第十話〖決闘(後編)〗
今回は第二部第一章のラストです。
【一】
「アバターチェンジのコツは、対局しながら説明してやるよ。まずはオマエの手番からだぜ。かかって来いよ!」
タクミは対局空間内で、チョイワルオヤジ風に変身した。左手は三枚の初期手札をつまんで腰にあてる。右手はカイザのほうへ差し出して手のひらを向け、指をクイクイ動かして対局に誘う。
「じゃあ、説明が済む前に勝ってしまわないように気をつけるよ」
カイザは山札の上からカードを三枚めくった。初期手札の引き直しはなしだ。
先手第一手番。対価札を一枚獲得し、手札を確認して手番終了。
〔覇田カイザ〕
●第1手番
手札 3枚
対価札 1枚(未使用)
副対価札 4枚
♡体力 15点
「それはオレのセリフだぜ。説明中に投了するなよ」
後手第一手番。対価札を得てからカードを一枚引く。
タクミは親札を左横に移動させたのち、対価札一枚と副対価札四枚を消費して〔白黒テレビ〕を出現させた。手番終了。
〔機島タクミ〕
○第1手番
手札 3→4→3枚
対価札 1枚(1枚使用)
副対価札 5→1枚
♡体力 15点
電化製品三種の神器〔白黒テレビ1〕
♢出力 5点
♧動力 1点
♤戦力 1点
♡体力 1点
ドロー:味方駒の能力;(1手番1回)
味方駒を1体選んで隣接する空塁に移動させる。
盤面に白黒の少女が飛び出した。少女の頭上には巨大なブラウン管テレビが浮かび、画面にはカタカナの「イ」の文字が映っている。
副カード名にある「電化製品三種の神器」とは、カイザたちが生きている時代よりも二百年近くも前に普及したという三種類の電化製品のことだ。
どうやらタクミは、機械や電化製品を擬人化したカードの使い手らしい。
「へえ、面白いカードだね。見たこともない能力だよ」
「西本州では、駒札能力の発動タイミングは自身出現時しかないようだな。だが、オレは東本州出身なんだぜ。カードの解説くらいはしてやるが、向こうから持ってきたカードを遠慮なく使わせてもらうぜ」
「東本州出身なのか。ケイマと一緒だね。どこの国?」
「東本州二大英雄の一角、角川リョーマさんの勢力圏内だ」
「じゃあ、甲斐ノ國だね」
「いや、甲斐ノ國の属領、『美濃ノ國』だぜ」
角川リョーマは領民に人気があり、さん付けの愛称で呼ばれているという。
角川一族の領土のうち、本国甲斐ノ國はリョーマ自身が王となって統治している。信濃ノ國と美濃ノ國は、それぞれふたりの息子が総督をつとめている属領だ。
信濃ノ國総督は、長男の角川カツマが。
美濃ノ國総督は、次男の角川ショウマが。
タクミは美濃ノ國で生まれた。当時はカツマもショウマもまだ若く、美濃ノ國はリョーマの直接統治下にあった。
ちょうどタクミが物心ついたころ、ショウマは父の命令で美濃ノ國の総督に任命された。こうして美濃ノ國の支配者は、タクミが尊敬するリョーマから、タクミよりも年下の男に入れ替わったという。
ショウマは、軍事の天才である父や、激烈な性格の兄と違い、温厚で気弱な性格だった。タクミはこの新総督が気に入らず、松平対局塾への留学を口実に、隣の越前ノ國へ飛び出した。
越前ノ國は越後ノ國の属国だ。つまりは角川勢力のライバル、越後ノ國の王・飛山リューオウの支配下にある。リューオウは、リョーマと並び立つもう一人の東本州の英雄だ。
越前ノ國の総督・松平シュンギョクは、松平対局塾の創始者でもある。かつては越前ノ國の王だったが、リューオウの軍門に降ったのち、そのまま総督の地位に収まった。
リューオウもリョーマも、若き日は松平対局塾の一塾生に過ぎなかった。両雄は領土をめぐって何度も戦争をしているが、越前ノ國だけは戦場になっていない。共にシュンギョクを師として尊敬しているからだ。
だから、松平対局塾は現在リューオウの勢力圏内にありながらも中立性を保っていられる。角川勢力の領民でも入塾することができるのだ。
こうしてタクミは松平対局塾でカードチェスを学んだのち、琵琶海峡を越えて西本州へ来たのだという。
「こう見えても、オレはあのリョーマさんと同じ松平対局塾出身なんだぜ。ギンガはすぐ辞めやがったが、オレはちゃんと卒業したぞ。だから、オレは超優秀なクリエイターになるはずなんだ!」
「へえ、そうは見えないけどね」
「うるせえ!」
【二】
タクミとの出会いは驚きの連続だった。
カイザは遮断能力を得るために、タクミが自分と決闘するように仕向けた。そしてアバターチェンジを目の当たりにし、コツを教えてもらいなが対局することになった。
コツを教えてもらう前に、さらなる驚きがカイザを襲う。タクミが出した駒札は、カイザが見たことがない東本州のカードだったのだ。
タクミはまず自分の経歴を明かし、西本州にはないカードの由来を説明した。それが終わって、ようやく能力テキストの解説に入る。
自称優秀なクリエイターであるタクミは、〔白黒テレビ〕の能力テキストの読み方をカイザに説いた。
「〔白黒テレビ〕ちゃんの能力テキストの一行目。『ドロー』の文字の右にタイミングコロン、『味方駒の能力』の文字の右に条件セミコロンがついているだろ? つまり、発動タイミングは『ドローしたとき』で、発動条件は『それが味方駒の能力によってなされた場合』だ。一手番中に何度も発動可能状況に出くわすことがあるが、実際に発動できるのは一手番のうち最初の一回だけだ」
「タイミングコロンの右に、カッコ書きで『1手番1回』って書いてあるね。これが発動回数をあらわしているの?」
「正解だぜ。よくわかっているじゃねえか。あと、最後にひとつだけ補足。当たり前だが、相手がドローしたときは発動しない。日本語テキストで主語が省略されている場合、その主語は『このカードを使っているプレイヤー自身』という暗黙の了解があるからだ」
「まあ、当たり前だよね。そこはわかる。二行めからは能力本文だね。これも説明しなくてもわかるよ」
結局、〔白黒テレビ〕の能力テキストを日本語訳すると、「一手番に一度、味方駒の能力でドローしたときに発動する。味方駒を一体選んで隣接する空塁に移動させる」となる。
「ということは、電化製品シリーズの駒札は、単体では無能だけど、ドロー能力を持った駒とのコンボで活躍するんだね。いったん場に出しておいて、あとから援護する作戦か」
「なかなか飲み込みが早いじゃねえか」
「そりゃ、教える人が『超優秀なクリエイター』だからね」
「うるせえ!」
どうやら、タクミは皮肉を理解するほどには超優秀なようだった。
第二手番。カイザとタクミはそろって手番を即終了させ、副対価札を一枚獲得する。
先手第三手番。カイザがようやく動き出した。駒を一体出して手番終了。
その後も互いに駒を出しあい、盤面を埋めていく。タクミはまたも美少女に擬人化された〔洗濯機〕と〔冷蔵庫〕を出し、電化製品三種の神器を場にそろえる。
二体の発動タイミングと条件は、〔白黒テレビ〕と同じだ。能力はそれぞれ相手駒へのダメージと味方駒の強化だ。
そのタイミングで、カイザはふとあることに気づく。
「まさかとは思うけど、電化製品シリーズの能力は、自身がボードから離れたあとでも発揮し続けるの?」
その可能性に気づいたとき、カイザは一瞬血の気が引いた。
電化製品シリーズの能力が対局終了時まで永久に続くとしたら、時間とともにタクミの優位性が増してゆくことになる。いつかはアドバンテージ差でカイザの負けるだろうと想像できた。
「冗談言うなよ、そんなわけねえだろ。プレイヤーに付与するタイプの能力じゃあるまいし。テキスト中では、とくに断りがない限り、駒の能力は場にいるときしか発動しねえよ」
「ということは、破壊すればいいのか」
カイザは相手駒の各個撃破作戦に切り替えた。
「チッ、初見のクセにもう気づきやがったか。だが、そう簡単にはいかねえぜ!」
電化製品三種の神器がそろったところで、満を持してコンボの相方が登場する。
〔ドローン2〕
♢出力 5点
♧動力 1点
♤戦力 2点
♡体力 2点
自身出現;
カードを1枚引く。
〔ドローン〕は、場に出たときにドローすることができる駒だ。通常の自身出現誘発なので、西本州にも存在するありふれたカードだと判別できる。
ボード上に空飛ぶ機械があらわれた。今回は擬人化されていない。洗練されたシャープなビジュアルは、カードイラストがそのまま再現されている。きっとタクミが自分でイラストクリエイトしたのだろう。
★×2ランク以上のクリエイターなら、自分が想像したままにカードイラストを描き加えることができる。リアル路線を好む者もいれば、美少女化や美少年化にこだわる者もいる。
タクミのデッキには、タクミなりのこだわりで擬人化とリアル調の両方が混在しているようだ。
「〔ドローン〕でドロー!」
「ダジャレかよ」
「オレが考えたんじゃねえよ。文句なら旧時代のカードチェス開発者に言ってくれ」
【三】
対局中にカードが存在できる場所を「領域」という。領域は大きくわけて五種類ある。山札、手札、場、捨札、そして「隠された第五の領域」である消札だ。これら五つはまとめて五大領域と呼ばれることもある。
カードチェスには、カードのパラメータをあらわす五種類の簡易記号がある。出力の黄色いダイヤ(♢)、動力の緑のクラブ(♧)、戦力の青いスペード(♤)、体力の赤いハート(♡)、そしてカードそのものの評価をあらわすスター(☆または★)だ。
白抜きの星はレアリティスターといってカードの希少度をあらわす。黒塗りのスターはランクスターといって、カードの強さをあらわす。スターは実際のカードには記載されていない「見えざるパラメータ」だ。
ランクスターは親札の強さ、つまりはプレイヤー自身のクリエイターランクをあらわすときにも使われている。
これら五種類の記号は、まとめて五大記号と呼ばれることもある。
駒札は、カード名の由来ごとに五色のフレームカラーで塗り分けられている。自然物は緑、人工物は青、生物は赤、人物は黄色。上の四種に当てはまらず、この世界に元々存在しないはずの駒札「未知」は黒が割り当てられている。
タクミのデッキはすべての駒札が人工物、カイザのは人物で統一されている。得意ジャンルによって「青使い」や「赤使い」などの俗称で知られている有名クリエイターもいる。
これら五色は、まとめて五大色と呼ばれる。
五大領域、五大記号、五大色には対応関係がある。厳密に決まっているわけではないので、緩やかなつながりといったほうが実情に近い。
すべての基本たる自然物には、全カードの初期領域である山札が対応している。色は緑なので、記号はクラブだ。動力がゼロならば移動も攻撃もおこなえないので、すべての動作の基本となる。
人工物には理性や知識を象徴とする手札が似合う。手札からどの駒札をどこへ出すかを考える力が勝敗を分けるのだ。色は青なので、記号はスペード。くしくも、スペードの由来となった剣のシンボルは人工物だ。
生物には、生命活動をおこなうべき「場」が必要だ。色は赤なので、記号はハート。体力というパラメータの元々の定義は「場にとどまろうとする力」であり、ゼロになれば破壊されて場から取り除かれ、捨札になる。
人物には、魂が眠る場所たる捨札がピッタリだ。モデルのほとんどは歴上の偉人であり、死者でもある。捨札はゼロ枚から開始して積み重なっていくので、対局の歴史層ともいえる。色は黄色、記号はダイヤだ。
そして、この世に存在しないものを扱った未知と対応するのは、秘密の領域である消札しかないだろう。対応記号も、見えざるパラメータである黒のランクスターこそふさわしい。
タクミは、自分が愛用しているカード〔ドローン〕の誕生秘話を語った。松平対局塾で習った内容だ。
カードチェスは、旧時代の日本人学生ふたり組によって開発されたゲームだ。開発者のひとりは理性を重んじる硬派なタイプで、もうひとりは洒落やセンスを重んじるタイプだったといわれている。
〔ドローン〕のドロー能力は、ダジャレであると同時に別の意味合いも含まれている。
自身出現時にドローするという、ドロー系能力の中でも、もっとも基本な駒札〔ドローン〕。このカードを考案する際、ふたりは議論になったという。
まず、ドローとは手札を補充する行為だ。手札関連やドロー系のカードは、カードゲーム界隈では伝統的に青が関連付けられている。上述のとおり、カードチェスでも同様だ。
だから、ドロー系駒札の原型となるカードは人工物の青フレームでなければならなかった。山札の上からカードをふわっと持ち上げてくれるようなイメージも崩したくない。洒落も外したくない。
こうしてふたりが合意に達した名前というのが〔ドローン〕だったというわけだ。以来、空を飛ぶ機械には伝統的にドロー系能力が当てられるようになった。
「〔ドローン〕でドローしたことにより、三種の神器ちゃんたちの能力がいっせいに発動するぜ」
まず〔白黒テレビ〕によって味方駒の配置が変わり、カイザの駒を攻撃できる距離に近づく。〔洗濯機〕と〔冷蔵庫〕で相手駒を弱体化、味方駒を強化する。
「そして、一気に攻撃だ!」
盤面がタクミの優勢へと傾く。
だが、それもカイザは想定済みだった。
「コンボはスゴいけれど、なんだかんだいって単体が弱いのがそのデッキの弱点だね」
第七手番以降、カイザは大型駒の連打で盤面を取り返した。
タクミはわざと親札をカイザの駒の前にさらして挑発する。
だが、カイザはスルーして相手駒だけをしつこく狙った。直接攻撃が決まれば六点を取れるチャンスを棒に振り、わざわざ「一、一、一」の弱小駒を取ったのだ。
さらなる増員として「新・三種の神器」シリーズを繰り出すタクミ。カイザはそれも一体ずつ丁寧につぶしにいった。
コンボパーツを破壊されたタクミは、なすすべもなく端へ追いやられ、カイザの駒に包囲された。詰みが確定する。
「チッ、オレの負けだぜ」
「ありがとうございました。いい勉強になったよ」
決闘はタクミの投了によって終わりを告げた。結局、アバターチェンジのコツを教えてもらう時間はなかった。
次回から心機一転、第二部第二章がスタートしますよ!




