第八話〖Q2機関〗
【一】
下摂津七覇による内乱時代。七覇たちは覇道テイトクとの権力闘争に敗れ、逃亡して姿をくらませた。
テイトクは彼らに賞金をかけ、徹底的に探し出した。そして結局、七覇およびその子孫は、テイトクを除いて全員が死亡した。
だが、それも過去の出来事。下摂津ノ國の現支配者であるテイトクからしたら、もう十年以上も前に決着がついたはずの問題だった。賞金もとうの昔に打ち切りになっている。
テイトクはすでに権力を手中にし、盤石な体制を築き上げている。今さら生き残りが現れたところで、何の心配もない。
とはいえ、カイザはまだ不安だった。いきなり捕らえられて処刑されるかもしれない。現状の支配体制に不満を持つ誰かに担ぎ上げられる可能もなくはない。
「偽名で大会に出ることはできないかな?」
「それはむずかしいでぇ。予選のとき、都から送り込まれた大会監査役の役人がカイザの対局を見とったはずやからなぁ。今さら名前を変えるんは無理やわ」
「じゃあ、どうすればいいんだよ?」
「あんまり心配はいらんと思うでぇ。名字なんて、偶然で押し通せばなんとかなるがな。証拠もないんやし。っていうか、ホンマに証拠なんかあらへんやん。もしかしたら、なんかの間違いかもしれんやん」
「間違いの可能性はないとは言い切れないけど、僕の母に限って、そんないい加減なことは言わないと思う」
「冗談やってぇ。まあ、とりあえず霊視さえ気ィつけとったら問題もあらへんわ。それでも気になるんやったら、遮断能力でも身につけるこっちゃな」
「そこが問題なんだよ。アキラは『また今度教えてあげる』って言っていたけど、アテにはできないよ。誰か信用できそうな人はいないの?」
「せやなぁ。あてもケイマも、感知系能力とか遮断能力は鈍感なタイプやねん。こればっかりは教えることができへんわ」
腕組みをして考え込むギンガ。
「すすすすまねえな、カイザ」
「ケイマがあやまることじゃないよ」
悔しがるケイマの肩に手を乗せるカイザ。
「おっ、せやせや。アテにできそうな奴がひとりおったわ」
「え、ホントに?」
「強力な遮断能力持ちで、しかも信用できる奴やろぉ? おるおる、おったわ」
「えー、でもなぁ。ギンガの知り合いっていうだけで、もうすでに胡散臭いんだけど」
「そないな言い方あらへんやろぉ。これでもカイザのために考えとるねんでぇ」
「僕とケイマを賭け馬にしてもうけようとしているのは知っているんだよ」
「そ、そんなわけあらへんやろぉ。あては純粋にカイザとケイマを応援しとるんや」
「はい、ウソ」
カイザはギンガの嘘を軽々と看破した。
「だけど、僕たちを応援してくれている気持ちはウソじゃないみたいだね」
少しだけフォローもしておく。
「当たり前やろぉ。あてはウソなんかつかへんわい」
「おおおおではギンガ姉さんを信じていますぜい」
「さすが、ケイマは話が分かる奴やなぁ。あての味方はケイマだけやわ」
「いいいいつでも味方ですぜい」
ケイマは大きく胸を張り、鼻息を吐き出した。
「ギンガ、あんまりケイマをからかうなよ。その気もないくせに」
カイザは肘でギンガのわき腹を小突いた。
ギンガは無責任にヘラヘラ笑うのみだった。
「で、信用できてアテにできそうな人って、いったい誰なのさ?」
「あての悪友でQ2機関の副総長、機島タクミや」
「さっき秋山対局所で話題に上がっていた人じゃないか」
「せやで。あいつは登録対局所を秋山対局所に移したみたいやけど、こっちの対局所と縁を切ったわけやない。あてらよりひと足早く外町に戻ってきとるっちゅうことは、今ごろQ2機関の本部におるはずや」
「本部ってどこにあるの?」
「この下や」
ギンガは人差し指を床に向ける。
「正確には、兵頭対局所本店の地下室なんやけどな。せやけど、位置的にはちょうどここの真下らへんやわ」
カイザたちは所員寮に荷物を置き、兵頭対局所本店へときびすを返す。
途中、ふたたびハジメと顔を合わせた。ギンガはタクミが戻ってきているかとハジメに聞く。ハジメはのっそりとした仕草で首を縦に振った。笑い方がアユムとそっくりだ。
【二】
Q2機関。失われた科学技術や知識、歴史や文化を復元することを目的として、ギンガが二年前に設立した。
当時、ギンガは裏組織を抜けて下摂津ノ國に逃げてきたばかりだった。そこでアユムと出会い、兵頭対局所本店のクリエイターたちと交流する中で、Q2機関の構想を練る。
ギンガはアユムと共に★×5ランクを目指して修行対局に努める一方で、本店所長ハジメの協力を得て人材を集めていた。
「Q2機関なんて大層な名前だけど、要するに近所の旧時代マニアが集まった同好会みたいなものでしょ?」
「そ、そうともいう。ちなみに、名前の由来はキュー時代研キュー機関からやで」
「言葉遊びかよ、くだらなすぎる。なにか深い意味でもあるのかと思っていたのに、考えて損したよ」
カイザはため息をついた。
「名付け親はあてやないで。タクミやからな」
「なんか、リヒトみたいなネーミングセンスだね」
「アホォ、カッコええやろぉ」
カイザたちは無駄話をしながら兵頭対局所本店の地下階段を降りてゆく。地下は五階まであるらしい。
地下一階はクリエイションの倉庫。兵頭対局所本店の登録クリエイターたちが生成した様々なクリエイションが、山のように積み重なっている。
地下二階は射撃訓練場。なぜこのような設備があるのかは不明。
地下三階は裏対局室。アユムの店にある裏対局室よりも三倍以上広い。
地下四階はQ2機関の本部。二年前まではアユムの個人的なクリエイトスペースだったが、Q2機関のために解放された。アユムはすでに独立する計画を立てていたので、はじめから練習場は手放す気だったようだ。
地下五階は白札や重要書類の保管庫らしい。階段は鉄の扉で封鎖されていた。ハジメが許可した所員以外は立ち入り禁止だ。カイザたちは中に入れない。
地下四階、Q2機関本部の手前。ドアの奥から人の話し声が聞こえる。少なくとも五人以上いるはずだと、カイザの聴覚が告げていた。
中へ入ると、十人以上のメンバーがたむろしていた。うち五人は声を立てず、黙々と専門書を読んだり書き物をしたり、計算式を解いたりしていた。残りのメンバーは大きなテーブルを囲んで旧時代の歴史について議論しているようだ。
机に伏せて眠っている者もいた。
「おう、タクミィ! 久しぶりやなぁ」
ギンガは本を読んでいる女性に声をかけた。
髪はオレンジで、左耳に安全ピン型のピアスをつけている。機械油で汚れた青いツナギに、その上からでもわかるほど豊かな胸。カイザは気づかれないように目をそらした。
「久しぶりだな、ギンガ。オマエを待っていたんだぜ!」
オレンジ髪の女性は本を閉じると、いきなりギンガにヘッドロックを仕掛けてきた。
「やれやれ、ワンパターンやなぁ。不意打ちなんか食らうわけあらへんやろぉ。元裏組織を舐めたらアカンでぇ」
ギンガはするりと身をかわし、逆にうしろから腕を掴んでねじり上げる。
「痛い痛いイタタタタ、ギブギブ、降参降参!」
どうやら、このうめいている女性が機島タクミらしい。
オレンジの髪はウルフカットで、えり足と耳周りだけ無駄に長いが、ほかは短めでボーイッシュにキマっている。無造作にうねって突き立った毛束は、勇ましく好戦的な印象だ。
だが、タクミはギンガの敵ではなかった。
本部にたむろしていたメンバーは、タクミの絶叫に驚いて視線を向ける。
「あれ、ギンガちゃん?」
「ギンちゃん、帰って来ていたのか!」
「おかえりなさい、総長。アユムちゃんは一緒じゃないんですか?」
あっという間に人だかりができあがる。
「アユムは帰って来てへんでぇ。自分の店があるからなぁ」
ギンガはタクミの手を離し、Q2機関メンバーと久々に話をした。
「コンニャローメ、ハジメパパを裏切ってアユムちゃんと出て行ったクセに、どうしてオマエが人気者なんだよ~」
タクミはギンガの背後に忍び寄って襲いかかるが、またしても返り討ちにされた。
「この対局所の登録ゥ切って、秋山対局所にくら替えした奴に言われたくないわ。あんたも懲りへん奴やなぁ。こりゃ、お仕置が必要やな」
ギンガはタクミに馬乗りになってオレンジの髪をクシャクシャにした。
「うー、参ったぜ」
【三】
「というか、オレがこっそり登録替えをしたのを、なぜギンガが知っているんだよ? まさか、オレを見張っていたのか?」
「そんなわけあるかいや。あてもヒマやないねんでぇ。今日、外町に行く途中で秋山対局所に寄って、所長のアキラからあんたの話を聞いたんや。まったく、何が悲しくてあんたを見張らなあかんねん。タクミのおもりなんか頼まれてもイヤやわ」
「な、なんだとぉ」
「それはそれとして、ホンマに忙しくてヒマがないんや。アユムはしばらく外町に戻る気ィないみたいやし」
「アユムちゃんの店も忙しいようだな。オマエは知られざる逸材探しだっけ? いい人材は見つかったか?」
「あてのうしろにおるふたりはなかなかのもんやでぇ。少なくとも、あんたより実力は上やな」
「オレだって成長したんだぜ。前と同じじゃねえんだよ」
ギンガとタクミは互いに情報交換をしあった。出会ったのは二年前のはずだが、まるで昔からの知り合いのような雰囲気だ。
アユムといるときとはまた違うギンガの姿。アユムとは任務を共にする「相棒」という感じだが、タクミとはプライベートでつるむ「悪友」のような間柄だった。
「紹介したるわ、うちの代表選手たちや」
ようやくカイザとケイマを紹介するギンガ。
「右は前田ケイマ。実は元王族で、あてが裏組織時代に育てたクリエイターや。あての裏組織時代を知っとるけど、信用できる奴や」
「ケケケケイマです。よよよよろしくお願いしますぜい」
「左は覇田カイザ。瓦礫ノ園出身で、あてが見つけて磨き上げたクリエイターや。驚くなやぁ、ほんの二週間前までカードハンターやってんでぇ」
「どうも、僕がカイザだよ」
カイザとケイマは交互に握手をした。
タクミの手のひらは、意外にも肉感的で柔らかい。
「オレは機島タクミ。前までは兵頭対局所の登録クリエイターだったが、今は秋山対局所に所属している。一応、性別は女だ」
ギンガいわく、タクミは遮断能力の名手だという。カイザは握手のついでにタクミを霊視してみた。
真っ黒だった。何も見えない。まるでタクミが着ているツナギのように、魂まで機械油でドロドロに汚れているようだ。
「はい、逆感知反応! お行儀が悪いぜ、カイザちゃん。可愛い顔をしてなかなかやるじゃねえか」
「よく見抜いたね。さすがはギンガが推薦するだけの人だ。僕よりも君のほうが可愛い顔だと思うよ」
「うるせえ、オレに可愛いとか抜かしてんじゃねえ。だが、オレはオマエみたいな生意気で可愛い女の子は嫌いじゃねえぜ」
タクミは握手の手に思い切り力を込めた。
「気ィつけやぁ、タクミは可愛い女の子に目がない変態や。せやけどカイザは──」
ギンガはいつものようにヘラヘラして状況を楽しんでいた。
「⋯⋯チッ、なんだ男の子かよ。紛らわしい奴だな」
「今、霊視した?」
カイザは生まれてはじめて自分の魂から逆感知反応を感じ取った。自分でもなんだかよくわからなかったが、他人から感知系能力を向けられる感触だと実感した。
「おうとも。感知能力と変わらないくらい単純なレベルだがな。相手の体に触れている間なら、ソイツの年齢、性別、最大霊力、残存霊力くらいは把握できるぜ」
得意気に言うが、霊視能力ではカイザに劣る。タクミは遮断能力だけがずば抜けていて、感知系能力と逆感知能力はそこそこのようだ。
「なあ、タクミィ。ちょっとあんたにお願いがあるんやけど」
ギンガは本題を切り出した。