第十七話〖最終戦争〗
『学園カードチェス』前回までのあらすじィ!(勢い任せ)
「銀河お嬢様は、この僕が命に替えてもお守りします!」
前田桂馬君は、学園のアイドル・白銀銀河ちゃんのクラスメイトでもあり、執事兼ボディガードでもあった。
銀河ちゃんがアイドル部の存亡を賭けてTCG研究部にひとりで向かったと知った桂馬君。
急いで銀河ちゃんを追いかけるが、目の前に敵が立ち塞がる。
それは、かつて学園一の不良と知られていた問題児・覇田帝君だった⋯⋯。
※この前書きはジョークです。本編とはいっさい関係ありません。
【一】
「ううー、負けたやでー。悔しいやでー」
でー子はガクンと肩を落とし、背中を丸めた。衝撃で丸メガネがズレ落ちる。
「ややややったぜい! ももももう馬の骨とは呼ばせない。ややや約束どおり、これからは『ケイマさん』か『ケイマ先輩』と呼んでもらうぜい」
勝利の余韻に浸るケイマ。誇らしげな顔ででー子の顔をビシッと指差す。
「ふえーん、ギンガお姉様ー!」
でー子はケイマを無視して立ち上がった。テーブルを回ってケイマの背後を抜け、泣きながらギンガの胸に飛び込む。
「よっしゃ! よくやったでぇ、ケイマ」
ガッツポーズを決めるギンガ。自分が対局して勝ったわけでもないのに、なぜか一番喜んでいた。
でー子の頭をなでて慰めつつ、ケイマにねぎらいの言葉をかける。
「喜ぶのはまだ早いよ。本番は二週間後だからね」
ハジメは一瞬だけ苦い顔をしたが、すぐに余裕の笑みを浮かべた。
ケイマとでー子の戦いは、ギンガとハジメの代理戦争でもあった。対局所の威信を賭けた戦いはギンガの勝利に終わったが、そこで引き下がるハジメではない。
「でー子のかたきは僕が討とう」
ハジメはデッキを取り出した。
「その余裕そうな満面の笑み、アユムそっくりなぁ」
「そりゃあ親子だからね。ギンガちゃんこそ、なにか企んでいるような悪い笑みが素敵だよ」
「その皮肉、あてにとっては褒め言葉やでぇ。あてと対局しやがれ!」
「掛け声は僕が先に言おうとしたんだけれど。お互い、考えていることは同じのようだね」
ギンガは無言ででー子を引き離し、ケイマと席を交代した。ハジメも席を横にスライドし、ふたたびギンガと対面する。
ギンガとハジメ。ふたりは共に★×4ランクのクリエイターで、対局所の経営者だ。
実力はハジメのほうが上だが、差はわずか。今までの戦績を総合すると、ギンガの勝率は四割七分。ハジメは五割三分。どちらが勝つかは、実際に対局しなければわからない。
「今日のあては絶好調なんや。負けへんでぇ!」
「良かったよ。ちょうどいいタイミングで帰ってきたんだね。相手が最高のコンディションでなければ、こちらもやる気が起こらない。お互い、全力を出し切ろう」
「望むところや。絶好調の日にハジメパパと対局して負けたんは、合計三回だけ。今日に限れば、勝率八割や!」
「では、今回の対局で四個目の白星をいただくよ。明日以降のよわよわギンガちゃんから取った白星じゃあ価値がないからね」
ギンガとハジメは、でー子とケイマそっちのけで真剣勝負を繰り広げた。気がつけば対局室の利用客たちがふたりのテーブルを取り囲み、対局を見に来ていた。
「ハジメ所長が対局をはじめたぞ!」
「スゲェ、本当だぜ。相手は誰だ? どっちが勝つんだ?」
「ハジメ所長が勝つに決まっているだろ!」
どちらが勝つかを予想する外野連中。対局室での賭博行為はご法度だが、ふたりの高度な対局は観戦しているだけでもじゅうぶんに面白い。
騒いでいた連中も対局がはじまれば静まり返り、かたずを飲んで見守った。
「お手柔らかに、よろしくお願いしますね。⋯⋯あ!」
「よろしくお願いしますぅ。おっと、間違えとるやんけ!」
両者とも、左手を出して握手した。練習対局をするつもりが、誤って対局空間を展開してしまう。お互い熱が入りすぎて、すっかり忘れていたのだ。
「やれやれやでー。ふたりとも、なにやっているんだかやでー。所長が対局室のルールを破ってどうするのやでー。真剣対局なら、クリエイトスペースか裏でやれやでー」
でー子は左右の手のひらを上にしてため息をついた。
【二】
「ヒャッハー! 〔マシンガン〕、〔サブマシンガン〕、〔アサルトライフル〕で攻撃、攻撃、攻撃ィ!
まだまだ、こんなんじゃ物足りねえなァ。乱射パーティーのはじまりだぜェ!」
兵頭ハジメは擬人化された銃火器の味方駒に狙撃を命じた。灰色の髪を逆立て、荒っぽい口調で暴れ回る。普段は温厚な所長だが、ひとたび対局空間に入ると人格が変わってしまうのだ。
「ちょっと攻撃が単調すぎるんちゃうかぁ、ハジメパパ。次はあての手番や。反撃させてもらうでぇ」
ギンガは片眼鏡のズレを直し、縦長の愛用デッキケースからカードを引いた。
ハジメのデッキは、銃火器や戦車などをモチーフとした攻撃的な人工物デッキだ。一方で、ギンガは幕末の人物を美少女化した人工物デッキを使用。
ゴテゴテの近代兵器軍団に、刀一本で立ち向かう美少女たちという構図だ。
「〔吉田松陰〕の出現時能力を発動するでぇ! 山札から中級駒札を三枚選んで捨てる。あてが選んだカードは、三枚とも〔高杉晋作〕や」
ギンガは号数違いの準同名カードを三枚まとめて捨札へとドロップした。
単に捨札を増やすだけでは、場になんの影響もない。〔吉田松陰〕の能力は、ほかのカードとのコンボが前提となっている。
だがギンガのデッキには、カイザのローマ皇帝デッキのような、捨札のカードを消札にすることで発動するカードは存在しない。カイザとは異なるタイプの捨札利用をおこなう作戦だ。
「あての必殺技は、終盤のお楽しみや。今は捨札を肥やさせてもらうでぇ」
「悠長なことを言ってられるのは今のうちだけだァ。マシンガンコンボで手札をズタズタにしてやるぜェ、ギンガちゃぁん! ふたたび〔マシンガン〕、〔サブマシンガン〕、〔アサルトライフル〕で攻撃だァ。ヒャッハー! まだまだ満足できねえぞォ。弾幕の雨を降らせてやるぜェ。戦闘で相手駒を破壊したことで、それぞれの能力が発動する!」
ハジメが操る銃火器駒の能力は、戦闘で相手駒を破壊することで発動する。〔マシンガン〕は手札破壊、〔サブマシンガン〕は手札二枚破壊、〔アサルトライフル〕は相手親札に直接一点ダメージだ。
「食らいやがれェ。オラオラオラオラァ!」
「なかなかやるやんけ、ハジメパパ」
ギンガは手札五枚のうち三枚を捨て、さらに一点の直接ダメージを受けた。
「どうだァ? ワンターンスリーハンデスはキツいだルォ?」
「想定済みやわ、へーきへーき。手札はまだ二枚もあるやんけ」
ハンデスとは、ハンドデストラクション(手札破壊)の略。手札を捨てさせることの俗称だ。
ギンガのデッキは、出力四から六点の中級駒札を運用することを得意とする。
〔久坂玄瑞〕など、山札から中級駒を直接手札に加えるサーチ能力を活用し、山札と手札のネットワークを構築。手札を途切れさせないプレイングを実現する。
好きなタイミングで好きなカードをサーチして対局の展開を操るという、相当テクニカルなデッキだ。
だが、肝心の手札が尽きてしまえば、ネットワークが途切れてしまう。といっても、普通は恐れることはない。並の手札破壊程度では、サーチ能力が高すぎて手札を狩り尽くすことができないからだ。
下手な手札破壊はしないほうがマシだ。手札破壊は、手札をすべて捨てさせて相手の選択肢を奪うことに意味がある。ギンガの中級駒札サーチネットワークを相手に手札破壊は不利だといえる。
が、今回は事情が違う。一手番中に一気に三枚も手札を捨てるのは前代未聞。さすがにサーチが追いつかない。また次も三枚ハンデスを受けたら、今度こそ手札が尽きてしまうだろう。
ギンガは逃げに徹した。味方駒を安全なところへ逃し、かわりに自分自身が身を乗り出す。
ハジメの銃火器シリーズは、相手駒を戦闘で破壊しなければ能力は発動しない。つまり、ギンガからすれば、駒を攻撃されなければ、なにをされても問題ないのだ。
開き直って敵前に身をさらすギンガ。親札が攻撃されても、銃火器駒の能力は発動しない。
「挑発のつもりかァ? 次の俺の手番で大量失点は覚悟しておけよォ、オラァ!」
「ほーん、直接攻撃もするんかいな。てっきり、〔アサルトライフル〕の直接ダメージ能力で、あてと直接刃を交えずにチマチマ点を稼ぐもんやと思うとったわ」
「せっかく敵がノコノコ前に出てきたのに、ハチの巣にしてやらねえわけにはいかねえだルルォ! 直接攻撃四連打ァ! ⋯⋯と言いたいところだが、その手には乗らねえぜェ。俺の駒どもは直接攻撃をせず、空塁へ移動させるゥ」
盤面さえ取れば、直接攻撃などあとでいくらでもできる。ハジメは銃火器駒の能力を活用するために、できるだけ多くの戦闘をおこなう必要があった。
そのために、まずは〔マシンガン〕を敵のコロニーに突っ込ませる。この手番では戦闘は発生しない。次の手番が勝負だ。
「なんや、やっぱりあてとやり合うんが怖いんかぁ?」
「挑発には乗らねえぜェ。だが、やり合わないとは言っていないィ。味方親札で相手親札に直接攻撃だぜェ!」
ハジメは隣接するギンガのいる塁に飛び込み、強烈なタックルをお見舞いした。さらに、岩のようなこぶしをギンガの腹に叩き込む。
「手番終了ゥ。これが現実世界なら、内臓がつぶれて死んでいたぜェ」
「あての手番やなぁ。ほんなら、直接攻撃返しやクルルァ!」
対局空間でも現実と同じ痛みを受けるが、身体ダメージはすぐに回復する。ギンガはケロッと起き上がり、今度はハジメのいる塁へ駆け込んで反撃した。
ギンガは恐るべき腕力でハジメをヒョイと持ち上げた。
ふたりの身長は同程度だが、ハジメはクマのようなガッチリ体型だ。対して、ギンガはかなりの細身。普通ならハジメを持ち上げることなどできそうもないが、元裏組織のギンガは鍛え方が違う。
上下逆さまでハジメを持ち上げたギンガ。そのまま空中でハジメの頭を太ももに挟み、垂直に叩き落として脳天杭打ちを決めた。
「これが現実世界やったら、頸椎損傷で死んどったでぇ!」
【三】
ギンガからすれば、味方駒で〔マシンガン〕を攻撃すればタダ取りできる。ハジメからすれば、取られる前提の捨て駒だった。
この捨て駒を取ってしまうと、後方にひかえる銃火器軍団から反撃を受けることになる。ギンガは目の前のエサに目もくれず、駒を撤退させた。
親札同士は互いに一歩も譲らず、数手番連続で殴り合いが続いた。
一方、駒の戦闘はほとんど発生しなかたった。盤面をグルグル回って追いかけっこを繰り広げている。ハジメの駒は、相手親札を直接攻撃できる状況でも無視して執拗にギンガの駒を追いかけた。
が、そんな状況も長くは持たない。ある程度頭数がそろってくると、駒の利き(行動範囲)が増えて逃げ場がなくなっていく。
やむなく、取って取られての激しい応酬戦がはじまった。そうなってくると、ハジメの思うつぼ。銃火器軍団の戦闘破壊誘発がさく裂する。ギンガはあっという間に手札をすべて撃ち抜かれてしまった。
最終戦争の末、互いに盤面はスッカラカン。ギンガは手札もスッカラカン。ハジメは手札を二枚残していたが、次の次の手番あたりで尽きるのは必然。泥沼の対局となった。
後手第十七手番。終局まで、あとわずか。手番数のリミットは、後手第二十手番終了時だ。そこで対局は強制終了となり、親札体力が多いほうが勝ちとなる。
親札体力はハジメが優勢。直接ダメージで削ったぶんが効いている。ギンガには分が悪い。
「さあ、あての手番やでぇ。手札ゼロ、盤面ゼロ。親札体力でも劣勢と来たか。引き運は自信あらへんけど、このドローに賭けんと道はない。ほんなら、行くでぇ!」
最後の一太刀。ギンガは刀を抜くような仕草で、腰のデッキケースからカードを一枚引いた。
「よっしゃ! やっと来たかぁ、四枚目の〔高杉晋作〕や。もうちょっと早う来てくれとったら、余裕を持って勝てとったはずやねんけどなぁ。やっぱりカイザみたいな引き運はあらへんわ。まあ、こんなギリギリになるんも、あてらしいっちゃあ、あてらしいかな」
〔高杉晋作〕は、出現時に捨札の中級駒札を手札に回収する能力を持つ。ギンガが回収するのは、事前に〔吉田松陰〕の能力で捨てておいた別の〔高杉晋作〕。回収ループコンボが始動した。
会心の一手。ギンガはハジメを包囲するように駒を展開した。
「なにィ、手札一枚からの三体連続出現だとォ!」
「しかもビックリ、手札はまだ一枚残っとる。使ったのに、減っとらんのや」
今度はハジメの手札が尽きる番だった。ギンガの展開力についていけず、戦線が崩壊してしまう。
最後の意地でギンガの駒を全滅させたが、次の手番でまた手札一枚から復活させられてしまう。これが回収ループコンボの恐ろしさだ。
ギンガは盤面の制圧を完了した。だが、ハジメの体力を削り切るには手番数が足りなかった。
後手第二十手番のリミットに到達。互いに親札体力は四点。同点でリミットを迎えた場合、後手の勝利となるのがカードチェスのルールだ。つまり⋯⋯。
「やったでぇ。十五点は削り切られへんかったけど、とりあえずあての勝ちや!」
ギンガは塁に倒れ込む。大の字になった状態で対局空間から離脱し、気づけば対局室で寝転がっていた。
だがハジメ所長は⋯⋯弾けた。
対局空間に入るなり、いきなりキャラが変わってしまったハジメパパ。
カードチェス世界には、もっとブッ飛んだクリエイターがたくさんいます。あれでも相対的に常識人ポジションです。
それにしても、前書きの学園カードチェスでもキャラ崩壊がひどいですね。
あれは名前だけ似た別人なので、本編のキャラとはなんの関係もありません。