第十六話〖代理戦争(後編)〗
『学園カードチェス』前回までのあらすじ!(適当)
生徒会と書いてジャッジメントと読む!
学園一の不良・覇田帝君は、生徒会長の歩ちゃんに敗北。強制入部させられたTCG研究部にて、部長の機島卓美ちゃんと運命的な出会いを果たす。
更生を決意した帝君。だが、新たな敵が立ちふさがる⋯⋯。
※この前書きはジョークです。本編とはいっさい関係ありません。
【一】
「ででででめえもギンガ姉さんのことが好きなんだな?」
唐突に、ケイマはでー子に質問をぶつけた。
「そ、それは直球すぎるやでー」
でー子の目が泳ぐ。
「どどどどうなんだよ?」
顔を近づけ、再度でー子を問いただすケイマ。当のギンガが目の前にいることなどまったく考慮していない。
ケイマの長所は率直で飾らないところだが、あまりにもストレートな物言いで周囲を困らせることが多々あった。しかも、ケイマ本人は無自覚なので、なおタチが悪い。
「そ、そうよやでー。なにか文句でもある? やでー」
ゆでダコのように顔を真っ赤にして、早口で答えるでー子。
「ややややっぱりそうだったのか。じじじ実は、おでもなんだぜい。おおおおでたちはライバルだな」
「そんなこと、わざわざここで言わなくてもわかっているわよやでー」
「だだだだけどよう、おではもうギンガ姉さんと約束しているんだ」
「な、なんですって! やでー」
「ににに二週間後の公式大会本戦でおでが優勝したら、ギンガ姉さんと付き合うことになっているんだぜい」
「ウ、ウソでしょう! やでー。ギンガお姉さま、そんな約束なんてした覚えないって言ってよやでー」
でー子は動揺を隠しきれず、ギンガのほうを見てワントーン高い声で言った。
「それが、あてにもわからんのやなぁ。そんな約束なんてした覚えが、あるような、ないような⋯⋯。もしかしたら、勢いで雑に承諾したんかもしれへんわ。まあどっちにしろ、優勝できたらの話やけどなぁ」
ギンガは片眼鏡に指をかけ、いつものようにヘラヘラ笑いながら言った。ケイマとでー子を手玉に取り、まるで他人事のようにふたりを眺めていた。
「覚えがあるかないかわからないっていうことは、覚えがないっていうことと同じやでー。そんな約束、撤回するべきやでー」
「いや、あてに二言はない。一言目があったかどうかは知らんけど。ケイマを優勝させたくないんやったら、でー子、あんたが優勝すればええやんけ。それとも、本店組の代表選手様は優勝する自信がないんかぁ? ベスト十六位くらいで満足なんかぁ?」
「そ、そんなことないやでー。うちがこの手で、この馬の骨を叩き割ってやるやでー」
「ほーん。ほんなら、この練習対局くらい余裕で勝てるわなぁ。練習ですら勝たれへんのに、本戦で都合よく勝てるわけあらへんやろぉ」
「あ、あたりまえよやでー」
こうして、でー子はまんまとギンガの口車に乗せられたのだった。
【二】
「おおおおでの手番だぜい。みみみ味方駒を移動させてから、〔サラブレッド〕を出現させて手番終了だぜい」
「うちは〔夏目漱石〕を出現させて手番終了やでー」
「いいいいでよ、〔スタンダードブレッド〕!」
「だったら、お次は〔森鴎外〕やでー」
「みみみ〔宮古馬〕!」
「〔二葉亭四迷〕やでー!」
交互に駒を出して盤面を埋めていくケイマとでー子。場に緊張が走る。一見すると落ち着いた盤面に見えるが、水面下では激しい火花が散っているのだ。
ふたりは対局に夢中だった。もはや、ギンガやハジメの姿は見えていない。そこはふたりだけの世界だった。一見すると仲良くカードチェスをしているように見えるが、内面では激しく対立しあっているのだ。
でー子は相手駒が突っ込んで来るのを待っていた。しびれを切らして先に仕掛けたのはケイマだった。
「サササ〔サラブレッド〕で、攻撃するぜい! さささ最初に盤面に出していた〔芥川龍之介〕を粉砕だぁ!」
「やれやれ、やっと攻撃してきたやでー」
「ささささらに、〔スタンダードブレッド〕と〔宮古馬〕を移動させるぜい」
「『さささ』が多すぎやでー」
「ししし仕方ねえだろ。すすす好きでやっているわけじゃねえんだからよう。せせせ先天的なものなんだよ。そそそそれより、でめえの心配をしたらどうなんだ?」
ケイマの計算では、先に突っ込だ〔サラブレッド〕はもう助からない。次のでー子の手番で、でー子は〔芥川龍之介〕の損失ぶんを取り返しに攻撃して来るはずだ。
だが、みすみす反撃を許すケイマではない。バックに控えた〔スタンダードブレッド〕と〔宮古馬〕が反撃の反撃を狙って待ち構えている。
「心配? それはこっちのセリフやでー。うちの手番、まずは〔夏目漱石〕と〔森鴎外〕を移動させるやでー」
でー子は〔サラブレッド〕に攻撃を仕掛けず、一歩手前の隣接位置でストップした。
「ええええ、攻撃するんじゃねえのかよ?」
「おたくみたいな馬の骨と一緒にしないでやでー」
「なななな、なんだと!」
「バカみたいに特攻しても、次の手番で結果は見えているじゃないやでー。うちはそんなことはしないのやでー。ここで、二枚目の〔芥川龍之介〕を出すやでー」
でー子は号数違いの〔芥川龍之介〕を登場させた。場所は、〔夏目漱石〕と〔森鴎外〕の間。ちょうど二体両方に隣接する位置どりだ。
「この瞬間、うちの〔夏目漱石〕と〔森鴎外〕が能力が誘発されるやでー」
『書き換え』
味方駒出現:自身隣接;(1手番1回)
山札の上からカードを[0]枚めくり、3枚選んで手札に加える。
『書き換え』
味方駒出現:自身隣接;(1手番1回)
自身に隣接する相手駒を[0]体選んで♡体力をマイナス2点する。
ひとつめが〔夏目漱石〕の、ふたつめが〔森鴎外〕の能力テキストだ。
第一段落に共通する『書き換え』という単語は、ワンフレーズ能力だ。その一語だけで特定の能力をあらわす。
第二段落も共通している。日本語訳すると、「自分の手番に一度、この駒に隣接する空塁に味方駒が出現したときに発動する」という意味になる。
「ちょちょちょちょっと待ってくれよう。ややや山札の上からカードをゼロ枚めくって三枚選ぶだと? ゼゼゼゼロ体の駒に二点ダメージだと? あああ頭がおかしくなりそうだぜい」
「慌てない慌てないやでー。まずは出現駒の〔芥川龍之介〕の能力から処理するやでー。そのあと、発動条件を満たした二体の味方駒のうち、先に場に出ていた〔夏目漱石〕の能力を発動させる。で、最後が〔森鴎外〕やでー」
能力が同時に発動する場合、まずは出した直後のカードの能力が最優先で処理される。今回の場合は〔芥川龍之介〕だ。
その次は、表側の領域に存在するカードのうち、より古くから存在していたカードの能力から順に処理される。つまり、優先順位は〔夏目漱石〕、〔森鴎外〕、〔二葉亭四迷〕だ。
(今回の例では、〔二葉亭四迷〕は能力の発動条件を満たしていないので関係ない。だが、仮に発動条件を満たしていたならば、最後に処理をすることになっていた)
中級者向けの複雑なルールだが、対局空間では自動的に処理される。
「というわけで、まずは〔芥川龍之介〕の能力を発動させるやでー。ちなみに、最初に出したほうの〔芥川龍之介〕は、場に『書き換え』能力を持った駒がいなかったから、能力は不発だったやでー。だけど、今回は発動させてもらうわよやでー」
でー子は意気揚々とカードの説明をした。
「自身登場時、自身に隣接する『書き換え』を持つ味方駒を二体選んで、テキストを書き換えるやでー。角カッコ内の数字をひとつ進めるやでー」
「かかか書き換えだとぉ? そそそそんな能力があったのか!」
「真の文豪は、カードテキストすら自ら執筆するものなのよやでー」
『書き換え』
味方駒出現:自身隣接;(1手番1回)
山札の上からカードを[0→1]枚めくり、3枚選んで手札に加える。
『書き換え』
味方駒出現:自身隣接;(1手番1回)
自身に隣接する相手駒を[0→1]体選んで♡体力をマイナス2点する。
書き換えられた〔夏目漱石〕の能力により、でー子は山札の上から一枚めくる。一枚の中から三枚を選ぶことはできない。めくったカードをそのまま手札に加えた。
カードの能力のうち、できないことは処理せず、できることだけを処理するのがカードチェスの基本ルールだ。
たとえば、相手駒を二体選んでダメージを与える能力が発動したとき。場に相手駒が一体しか存在しない場合は、その一体にのみダメージを与える。
(二体以上存在する場合、ダメージの発生源が強制能力ならば必ず二体を選ばなければならない。任意能力をのぞいて、できることは必ず処理しなければならないのも基本ルールのひとつ)
〔森鴎外〕の能力により、ケイマの〔サラブレッド〕に二点ダメージを与えて撃破。
「おおおおでの手の内を読みやがったのか!」
仮に〔サラブレッド〕を戦闘によって倒していたならば、その攻撃駒は〔サラブレッド〕がいる塁に移動しなければならなかっただろう。
そうすれば、次の手番でケイマは〔スタンダードブレッド〕と〔宮古馬〕のダブルアタックで確実に仕留めていたはずだ。
だが、でー子はダメージ能力によって〔サラブレッド〕を破壊した。反撃を食らわない位置取りに味方駒を配置して、守りと攻めを両立したのだ。
ケイマは駒をタダ取りされたも同然だ。反撃の反撃作戦は崩壊した。対局はでー子が一歩リードだ。
「ななななかなかやるじゃねえかよ。ししし仕切り直しだぜい!」
ケイマは気持ちを入れ替え、新たな作戦を練り直すことに決めた。
【三】
カイザとタクミが決闘していたとき、ケイマはただ黙って見ていたわけではなかった。ふたりのデッキを観察し、その仕組みや攻略法を無意識に考えていた。それがカードチェスプレイヤーの本能なのだ。
カイザのデッキは、出力七点以上の駒札を山札から捨てる能力を持つカード群Aと、捨札にある出力七点以上の駒札を消札に送ることで発動する技札群Bの組み合わせ。
タクミのデッキは、自身が場に存在する状態で味方駒の能力によってドローしたときに誘発する能力を持つ駒札群Aと、なんらかの方法でドローする能力を持つ駒札群Bの組み合わせ。
どんなカードでも、それ単体で無条件に強いものは存在しない。能力やスタッツが強いカードほど、コストが重かったり、発動条件が厳しかったりするものだ。
単体では貧弱なカード同士を組み合わせて大きな力を発揮することを、コンボという。
カードのコンボは、凹と凸の組み合わせ。カイザのにしても、タクミにしても、二種類のタイプの異なるカードを駆使して戦うデッキだ。
一方、ケイマのデッキは、複雑なコンボよりも攻めを重視する。『跳躍』や『屈折』といったワンフレーズ能力を駆使し、トリッキーな動きで相手の意表を突くスタイルだ。
ケイマのデッキなら、終盤に差しかかる前に速攻で相手の駒を討ち取り、相手親札を包囲して瞬殺することも可能だ。相手になにかさせる暇さえ与えず、あっという間に制圧する力がある。
逆に、相手に粘られて終盤まで持ちこたえられた場合は勝率がガクンと下がる。盤面も手札も枯渇し、待っているのは緩慢な死。終盤に大型駒を連打するカイザのデッキとは正反対だ。
ケイマのデッキを無理やりコンボデッキに当てはめるとするならば、高い動力を備えた駒群Aと、それらにワンフレーズ能力を付与するカード群Bの組み合わせだ。
ただし、B群の駒札は自身にワンフレーズ能力を付与することもできる。あるいは元々備わっていることある。その場合はコンボではなく、単体の力で活用することが多い。
でー子のデッキは、カイザやタクミのデッキに似たコンボ系統。それも、かなり複雑なタイプだ。
『書き換え』のワンフレーズ能力を持つ駒札群Aと、そのテキストを書き換えるカード群B。
駒札群Aは、味方駒が自身に隣接して出現したときに発動するタイプが多い。カード群Bは駒札の場合、自身の出現時に自身に隣接する味方駒を書き換えるタイプが多い。
A群が場に存在する状態でB群をとなりに出し、B群の出現時能力でA群のテキストを書き換える。そうすることでA群は即座に発動条件を満たし、能力を発動。後続のB群を次々と投入することで、A群の能力はどんどん強化されていくという寸法だ。
テキスト書き換えと隣接出現。歯車が二重に噛み合っているような複雑なデッキだ。
A群とB群は、単体では完全に無能。共依存的な関係にある。ケイマはそこに攻略法があるとにらんだ。
カイザとタクミの決闘では、カイザはひとつの解決策を提示した。タクミのコンボパーツのうち片方を完全につぶすことで、デッキを機能不全に陥らせたのだ。
カイザの解決法が上手くいったのは、場に居座ってドロー誘発で能力を発揮する駒札群Aの出力が高かったからだ。支払うコストが大きいので、そう簡単には出すことができない。
さらに、タクミは戦いに熱中するあまり、駒札群Aを守らなかった。カイザの勝利は当然といえる。
だが、でー子にその作戦は上手くいかないようだ。でー子は慎重に駒の配置を考慮し、戦闘を介さずにダメージ能力だけでケイマの駒を処理している。
『書き換え』を持つでー子の駒は、書き換えが進むほどに強化されてしまう。ケイマとしては早く処理をしたかったが、そうはさせてくれない。
X枚めくって三枚を手札に加える〔夏目漱石〕は、最大で三枚のカードアドバンテージを一度に得られる。Xが三以上になれば、手札に加えられるカードの選択肢が増えるだけで、枚数自体は変わらない。
〔森鴎外〕にしても、ダメージ量自体は二点で変わらない。テキスト書き換えを繰り返しても、無制限に強くなるわけではないのだ。
ケイマは、ある程度は相手のコンボパーツを場に居座らせること許すことにした。カイザのように神経質にひとつひとつつぶしていては、ケイマのほうが息切れしてしまう。
それよりもケイマが注目したのは、もう一方のコンボパーツ。書き換える側、B群のカードだった。
カードチェスにおいて、手札は資源。限りがある。
A群をいくらつぶしても、ドローで一枚引かれてしまえば、それを複数のB群で書き換えて強化されてしまう。だったら、B群のほうを枯渇させてしまえばいいのではないか。ケイマはそう考えた。
ケイマはわざと味方駒を犠牲にして敵に特攻をしたりした。
でー子はケイマの行動を見て、ついに自暴自棄になったのかと勘違いした。だが、そうではなかった。B群のカードを「あえて打たせる(使わせる)」作戦だったのだ。
でー子は気づかないうちに手札のB群のカードを使い切っていた。
「し、しまったやでー!」
「ややややっとおでの作戦に気づいたようだな。だが、もう遅いぜい!」
ケイマはついに攻勢に出た。序盤速攻型のケイマにはめずらしく、最初は耐えてあとで攻めるパターンとなった。ケイマは新たなことを学んだのだ。
無能と化したA群の相手駒を、畳み掛けるように攻め立てる。攻撃側に回ったケイマは強い。でー子は「安全」な位置に味方駒を置いていたが、ケイマにそんな常識は通用しない。
「ひひひ飛翔せよ、〔ペガサス〕!」
暴れ馬の跳躍乱舞。盤面制圧は一瞬だった。
こうして、ケイマはでー子との戦いに勝利。対局所二店の代表選手による代理戦争は、ギンガの計算どおりに終わった。
さささ、ししし、すすす、せせせ、そそそ、頭がおかしくなりそうだぜい!
真の文豪は、カードテキストすら自ら執筆する!
⋯⋯なぜか迷言が多いケイマパート(今回は真面目な対局回です)
でー子の使用デッキは作中屈指の複雑さです。
デッキの仕組みはむずかしくても、なんとなく対局の雰囲気が伝わればOK、という想いで書き切りました。
テキスト書き換え能力を実際のカードにするのはむずかしいだろうな⋯⋯。