第十二話〖機島工房〗
前回までのあらすじ!(※この前書きは大嘘です。本編とは無関係のジョークなのでスルーしてください)
私立白札学園の女子中学生、白銀銀河ちゃん。
銀河ちゃんは校内外を問わず大人気のスクールアイドルだったが、激励な性格ゆえにアイドル研究部の他メンバーとの人間関係がこじれ、ついには全員に退部されてしまう。
部活存続の危機に立たされた銀河ちゃんは、新たなメンバーを探すことを決意。手始めに向かったのは、アイドル級の美人部長がいるというTCG研究部だった。
はたして、銀河ちゃんはTCG研究部を籠絡することができるのか⋯⋯?
【一】
「はぐれるんじゃねえぞ」
ポケットに手を突っ込み、先頭を進むタクミ。
入り組んだ狭い路地を抜けると、一面がクローバーに覆われた空き地だった。カイザはタクミの背にぴったりと張りつき、駆け足で追いかけた。
「ねえ、ちょっと待ってよ!」
カイザはタクミの背中を指でつついた。
「ヒャウッ! いきなりなにしやがるんだ」
タクミは背中をビクンとのけぞらせ、慌てた顔で振り返った。
「へえ、意外と可愛い声を出すんだね」
「オマエなあ、ぶっ飛ばすぞコラ。オレに可愛いって言うんじゃねえよ」
タクミは眉間にしわを寄せて威嚇するが、やはりまったく様になっていない。
「ゴメンゴメン」
「チッ、心臓が止まるかと思ったぜ」
「歩きながら考えごとをしていたよね。うしろに僕がいることを忘れていたでしょ?」
「まあな。移動中や入浴中に限って、いいアイデアが浮かぶんだよ」
「それ、僕もわかるよ。つい頭の中でデッキを組み直したり、過去の負けた対局を思い返したりしちゃうよね」
「クリエイターあるあるだな。それはそうとして、オレを引きとどめた理由は?」
「いや、特にないけど。ただ背中が無防備だったから」
「チッ、やっぱりギンガそっくりだぜ。アイツ、オレがいつも考えごとをしているときに、うしろへ回って胸を揉んできやがるんだよ。仕返しをしてやろうと同じことをしたら、軽々かわして逆にねじ伏せてきやがる。思い出しただけで腹が立つぜ」
「なんとなく想像がつくよ。僕も揉んでおけばよかった」
「オマエなあ、やはりぶっ飛ばしておくか」
パキパキと指を鳴らすタクミ。
「冗談に決まっているでしょ。見た目はともかくとして、中身はもう知っているからね」
「オレはマジで男には興味ねえんだ。ヘンな気を起こすんじゃねえぞ」
「それはこっちのセリフだよ。最初、僕のことを女の子だと思ったでしょ? 間違ってヘンな気を起こされなくてよかったよ。こう見えても中身はれっきとした男子なもので」
「おうよ」
「だからやっぱり、頭ではわかっていてもヘンな気を起こさない保証はできないかも」
「チッ、見かけによらず、とんだエロガキだぜ。ギンガの奴、面倒くさい役を押しつけやがったな」
タクミは目を細めて左耳のピアスをいじった。
隙が多すぎる。カイザはタクミの無防備なわき腹を小突いてやろうかと思ったが、やめておいた。ギンガなら容赦なくやっていただろう。
ギンガは注意散漫気味でひとつのことに熱中することはないが、そのぶん常に周囲に意識を張り巡らせている。元々の性格に加えて、裏組織で危険な生活を送っていたころの癖が抜けていないのだろう。
タクミがギンガを奇襲したところで、頭のうしろに目でもついているかのようにヒョイと身をひるがえされることだろう。いくら遮断能力の名手といえども、非霊的な気配までは遮断できない。
そんなギンガが、一度だけカイザに気を許したことがあった。
絶不調日の前日。ひと月のうちで二番目に霊力が低い日だったにもかかわらず、★×3ランクに昇格したカイザのためにクリエイション生成を実演してみせたのだ。
案の定、ギンガは力が抜けてひとりで歩くこともままならない状況になった。カイザが肩を貸す羽目になったのを覚えている。
そのときのカイザは、単にギンガが無茶をしただけだと思っていた。だが今思い返してみれば、前とは違った考えが頭をよぎる。ギンガは心を許していたからこそ、カイザに身を預け――。
「ウゲッ!」
わき腹を小突かれたカイザは、バランスを崩して両手と両膝を地面につけた。体幹の筋力が弱いので、ちょっとしたことですぐに倒れてしまうのだ。ついでにわき腹も弱い。
「隙だらけだな。お返しだぜ。どうせまたエロいことでも考えていたんだろ」
「ち、違うよ。そんなわけないだろ!」
反射的に否定する。ギンガのことを思い出していたとは口がすべっても言えない。
起き上がろうとしたときだった。カイザはふと、四つ葉のクローバーを見つけた。
「よし、やっぱり僕はツイている!」
四つんばいの状態で、四つ葉のクローバーに手を伸ばす。
「オイ、カイザ。いきなりなにをしやがるんだ」
「ち、違うんだよ、クローバーが⋯⋯」
タクミの股ぐらに頭から突っ込んでいたことに気づいたカイザ。さっと立ち上がり、タクミから距離を置く。
「お、四つ葉のクローバーじゃねえか。あんな一瞬でよく見つけられたな」
「偶然だよ。僕は運がいいからね。それに、元カードハンターだし、地面のものを見るのは得意なのさ」
「それにしても、マジで少し前までカードハンターだったんだな」
「ウソをついても仕方ないだろ。ホントさ」
「それにしては足腰が弱いし、指先もキレイだよなあ。長い髪も邪魔になりそうだぜ」
「運だけで生きてきたからね」
「豪運のカイザと名乗るだけあるじゃねえか。ますますナゴミと会わせてやりたくなったぜ。豪運と天運、どっちが本物か、戦ってみろよ」
天ナゴミ。カイザと似た容姿の少女だ。秋山アキラの右腕で、実質的副所長。そして同対局所の代表選手でもあるという。クリエイターとしての通り名は「天運のナゴミ」というらしい。
「僕がホンモノに決まっているじゃないか。ニセモノはこの手で必ず倒す!」
カイザはまだ見ぬライバルに闘志を燃やした。
【二】
「というわけで、ここがオレのアジトだぜ!」
空き地を越えると、『機島工房』はすぐ目の前だった。機島タクミの仕事場であり、Q2機関の第二基地。Q2機関のメンバーには、ここで働いている者もいる。皆、兵頭対局所本店の利用客だ。
「タクミが秋山対局所に登録替えしたとき、みんなからはなにも言われなかったの?」
「そんなの知らねえよ。遮断能力発動だぜ」
タクミは強引に話題を打ち切り、工房のドアを開けた。都合が悪くなると「遮断能力発動」と言ってスルーするのがタクミの癖だった。実際に発動しているわけではない。
入り口の前には、二人乗りの青いオープンカーがとまっていた。タクミとナゴミ、秋山対局所の代表選手ふたりは、今日、これに乗ってカイザたちよりもひと足先に外町へ来ていたらしい。
そこは、工房にしては大きすぎるが、工場というにはこじんまりしている。倉庫のような建物だった。
様々な工具が台に並べられていて、機械の部品らしきクリエイションがあちこちに散乱している。端には運搬用のフォークリフトが一台あった。
「ひゃうっ!」
工房に足を踏み入れたカイザは、ふくらはぎを押されたような気がして足をとめた。
その正体はイヌだった。オレンジのバンダナを巻いたシェパードだ。
「ああ、コイツはうちの作業員のワンコだ」
「へえ、イヌなのに作業員なんだ。賢そうだね。名前は?」
「ワンコ」
「あ、それが名前だったんだ」
カイザはしゃがんでワンコと向き合い、手を差し出した。
ワンコはカイザの手のにおいを嗅ぐと、ペロペロ舐め始めた。
「可愛いね。男の子?」
「そうだぜ」
「あっ!」
ワンコに気を取られたカイザは、もう片方の手でつまんでいた四つ葉のクローバーを落とした。
ワンコはクローバーの匂いを嗅ぐなり、パクリと口に入れてしまった。
「僕のしあわせが⋯⋯」
「食われたな」
ワンコはしっぽを振ってカイザのほうを見ている。
「どうやら気に入られたようだな、カイザ」
【三】
「そうだ、念のためにオマエのクリエイト能力を見せてもらおうか。ちなみにオレは⋯⋯」
タクミは胸ポケットから白札を取り出し、パチンと指を鳴らした。
指先から霊光がほどばしり、白札はまたたく間に金属の部品へと姿を変える。部品はエターナルクリエイションだった。
「このクリエイションを利用して機械を作るんだよね。えっと、二次クリエイションだっけ?」
「そうだな。オレのクリエイションは、単体ではなんの役にも立たねえが、組み立てることで新たなモノを生み出せるんだ」
クリエイションによって作り出されたものを二次クリエイションという。
たとえはギンガなら、白紙の本を紙、本棚を木材として扱い、別の品物を作り出すことができる。新たに出来上がった品物がどんな種類であれ、それらはひとまとめに二次クリエイションと呼ばれる。
二次クリエイションのほとんどはエターナルクリエイションから作り出される。だが、ごくまれにリミテッドクリエイションを分解・合体させて別の形態に作り変える能力者もいる。カイザもそのひとりだ。
カイザはリヒトとの対局中、無意識に黒い手のようなものを無数に生み出していた。
「優秀なクリエイターは、人の手や道具による本来の仕事をかっ飛ばして、いきなり完成品をクリエイトしやがる。それが『一発クリエイト』。一発クリエイトで生まれたクリエイションが『一発クリエイション』だ」
一発クリエイションと、二次クリエイション。その関係は、食品と食材、あるいは機械と部品のようなもだ。調理済みの食品をまるごと取り出すか、食材を用意してからそれを調理するかの違いだ。
「オレと同じクリエイションタイプで★×4ランク以上に到達した奴なら、機械やら乗り物やらはまるごと一発クリエイトできる。だが、オレはまだ★×3の『準クリエイター』だ。自分の手で一から組み立てる。まあ、それが楽しみでもあるんだがな」
「準クリエイター? プロの一歩手前ってこと?」
「いや、自分のクリエイションで稼ぐことができたら、そいつは立派プロクリエイターだぜ。だが、その中にも兼業と専業がいる。専業で食っていける奴は、たいてい★×4ランク以上だ。オレのような兼業の表クリエイターを準クリエイターというのさ」
食品と食材のたとえでいえば、タクミは準クリエイター兼料理人といったところだ。
最上級クリエイターにもなると、建築物をまるごと一発クリエイトできる者もいる。普通なら大勢の大工が何ヶ月もかけて作る建物を、一瞬にして出現させてしまうのだ。
都の開発に関わったという下摂津七人衆にも、化け物級の建築系クリエイターがいるという。そういった者たちが、新時代に新たな世界を築いていったのだ。
だが、タクミはそれをつまらないという。自分の手で作り出すからこそ楽しいのだと自論を述べた。
つい昨日の夜、ケイマも似たようなことを言っていた気がする。
裏クリエイター寮で練習対局をしたときのことだ。対局空間での真剣対局よりも、自分の手で本物のカードを触りながら戦う練習対局のほうが面白い。ケイマはそう言っていた。
カイザとしては、どちらでも良かった。特にこだわりはない。
「じゃあ、次は僕の番だね」
カイザは紫のデッキケースから白札を出した。
工房内に黒い霊光の明かりがともり、親指サイズの小さな悪魔があらわれる。親指姫ならぬ親指悪魔だ。
昨夜のクリエイトバトルで大量の霊力を消費していたが、もうほとんど回復している。もっと大きなサイズにすることもできた。
とはいえ、工房内でなにかあってはいけない。だから、最初は小さめの悪魔をクリエイトすることにした。だが、制御が上手くいかずに小さくなりすぎてしまったのだ。
カイザはまだ、クリエイト能力の経験値が足りていない。リヒトとの対局中にありえないクリエイションを生成してしまったり、今も調整に失敗した。
「きたねえ妖精さんだな」
「悪魔だよ!」
「それにしては小せえぞ」
「ちょっと間違えただけさ。お望みなら、この工房をメチャクチャにできるくらい大きなのを出してあげるけど」
「どうやらオマエは能力を持て余しているようだな。その悪魔くんは労働力として利用できそうだぜ。きちんと鍛えたら、オマエは準クリエイターくらいにはなれるはずだ。やってみる気はあるか?」
「すぐにタクミを追い越してしまうかもしれないよ?」
「チッ、また生意気なことを言いやがる」
タクミはワンコに合図を送る。
ワンコはジャンプして親指悪魔を空中でくわえた。そのままバリバリと噛み砕く。
悪魔は霊子塊となって爆散した。
「クリエイト能力の上達か。やれやれ、また課題が増えちゃったよ」
「増やしているのはオマエだろ!」