度問う。お前は誰だ?』
「僕はカイザ」
『否。お前はもはや誰でもない』
カイザという存在は、周囲からそう認識されているからこそ実在する。世界から拒絶され、誰もカイザを認識できないようになったならば、もはやカイザは存在しないのと同じこと。
『お前は誰だ?』
「僕は⋯⋯誰?」
『お前は誰だ?』
執拗な問いかけが続く。
「僕は、誰でもない存在。ここにあって、ここにある者」
彼は魂の旅を終え、現実世界に帰還した。目を開いて周囲を見渡す。
世界は色を失い、白黒の景色が広がっていた。
何度も見てきたはずの風景が、まったく別のものに見える。
世界は意味を失い、あるがままの姿を表出した。人間はこの世のあらゆるものに名前をつけ、意味づけて認知している。人間側による認知作業がなくなれば、世界はむき出しの姿をあらわすのだ。
たとえば、同じ文字をひたらすら書き続けると、次第にそれがなにを意味する文字かわからなくなり、各部位がバラバラに見えてくる。このような現象が、ありとあらゆるものに対して発生しているのだ。
色も、意味も失った。
彼は自分の名前さえわからなかった。
聴覚や嗅覚、触覚も、今までとはまったく別の感覚に置き換えられる。
彼は意味もわからず歩き始めた。
【三】
タクミはカイザをクローバーの空き地に置き去りにして、機島工房に戻っていた。作業員が帰ったあとの工房で、愛犬のワンコとたわむれながらカイザの帰りを待つ。
「アイツ、いつ音を上げるか見ものだぜ。そう簡単に遮断能力が身につけられるかよ。オレは一年近くかけて独学で遮断能力を身につけたんだ。コツを教えてもらいながらでも、数ヶ月はかかるはずだぜ。大会には間に合うはずがねえ」
機械をいじりながら、感知能力を発動させる。
タクミには、微弱ながら霊視能力があった。相手の体に触れている間、相手の年齢、性別、最大霊力、残存霊力を知ることができる。
カイザにはじめて会ったあの日、タクミは霊視能力を使ってカイザの性別を見破った。握手をするまでは女の子だと思い込んでいたが、それはタクミの思い込みだった。
カイザが先に霊視能力を使ってきたので、タクミは遮断能力で対抗した。さらに握手時の接触を利用して霊視能力を発動させたのだ。
霊視能力だけでいえば、タクミよりもカイザのほうがはるかに強力だ。最大霊力を見抜くだけなら、わざわざ霊視能力を使わずとも感知能力だけでじゅうぶんだ。
触れられない相手に対してタクミの霊視能力の出番はない。霊視能力は、もっぱら年齢と性別を当てる特技と化していた。だから、普段は霊視能力をほとんど使用せず、かわりに感知能力をフル活用しているのだ。
タクミが感知能力を最大限に活用した場合、工房にいながらにしてクローバーの空き地に存在する人間の最大霊力を把握することができる。
タクミの実力では複数人を対象にすることはできないが、カイザひとりに絞れば離れていても感じられる。
「⋯⋯マジかよ! アイツ、やりやがったな。オレの秘伝の技がこんな短時間で習得されるとは、恐れ入ったぜ」
カイザの霊力がみるみる下がっていくのを感じ取った。ついには完全に反応が消え、生死さえも不明になる。
「いや、もしかしたらアイツの身になにかあったのかもしれねえ」
タクミは慌てて工房から飛び出した。霊力消失の原因がカイザの遮断能力でないとするならば、いきなり死んだとしか考えられない。
クローバーの空き地に通じる道を全速力で走り抜ける。しばらく走っていると、反対側からカイザが向かってくるのを発見した。
「見かけ上の霊力はゼロ。完全遮断かよ。アイツ、いきなり無茶しすぎだぜ」
見たところ、カイザは自分の能力を制御できていない様子だった。うつろな目で、意味もなくフラフラと歩いている。まるで酔っ払いだ。どうやら、カイザは遮断能力の解除方法がわからないらしい。
遮断能力の発動には霊力を必要としない。だから、集中力が続く限り、いつまでも遮断状態を維持することができる。
とはいえ、通常は数分で限界がくる。もって数時間、熟練者が頑張っても数日程度だ。カイザは精神力を消耗しなが、魂の限界まで遮断能力を発動しつづけた。
「あ、ありえねえぜ」
タクミからしても想定外の現象だった。すぐさまカイザの元へ駆け寄る。
その瞬間、カイザは意識を失った。
「おい、しっかりしろよ! カイザ、カイザ!」
カイザの細い体を抱きとめ、大声で呼びかける。だが、反応はない。ぴくりとも動かない。
カイザは熱を出していた。顔は火照り、冷や汗でびっしょり。
タクミはカイザを背負い、すぐ近くにある自分の家まで運んだ。ベッドに横たえさせ、休息させる。
しばらく看病を続けているうちに、カイザは目を覚ました。うめき声をあげて頭を押さえる。震える指先。
「タクミ⋯⋯?」
一言つぶやくと、カイザは急に口元を押さえた。いきなりえずき、胃の中身を吐き出す。そしてふたたびベッドに倒れ込んだのだった。