第十四話〖本店の代表選手〗
今回からケイマ&ギンガの本店パートが始まります。
カイザ&タクミの工房パートはしばらくお休みです。
学園カードチェスの続きはまた次回。
【一】
兵頭対局所本店。地上階、対局室にて。単に対局室といえば、普通は表の対局室を指す。わざわざ「表対局室」という言い回しをする場合、裏もあると暗に示していることになる。
少年がビクビク肩を震わせている。トレードマークの四角い黒縁メガネがズレるたびに、慌てて低い鼻面を押さえた。もう片方の手は机の端を固く握りしめる。
「ダイゴさんの手番だよ。早くカードを引きなよ」
「あ⋯⋯、すみません」
少年はぎこちない手つきで山札からカードを引いた。彼の名は後醍醐ダイゴ。対局室の一般利用客だ。
「あ⋯⋯、このカードを発動してもいいですか」
ダイゴは不安そうな顔で手札からカードを選んだ。
「いちいち許可を取らなくても大丈夫だよ。堂々とハッキリした声で発動を宣言すればいい」
ダイゴの対戦相手は本店対局室の常連だ。新参者のダイゴに先輩面をしている。
「あ⋯⋯、では発動しますね」
ダイゴはカードを表に向けた。
「おいおいウソだろ! このタイミングでそいつを引いたのか。俺の負けだよ、投了です」
先輩常連客は手札を机に置き、天を仰いだ。
「あ⋯⋯、いや、たまたまですよ。今回は運が良かっただけです。このカードを引けなかったら、ボクの負けでしたよ。だから、もう一局やりましょう」
照れ隠しに黒髪をかきつつ、鼻面を押さえるようにしてメガネのズレを直した。
ダイゴは初心者だった。プレイングも下手で、対局中に何度も小さなミスを犯していた。だが、その後の立ち回りでミスをカバーし、きわどくも勝利を収めたのだった。こんなことが日に何度もあった。
不思議と大きなミスはない。終盤の粘り強さは神がかっており、最後まであきらめないのがダイゴの取り柄だった。⋯⋯と思ったら、次の対局ではいきなり大きなミスをやらかし、先輩常連客に完敗した。
所長の兵頭ハジメは、対局室の奥に座って一般利用客にカードチェスを教えていた。小さな子どもたちにルールを説明しつつ、目の端でダイゴの様子を観察する。
自称初心者のダイゴは、本当に初心者なのか。ハジメは疑っていた。
ダイゴの粘り強さというか執念深さはなかなかのものだ。初心者とは到底思えない。とはいえ、明らかに詰んでいる盤面で無駄に悪あがきをするのは、典型的な初心者のように見える。
いや、それすら演技なのかもしれない。ハジメはダイゴの斜めうしろに座り、手札をのぞき見ていた。そして目撃してしまったのだ。
ダイゴは偶然いいタイミングでキーカードを引き当てたように見せかけていた。だが実は、数手番も前からそのカードを手札に温存していたのだ。
仮に故意ではないとするならば、本人が気づかないうちにドローカードと手札が混り、手札にあったはずのカードをドローカードと勘違いしたことになる。いくらカードさばきが下手でも、さすがにそれはないだろう。
公式大会の本戦が、二週間後に迫っている。予選は各対局所で開かれ、勝ち抜いた二名が代表選手として選ばれる仕組みだ。今回、兵頭対局所本店の予選通過者のひとりは、なんと自称初心者のダイゴだった。
ハジメの店は激戦区だ。裏表を問わず、外町でとびきり優秀なクリエイターたちがこの店に登録している。競争について行けず、別の対局所に登録替えをした者もいる。機島タクミもそのうちのひとりだ。
ここ数年、★×3ランクの代表選手は、かならずひとり以上は裏クリエイターが混ざっていた。予選通過の常連は、いつも同じ顔ぶれ。サイコロ使いの大男だ。今は花札デッキを使っているらしいが。
彼はアユムの独立を機に本店から去り、今は新店舗の裏対局室に出入りしている。ハジメは彼に愛娘アユムをこっそり見守らせ、報告をしてもらっている。お目付け役がギンガだけでは不安だった。
サイコロ使いが去ったことで、本店の代表選手枠がひとつ空いた。そこに食い入ってきたのが、自称初心者の新参者だった。
一方、サイコロ使いはアユムの店から本戦に出るつもりだったが、これまた新参者に負けていた。前田ケイマ。ギンガの知り合いだ。
さらに、もうひとりの代表選手の覇田カイザにいたっては、本物の初心者だ。つい二週間前までカードハンターだったらしい。
本当は、ダイゴは初心者ではない。そうでなければ、本店の代表選手になれるはずがない。
本人はまぐれで勝ち抜けたと言っているし、周囲の人も彼の言葉を信じ切っている。だが、ハジメの目だけはごまかせなかった。
ダイゴは卑屈ともいえるほど控え目で、恥ずかしがり屋な性格だった。口数も少なく、自分からはあまり話さない。だから、クリエイター歴を公表したくないのかもしれない。ハジメはそう推察した。
珍しいことだ。目立ちたがり屋が多いクリエイターたちの中で、こんなにもつつましい少年が実力を秘めているとは。
本店所長として、ハジメはダイゴをそっと見守ることに決めた。もちろん、ひいきをするつもりはないが。ダイゴの嘘には気づかないふりをして、胸の内にしまっておくことにした。
【二】
兵頭対局所本店。地下四階、Q2機関本部にて。
少女がスヤスヤ眠っていた。トレードマークの丸い黒縁メガネを外し、安心しきったように机に覆いかぶさり、広い額をこすりつけている。
「ギンガお姉さま、そこはダメですやでー。心の準備がまだやでー」
よだれを垂らしながら、きわどい寝言を連発する。
厚手の黒いセーターを着込んだ、背の低い少女だった。本店では「でこっぱちのでー子」というあだ名で呼ばれている。
長い前髪をセンター分けにして、首のうしろで編み込んでいる。広いおでこが強調されて、実年齢より幼く見える。きれいな黒髪だ。ギンガが本店で世話になっていたころ、よくうしろから引っ張られていた。
でー子はQ2機関創設メンバーのひとりで、本店の上級所員でもある。機関では旧時代の言語や文学を研究している。
彼女はギンガを崇拝していた。毎日ギンガと会っていたころは、よく自分からちょっかいをかけられに逆アタックしていたものだ。髪の毛を引っ張られるのも、満更でもなかった。
ギンガは、その性格から多くの人に嫌われていた。特に、裏クリエイター連中からは猛烈に反発されている。裏組織と関係を持たず、なおかつギンガの過去を知る者などは、ギンガを極悪人と断定していた。
兵頭対局所の所員からは、暴虐上司として恐れられていた。ノイローゼになった所員は数知れず。だが、自分の店以外ではそれほど恐れられてはいない。
一方、顧客からギンちゃんと呼ばれて可愛がられていた。健気な努力家という印象を持たれている。
Q2機関のメンバーからは一目置かれていた。機関に所属しているのは、ギンガを尊敬している者や協力を惜しまない者ばかりだ。
ギンガは多くの人に嫌われる一方で、一部の人からは熱烈に支持されていた。中には、ギンガを崇拝している者さえいる。でー子もそのうちのひとりだった。
アユムが独立し、ギンガは新店舗の副所長になった。本店に顔を出す機会は激減。Q2機関にも顔を出さなくなってしまった。
でー子は上級所員という立場上、簡単に登録替えをするわけにはいかなかった。ハジメへの義理もある。ギンガのあとを追うのはやめて、ひたすら待ち続けることにした。
今日は待ちに待った日だ。数ヶ月ぶりに、ギンガが本店に帰ってくる。でー子は三日前から眠れなかった。
不眠のツケは、当日の昼過ぎに訪れた。でー子は急激な睡魔に襲われ、Q2機関本部で仮眠をとることにした。そして、眠りほうけてしまったのだ。
目が覚めると、誰もいなかった。こっそり仕掛けていた盗撮用カメラの映像を確認し、ギンガが帰っていることを把握する。
「きぃー! タクミめ、うちが寝ている間にギンガお姉さまと話していたなんて。許せないやでー」
でー子は映像を早送りした。
ギンガが連れてきたふたり組は、おそらくアユムの店の代表選手だ。ひとりは黄色いトゲトゲヘアの少年で、もうひとりは紫の長髪だ。そのうちタクミと紫が火花を散らし、決闘の流れになった。
「相変わらず、タクミは単細胞やでー。やれやれやでー。それにしても、さすがはギンガお姉さま。どんな場面でも動じないやでー」
対立するふたりをよそに、ギンガはその場を楽しんでいた。一方、トゲトゲのほうは、どうしていいかわからずにオロオロしている。
「裏対局室に向かうみたいやでー。うちも追いかけるやでー!」
でー子は盗撮用カメラを元の位置に隠し、急いで裏対局室へ向かった。
が、ときすでに遅し。でー子が到着したころには、決闘はとうに終わっていた。裏対局室でQ2機関のメンバーと顔を合わせたので、でー子は詳細を教えてもらった。
紫髪の覇田カイザは、少女のようにも見えるが、実は男性だ。でー子は見抜くことができなかった。決闘後、カイザはタクミと和解して工房で働くことになったらしい。
トゲトゲヘアの前田ケイマは、二週間ギンガと行動を共にする予定だという。本店で様々なクリエイターと戦って特訓をするのだ。今は表の対局室にいるという情報を得た。
「トゲトゲ君がいるということは、ギンガお姉さまもいるはずやでー。こうしてはいられないやでー」
でー子は地上へ続く階段を駆け上がった。
【三】
ギンガの提案により、カイザとケイマは本戦までの二週間、別々に特訓することになった。
カイザはタクミと共に機島工房で。
ケイマはギンガと共に本店で。
ケイマ&ギンガ組は、地上階の表対局室に来ていた。所長のハジメと合流し、本店の代表選手を紹介される。
「ケケケケイマ君だったかな?」
「ちちち違いますぜい。ケケケは余計ですぜい」
「おっと、それは失礼しました。ケイマ君、こちらが我が対局所から選ばれた予選通過者、後醍醐ダイゴ君だよ」
ケイマはダイゴと対面した。
「おおおおでは前田ケイマだぜい。よろしくな」
「あ⋯⋯、後醍醐ダイゴです。よろしくお願いします」
ふたりは右手で握手した。
「ちょっと待ったやでー。みんな、うちのことを忘れてないかやでー!」
でー子、対局室に乱入。
「うちこそが本店のもうひとりの代表選手。★×3ランク最強のクリエイター、でー子やでー!」
でー子は丸メガネの縁を指でコキコキし、決め顔でポーズを決めた。
あっけにとられ、握手をしたまま硬直するケイマとダイゴ。
「やあ、でー子ちゃん。やっと目覚めたようだね」
ハジメはなにごともなかったように動じず、笑顔ででー子に手を振った。
「それよりしょちょー、ギンガお姉さまはどこですかやでー」
「ギンガちゃんなら、君のうしろに立っているけど」
「やでー?」
振り返るでー子。
「よう、でー子。久しぶりぃ。相変わらず、あてが教えたとおりのしゃべり方とは全然ちゃうなぁ。イントネーションがおかしいねん。あと、とりあえず語尾にやでーをつけとけばええって思うとるやろぉ」
いやな気配を察知していたギンガは、事前にドアのうしろに隠れていた。
「ギンガお姉さま!」
でー子、いきなりギンガに飛びかかる。
が、ギンガは軽々と身をかわす。でー子は勢い余ってドアに鼻っ面をぶつけた。
「よしよし、でー子はホンマに可愛いなぁ」
ギンガは隙を見てでー子にデコピンをかまし、高い高いの要領で持ち上げた。
「降ろしてやでー。離してやでー」
手足をじたばたするが、逃げられない。急に抱きつこうとしないと誓わされ、ようやく解放された。
「こっちに帰ってきているなら、どうしてうちを起こしてくれなかったのやでー」
「せやかて、気持ちよさそうにすみっこで寝とったやんけ。しかも、タクミがおったからそれどころやなかったんや」
タクミとカイザの決闘騒ぎに注目が集まり、でー子のことは忘れ去られていたのだった。
ケイマは本店の代表選手二名を交互に見返した。でー子とダイゴ、新たなライバルの登場だ。
どちらも黒髪でメガネをしていたが、性格は正反対のようだ。人の顔を見分けるのが苦手なケイマでも、間違えることはなさそうだった。
・兵頭対局所組
覇田カイザ
前田ケイマ
・秋山対局所組
機島タクミ
天ナゴミ
・兵頭対局所本店組
後醍醐ダイゴ
でー子
でー子やでー!(激寒)
やっと大会本戦編の主要キャラが出そろいました。あとは、名前だけで本編未登場の偽カイザさん(天ナゴミ)の顔見せだけですね。近いうちに登場させる予定です。